生き返ったと思えばAクラスに所属させられていた件について。   作:ジグ

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どーも、ジグです。

……お久しぶりです。気づけば1ヶ月空いてました。
書いていた途中にデータが全て消えるという事故と、リアルが少し忙しかったこともありここまで遅れてしまいました、申し訳ありません。


??. 坂柳 有栖という少女は

 

 

 

 

「しゃあッ!俺の時代が来たああああああッ!」

 

馬鹿げた叫声が広大な白を基調とした部屋に響き渡る。そんな雄叫びを挙げる男子に続くようにその他の男子達もそわそわとした様子で室内をざわつかせていた。彼らの身につけるものは学校指定の水着のみで、男らしい身体を惜しげも無く晒している。もっとも、惜しむ必要は無いのだろうが。現在地、学校内プール。そのような光景をよそに、私は一人観客席に立って彼らを見ていた。

 

退屈なものです。体育の時間はいつもこうだ。不満げに(少女)が愚痴を漏らすが(仮面)としては何も言えない。生まれつきの心疾患のせいで元々この身体は自由には扱えない、そのため体育などの身体を動かす授業は基本見学ということになる。当然見学とは名ばかりで、授業時間が完了するまでの意味の無い時間。

 

──こういう時、黎耶くんが居れば──

 

ふと、そんな考えが頭をよぎった。いやいや、何を考えている。幾ら先日に(仮面)自身が彼を友人と認めたとはいえ、これはあまりにも緩すぎるだろう。もう少し気を確かに持ってほしいものだ、私も、(少女)も。自分自身に呆れるようにくしゃりと髪を掻きつつ、視線をプールへと戻す。そういえば、その黎耶くんはどこにいるのだろうか。今女子は全員着替え中で、プールサイドに立っているのは男子のみ。普通に考えて適当に見るだけでもすぐに黎耶くんの姿は見つかるはず。それなのに、いくら探しても見つからない。

 

まさか、見学?

 

咄嗟に左右の観客席の入口付近に目を光らせる。予想は当たっていたらしい。右方の入口から制服のまま首の後ろに手を回し怠そうに歩く黎耶くんの姿が見えた。そのままこちらの方に歩く彼はどうやら私の存在に気づいたようで、怠そうな面影は一瞬で崩れ去り小さく片手でガッツポーズをした。そんな彼を見て私も内心少し喜びを感じたのは内緒だ。それも仕方ない、退屈だと思っていた2時間が有意義なものになる希望に変わったのだから。であるからこそ、私は初めに、くすりと笑って彼を出迎えた。

 

「黎耶くん、あなたも見学ですか?」

 

機嫌よさげにこちらに向かっていた黎耶くんが次は気まずげに目を逸らした。

 

「……ちょっとな。理由は聞かないでくれ」

 

「そう、ですか。わかりました」

 

何があったのだろうか。朝から少し様子がおかしいとは思っていたが。見学ということは身体に何かしらの不調があるとはすぐに予想できる。私の姿を見て機嫌が良くなったということは精神的な問題ではないと見ていいだろう。つまるところ、肉体的な問題。だが、他クラスと──Cクラスと喧嘩したのなら顔面などに目立つ傷が出来ているはずだ。しかし、じっと見てもそのような傷は見られない。……わからない。ただ単純に水泳をサボりたいという風には感じないのはわかりますが。

 

「有栖は、言わずもがな、か」

 

「ええ。見学はもう慣れました」

 

普通に会話出来るあたり、大した問題はない、か。その事実を理解するとふいに顔が緩む。だめだだめだ、しっかりと私を保て。深呼吸しようと空気を吸い込むと同時に、プールサイドから大きな声が投げられた。

 

「おーい、黎耶ー!なんでこっち来ねえんだよー!」

 

「体調悪いんだよ。悪いが今日は泳げない」

 

