2023年6月7日午前8時30分【東京都千代田区永田町 首相官邸 地下危機管理センター会議室】
会議室の出席者席に備え付けられたホログラフィックモニター(ミツル商事試作品)から英国連邦極東軍のグリナート大佐による人類反攻作戦の概要説明が行われていた。
「総理、何故我が国は地球奪還作戦の主導権を彼らに譲ったのですか?」
喉元に装着したシール型ワイヤレスマイクをOFFにしているのを確認した厚生労働大臣の黒木が訊いた。
「確かに、現存する人類勢力の中では我が国が最大勢力であることに違いない」
澁澤が目を瞑りながら答え続ける。
「だが、今回の作戦には我が国以外の多様な国々が参加する。その国々の協力無しには地球奪還は成し遂げられないのだ。そして、我が国は地球規模での反攻作戦において、各国を率いるだけの軍事的リーダーシップを備えているとは言い難い」
澁澤が言い切った。
「確かに。我々には軍事分野での多国間協力においては未だ経験値を積み上げている段階ですな。その点では、NATO(北大西洋条約機構)に長年加盟して米国と共にリーダーシップを発揮してきた「外交の達人」である英国連邦極東首脳陣の方が「格上」なのですよ」
澁澤の言葉を引き取った岩崎官房長官が説明した。
「防衛省としても、官房長官のおっしゃる通りだと認識しているのです」
桑田防衛大臣が岩崎の説明に頷いた。
『それに今現在も我が国で勃発した「仮想世界大戦」収拾の目途がついておりません。この点で我が国が主導権を握る事に---』
月面日本大使館からホログラフィックモニターで参加していた地球方面特使の東山が喉に手を当ててマイクをOFFにして発言した。
「仮想空間における攻勢は、いずれどこかの国がやならければならない事だったのですよ!?わが国で勃発したからこそ、他国は知らん顔で会議に集中できるのです!」
甘木経産大臣が反論した。
「甘木大臣、それは結果論に過ぎませんよ。各国に事前通知もなく「開戦」してしまった事は事実ですからね。我が国が新たな真珠湾(パールハーバー)を起こす野望と能力があると警戒されてしまう」
後白河外務大臣が指摘する。
「この期に及んで主導権争いや責任のなすりつけ合いは無意味だ」
澁澤が短くこの議論の終了を宣言した。
「この作戦に置いて我が国とマルス文明の支援がなければ地球はいよいよシャドウ・マルス支配下に置かれてしまう未来が確定だ。主導権は取れないが、我が国は「2番目」に甘んじてでも未来に備えねばならん」
澁澤の発言に会議の参加者全員が頷いた。
「勿論、我々は今回の作戦で多くの事を吸収して次の地球規模軍事作戦では主導権を握れるようにする所存です!」
統合幕僚監部の一員である鷹匠少将が澁澤に応えた。
「そうそう「次」が有っては困るのだがな・・・」
澁澤はそう呟くと英国連邦極東軍の説明に集中した。
グリナート大佐の説明は、人類反攻作戦序盤における衛星軌道上制宙権確保と北米大陸降下について、ユニオンシティ義勇軍の参加と月面 研究室から結が操作するニュートリノビーム攻撃の手順確認に移っていた。
-ーー同時刻【仮想空間内 米軍横田基地 司令部】
与呼島舞は黄星姉妹が繰り出した大破壊の数々をモニター越しに眺めて頭を抱えていた。
「何であそこまでやっちゃうかな~だぞっ!と」
「やっぱりオプティコムホライの妹はガサツね。メロヌイの姉たる私みたいな優雅さが足りないんだぞっ!と」
司令席から立ちあがった舞はくるりとその場で半回転して司令室のエリア51DNAコンピュータ配下の兵士達に背を向けた。
「私があのバカ妹達に対抗する事は簡単だけど、それだと「また」こちらの宇宙世界をBANしちゃうからねぇ。戦略的撤退?みたいなやつ、しちゃいます。付き合ってくれてありがとうなんだぞっ!と」
背中を向けたまま、司令部の兵士達に宣言すると舞は床を軽く蹴って虚空に消えた。
司令部の兵士達は最初から何も存在しなかったかのように動き出すと侵入者対抗プラグラムを再開させた。しかし時既に遅く、基地機能の4割以上が侵入者側に掌握された状況下で失陥は時間の問題だった。
与呼島舞が仮想空間の横田基地から姿を消して間もなく、横田基地の攻防戦は急速に対応能力を失った守備隊を、自重せず能力を解放して蹂躙した黄星姉妹と真知子先生の活躍?も有って呆気なく人類側AIが横田基地の機能を全て掌握し終結した。
