転移列島   作:NAO

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仮想と現実

2023年6月6日午前8時【東京都世田谷区三宿駐屯地内 自衛隊中央病院】

 

 ひかりが早起きして作り上げたイワシパイがホカホカと湯気を立てる。

 

 「朝から豪勢だな」

 「朝だから、ですよぅ」

 ひかりがイワシパイを一切れ切り取ると満へ’’あーん’’をした。

 

 満は恥ずかしそうに目を閉じるとひかりの差し出したフオークにかぶりつく。

 

 「んまーっ!」

思わず声を上げる満にひかりはムフフと微笑む。

 

 「なんか今日はやけにスパイシーだな・・・」

 「隠し味にニンニクを使ってみましたっ!」

満に抱き着いて頬ずりをするひかり。

 

「・・・ゲフン!ゲフン!」

「「はっ!」」

病室の主である琴乃羽の遠慮しない咳払いに自分達の世界から戻る満とひかりだった。

 

 満もゴホンとわざとらしい咳払いをして気を取り直すとようやくお見舞いの挨拶をした。

 「ところで例の症状はコントロールする見込みが出来たのかな?」

 

 琴乃羽はちょっと困ったような顔をすると、

 「なかなか難しくて」

と答える。

 

 ひかりが励まそうと、

 「なんでも言って!私で良ければお手伝いするわ!」

 

 その言葉を聴いた琴乃羽は、

 「じゃあ、中野の乙女ロードで買ってきてほしい本が・・・」

と目を輝かせて注文しようと口を開くが、

 

 「はいはい!すとーっぷ!美鶴、貴女、あれが症状のコントロールに役立つと本気で思っているの?」

 岬 渚紗が琴乃羽の機先を制するように病室のドアをがらりと開けて入るなり問いただす。

 

 「もちのロンですともっ!」

間髪入れずに答える琴乃羽。

 

 岬の医学的指導に対抗する琴乃羽を眺めながら、

 「・・・まだ時間かかりますね」

とひかりが呟くのを、満は沈黙で肯定して肩をすくめるのだった。

 

-ーーーーー

 病室の壁かけテレビでは福音システムの収拾についてのニュースが流されていた。

 『日本政府の東山特使は新テルアビブでイスラエル連邦のニタニエフ首相と会談し、月面と火星におけるユニオンシティ地域の生存者と資産については日本政府が当面保護管理下に置くことを提案しましたが、ニタニエフ首相は地球連合防衛軍の直接統治によって管理することを主張し、会談は平行線のまま終わりました』

 

 「やはりイスラエルは自国にとってのリスクを察知するのが素早いな」

矢継ぎ早に繰り出されるひかりのイワシパイあーんを頬張りながら大月は東山の苦労を慮った。

 大月はイスラエル連邦と日本の将来に僅かだが不安を感じる一方でもしかしたらと、ある考えをひかりに相談するのだった。

 

-ーーーーー

 岬との論戦に飽きた琴乃羽がひかりに

 「ところで美衣子ちゃんたちは大丈夫ですか?」

と訊く。

 

 「大丈夫だ。彼女たちは自分に出来ることを、出来うる限り頑張っているよ」

言葉に詰まるひかりに代わって満が力強く応えた。

 

同時刻【東京都千代田区永田町 首相官邸】

 

 地下の危機管理センターで澁澤は事態の報告を受けていた。

 

 「東京電力によると原因不明の変電所トラブルで東京西部地区の電力供給が停止、周辺地域に拡大中です」

 甘木経産大臣が報告する。

 

 「例のリアルゲームセンター絡みか・・・」

 澁澤が顔を顰める。妻の真知子は依然として意識不明だった。

 

 「仮想空間内の米軍横田基地で激しい戦闘が起きているとの事です」

 桑田防衛大臣が特殊電子戦闘団からの報告内容を伝えた。

 

 甘木が駆け込んできた秘書官から渡されたメモを読み上げる。

 「失礼します、総理。追加報告によりますと、青森県三沢市、山口県岩国市、神奈川県厚木市、横須賀市、座間市でも原因不明の停電が発生、周辺地域に拡大中です!」

 