確か清水くん、でしたか。心の中で彼へとサムズアップした後にゆっくりと深呼吸する。いつも通りに、私なら出来る。そう、(仮面)なら出来る。出来ないはずがない。普段やるように、暗示をかけ──カチッ、と。鍵をかける。そうして私は、からかうように彼へと話しかけて。

 

「人気者ですね、黎耶くんは」

 

「それは皮肉か?」

 

「いえいえ、素直な感想ですよ」

 

ああ、問題ない。段々と頭が冴えてきた。じっと彼を見つめる。息遣いは正常、纏う雰囲気もいつもと変わらない。普段通りの桐ヶ谷 黎耶だ。ここに来た原因があるとするならば、先日の生徒会室で、何かしらあったということくらいだろう。とするならば、今朝遅れてきた理由も生徒会と関わっていたということで納得が行く。それが何故、ここに来る理由──肉体的な疲労に繋がるかどうかはさてわからないが。

 

「体調不良、嘘ですよね?」

 

「……やっぱバレるか」

 

「ええ。体調が悪いようには見えませんから」

 

当たり、ですか。これは近いうちに生徒会にも探りを入れる必要がありそうですね。いつも通りの彼が目の前にいるのですから、悪いことをしているというわけではなさそうですが。黎耶くんの行動は把握しておきたいですから。

 

「よく見てるんだな」

 

「ずっと見ていますよ」

 

「そ、そうか。そりゃあどうも」

 

すると不意に、彼は慌てたように赤面した。何かおかしなことでも──ああ、なるほど。確かに、ずっと見ているなどと言われたら、慌てるのも納得だ。全くの無意識から発した言葉だったのだが。……無意識で、発した?友人の定義がよくわからないが、友人というのはそういう関係なのか? いや、違う。 何故違う? ずっと見ることの何が駄目なのか。むしろ正常だろう。だって、彼は──

 

「私の大切な友人ですから、ね」

 

「……ああ。友人だから、か」

 

その一言に彼は少し冷静になったように応対する。……よくわからない。ずっと見ることは友人ではおかしいのか? 初めて出来た友人だからこそ、彼のことを知りたいのではないのか? 私の思考は私ではわからない。そんなはずは無い。いつだって、私は私を掌握できる。でなければ、(仮面)とは言えない。

 

「ええ、友人だからです」

 

なのに、何故だ。わからない。……なんだと言うのだ、この感情は。もしかして、私は。いやいや、そんなわけが──いや、否定する材料が見つからない。一度割れた仮面は修復されど、必ずどこかに支障をきたす。一度温もりを感じたのなら、甘えたくて仕方がない。冷酷な仮面は、またも。

 

「ですから」

 

崩れ始める。いや、生まれ変わろうと、作り変わろうとしている。完璧という名の欠陥を。修復しようと。

 

「友人ですから、黎耶くん」

 

だからこそ、その一言を。

友人、だから。

 

──────(私の傍から)

 

いなくならないで。

 

「……ッ」

 

言えなかった。

その言葉を、空気に乗せることは出来なかった。それを伝えることは、私を否定することだから。完璧でないと認めるものだから。そんな言葉を、音に出せるわけが無い。その一線は、やはり超えられない。超えることが出来ない。だが、それでも私の中で沸き立つ感情を抑えることが出来なかった。周りに耳を傾ければ、どうやら授業が始まったらしい。申し訳程度に、この熱を抑えようと自動的に私が言葉を放つ。黎耶くんはそれに相槌を打つ。

 

「……そろそろ授業が始まるみたいですよ」

 

「お、本当だな。見学ってこんな気分なのか」

 

黎耶くんは何事も無かったかのように、いや、あまり気にしていないのだろう。いつも通り、私に笑顔を向ける。ああ、少し落ち着いてきた。その笑顔を。その声を聞くと、不思議と落ち着く。これ以上考えるのはよそう。どうせ何もわからないのなら、考えない方が合理的だ。

