転移列島   作:NAO

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ヒトとして

NEWイワフネハウス地下 】

 

  あの映像をフラッシュバックで視てからどれくらいが経ったのだろう?

 琴乃羽(ことのは) 美鶴(みつる)の意識が記憶の底から浮上した。

 

・・・あれ?美衣子(ミーコ)ちゃんが私を(のぞ)き込んでいるわね・・・

・・・ひかりさんも私に何か呼び掛けているみたいね・・・

 

・・・大丈夫、と口にしようとしたが声が出せない・・・

・・・手を振ってゼスチュアで伝えようと思ったが身体に力が入らない・・・

 

-ーー空腹感や喉が(かわ)いた感覚はない-ーー

・・・全てがぼんやりとしていて、温かな湯船の中を漂っているかの様で心地良い・・・

 

・・・この感覚に慣れると抜け出せなくなる予感がするが、それも悪くは無い―――

 

琴乃羽(ことのは)は思い始めていた-ーー

 

不意に身体がすくわれる様な感覚に気づいていたが、彼女の意識は微睡(まどろ)みの域を抜け出す事はなかった-ーー

 

赤みがかった、黄色い溶液となった彼女は、アンドロイドのツルハシがグラスファイバー製容器に収められた事にさえ気づく事は無かった。

 

【NEWイワフネハウス地下 美衣子(ミーコ)研究室】

 

ツルハシが手にしているグラスファイバー製容器の中で赤みがかった黄色い溶液がゆらゆらと(うごめ)いている。

 

「思ったよりもこれは難しいわね」

誰に言うともなく美衣子(ミーコ)がむーんと(つぶや)く。

 

「この状態に危機感を抱いてもらわない事には人には戻れないというのに・・・」

 

フラスコの中で揺れる琴乃羽(ことのは)は何故かこの状況を楽しんでいるように見えた。

 

『姉さま。月面都市の住人は植物から戻れないのかしら?』

月面に派遣されていた『そうりゅう』から、リアルタイム星間通信で植物・溶液化人類の分析をしていた(ムスビ)が訊く。

 

『そうりゅう』は、月面に向かう航路各所にマルス製防諜機能をてんこ盛りした通信衛星を新しく設置しており、通信状況は劇的に改善した。

 

「月面都市のヒトは溶液から植物へ『進化』してしまったわ。液体の方がヒトに戻り易かったのだけど・・・」

困った顔の美衣子(ミーコ)が答える。

 

『植物化したらヒトの意識は残るのかしら?意思の存在確認が必要だと思うわ姉様』

「そうね。まずは液体や植物化したヒトとの意思疎通を図る手段が要るわね」

 

「液体にマイクを突っ込んでもしょうがないわね・・・」

思案する美衣子の眼に、部屋の片隅で琴乃羽の入った容器をバーテンダーよろしく器用にシェイクしていたツルハシが写った。

 

美衣子(ミーコ)は何も言わずにツルハシの背後に歩み寄ると電撃を浴びせてお仕置きをする。

 

プスプスと薄い煙をあげて床にくずおれて痙攣(けいれん)するツルハシをしばらく見つめていた美衣子(ミーコ)は不意に、

「これだ!」

と思わず叫んでいた。

 

「ツルハシ!お仕事よ!」

「ハテナ?」

 

電撃で(すす)けたツルハシのセラミックボディをぺちぺちと嬉し気に叩く美衣子にツルハシが首を傾げる。

 

「取りあえず木星スライムとコンタクトして頂戴(ちょうだい)

美衣子(ミーコ)が命令した。

 

2023年2月15日【東京都世田谷区 陸上自衛隊 三宿駐屯地内 NIID(国立感染症研究センター)研究所】

 

この研究所地下にある特殊ラボは気圧操作されており、室内の空気が外部へ漏れる事は無い。

ここには月面都市の植物化人類、ボレアリフシティの溶液化人類、NEWイワフネハウス地下で溶解した琴乃羽がサンプルとして保管されていた。

 

「いろいろと試していたのだけど、分かった事があるわ」

琴乃羽溶解以降、NEWイワフネハウス地下の研究室に籠っていた美衣子(ミーコ)NIID(ニード)に到着するなり開口一番に切り出した。

 