 「総理。秋葉原の美衣子(ミーコ)さんからです」

 岩崎が自らの携帯電話にかかってきた美衣子からの電話を取り次ぐ。

 

 『各地の停電の事は聞いているわね?』

前置きなしで美衣子が話し始めた。

 「日本各地のユニオンシティ基地から停電が拡大しています」

澁澤が応える。

 

 『このまま停電が全国に拡大したら大惨事になるわ』

 「それはもちろん。経済が壊滅して社会も破たんするでしょう」

 

 『‘‘その程度‘‘の事を言っているのではないの』

澁澤の相槌(あいづち)を美衣子が否定して言葉を続けた。

 『私は電源を喪失した場合に陥る原子力発電所の事故を懸念しているの』

 

 「日本列島が放射能汚染で滅びるとでも?」

 『それはありえないわ。だけど、‘‘原発のある地域だけを残して‘‘日本列島が転移したらどうなるの?』

 

 誰も状況の予測が出来ないまま、室内は沈黙に包まれた。

 

-ーー同時刻【東京都千代田区外神田1丁目 自衛隊特殊電子戦闘団 訓練施設(ゲームセンター)内 仮司令部】

 

 秋葉原の臨時司令部で仮想空間の状況を移すモニターが、横田基地に飛来する米軍大型輸送機C-5Aギャラクシー編隊を映していた。

 

輸送機は次々と戦車や空挺部隊の兵士を果てしなく投下し続けていた。

 

 また、陸上では横須賀・座間・厚木から増援のターミネイター兵がJR相模線を利用してJR八高線(はちこうせん)拝島駅(はいじま)方面から貨物列車で大量に押し寄せていた。

 

 モニターからは仮想空間での音声は拾っていないが、正面ゲートでの激しい戦闘や八高線沿いの引き込み線から基地へ突入して脱線した車両、第5ゲートに突き刺さった巨大な丸太が映し出されていた。

 モニターを見上げる美衣子と鷹匠少将は予想外の状況に言葉を失っていた。

 

 「美衣子さん。貴女なら仮想空間に突入して事を治める事ができるのでは?」

掠れた声で鷹匠が訊く。

 

 「本来であれば可能よ。でも・・・この空間には‘‘入ることが出来ない‘‘わ。理由は不明だけど」

言い淀みながら美衣子が答えた。

 

 「第5ゲートを突破した攻撃側パーティーは異色のメンバー揃いですね」

プラズマバズーカで装甲車を撃破してガトリングガンで歩兵を蹂躙する女子小学生を驚嘆の眼差しで眺める鷹匠少将。

 

 「当たり前よ。あれが名取と天草の娘達だもの」

部屋の片隅で治療を受ける華子と優美子を視線で指しながら美衣子が応える。鷹匠ははっとして姿勢を正す。

 

 「あの日本兵の仮装はどこの人工知能でしょうか?」

 「違う、あれはAIではないわ。列車で突っ込んだ真知子のパーティーに居た存在と同じで「別の何か」よ」

美衣子の曖昧な表現が理解出来ずに鷹匠は首を捻る。

 

 「それにしても・・・なんで貴女がそこに居るのかしら・・・花子」

 モニターには激突の衝撃で丸太から格納庫の屋根へ噴き飛ばされた花子が、目を回して気絶している姿が映されていた。

 

 「・・・この仮想空間に創造主たる私がアクセス出来ないのは本来あり得ない事。仮想空間にいる意思を持つ何者かによる拒絶は、列島システムと同じ隔絶空間の手法かしら?」

 

 限られたデータだけでは確証が持てないものの、美衣子は自らが作り上げた仮想空間に未知の存在が潜んでいる可能性について検討を始めた。

 

-ーー同時刻【仮想空間内 旧米軍横田基地】

 

 JR 八高線から横田基地内への引き込み路線に進入した列車は、基地内の線路止めをオーバーランして格納庫に激突して横倒しになっていたが、駆け付ける者も無く、付近は不気味なくらいの静寂に包まれていた。

 

 「うーん・・・」

 真知子が横倒しになった車両の座席で目を覚ますと、制服姿の黄星(きほし)輝美(てるみ)とリクルートスーツ姿の黄星 守美が自分の顔を面白そうにのぞき込んでいた。

 

