生き返ったと思えばAクラスに所属させられていた件について。   作:ジグ

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どーも、ジグです。
前話の生徒会長との下りに指摘がかなりあったので、私も見返した所やはり少し無理やりだったなと結論付け、書き直させて頂きました。簡潔に伝えれば未来を知ってる設定ではなくなっております。手間かとは思いますが一度前話を見て頂ければ、と。申し訳ありません。


8. 放課後の前にもご褒美が貰えました。

 

 

 

 

 

──人は繰り返し行うことの集大成である。だから優秀さは、行為ではなく、習慣なのだ。

 

 言わずと知れた哲学者、アリストテレスの言葉。優秀な奴は才能だけでなく、しっかりと努力しているという意味だ。まあ、努力出来る才能を持っている人が優秀という意味にも取れるが。よくテレビで見るような歌手だって最初から歌が上手かった訳じゃない、何度も何度も練習を重ねて万人を魅了する歌声を作り上げている。大抵どの職種にも当てはまるだろう。芸能人もそうだし、スポーツ選手だって。生まれ持った才能というのもあるのかもしれない。が、それを生かすか殺すかという点で見れば、確かに習慣が不可欠だ。血反吐を吐き、地に這いつくばって、身体を限界まで駆使してでも、辿り着きたい高みがあるから、彼らは努力する。と、そんな話を今している理由だが。

 

「今日はここまでだな。」

 

 そんな努力の塊、努力の中の努力。純粋な習慣の結晶、堀北 学を見ていたからだ。拳を交わしてわかる、あれは才能などという話でケリが付けられるものでは無いと。確か空手と合気道の段持ちと堀北さんが言ってたな。なるほど、これは確かに強い。目の前の堀北会長の強さは純粋な強さだ。ただ愚直に己を傷つけ、鍛え、耐え忍び、そうしてようやく出来上がったのが堀北 学という公式チート。そんな人を目の前にしている俺の今の状況知ってるか?まず地に伏せて、全身はボロボロで、身体中が悲鳴を上げている。簡単に例えるなら、HP1。

 

「……うぐ……」

 

 結論から言おう。完膚なきまでに叩きのめされました。やはり実力の差は圧倒的で、ワンチャン一撃くらい当てられるんじゃね?って思ってた俺が馬鹿だと思えるくらいに。まず動きが早すぎる。俺が一歩動く間に堀北会長は三歩動いてる。そして一撃一撃も早く、そして鋭い。電光石火の拳と名付けられそうなくらいには早い、……格好悪いな。何もかもがとにかく早い、早すぎる。クイックブ〇ーダーさんが霞んで見えるくらいには早い。あの人がおせぇよ。早く強力、これほど手強いものはない。

 

「筋は悪くない、あと30日も鍛えればその辺りの連中ならいとも容易く下せるだろうな」

 

「……そう、ですか。ありがとうございます……」

 

 褒められたのはいいんですけど、もはや喋る気力も無いです。授業中居眠りなんて出来ないし、朝はきついか……? いや、でもやらなければいけない。最低でも龍園相手に完勝出来るほどにはこの身体を痛めつけ鍛え上げなければならないんだ。文字通り満身創痍の身体を無理やり起こしては服についた埃を払い落とす。その度にずき、と動く度に身体が痛みを伝えるが構ってはいられない。これから授業もあるし、放課後は有栖と話し合いもとい癒しタイムだ。へばってられるものか。

 

「かなり痛むようだな」

 

 そんな俺の様子なんていとも簡単に見抜けるのか、鋭い目線で堀北会長は俺の身体を眺める。

 

「まだ始業まで時間はある、ソファで少し休んでいろ」

 

「……いいんですか?」

 

「お前が処理した書類分の対価だ。今日の俺からの鍛錬分を差し引いても、数十分ほどなら足りている」

 

 何ですかその何処かの企業みたいな。まあ休めるからいいんですけど。正直言ってとても有り難い。ここから昼休みまで休み無しで座学となると無事に乗り切れる自信は無かった。少しでも身体を横にできれば痛みも和らぐだろう。筋肉痛でもない限り、この手の痛みはあまり長引かないしな。