「取り()えず、このサンプルたちは「まだ」ヒトよ」

美衣子(ミーコ)が宣言した。

 

「生きているのですか!?」

琴乃羽の同僚である(みさき)渚紗(なぎさ)が驚きを露わにして訊く。

 

「そうね。琴乃羽の溶液から生体電気と電流が観測されたけど、電流の特徴がヒトと同じだったの。つまり、生きていると言えるわ」

美衣子が答えた。

 

「しかし、このような形態での意思疎通は可能でしょうか?」

ロイドの代理で火星に残っていた英国連邦極東のグリナート大佐が質問する。

 

「専用機器さえ揃えば可能よ。そちらは今、ミツル商事医療部門が鋭意準備中よ。期待して頂戴」

美衣子が胸を張る。

 

「ふむ・・・それはなにより。喜ばしい事ですな」

美衣子の答えを聴いてグリナート大佐が胸を撫で下ろす。

 

「ミス・ミーコ。彼らをヒトへ戻す目途も立つのでしょうか?以前、美衣子博士(プロフェッサーミーコ)結博士(プロフェッサームスビ)の番組を視聴した際、「ヒトの思念力(テレパス)」が物理法則を変える、とご説明されていたと思います。液体化した溶液がヒトに戻りたいと願えば元の姿に戻る事も可能と理解しますが?」

グリナートの背後で立ち会っていたユーロピア共和国のジャンヌ首相が訊く。

 

「そのとおりよ」

美衣子が腰に手を当てて頷く。

 

「ただ、現時点においてヒトに戻った事例は見当たらない。これは物理法則変更以前に、ヒトに戻りたいという思念力が薄い事の表れかもしれないわ」

神妙な表情で応える美衣子。

 

「植物や溶液の状態が心地良いのか、ヒトとしての形を失うことで意思が薄弱になってしまうのか、本人達じゃない限り説明は難しいわ」

「心地良いですと?ヒトをこのような姿にしておいて、福音とは良く言ったものですな」

グリナートが皮肉気に肩を(すく)める。

 

「美衣子博士、このままだとヒトの姿を失った者は時が経つにつれ、ヒトとしての自覚が消えてしまうのではないかね?」

日本政府代表として立ち会っていた黒子(くろこ)厚生労働大臣が言った。

 

「それは外部からの刺激がない場合よ。こちらから「話しかける」事で自我の消失を遅らせる事が可能かもしれないわ」

美衣子が自らに言い聞かせるように答える。

 

「私も美衣子に同意します。我々よりも生に「執着」する地球人類ならば、こちらからの呼びかけに反応してくれるでしょう」

マルス側のアドバイザーとして派遣されていたゼイエスが言った。

 

「分かりました。総理には引き続き人へ戻す研究が有効であると報告しましょう」

研究チームを率いる黒子大臣が研究続行を宣言した。

 

ーーー溶液・植物化人類の分析を始めて3ヶ月後、ミツル商事アンドロイドのツルハシが、風呂上がりの木星スライム「ミニ」から意思疏通方法のアドバイスを得て製作した生体電気検知式 意思疎通装置「()き耳君」が完成した。

 

量産化に成功した人類は、月面ユニオンシティ、火星アルテミュア大陸のボレアリフシティ住民と月面基地に駐留していた自衛隊員に、家族や恋人・友人が思いの(たけ)を届け始めた。

 

人々の呼びかけに応えて反応した液体や植物は全体の3割に及んだが、琴乃羽からの反応は、無かった。

また、意思疎通が出来た者からヒトへの形態を復元できた者は未だに現れなかった。

人々は諦念(ていねん)の境地に達しつつあった。

 

シャドウの福音(ふくいん)システムによってヒトの姿形を失った者は17万人余りに上り、福音の果てに広がる人類生存圏各地には、物言わぬ密林とヒトの名残を残した湿地帯だけが存在するのだった。

 

-ーーーーー

2023年6月1日【NEWイワフネハウス 203号室】

 

(みさき)渚紗(なぎさ)琴乃羽(ことのは)の私物を整理するために彼女の部屋を訪れていた。

 