エリア51コンピュータは撤退時に仮想地球回線を物理的に切断したらしく、AI側のケンやパナ子達の追撃を阻んだ。
同時に秋葉原の美衣子による仮想世界への介入も可能となった。
【仮想空間内 米軍横田基地 滑走路付近】
長大な滑走路の中央部分が、守美の繰り出した巨大な光の奔流でバッサリとえぐり取られ、滑走路わきの航空機待機ハンガーや格納庫は輝美が無分別にばら撒いた暗黒玉(ダーク・ボール)で穴あきチーズの様な残骸と化した光景を目の当たりにして、ようやく辿り着いた丸太の花子、軍曹、華子、優美子は口をポカンと開けて固まっていた。
「なんか・・・世紀末の遺跡っしょ」
優美子が独り呟く。
「この自重しない破壊っぷりに寒気を覚えるですの・・・」
流石に対抗する気も失せた花子。
「基地司令部は友軍が制圧したようだな」
目的地だった航空機シェルターが跡形もなく破壊し尽されているのを確認した軍曹が言った。
「これでおうちに帰れるのでしょうか?」
滑走路の反対側からこちらに駆け寄る真知子先生を横目で見ながら華子は何となく上空を見上げる。
先程まで、続々と空挺部隊や軽戦車を吐き出していた輸送機は、瞬時に掻き消されたように1機も見当たらなかった。
華子は、やはりこの空間は仮想の現実世界であると再認識していた。
そんな華子の視界が、空の片隅で不意に現れた紅く輝く光点を捉えた。
紅い光点はみるみる大きくなり、上空で巨大なゲートと化した。
「・・・優美子さん、赤い門が・・・」
上空を見上げたまま前に座る優美子の肩を指でちょこんとつつく無表情な華子。
「ん?・・・お迎えっしょ」
何故か脱力した感じで応える優美子。
二人が見上げる上空の紅いゲートから、巨大な白い光の両腕がニュッと出現して花子の丸太と、駆けよって来た真知子先生を包みこむようにすくい上げるとゲートに戻り始めた。光る両腕の思わぬ素早さに、丸太に乗っていた一行は呆気にとられたままだった。
優美子が反射的に体を縮めて前に座る軍曹の背中にキュッとしがみ付くと、軍曹は振り返って二人に苦笑しながら何か言ったようだったが、その瞬間に二人の視界は暗転した。
こうして華子、優美子、真知子先生の意識は美衣子に回収されて無事、現実世界に帰還した。
三人はすぐに自衛隊中央病院医師団の診察を受けたが、肉体的には軽い脱水症状だけで済んだ一方で、精神的に酷く疲弊しており、真知子先生は自力で歩くこともままならなくなっていた。
美衣子は介入出来なかった時間に、仮想空間内部で何が起きたのか調べようとしたが、データが全て消去されており、モニター録画による断片的な事象の確認だけしか出来なかった。
美衣子の制御下に戻った花子を問いただしてみても、記憶部分に正体不明のフィルターがかけられており、美衣子の制御をもってしても開示は不可能だった。
美衣子は仮想世界から帰還した華子 達に話を聴こうとしたが、彼女達を診察した自衛隊中央病院の医師団は急性ストレス障害の発症を確認しており、当分の間面会謝絶となっていた。
美衣子達による真相追及は不可能と思われた。
2023年6月8日午前6時30分【東京都千代田区永田町 首相官邸】
仮想世界大戦が人類側に有利な形で収束したことで各国が反攻作戦開始に向けた部隊の編成と物資の準備に励む中、ミツル商事の満 社長と監査役のひかりは澁澤総理大臣、岩崎官房長官のもとを訪ねていた。
仮想大戦 勃発直後から、満とひかりは美衣子の犯した事の重大性を痛感していたのである。
「結果的に我が国へのサイバー攻撃を始めたこちら側の仮想空間拠点を制圧したことは大いに評価できる」
澁澤が険しい顔で満を見つめながら話す。
「ですが、我々に事前の連絡も無く、また反対したにも関わらず、民間人である小学生2名を戦闘に巻き込んだ事は極めて遺憾な事と言うしかありません」
岩崎が無表情に満とひかりに話しかけた。
「面目しだいもありません」
満とひかりが二人に深々と頭を下げて謝罪した。
「火星転移前の平時ならば、お二人と美衣子さんは内乱・騒乱罪で逮捕、無期懲役か3年以上の禁錮、会社は即時営業停止の上、法人解散命令まで出されます、と法務大臣が言っていました」