 

「ありがとうございます、では借りますね」

 

 乾いた苦笑を浮かべては、言われた通りにソファへと腰掛け、そのまま寝そべる態勢に。ああ、ふかふかだ。最高かよ。起こすところまで迷惑をかける訳にはいかないし、タイマーをセットするとしよう。

 

「それに、お前を鍛えるのは俺のためでもある」

 

「堀北会長の?」

 

 眠ろうとする前に、ふいに堀北会長が口を開いた。

 その声色には9割の決意と、1割の微かな迷いが聞き取れる。

 

「……お前を育てておけば、役に立つからな」

 

 具体的な内容は話さず、やや濁したものだった。珍しいな、堀北会長が少しでも迷っているとは。と言ってもまだ会って数日しか経っていないんだが。その言葉に、俺に出来る範囲内の仕事で頼みますよ、とだけ返し俺は全身の力を抜く。意識が微睡み、思考が途絶える。ふわふわとした気持ちいい感覚が全身に渡るのと同時に、俺は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 ピピピ、と聞き慣れた脳へと響く機械音が聞こえる。アラームだ。その発生源の携帯端末を開いてはアラームを止め、ぐぐっと背伸びして身体を起こす。ややぼやけた思考回路を起動させると共に辺りを見渡す。

 

「んぅ…」

 

「……時間通り起きたか。身体の調子はどうだ?」

 

 ああ、そうか。この人にボッコボコにされて、少し休んでいたのか。起きればまた感じる、が、眠る前よりはずっと和らいでいる痛みを全身で感じ取ると共に、その痛覚が思考のモヤを払い除けさせる。意識が覚醒する感じを覚えながら体勢を変え立ち上がる。やっぱりまだ痛いな。だがずっとマシだ、普通に生活する分には支障無い……とは言えないけど、それでもまだ動ける。

 

「まあ、寝る前よりは良いですが」

 

「そうか。ならいい」

 

「すみませんね、ソファを貸して頂いて」

 

「問題無い。それより後10分でチャイムだ、俺もこの部屋を閉める。出る準備をしろ」

 

「……もうそんな時間だったのか。わかりました」

 

 元々持ってきていた荷物は少ないので手早く近くにまとめていく。寮制だとこういう点は楽だ。それにしても10分前か。有栖はもう教室に居るだろうな。身体のことはバレないようにしないと、色々と聞かれて隠し通せる自信は無い。生徒会と関わっている理由が有栖にバレるのは……別に駄目な訳じゃないが、なんかこう、格好悪いというか。何というか。とにかく、普通を装おう。普通を。

 

「ああ、そうだ。次時間が取れるのは明後日だ、また朝にここに来い」

 

「了解です、では俺はこれで」

 

「待て」

 

 ん? 何か他にあっただろうか。首を傾げては扉へと手を伸ばしていた俺は振り返り堀北会長の方へと目線を変える。すると、大量の書類が渡されてきた。おい、まさか。

 

「時間が取れるのは明後日だが、明日分の書類は処理して貰おう。いいな?」

 

 その問いかけ、俺に拒否権ありませんよね。書類処理をやると言ったのは俺だしな。きっと今俺の顔は苦笑いを浮かべているだろう。今日中に終わらせてやる、と心の中で半分諦めてから書類を堀北会長の手から受け取る。すると堀北会長は満足したようでそれではな、と薄く笑った。

 

「ははは……。ではまた、明後日に」

 

 軽い礼で返して今度こそ俺は扉を出る。一昨日来た時と変わらず生徒会室の周りには誰一人通らないらしく、学校の中でも異質な、物静かな廊下へと足を運んでいく。

 

「っつつ、やっぱりまだ痛むな」

 

 小刻みに鳴る、靴と廊下が接触する音が静寂に包まれる周りに響く中、歩く度に身体を襲う痛みを感じ取る。本当に痛い。超痛い。なんでRPGの主人公とかは戦闘で傷を負った後歩いてダメージを受けないのか不思議に思う。モン〇ンなら裂傷とかあるというのに、普通のRPGでは幾ら戦闘で傷を負おうがあいつらは戦闘後歩いてもダメージを食らわない。おかしいよなぁ? 現実だと鍛錬後もとい戦闘後歩いたらダメージ負うんですけど。その辺り次世代のRPGはしっかりとやって下さいね。

