・大月(おおつき) 満(みちる) = 40代。主人公。総合商社角紅社員。
・西野 ひかり= 20代後半。ヒロイン。総合商社角紅社員。
・春日(かすが) 洋(ひろし)= 20代前半。総合商社角紅若手社員。魚捌きは上手い。
・イワフネ=マルス人。月(観測ラボ『ルンナ』)が彗星により損傷した時、自動的に地球に降ろされた。
脱出/イワシパイ
日本列島が消滅する15000年前 【太陽系第3惑星衛星軌道上 マルス派遣調査ラボ「ルンナ」】
永いスリープモードに入っているプルト級楕円宇宙船「ルンナ」は、外宇宙から猛烈なスピードで飛来する白い巨大彗星の接近を探知した。
その彗星は第3惑星付近を約370年周期で通過しており、「ルンナ」の人工知能航法装置にも入力されていた。
しかし、太陽からの放射圧と熱量により、彗星の核が変質し、周回軌道とスピードが頻繁に変化した。
「ルンナ」の人工知能航法装置は緊急回避行動をとったが、変則を繰り返して加速する彗星の予測針路計算に手間取り、僅かに回避行動が遅れ、巨大彗星のダストテイル(尾)に巻き込まれた。
無数の金属塊と岩石が「ルンナ」居住区と調査・観測ラボ・管制区画を直撃して大半の搭乗員が死亡した。
「ルンナ」は危機管理プログラムに則り、生き残った搭乗員をスリープカプセルごと脱出シャトルに搭載し、最寄りの惑星大気圏突入針路へ射出した。「ルンナ」人工知能は、一部の機能を除き、沈黙した。
「ルンナ」から射出された脱出シャトルが、第3惑星上に無事着陸すると、搭載したスリープカプセルが覚醒モードに移行した。
「ルンナ」に搭乗していた調査隊長のイワフネは眼を覚ますと、脱出シャトルの外に出た。
イワフネの双眸に、どこか高い山脈の尾根から地上を俯瞰する光景が飛び込んできた。
太陽が山脈の間から昇ろうとしていた。
夜明け前の薄暗い空は蒼く、白い雲海が眼下を埋め尽くしている。銀色の鱗に覆われた肌が寒気を感じた。
イワフネは大きく深呼吸をすると、冷たいが新鮮な酸素が体内に送り込まれた。
イワフネは頭を振ると、他の搭乗員の様子を診るために脱出シャトルに戻っていった。
脱出シャトルが着陸した場所は、現在の宮崎県高千穂町を含む1000m級の山々が連なる九州山地の一角にあたる。
現地語で『高天原(たかまがはら)』と言う。
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地球歴2019年4月3日午前11時【東京都千代田区丸の内 角紅本社】
総合流通営業部の大月は、社員食堂で今日も一足早い昼食を取っていた。
「春日くん、今日はエトロブルクで魚の買い付けらしいですよ。お土産は蟹かな?チーズ鱈かな?」西野がやけにオヤジくさい事を言っていた。
「あいつ、極東(むこうの)ロシアの島を廻っているんだったな。もう10日になるな。蟹や魚は日持ちしないだろ、あきらめろ。」大月は春日のハードワークを思うと感慨深い物があった。
日本国国家非常事態宣言から3ヶ月、数週間前から、日本列島に降り注ぐ宇宙放射線の値が下降し、ほぼ許容値に達したことから、食料や燃料の経済統制下にあるものの、民間航空会社や通信事業者の営業が徐々に再開され、製造業の工場も稼働を始めた。
中堅総合商社である角紅は、極東ロシア連邦での穀物地帯開発、インフラ整備、生鮮食料品の買い付けなど、新規事業が目白押しで社員の多くが極東ロシア連邦と対岸の北海道東北地方を行き来していた。
大月は本社で、出張した彼らが買い付けた品を速やかに取引先に売り込み、届ける手配を行っていた。
極東ロシア連邦の生鮮食料品は、食糧不足と物珍しさもあって、引く手あまただった。
また、極東アメリカ合衆国や英国連邦極東の農産物も、日本国内の生産にもかかわらず、ブランド力を持ち、外国産に目がない富裕層に高値で売れていた。
西野もちゃっかり極東アメリカ合衆国のパイナップルや、長崎県五島列島産の英国流イワシパイを買っていた。
「大月さん、昼ごはんにイワシパイを食べませんか?」西野にあーんをさせようとする。
