2023年7月10日【長崎県五島市(五島列島)福江島 】
2019年に起きた「火星転移事態」当時、日本国内に居留していた英国を始めとする欧米諸国民を保護する当たって、膨大な対処能力が日本政府に求められた。だが、日本政府内では中央省庁はもとより、地方自治体レベルにおいても、日本国民の保護で精一杯であり、生活習慣や文化の異なる諸国の民を保護する事は不可能と思われた。
故に澁澤政権は、在留外国人の保護について政府で丸抱えするリスクを取らず、アメリカ合衆国やEU諸国の在日大使館等に地方自治を認める形で諸国民の保護を委託した。
大英帝国連邦に連なるカナダ・オーストラリア・ニュージーランド・インド等各大使館は、首相官邸仲介のもと、英国を始めとする欧州と幕末時代から交流があった長崎県と協議し、地元住民との完全対等共存を前提として、佐世保市ハウステンボス町や過疎に悩む五島列島地区を『英国連邦極東』領土として一時的に租借することで、行き場に困る諸国民を保護した。
長崎県に交付されていた地方交付税とは別枠で、外務省特別ODA枠からインフラ整備費用が捻出されて五島列島の開発が進められ、在留英国連邦民向けの住宅や教会が建設され、空港・漁港の拡大整備が行われた。
豊かな自然環境に恵まれた五島列島地区が整備されたことで、利便性のある一大リゾート施設が誕生した。今日では、日本各地からの観光客が殺到して入島制限が行われるまでになっていた。
ちなみにユーロピア共和国も同じ経緯でハウステンボス町に隣接した山間を開拓して建国されている。
そんな生まれ変わった五島列島に横浜から来た一組の男女が滞在していた。
「渚紗さん、暑いよ~。蕩けそう~。もうひと月になりますけど、そろそろ横浜に帰れないものですかね~?」
漁港の波止場に無造作に置かれたデッキチェアにだらりと寄りかかった琴乃羽美鶴が、犬のように舌を出して喘ぎながら岬博士に問いかける。
「まだですよ美鶴さん、ここへはあくまでもあなたの体質改善の方法を探るための療養として来たのですよ?バカンスオンリーではいけないのですよ?」
相変わらずな琴乃羽に岬は呆れる。
「だってですよ?木星に行けなかったから、お詫びの意味も兼ねて長崎に出張出来るように社長が取り計らってくれたんじゃないの~?」
呑気に答える琴乃羽。
「ミツル商事が政府管理下で物資輸送に専念しなければならないご時世では、私達研究者の居場所はありませんからね・・・」
岬は頷くと大月夫妻から琴乃羽達との長崎行きを勧められた時を思い出す。
社長の大月やひかりから
「ごめんなさい。しばらく政府の宅配便に専念しないといけないから・・・」
「この機会にじっくり琴乃羽さん達をよろしくねっ!」
大月社長としても自分がスカウトした社員の居場所が無くなる事に罪悪感を感じていたのだろう。火星と地球を股にかけて発展したミツル商事が複合企業体になっても社員を大事にする方針に岬は心から感謝していた。
「社長やひかりさんは美衣子ちゃん達の後始末で大変な時になんだかねぇ」
「私もこの体質さえなければ美衣子ちゃん達を手伝ったのにねぇ」
岬と琴乃羽は漁港を眺めながらぼんやりと五島灘の方角を見つめるのだった。
「はっ!?そういえば渚紗さん!この島に温泉あるの知っていました?」
「美鶴・・・」
どのような状況でも楽しむスタイルを貫く琴乃羽に岬はある種の感銘を受けるのだった。
「・・・美鶴、案内して」
「やっとさんづけ、とれたね~やりっ!」
福江島西海岸にある荒川温泉へ向かう二人だった。
「あれー?二人はどこ行った?」
岬と琴乃羽の付き添い役(お目付け役とも言う)として付いてきた春日洋一は、両手に抱えた魚の干物を足元に置いて周囲を見回したが、日が傾きかけた漁港に人影は少なく、途方に暮れるのだった。