 

「保健室へ寄るか……?」

 

 ぶつぶつと呟きながら道を曲がる。目的地は教室だが、少し考えてしまう。保健室へ行けば確かにアイシングは出来るが、問題点が一つだけある。保健室担任が星ノ宮先生ということだ。まあ普通に考えればいわゆるゆるふわ系女教師なんだが、あくまで普通に考えた場合の話。何が問題かって、あの人はBクラスの担任でもある。あのクラスの代表は一ノ瀬。一ノ瀬さん天使ではあるんだろうがあのポイントの保有量はどう考えてもおかしい。裏があることは確かだ。そしてその一ノ瀬と交流が深いのが星ノ宮先生。アニメのボーナスシーンはありがとうございました、目の保養になりました。……ではなく、あの手のゆるふわ系先生は大抵闇を抱えている。無警戒で保健室になんて行けるものか。それに、何故こんな怪我したのかと聞かれてそれっぽい理由を吐いてもきっとあの人には見抜かれる。綾小路の力を直感で見抜くような化け物だ。嘘なんてあの人には効かないだろう。

 

 結論。

 行かない。

 行くメリットに対しリスクが大きすぎる。ただでさえ堀北会長にブラフかけてる最中というのにこれ以上胃をキリキリさせる案件を増やせるか。毎時間トイレに篭ってやるぞ。あの手の天使は総じて堕天使なのだ、信用ならない。裏の顔を明らかにしないヒロインよりは、俺は裏の顔が明らかになっていて尚且つ小悪魔系ヒロイン、有栖の方が良い。まあ、胸はないですけどね。……いや待て、貧乳はステータスだろう。

 

「……こんなことを考えていられるなら授業は問題ないか」

 

 はぁ、と大きく自分に対して溜息を。頭を抑えてはすたすたと保健室へ行くかどうかの葛藤を繰り広げている内に一年生の教室がある場所に来ていたようだ。結局これ保健室へは行かないコースだったじゃねえか。まあいいけど。流石にここまで来るとチャイムが鳴るまで数分あるが、教室の外にも何人か生徒がいるようで、音量控えめに騒いでいる。見た感じBクラス、噂をすればBクラスってか。なるべく存在を認知されないように通り抜けるとしよう。今の時点で無駄に顔を覚えられたくはない。Bクラスは団結力が高いし、情報はクラスメイト全員で共有するだろう。

 

 話に集中しているのを見ては華麗にその横を通り抜ける。この間1秒。影の如く渡る。小学校の頃は影になりきりすぎてよくクラスの奴に認識されなかったものだ。中学になってからは出来なくなったが。と、そんなところで見えたのはAクラスの教室、そのままそこまで歩けば扉を開ける。

 

「おっ、黎耶くん来たよー!」

 

 教室に入っての第一声がこれである。

 

「おはよー、桐ヶ谷くん」

 

「よう、桐ヶ谷」

 

「おせえぞ、黎耶」

 

 うん、直樹以外名前ほとんど知らない。モブの名前覚えたところであんまり意味ないからね、仕方ないね。ああでも、後で有栖に覚えろとか言われそうだ。何だかんだ全員いいやつなんだよな。有栖派閥から覚えてくか。とりあえず適当に挨拶をして返す。気楽といえば気楽だ。生徒会室にいる間は常に気が抜けなかったからな。いつも通り笑顔を振りまいては、自分の席に着く。そこで、隣から。

 

「おはようございます、桐ヶ谷くん。今日は随分と遅かったですね?」

 

 ふぅ。ありがとう。ありがとう神様。今日も有栖の姿が見れて俺は幸せです。癒しだ。声を聞くだけで癒される。重症ですね、わかってます。

 

「おはよう、坂柳。……まあ、ちょっとな。これからも遅れる日は出る」

 

 内容をやや濁した俺に、有栖はくすりと意味深に微笑む。可愛い。ではなくて、怖い。バレてないよね? バレるはずがない、大丈夫大丈夫。心を落ち着かせよう。

 