 溶液や植物化した人々のうち、「聴き耳君」で自我を取り戻して意思疎通の出来る者が一部出てきたが、意識を喪失したまま物言わぬ液体や植物と化した人々は未だ17万人に上る。

日本国も月面駐留基地の自衛隊員300名と、ボレアリフと月面都市で巻き込まれたビジネスマン200人余がヒトの形を失って溶解していた。

 

 各国政府はヒトの形を失った国民を丁重に保護する一方、ヒトへの治癒が望めない人々に対して、合同慰労祭を取り行う事になった。

 

 この政府の対応に、肉親や恋人が溶解して悲しみに暮れる人々は、形を変えても尚、生きている者に対する冒とくだとして猛反発した。

 

 一方で「けじめ」をつけるべきとの世論は日増しに強まり、各国政府は数か月後に迫った人類反攻作戦を前に人類の結束を強めるため、世論の安定を図ることにしたのである。

 

今日、東京の代々木にある新日本武道館で合同慰労祭を行うにあたり、人々は変わり果てた家族や恋人、友人(ゆかり)の品を持ち寄って、武道館ステージ一杯に整然と並べられた数万の溶液カプセルや植物プランターに、お供えするように置くと、一刻も早く心と身体が取り戻せるように手を合わせて願うのだった。

 

岬も大月夫妻からの依頼で、琴乃羽が愛用していた素敵な男性スケッチが多く含まれたコンテンツの数々を持ち込もうとしたが、余りの多さに受付で大半が断られる事となり、ツルハシに担がせて倉庫送りとなった。

 

 それでも、最後まで琴乃羽が愛用していた「恋愛無双」ゲームソフトやBL本のコレクションだけは持ち込むことが出来た。

 琴乃羽の溶液が入ったカプセルの前にそれら「コンテンツ」を置くと、岬は手を合わせて琴乃羽が心安らかに過ごせるように祈った。

「恋愛無双」のソフトと最新刊BL本が置かれたカプセルの中では、溶液が微かにかプルプルと震えているように見えた。

 

「それではこれより、電磁波攻撃の被害を受けてしまわれた方々の安寧(あんねい)を祈る集いを開催いたします」

司会を務めるNHKアナウンサーが開催を宣言した。

 

澁澤総理大臣による慰めと労いの言葉の後に、皇族の方々、各国首脳のスピーチが続いた。

 

ステージ壇上の壁際(かべぎわ)では仏教、キリスト教、イスラム教等の宗教団体がそれぞれ信じる神の名の下に無病息災(むびょうそくさい)(いや)しの祝福を唱(とな)えていた。

 

「続きまして、被害者友人代表として、ミツル商事 海洋生物学博士の岬渚紗(みさきなぎさ)さん。よろしくお願いします」

 

 黒いワンピースを着た岬が琴乃羽の愛読していたBL本を手に、(そそ)々と壇上へ上がる。

「私の親しい同僚、琴乃羽美鶴(ことのはみつる)さんはこの異常現象を解明しようとして自らヒトの姿を喪いました。あの出来事が起こる直前、彼女は私にこう言いました。『人間、受けか攻めよ』と・・・私はその時、彼女の魂の叫びを確かに聴きました。彼女が愛読していた本から一説を引用します・・・」

 

岬がゆっくりと琴乃羽のバイブルだったBL本を壇上で大きく掲げると大声で朗読(ろうどく)を始めた。

 

「バンコランはこう言った『俺の物になれ』と・・・バンコランに見つめられた王子は頬を染めながらゆっくり彼に近づくと彼の厚い胸板へ飛び込んで・・・」

男同士による大胆なラブシーンが描写された一節を、岬は大きな声で熱心に読み上げる。

 

 最新音響設備によって、新日本武道館の隅々まで岬の声は届いたが、ずらりと並んだカプセルの中の者達にまで、そのBL本の音読が響いてしまっていた。

 

 琴乃羽を含む多数の溶液が入ったカプセルが小刻みにプルプルと振動すると、中の溶液が岬の朗読が進むにつれて膨張(ぼうちょう)し、激しく(うごめ)きだした。

次の瞬間、カプセルから(まばゆ)い緑色の光柱の列が天井まで立ち昇り、新武道館内がどよめきに包まれた。

 やがて光が収まると、そこには全裸男女に混じって、琴乃羽が顔を手で(おお)って立ち尽くしていた。

「・・・」

琴乃羽は肩を震わせると悲壮な表情で壇上の岬に向かって叫んだ。

 