 「お目覚めっ!だなっ!」

 「先生~いつまでも寝ていないで私たちも参戦するですよ~」

 黄星姉妹が服装に似合わない短機関銃と弓矢を携えながら真知子を引き起こすと割れた車窓から車両の外へ出る。

 

 周辺は列車の激突で格納庫の壁が大破しているものの、駆け付ける者は相変わらず居なかった。

遠く離れた滑走路の端やその反対側から銃声や爆発音が途切れることなく聞こえてきた。上空からは飛行機の爆音が響いていた。

 

 「これは・・・一体・・・」

真知子が状況を掴めずに呆然としていると、

 

 「人類側がエイリアンコンピュータに支配された横田基地を取り戻そうと戦っているんでだぞっ!」

と輝美が教えてくれた。

 

 「ですから私たちも急いで加勢しないとですよ~」

 守美が不意に上空に弓矢を放つと、ドスンと破れたパラシュートを付けた1体のターミネイター兵が地上に落下して砕(くだ)けた。

 

 「ゴル姉!空から敵の増援だよっ!」

 輝美が上空から落下傘を吐き出し続ける輸送機に短機関銃を浴びせると胴体から火炎を噴きだした輸送機が錐揉み状態となって石のように基地内へ墜落して爆発炎上した。

 

 「貴女達、何ということを!?」

我に返った真知子が二人を叱りつけるが、

 

 「何言ってるんだ先生。殺らないと殺やられるんだぞっ!」

輝美が逆に真知子を窘(たしな)めた。

 

 「だって、私は・・・戦争に参加するのはこれが初めてなのよ!?」

真知子が非難めいた事をいったが、黄星姉妹は白けた眼差しで真知子を見る。

 

 「だから?相手が手加減すると思うのかだぞっ!」

輝美が呆れたような笑みを浮かべる・

 

 「先生のお気持ちはわからなくもないですが~、現実をみましょうよ~」

 「これはどう見ても現実じゃないでしょう!」

思わず声を荒げる真知子。

 

 「「戦争ってこんなもんでしょ?」」

首を傾げる黄星姉妹。

 

 「先生は戦争をはなから否定されていますが、実際に自分が関わっても同じことが言えるのでしょうか?」

「戦争の本質は、言うならば生物同士の生存競争だぞっ!。生存競争を否定するという事は、人類は競争に不戦敗すると言う事だぞっ!?」

少し冷めた口調で黄星姉妹が真知子へ問いかける。

 

 「そんな事を言っているのではありません!」

 否定する真知子。

 

 「では話し合いで生存競争が解決するのですか?」

守美が問い詰める。

 

 「いいえ、別の方法を常に模索し続ける事が大事です」

毅然と答える真知子。

 

 「今は?」

 「・・・」

 

 真知子は反発したかったが言葉が出てこなかった。

 基地内での戦闘は激しさを増していった。

 

-ーー同時刻【仮想空間内 旧米軍横田基地 第5ゲート近くの格納庫】

 

 丸太の突撃で何とか基地内に侵入できた華子と優美子だったが、突入時の戦闘を思いだして恐慌に陥っていた。

 

 「装甲車をドカンと撃ち抜いてぶっ飛ばしたけどあの中に居た外人さんは確実に死んでいるっしょ!・・・」

 「私のバルカンで何人かは確実に弾が当たって亡くなっているはず・・・」

 

 「貴様ら、今さら派手に武器を使っておきながら血を見たぐらいで動揺するとは・・・なっとらんな」

 軍曹が手拭いで血糊を拭いながら二人に呆れていた。

 

 「だって、私たち、人殺しやったっしょ!?」

優美子が反駁する。

 「だから何だ?これは戦争なんだ!貴様らはあのゲート正面で話し合いをするつもりだったのか?」

軍曹が正論を吐く。

 

 「ですが・・・」

食い下がる華子。

 

 「この世界が現実か否か等はどうでもいいことだ!今は現実を受け入れろっ!ここで俺たちが生きて居る事が全てだと思え!」

二人の思いを断ち切るように軍曹が力を込めて話していた。

 