「そうですか、深くは聞かないでおきますね」

 

「ん、助かるわ」

 

 天使。小悪魔系天使。だがそれがいい。

 

「ふふ、誰にだって隠したいものはあるでしょうし」

 

「そうだな。坂柳が言うと説得力が違う」

 

「あら、私が隠し事をしていると?」

 

「さあ、どうだろうな?」

 

 大げさに肩を竦めてはニヤッと有栖に笑顔を向ける。返すように有栖も口元に手を当てふふっ、と微笑みを。

 

「こういった会話も楽しいものですね」

 

「同感だ、もっと続けたいところではあるんだが。もう鳴るか」

 

「本当ですね、桐ヶ谷くんが来たのは5分前でしたし」

 

 ここで始業のチャイムが無慈悲にも後1分で鳴る。まあ、SHRが終わったらまた時間が出来るからね?……ああ、そういえば、今日最初の授業は何だったかな。さっきからクラスがやけに授業が何とか、で騒がしいから少し気になる。

 

「待て、そういや今日の授業は何だっけか?」

 

「聞いてませんか? 午前はプールで水泳ですよ」

 

「……………………はい?」

 

 俺の腑抜けた声を最後に、空しくも始業のチャイムが鳴り、扉から1人の男性教師が教室へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 

 

「しゃあッ! 俺の時代がきたああああああッ!」

 

 一人の男が叫んでいる。若干名を除くほぼ全ての男の気持ちを代弁するように叫声を放っている。女子の水着が見れる、と。ああ、そりゃあ確かに女子の水着が見たいという意見には概ね賛成だ。あんな下着とほぼ変わらない姿で女子が目の前に現れるのだ。水着姿を見たくないという奴の方が珍しいだろう。瑞々しい肌色、たゆんと揺れる胸。惜しげも無く晒される足。男子の夢の塊だな。そんな男の叫びは女子には届いていない、今も着替え中だからな。その男の夢の水着を着ている最中。

 

 だけどな。今の俺にとってそんなことはどうでもいい。今の俺が置かれている状況のせいでな。

 

「黎耶くん、あなたも見学ですか?」

 

「……ちょっとな。理由は聞くな」

 

「そう、ですか。わかりました」

 

 おいおい、水泳とか聞いてないぞ?

 うん、まあね? 朝から堀北会長にゴリゴリしごかれて水泳とか出来るわけないじゃないですか。全身痛えよ。無理無理、傷口に染みる。これで泳げとか言われたら死ねる。俺そんなマゾじゃない。と、いうことで、適当に担当教師に言い訳を述べて見学させてもらっているわけだ。正直に伝えたらこの傷はどうしたんだ、とか言われて面倒くさいし。

 

「有栖は、言わずもがな、か」

 

「ええ。見学はもう慣れました」

 

 だが、よく考えてみてほしいんだ。

 有栖は見学、俺も見学。他に見学する生徒はいない。つまるところ、実質二人きりなのだ。これがご褒美ってやつか、ありがとうございます。堀北会長、感謝しますよ。あなたのおかげでこうして有栖と二人きりになれた。しかもたっぷり2時間分。

 ん? 泳げないだろって? どうでもいいね。有栖の隣に居られるならそれでいい。

 女子の水着姿を近くで見られない? どうでもいいね。有栖以外の女子なんかアウトオブ眼中。有栖さえ見ていれば俺は満足。ということで、これから幸せな2時間を誰にも邪魔されず過ごす訳だ。

 

「おーい、黎耶ー!なんでこっち来ねえんだよー!」

 

 おい、邪魔されずって考えてたよな。

 

「体調悪いんだよ。悪いが今日は泳げない」

 

 学生のテンプレ言い訳の一つ、体調が悪い。シンプルにして最強。使用頻度を考えて使えば大抵のことはこの言葉で乗り切れる。よく中学は保健室へ行ってはこの言い訳で早退したわ。嫌な授業は逃げるに限る。

 

「えー。わかった、次のプール授業は絶対参加しろよー!」

 

「はいはい、わかったわかった」

 