岩崎が厳しい判断を伝える。
「だが、現実問題としてミツル商事の協力と、マルス文明との友好関係無しに我が国が生き残れないのもまた事実だ」
澁澤がため息をつく。
「まったく・・・大した事をしてくれたものだ・・・」
天井を仰ぐ澁澤。
「列島各国はあなた達に同情的ですが、地球イスラエル連邦がこの件を問題視しているとの報告が月面に戻った東山特使からありました。したがって、私達としては、貴方方に何らかの罰を与えなければなりません」
岩崎の言葉に俯く満とひかり。
岩崎官房長官は口頭で長文の制裁内容が記載された行政命令を読み上げる。
ーーー日本政府がミツル商事に課した制裁は、人類反攻作戦における兵站の無償提供である。
ミツル商事が出資した「日本マルス航空」が所有しているマルス文明の各種シャトルや、火星各地で沿岸部を開発した各種海洋生産施設からの海洋資源の供給、警備保障部門で研究している新型兵器技術の情報開示である。
ミツル商事の法人解散処分を行うと、惑星間輸送について全面的に依存している連合防衛軍の補給能力が喪われ、人類全体の損失になると澁澤と岩崎、桑田、英国連邦極東首脳部が判断したためである。
首相官邸で制裁措置が言い渡されたその場で満 社長は、各部門への通達を行って日本政府と地球防衛連合軍の指揮下に入った。
満が社内に通達をする傍らでひかりは、今回の仮想大戦で被害を受けた福生市、武蔵村山市等全国で在日ユニオンシティ軍基地を抱える地方自治体への賠償を岩崎官房長官に申し出た。
主に電子機器に係るインフラの全面交換である。莫大な負担が予想された。
NEWイワフネハウスに帰宅した満とひかりは自室で謹慎中の美衣子、月面の結、地球英国の瑠奈に状況を説明し、各地の連合防衛軍指揮下に入るよう指示した。三姉妹は黙って指示に従った。
夕方には再び都内に戻った大月夫妻が緊急記者会見を開き、ミツル商事が日本政府首相官邸から行政処分を受けた事と福生市、武蔵村山市を始めとした地方自治体への損害賠償を行う事を発表した。
間違いなく、翌日朝にはミツル商事と関係親会社である総合商社角紅株価の大幅な下落が予想された。
この記者会見を受けて火星東京外国為替市場では円が売られ、火星転移後初めて英国極東ポンドと極東ユーロが円を上回って急上昇した。
日本列島最大の複合企業体となったミツル商事に対する行政処分と連合防衛軍への無償提供、巨額の損害賠償は、日本経済に一抹の不安をもたらす結果となった。
そして大月夫妻はこれに伴い起こされるであろう株主からの損害賠償請求にも対応しなくてはならなかった。
-ーーーーー
2023年6月10日【東京都港区白銀 神聖女子学院 初等部】
華子達のクラスに新しい担任が着任して生徒たちに挨拶していた。
「やっ!諸君!臨時担任の与呼島 舞だぞっ!と」
黒板に自分の名前を大きく書いて元気よく生徒に呼びかける舞。
「あれ~?私が担任ではないのですかぁ~?」
教室の後ろ片隅で、守美は『姉』を見つめながらのんびりと首を傾げていた。
「なんでシロ姉が火星に!?」
自分達が追い続けていた姉妹で一番上の『姉』、を目の当たりにして輝美が口をあけたまま唖然としていた。
「皆さんのクラスメイト、天草 華子さんと名取 優美子さんは、ご両親のお仕事関係で火星外に半年ほど留学することになりました!既に今頃はシャトルの中でしょう。あと、担任の真知子先生もお二人の留学に付き添いで出張することになりました!ですから、今日からこのクラスは私のものだぞっ!と」
クラスの生徒達は瑠奈や黄星姉妹等、常識外な行動や言動を取る存在に適応しているらしく、特に突っ込みは起こらなかった。
地球英国からモニター越しに「出席」していた瑠奈だけは、
「あの先生なんか怪しいっス!」
と自分の事を棚に上げて警戒していた。
教室外の廊下では、
「このクラスは前にも増して私よりも上位の存在が潜んでいるですの」
と、光球体の花子がフヨフヨと漂いながら警戒していた。
神聖女子学院は今日も平和な一日になりそうだった。
-ーーーーー
2023年6月11日【東京都世田谷区三宿 自衛隊中央病院】
仮想空間から生還した三人への本格的な治療が開始されて数日後、防衛大臣の桑田と岩崎官房長官が、特別の許可を得て秘かに華子と優美子、真知子先生を見舞いに病室を訪ねていた。