 「好むと好まざるとにかかわらず、あの場所に居た時点で貴様らは戦争に参加するしかなかったんだ!理屈で説明できるもんじゃないっ!戦争自体、お互いの理屈が破たんしたからこそ起きるのだ!起きた以上、貴様らの心の中にある綺麗な理屈は通用せん!」

軍曹が二人に諭すように話す。

 

 華子と優美子の戦争は始まったばかりだった。

 

-ーーーーー

 

2023年6月6日午前0時【地球 中東 カッパドキア地方 イスラエル連邦首都 新テルアビブ】

 

 「東山さん。ユニオンシティの件ですが、ミツル商事でお引き受け出来ませんか?」

プライベート星間通信で東山の携帯に満がとある申し出をしていた。

 

 「いち民間企業がそんな事出来る訳ないでしょう」

東山はうんざりした声で答えた。

 

 「違うんだ、東山さん。一時的にせよ日本「政府」が単独で強大だったユニオンシティの諸々を引き受ける事にイスラエル政府は国家として本能的に脅威だと認識してしまうんだ。だからミツル商事が引き受けて、生存者には給料という名目で生活を保障して雇用を確保して、軍事装備品はミツル商事が預かってマルスシャトルで月面かカッパドキアに輸送して保管する。リース料は連合防衛軍に支払えば取りあえずは収まるのではないですか?」

 

 「それはミツル商事に利益の有る事だと思いませんが?」

東山が疑問を示す。

 

 「今はイスラエル連邦に、日本国への不要な疑念を持たれない事が大事です。地球と火星の両方でビジネスをするわが社としては両国正常化が業務安定の要となるのです」

満が広範な視点での利益を説明した。

 

 「なるほど。大月さん、だんだんひかりさんに似てきていますよ?」

 「褒め言葉と受け取っておきますよ」

 

 大月との会話後に東山はニタニエフ首相に再会談を申し入れてミツル商事の提案を申し入れた。

 ニタニエフ首相は破顔して東山の提案を受け入れた。

 

 交渉事が円満に終わったので東山はニタニエフに誘われるまま、お茶を楽しんでいた。

 

 「ところでミスターヒガシヤマ。貴国で現在起きている電子的トラブルはどうなのです?」

ニタニエフが探るように聞いてきた。

 

 「マルスの方々が迅速に対応しています。今の所負けてはいません」

 「そうですか。勝てていないのですね?」

 

 「相手は我々の技術力を凌駕しているエイリアンコンピュータです。一時的な苦戦はするでしょうが、マルスアカデミーの敵ではないでしょう」

 「・・・君の発言がブラフで無い事を祈るよ」

 それだけ言うとニタニエフは何事もなかったようにお茶とお菓子をしばし東山と堪能した。

 

 「マジで大月家頼んますよ・・・」

 新テルアビブにある日本大使館に戻った東山はストレスで痛む胃を手で抑えながら夜空に浮かぶ赤い星を眺めて呟くのだった。 




ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
次話は12月16日日曜日に投稿予定です。

【このお話の登場人物】
大月満=ミツル商事社長。
大月ひかり=ミツル商事監査役。
大月 美衣子(ミーコ)=マルス文明日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。


琴乃羽(ことのは)美鶴(みつる)=ミツル商事サブカルチャー部門責任者。言語学研究博士。少し腐っている。

岬(みさき)渚紗(なぎさ)=ミツル商事海洋養殖部門責任者。海洋生物学博士。
東山 龍太郎(りゅうたろう)=内閣官房首相補佐官。政府特使としてイスラエル連邦に派遣された。

名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
天草 華子(はなこ)=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
澁澤 真知子=神聖女子学院小等部教師。瑠奈の担任。
澁澤 太郎=日本国総理大臣。
岩崎=内閣官房長官。
桑田=防衛大臣。
甘木(あまき)=経済産業大臣。
鷹匠(たかじょう)=自衛隊少将。

黄星(きぼし) 守美(もりみ)=神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。
黄星(きぼし) 輝美(てるみ)=神聖女子学院小等部6年生に転入。守美の妹的存在。

ニタニエフ=イスラエル連邦首相。
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