 もうむしろプール授業の間はずっと見学でいいまであるんですけど。隣でスマートに制服で過ごす有栖と2時間二人きりになれる訳ですし。

 

「人気者ですね、黎耶くんは」

 

「それは皮肉か?」

 

「いえいえ、素直な感想ですよ」

 

 ふいに、にこりと笑う有栖が俺に向かってそんな言葉を投げかけてきた。こういう会話がほんと楽しいの。会話の裏の意図を互いに探り合うこういう会話が。やめられないですね。

 

「体調不良、嘘ですよね?」

 

「……やっぱバレるか」

 

 表情は崩さないまま雰囲気を変える有栖。その様子に一瞬ゾクッとなったがすぐに戻り、苦笑でその問いを返す。

 

「ええ。体調が悪いようには見えませんから」

 

「よく見てるんだな」

 

「ずっと見ていますよ」

 

 ふふっ、と笑う有栖の不意を突かれた一撃に顔を赤くしてしまう。ああもう、だから。熱い。その言葉のダメージ量大きすぎんだろ。一発で俺のシールドは全部割られたわ。

 

「そ、そうか。そりゃあ、どうも」

 

 何言ってんだ俺。テンパって上手く言葉が出ない。そんな俺の様子がおかしいのか有栖はそのまま楽しげに笑顔をまとっている。楽しいようで何よりです。

 

「私の大切な友人ですから、ね」

 

 友人。その言葉を聞くと少しだけ熱が収まる。やはり友人という立ち位置はそう簡単に変わりそうにないな。いや、まあ当然といえば当然なのだが。今の状況で狙ったように放たれるそのセリフは少々心に来る。いつか、友人から友の字を抜くと誓ったものの、その道は遠いなと改めて認識してしまった。

 

「……ああ。友人、だから、か」

 

「ええ、友人だからです」

 

 と、そこで俺が友人という言葉を繰り返すとふいに有栖の顔が曇る。どうしたのだろうか、と思い声をかけようとしたその瞬間。有栖は俺の服の裾を掴み、俺を見上げていた。

 

「ですから。友人ですから、黎耶くん。────」

 

「…ッ」

 

「……いえ、何でもありません。忘れてください」

 

 俺の名前を読んだ後に何か言葉を放とうとしていた。その声色には確かに不安の色が聞き取れた。何だ? 有栖が、不安がる? そんなわけがないだろう。あの有栖が、何か不安を抱えるなど。思考回路をぐるぐると動かしながら、言葉にはしなかったが、確かに見えた有栖の口の動きが、俺の目に焼き付いていた。そんなわけがないと、わかっている。見間違えと思う。が、見えた気がしたんだ。

 

 

 ──いなくならないで、と。

 

 

「あ。そろそろ授業が始まるみたいですよ」

 

 次の瞬間には有栖は元の儚く、どこか不思議な雰囲気を醸し出すいつもの坂柳 有栖に戻っていた。やはり気のせいか。あれだ、あれ。堀北会長に殴られたりしたせいでちょっと頭が上手く働いてないみたいだな。

 

「お、本当だな。見学ってこんな気分なのか」

 

 プールサイドに立つ俺ら以外のAクラスのクラスメイトは準備運動を始めている。新鮮な気分だ。早退したことはあっても体育を見学したことは無かった、これが傍観者ってやつか。

 

「黎耶くんは見学するのは初めてですか?」

 

「ああ。見学初心者だ」

 

「ふふ、見学に初心者も上級者も無いでしょう」

 

 くすりと有栖が微笑を零す。

 

「冗談だ。しかし暇だな、2時間何をしようか」

 

 有栖と二人きりになれたのはいいものの、することが無い。彼女いない歴=年齢だからね。二人きりになった時女子と話す話題なんて早々見つけられませんよ。こうなるんだったら堀北会長から渡された書類でも……って、それは有栖に色々と勘繰られるか。

 

「一人の時はただ見ているだけでしたが、黎耶くんといるならそれも少し退屈ですね」

 

 有栖は顎に手を当て考える仕草を取る。一々可愛いんだよな、ほんと。外に耳を傾ければ誰かの身体が水を切る音が聞こえる。羨ましいとは思えない。目の前の有栖を見るだけで、充分幸せだからな。