英国料理のイワシパイを知る大月は、身体をよじって西野の差し出すイワシパイから逃れた。
「なんですか、その反応は!」ぷくっと頬を膨らませた西野はそのままイワシパイにかぶりつく。
「っ?!」西野が眼を一杯に見開いて大月を見る。
大月が"慰めようと"定食の鳥の唐揚げを差し出そうとすると、
「懐かしい、独特のこの風味!たまりませんなぁ。」
と頬を緩ませてイワシパイを食べていた。
大月は、初めて西野に尊敬の念を感じた。
極東アメリカ合衆国、極東ロシア連邦、英国連邦極東、ユーロピア自治区での食糧生産が軌道に乗ると日本列島の食料自給率は徐々に改善され、火星転移直後の68%から75%に上昇した。
しかし、米以外の小麦など穀物は依然として不足しており家畜用の飼料も伸び悩んでいることから国内の耕作廃棄地、都市部での大規模プラント水耕栽培の拡充に政府は人的資源を集中させた。
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同4月3日アメリカ東部時間午前5時【地球 アメリカ合衆国フロリダ州 ケープカナベラルNASA(アメリカ航空宇宙局)宇宙センター】
その日、雪雲や火山灰を降らす噴煙が一時的にメキシコ湾岸からの南風で流されると奇跡的に宇宙センターに数か月ぶりの青い空が顔を覗(のぞ)かせた。
この機を逃すまいと、未明から多くの地上職員がシャトルの打ち上げ準備に奔走していた。
火山灰が薄く降り積もった打ち上げ施設で職員たちが地球衛星軌道上に避難する人々を乗せた軍用シャトルの発進準備を行っていた。
「燃料注入完了。打ち上げ施設上空は雪雲が散見されるがあと数時間はこの好天が続く模様」
「了解。こちらシャトルX34-B。計器システムに異常はない。いつでもいけるぞ。次の地震が来るまでにもう一度宇宙(そら)に行きたいものだ」
シャトルの機長が管制官に応えた。
「了解X34-B。打ち上げ短縮の秒読みを300から始める。人類の希望を頼む」
5分後、久しぶりに晴れたフロリダ半島上空の青空を真っすぐに宇宙へ突き進むシャトルの姿がニューオーリンズからも見る事が出来た。
衛星軌道上に無事到着したX-34Bは5時間後、ISS(国際宇宙ステーション)にドッキングし、地球から避難してきた欧米の科学者や軍人がISSの居住区画に移動した。シャトルのカーゴが開くとISSからロボットアームが伸びてきてカーゴ内にあるステーションの追加ユニットを慎重にシャトルから取り出した。
この追加ユニットはISS居住区画であり、一つ当たり10人が生活できる設備が付いている。ISSにはそのようなユニットが既に数十個取り付けられており、ロシアや中国からの宇宙船も同様のユニットを装備してドッキングしていた。
「こちらISS船長。久しぶりだな。地上の様子はどうだ?」
「昨日、ニューヨークが大西洋からの巨大ツナミで水没した。国連本部も海の底だ。アフリカと南米からの通信が途絶えた。電離層が異常な状況なのもあるがね」
シャトルの機長が答えた。
「帰りはどこの基地になる?」
「フロリダがベストだが、あそこも最近群発地震が増えている。ハワイの観測所によるとそろそろでかいのが来るそうだ」
「地球上で安全な場所など無くなってしまったな」
「ああ。北半球はほとんど火山灰の厚い雲に覆われて気温が急激に低下している。南半球も時間の問題だろう。そうだ、オーストラリア内陸部はまだ安全そうだな」
「あそこにはシャトル用の滑走路がないだろう?」
「生き残りの海兵隊がスコップ持って向かっているようだ」
「そうか。エアーズロックの観光でも楽しんで来てくれ。また会おう」
「ありがとう。ISSにも幸運を」
30分後、アメリカ宇宙軍所属のシャトルはケープカナベラル基地には戻らずに、オーストラリア大陸内陸部にある秘密基地に帰還した。
フロリダの基地が巨大地震と津波で潰滅(かいめつ)したためである。
地球の苦難は始まったばかりだった。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
m(__)m