 

「黎耶くんは見学するのは初めてですか?」

 

「ああ。見学初心者だ」

 

「ふふ、見学に初心者も上級者も無いでしょう」

 

思わず笑みが零れる。黎耶くんが初心者であるならば、さしずめ私は上級者と言ったところだろうか。そんなことが考えついてしまう。

 

「冗談だ。しかし暇だな、2時間何をしようか」

 

「一人の時はただ見ているだけでしたが、黎耶くんといるならそれも少し退屈ですね」

 

それきり、少しの間沈黙が流れた。ああ、本当に暇だ。何か面白いことでも──

 

「ああ、いいことを思いつきました。少し待っていてください」

 

ふらりと立ち上がれば、そのまま私はその場をあとにする。黎耶くんが呆けた声を出すが気にしない。──感情の制御が効かない。が、何だかもうどうでもよくなってきた。プールで騒ぐ彼らの熱気にあてられたのだろうか。いや、今はそんなことを考えるのも億劫だ。ただ身体の動くままに、私の意思も続くだけ。仮面。完璧。今は、黎耶くん以外には見られない。なら、そんなもの外してしまおう。外した上で確かに仮面としての自我を保っていることに私は気付かずに。

 

「……普通ならある筈なのですが」

 

向かう先は観客席の隅。軽快な足取りでそこまで辿り着く。ああ、高揚する。やはり見えた、お目当てのバケツ。見学する際に教師にここに置いておくから、授業が終わる時に掃除しろと言われた水バケツ。松葉杖をついたままこれを運ぶのには少々苦労がかかるが、仕方なし。準備は完了。

 

……重いです。

 

ですが、運べないというまででもない。黎耶くんをちらりと見ると、どうやらテストしている最中の男子を見ているらしく、こちらのことはあまり気にとめていない。時間がかかると思ったのだろう。その様子を見て小さく安堵の息を漏らす。慎重に、ゆっくりと彼の背後へと忍び寄る。元より走れない身であるから自然とそうなるのだが。数分の時間をかけた後に、彼の真後ろまで着く。後は、声をかけるだけ。

 

「黎耶くん、戻りました」

 

声をかければ、当然のように彼は振り返り。

 

「ん、おかえ──」

 

そして、それと同時に私は彼に水飛沫を浴びせる。私の好奇心の塊を。退屈を押し潰す透明な攻撃を。彼は放たれた水に堪らず大きく仰け反り、顔面への直撃を避けようと咄嗟に顔を覆う。が、その驚愕に満ちた表情は確かに見えた。それだ。その顔が見たかった。その反応が欲しかった。彼の頬からは結局水がぽたりぽたりと滴っている。──ああ、楽しい。ああ、面白い。一度与えられた友人に、確かに(仮面)は昂る心を抑えることが出来なかった。戻れないと、脳のどこか(理性)が警鐘を鳴らしている。

 

「ふふ、大成功です」

 

私が嬉しげに声を漏らすと、やがて彼にも笑みが零れる。その笑みはどこか吹っ切れたような、純粋なものだった。それを見れば、私も更なる好奇心が芽生える。ああ、サイレン(理性)がうるさい。黙ってて下さい。今は。今だけは、確かに二人きりなのですから、この時間くらい私の好きにさせて。

 

「ははっ、……くっそ。よくやってくれたな、有栖?」

 

「あら、何をするつもりですか、黎耶くん?」

 

じりじりと彼が詰め寄ってくる。当然私は後ろに下がる。何をされるかはまだ色々と選択肢があってわからない。が、結局どれも楽しくなることに変わりはないのだろう。そう考えるだけで自然と私の表情は綻び、微笑を纏う。この心に計算はない。偽りはない。欺瞞はない。ただ純粋に、彼と共にいることが楽しい。対する黎耶くんも、きっと私と同じように悪戯心や好奇心を心の内に潜め、笑っているのだろう。でなければ、こうして詰め寄ることなどないのだから。この関係に打算はない。最初はあった。が、もう消えてしまった。それが心地いい。彼以外のクラスメイトは持ち駒に過ぎない。ですが、彼だけは。確かに私の友人だ。