 

「ああ、いいことを思いつきました。少し待っていてください」

 

 有栖の言ういいことは大体嫌な予感がするんですけど。有栖は喜ぶけど俺は遊ばれる的な。そう言って有栖はどこかへと消えてしまった。何をするかわからんが、予想がつかないことだけはわかる。そのまま数分欠伸をしながら見学の本来の目的、他の奴らの水泳を見ていると後ろから足音が聞こえる。

 

「黎耶くん、戻りました」

 

 綺麗な音色が響く。さて、いいこととは何だろうかと俺が振り返ると。

 

「ん、おかえ──」

 

 ばしゃっ、と。

 

「ぷはっ!?」

 

 水飛沫が、有栖の手から放たれた。俺は大きく仰け反り顔にかかる水飛沫を防ぐように手で顔を覆う、驚愕の表情は隠しきれなかったが。濡れた頬からは水がぽたりと滴っている。よく見れば、見学する際に終わったらここを掃除するように、と言われた時の水が入ったバケツがある、先生は生徒のタイムを図るのに忙しいようでこちらは見えていない。監視カメラも仕掛けられてはいない。減点の心配はあまり無いだろうな。やり返していいよね。

 

「ふふ、大成功です」

 

 そう言う有栖の笑顔は本当に楽しそうで。面白そうで。水のせいでややぼやけた視界でもしっかりと有栖が映る。儚く、不思議で、見目麗しい、俺が惚れた、美少女の姿が。今だけはそんな儚いという雰囲気は消え失せ、ただ一人の、悪戯心溢れる少女となっていた。そんな彼女に、どうしても見惚れてしまう。どうしても見蕩れてしまう。どう足掻いても好きという感情が抑えられない。ああ、思わず俺も笑みが零れてしまった。本当に俺は単純で、そしてこの状況が、心から楽しいと思えてしまうから。躍動し、昂るこの心を抑えることは出来ない。

 

「ははっ、……くっそ。よくやってくれたな、有栖?」

 

「あら、何をするつもりですか、黎耶くん?」

 

 じりじりと詰め寄る。そんな最中にも、目の前の彼女は本当に楽しげで、普段の彼女からは考えられないほど、笑っていた。心の底から笑っていた。

 

「さあな。そこ、動くなよ」

 

「動くなと言われて、素直に従う私ではありませんよ」

 

 俺が前進すれば、有栖は後退する。その足元には水が入ったバケツが置かれている。ならば。

 

「だよな。ならもっと近づくまで」

 

「ふふ、捕まえられるものなら捕まえてみてください?」

 

 そうだな。捕まえられるものなら捕まえたい。が、今はそうじゃない。さあ、青春を楽しもうじゃないか。

 

「なぁ、有栖」

 

「はい?」

 

「好きだ」

 

「っ。そう、です──きゃっ!?」

 

 一瞬。有栖が動揺したその一瞬。俺は前進し辿り着いたバケツから水を取り出し、そしてやる分はやられた分だけ。少しだけ顔を赤くした有栖へと水飛沫を放ち返した。

 

「隙あり、ってな」

 

 ぷるぷると有栖が震えている。おっと? おこかな? 激おこかぁ?

 

「……ふふっ」

 

 え?

 

「ふふ、ふふふっ」

 

 有栖は笑う。ただただ笑う。

 その様子は、いつもの坂柳 有栖ではなくて。

 強かで、妖しげな坂柳 有栖ではなくて。

 近くにいるのに、遠くにいる坂柳 有栖ではなくて。

 

「ふふっ。よくもやってくれましたね。黎耶くん?」

 

 ただ。ただ、純粋に、水遊びを楽しんでいる。

 その辺りを探せばいるような、ごまんといるような。年相応に青春を楽しんでいる、勝ち気な笑みを見せる、坂柳 有栖の姿が。

 

 そこには、あった。

 

 

 




邪教を捨てよ(挨拶)
何とか0時に間に合いました(完成したのは23時50分)
減点の心配があるかと思いますが、予め監視カメラと教員の目が無いことを確認しての行動ですので。
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