-ーーその頃五島列島沖合 【ユーロピア共和国軍フリゲート「アンダルシア」】
1隻の大型輸送艦と駆逐艦がアルテミュア大陸西岸から佐世保に向かっていた。
大型輸送艦は、人類反攻作戦に参加するユニオンシティ国生存者からなる義勇軍1,500名を輸送していた。
「3時の方向から海中を急速で接近する物体あり!」
フリゲート艦のソナー員が艦長に報告する。
「また日本海上自衛隊の潜水艦による抜き打ち訓練ではないのか?」
欧州救出作戦でスカンジナビア半島から救出されて火星に辿り着いた経験を持つ艦長が呟く。
「横須賀の自衛艦隊司令部に照会せよ!念のため第1種戦闘配置!」
地球からマルスシャトルで運ばれて来た年代物のスウェーデン海軍フリゲート艦の艦内に非常ベルの音がけたたましく鳴り響く。
「未確認水中移動物体(USO)さらに接近!速すぎますっ!接触まで1分!」
「やむを得ん!警告攻撃!爆雷投下!」
「横須賀の返事はまだか!?」
「回答ありました!当海域で日本自衛隊の活動は予定されていないとの事です!」
「となると、例のワームという奴なのか!?」
非常ベルが鳴り響く艦橋で状況を考えていると、左舷側を航行していた輸送艦から衝撃音が響いてきた。
「何かが輸送艦艦底部に衝突!浸水甚大!」
「本艦の真下を抜けてきたのか?」
次の瞬間、輸送艦が巨大な水柱を空高く噴き上げながら轟沈した。
「なっ!?・・・ばかな、ユニオンシティ義勇軍1,500名が乗っているのだぞっ!」
「全艦オールウェポン・フリー!水面下の奴になんでもいいからお見舞いしろっ!通信士!横須賀に打電、「我USOの襲撃を受けつつあり、救援を-ーー」
次の瞬間、フリゲート艦「アンダルシア」は海中から伸びてきた巨大な触手に船体を両断されて轟沈した。
生存者は無く、所々に輸送艦や駆逐艦乗員の破片や備品が浮いているだけだった。
-ーー【火星衛星軌道 航空・宇宙自衛隊ダイモス衛星基地】
「長崎沖を航行していたユーロピア船団の反応が消失!」
多目的衛星を操作するオペレーターが当直指令に報告する。
「なんだ?システムエラーか?またシャドウマルスのハッキングか?」
当直指令が確認する。
「違います!赤外線レーダー正常!合成開口レーダー機能異常ありません!」
「今だ人類には未知な所が多い火星の海なんだ!よく視て報告せよ!」
ヘラス大陸攻略からなりを潜めていたワームの襲撃をあらかじめ想定していた指令とオペレーターだった。
「司令!船団消失海域に巨大生物を探知!」
「モニターに出せ!」
薄暗い司令部のモニターが多目的衛星の画像を映し出す。
夕暮れの長崎県五島列島沖から少し離れた海上に、巨大な海坊主の様な黒い生物が浮上していた。
「なんだ?もっとズームできんのか!?」
当直司令が目を凝らしてモニターを見つめた途端にモニターが一瞬発光してモニターが暗転した。
「どうした!?」
「『みちびき』4号機の通信途絶!反応消失しました!」
「撃ち落とされたというのか!?」
顔面蒼白となった当直指令は、直ちに統合幕僚監部のある市ヶ谷防衛省への直通電話を取るのだった。
-ーー福江島西側 丘陵部 ミツル商事保養所
「もう、イワシパイばっかりで飽きたのです」
空の皿を眺めながら、琴乃羽が淑女にあるまじきげっぷをする。
「私の手作りイワシパイは琴乃羽さんよりイケてると思うんだけど・・・そんなこと言っている割には人一倍夕食を頬張っていたわよ美鶴」
半目になった岬が指摘する。
「いや~海の幸が豊富で美味しいのは幸福すぎるのですが、こう毎日お魚尽くしだと・・・」
琴乃羽がお腹を擦りながら食堂のソファーにダラリともたれかかる。
「琴乃羽さん、首都圏の人たちにとってはイワシはまだまだ高級魚なんですから、そんな事言っていると罰があたりますよ?」