 

「さあな。そこ、動くなよ」

 

「動くなと言われて、素直に従う私ではありませんよ」

 

やがて私の足元にあったバケツが私から離れ、いや、私がバケツから離れ、代わりに彼が近づいた。後ろをちらりと見る。壁がそろそろ近い。大体彼のやることに検討がついた。素直に食らうのも悪くは無い。が、ただ食らうのも面白くない。ならば、隙は作らないように。いつもの私のように、余裕たっぷりで彼の相手をすることにしよう。

 

「だよな。ならもっと近づくまで」

 

「ふふ、捕まえられるものなら捕まえてみて下さい?」

 

挑発するように、煽るように私は笑う。自信上々と言わんばかりに微笑む私に彼もその口角を吊り上げ、言葉を紡ぐ。

 

「なぁ、有栖」

 

「はい?」

 

「好きだ」

 

そして、予想外の一撃がアッパーのように振り上げられる。

 

いきなり何を言うんですか。

 

最近はその手の攻撃に免疫が無くなっている節がある。彼が私をそういう面で好いているのは知っている。以前ならば軽く受け流していただろうに、ああ、駄目だ。頬に熱が帯びる──隙が生まれる。

 

その数秒の時をやはり彼は逃さなかった。瞬間。

 

「っ。そう、です──きゃっ!?」

 

眼前にはふよふよと空中を漂いつつ、勢いよく私に襲いかかる水滴。それを視認すると同時に顔面に冷たい感触を覚える。ああ、思考が冴える。警鐘が鳴り止む。理性が悟る。この感情の正体を。

 

「隙あり、ってな」

 

身体が震える。水をかけられた恐怖ではない。断じて違う。きっと、これは。

 

──もう、自分に嘘を吐くのはやめましょうか。ねぇ、(仮面)

 

嘘と欺瞞、そして理想で造り上げられた存在。それが(仮面)。本来それは人並みの感情を持つことは無かった。常に強者足り得るように理想を振りかざし、人を駒と従えてきた。造り上げられた明晰な頭脳をもって、害する悪を退けてきた。ですが、それももう──一人では出来ない。

所詮オリジナル(少女)としての私は弱者でしかなかった。弱者が強者になり切ろうとしても限界がある。感情を捨てれば強くなれる。打算をもって苛烈な性格を演じれば強くなれる。だがそれは畢竟、虚構の産物。

 

「……ふふっ」

 

それを捨てるわけじゃない。捨てたら私ではいられなくなる。何年も演じ続け被り続けた仮面はもう、並大抵のことでは外れない。だが、半分でも。その半分でも仮面を割り、(少女)(仮面)が同化する事は出来る。嘘や欺瞞、理想を振るう(仮面)に、純粋な心に人並みの感情を持つ(少女)。互いにそれらを分け合い、今一度新たな私を。だが、それは私一人では叶わない。仮面に感情を与えるには確かにもう一つのアーティファクトが必要なのだ。

 

「ふふ、ふふふっ」

 

昂る心。楽しいと叫ぶ心。面白いと喚く心。これら全て、一人では持てない感情。これら全て、眼前の青年が与えてくれた感情。

今もなお、私の心臓は言葉を紡ごうとする。楽しいと。嬉しいと。今この時、私は久方ぶりに、本当の意味で、坂柳 有栖という少女になれた気がしたんだ。

 

「ふふっ。よくやってくれましたね。黎耶くん?」

 

 

 

 

だからこそ。

 

 

 

──だからこそ。

 

 

 

目の前の青年のことが、好きになってしまったのでしょうね。

 




……まだ終わらない、坂柳サイド。

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