「なるほど。その軍曹殿は確かに自身を『桑田』と名乗ったのだね?」
興味深い顔をして桑田防衛大臣が華子達に訊き返した。
「はい。軍曹殿は中野の学校?に通っていた様でした」
無表情な華子が答える。仮想空間から救出されて以来、無気力に過ごすことが多くなっていた。
隣のベットでは優美子が仰向けに寝たまま、華子の証言に無言でコクリと頷いた。闊達な印象は鳴りを潜めていた。
「そこまで詳細な旧日本軍将校の動きをトレ-スしている人工知能(AI)は存在しません」
桑田が断言する。
華子と優美子は、もどかしいような、後味が悪いような微妙な気持ちになっていた。
「いきなりの戦争体験でまだ心が落ち着かないでしょう」
岩崎が華子達に語りかける。
「担当のお医者さんに聞いたところでは、君達は急性ストレス障害に罹っているようです。この症状が続くようならばPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悪化する可能性があります。しばらくは日常を離れて静かな環境で過ごすと良いでしょう」
岩崎が桑田の方を向いて頷く。
「JAXAから報告が上がっているのですが、昨年1月の大月家結婚式で華子君がビンゴを引き当てたマルスアカデミー大型母艦の試験航海準備が出来たそうだ。近日中に木星まで跳ぶ予定で、期間は3か月から半年になる。我々も体験したことのない長期の宇宙航海と本格的な木星探査を行う予定だ。君達さえ良かったら静養がてら、マルスの船に乗ってみないか?」
桑田が華子と優美子に提案した。
「素敵なお話に思うのですが、その航海や木星探査中に戦闘はありませんか?」
華子が念のために確認する。
「木星は現時点では地球との戦火に無関係だ。保障は出来かねるが火星に留まるよりは安全だと思う。木星にはプレアデス星団から飛来した超大型母艦の先遣隊も到着しているから技術面でのトラブルは皆無に等しいだろう。彼らにも君たちの事を伝えておこう」
桑田が答える。
「桑田君、ちょっとお待ちなさい!」
車椅子で華子達の病室を訪ねていた真知子先生は静かに話を聴いていたが、声を上げる。
桑田大臣と岩崎官房長官を見ながら真知子が尋ねた。
「静養目的の宇宙旅行は結構ですが、付き添いは必要でしょう?半年も学校を休むのですから授業から遅れてしまうのが気懸りです。ですから、私も同行しますがよろしいですね?」
真知子の有無を言わせぬ迫力に頭の上がらない二人と華子達は頷くしかなかった。
続いて真知子は気になっていた事を尋ねることにした。
「岩崎君、うちの学院に転入した黄星姉妹の件ですが・・・」
「何か?」
「彼女達も入院しているのですか?」
「いいえ。二人は健康に支障が無かったので今は普通に学院へ通っています---それと、二人の世話は美衣子さんからの強い申し出によって、当面大月家で引き受ける事になりました」
岩崎が答えた。
「そうですか・・・二人によろしくお伝えください」
真知子は岩崎に伝言を託すと車椅子を動かして自分の病室へ戻っていった。
同じ頃、隣の病室では-ーー
窓際のベットで静かに午後の爽やかな風を満喫していた琴乃羽が、
神妙な顔つきを装って、診察で訪れていた岬に話しかける。
「渚紗さん、私思うんですけど木星の神秘的な姿をこの目で見れば溶けやすい体質が改善されるような気がするんです」
どこで聞きつけたのか、さりげなく木星試験航海への参加を希望した。
岬は半目になった後、子供をあやすように、
「---私にはもっと良くなる場所があると言う人ほど、どこへ行っても結局何も変わらない事がほとんどなんですよ?」
と諭した。
「ちぇ~」
目論見が看破されて口を尖らせる琴乃羽。
「仮に木星へ行ったとしてですよ?木星では民間ネットサービスが未整備ですから最新BLの更新を閲覧出来ないですよ?」
岬が別の切り口で説得を行う。
「シャトルの定期補給便で最新刊を購入できませんかね?」
しぶとく食い下がる琴乃羽。
「検閲が入りますよ?」
「今の話は無しで・・・」
あっさり木星療養を諦める琴乃羽だった。
ここまで読んでいただきありがとうございましたm(__)m
次話は12月30日日曜日に投稿予定です。