「それ以上読まないで~っ!その巻はまだ買ったばかりで読んでいないから!ネタバレ駄目~っ!」

「琴乃羽・・・そこに突っ込むの!?」

 

 琴乃羽がわんわんと泣き叫びながら壇上の岬へ詰め寄ろうとしたが、我に返った女性SPに制止されて新武道館の外へ連れ出されると、そのまま自衛隊救急車で自衛隊病院へ運び込まれた。

 

 琴乃羽を含む多数の男女が溶液から突然ヒトへ実体化した事で新武道館内は騒然とした状況になり式典は中止された。各テレビ中継も、式場が突如発光した段階で自動的にカメラがスタジオへ切り替わっていた。

 

 琴乃羽以外でヒトに戻った男女たちは、何やら頭を抱えてうんうんと(うな)っている者が大半だったが、数名 頬がツヤツヤして清々しい顔をした者も居た。

警察は公然わいせつ罪の疑いで全員拘束を考えたが、被害者の容態(ようだい)を優先した首相指示により、全裸男女の集団は救急車で自衛隊病院へ運び込まれた。

 

 式典中止にあたり、澁澤首相は参加者へ向けて、

「本日、多くの人々が絶望的な状況の中、ヒトに戻ることが出来ました。私達にはまだ何か出来る事があるのです。みなさん、希望を捨てずに前へ進みましょう」

とスピーチした。

 

 NIIDで精密検査を受けた琴乃羽や大勢の男女はDNA解析等を経て、完全にヒトの姿へ戻った事が確認された。

 

 医師団は男女の意識が極度の緊張や興奮状態に(おちい)った事が原因でヒトへ戻る自我が確立されたと診断した。

 この出来事をきっかけとして、溶液化、植物化した人に対し、ヒト時代に強い思い入れのあった物や人に対面させる事で、琴乃羽達の時と同じように「激しい反応」を起こしてヒトへ戻った事例が相次いだ。

 

 琴乃羽が岬のBL本朗読でヒトへの回復を遂げたことから、この治療法はBL本に登場するとある登場人物の名を取って「バンコラン療法」と呼ばれ、岬は後年、火星ノーベル医学賞と人類圏イグ・ノーベル賞を同時に受賞した歴史上初の日本人となった。

 

 授賞式に先立って幕張の受賞会場で記念講演をした岬が、再びBL本最新刊を大声で朗読した際、同伴した琴乃羽(ことのは)が恥ずかしさと(うれ)しさのあまり失神して東山に介抱(かいほう)されたのは別の黒歴史である-ーー

――――――

 

【NEWイワフネハウス地下 美衣子研究室(ミーコ・ラボ)】

 

「溶液化しても環境に適応してしまう人類には無限の可能性を感じるわ」

久しぶりにひかり謹製(きんせい)のオリジナルプリンを堪能(たんのう)しながら美衣子が言った。

 

 

『姉様。思ったのですが、思念力で溶液からヒトに戻れたのなら、再び溶液になることも、そしてまたヒトに戻る事も可能では?』

ホログラムの向こう側から月面都市で反攻作戦準備の合間にレーションのプリンを食べる結(ムスビ)が姉に聞く。

 

「木星スライムも同じことを指摘していたわ。琴乃羽達はある意味、人類の形態から進化しつつある、と言うことね」

美衣子はさらりと言うのだった。




ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
次話は11月18日(日曜日)に投稿予定です。

【このお話の登場人物】
・大月 美衣子(ミーコ)=日本列島物育成環境保護システムの人工知能。
・大月 (ムスビ)=マルス文明尖山基地管理人工知能だったがバージョンアップされた。

・岬 渚紗(なぎさ)=ミツル商事所属研究員。医療・海洋生物学博士。
琴乃羽(ことのは) 美鶴(みつる)=ミツル商事所属研究員。マルス文明応用科学・技術研究担当。

・グリナート=英国連邦極東軍大佐。ロイド提督の副官。
・ジャンヌ=ユーロピア共和国首相。
・黒子=日本国厚生労働大臣
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