漁港で調達したスルメをもしゃもしゃ噛む春日が戒めた。
「それはそうなんですけどね~」
琴乃羽が口答えしようとした瞬間、海側に面したガラス窓が爆音でビリビリと震えた。
「こんな晩ご飯時に演習?」
首を傾げる琴乃羽。
「英国連邦極東軍?地元との協定でこんな超低空飛行はありあえないですよ」
岬が否定する。
様子を見に食堂から海に面した庭に出ていた春日が血相を変えて駆け戻ってくる。
「二人とも!逃げるよっ!」
普段はひょうひょうとして、のんびりしていた春日の形相が鬼気迫るものに様変わりしているので驚く二人。
「海で何かあった?」
短く訊く岬。
「怪物が空に向かってレーザー撃ってる!」
余裕のない表情で答える春日。
思わず顔を見合わせる岬と琴乃羽。
「何それ面白そう!」
「どんな形態でしょうか?」
恐れずに興味を持つという二人の反応を見て思わず脱力しかけた春日だったが、
「あのビームはやばいっしょ!逃げるよ!島の反対側まで!」
気を取り直して二人の手を引きながら庭へ連れだすのだった。
-ーーそのころNEWイワフネハウス
与呼島 舞「そう言えばそろそろアレが着く頃ね」
黄星 守美「お中元ですか~?」
黄星 輝美「オプティコスホライからの迎えなのかっ!?」
事態の深刻さに気づかない三姉妹だった。
その頃地球-ーー
【中東地域 旧トルコ共和国 カッパドキア州内『イスラエル連邦』首都 新テルアビブ 首相官邸】
「そうだ、中佐。我々は自前で火星へ行ける船が欲しいのだよ」
首相の傍らに居る国防大臣がアイルランド島にいるワイズマン中佐へ話し掛ける。
『ミス瑠奈によると、マンスフィールド級改良宇宙型は対宇宙放射線防御が貧弱なため、長期間の宇宙航行が不可能との事です』
ワイズマン中佐が答えた。ワイズマン中佐はアイルランド島にあるレジスタンス基地宿舎の自室から、プライベート回線で本国に定例報告を行っているところだった。
「言い訳は要らんのだ、中佐」
ニタニエフ首相がぴしゃりと指摘した。
「我が国は今現在も、この地域で地球規模の災害と火星の虫共のせいで孤立しているのだ。最近は近隣地域の旧トルコ国民も保護しなければならない状況下で、我が国の体力は着実に落ちてきている。とても反攻作戦どころではないのが本音なのだよ」
「君の任務はあの火星人モドキのコピーを入手することではない。我々が火星人の技術を使って人類勢力で一番にならないと800万に増えた国民を救えないのだ」
「そのためには、コピーではなく火星文明技術の直接利用が望ましい」
ニタニエフが言い切った。言い切りながら、これはとてもじゃないが日本人に聞かせられないな、と彼は思った。
『恐れながら首相閣下、日本国は火星人との技術供与については「段階的承継方式」をとっており、かつて極東アメリカ合衆国が結んだ「即時承継方式」ではないのです。つまり、我々は火星文明を日本式にアレンジしたものしか入手できないのです』
ワイズマン中佐が応える。
「ゴラン高原の最前線でシリア軍相手にあらゆる手を尽くして陣地を死守した君とも思えない言葉だな」
国防大臣が不満気に言う。
『大臣、これ以上をお望みであれば我々はミス瑠奈の部隊には居られません。信頼関係が崩壊します』
憤りを抑えてワイズマンが答えた。
「仕方あるまい、大臣。中佐には引き続き出来る限り試作兵器の情報収集を続けさせよう。火星の虫共を殲滅させることも大事だからな」
ニタニエフが国防大臣を宥める。
「ここはヒガシヤマを使うとしよう。中佐、ご苦労だった」
ニタニエフから通信が着られた。
【地球 アイルランド島 ニューベルファスト地球連合防衛軍レジスタンス基地内】
真っ暗な宿舎の個室でワイズマンはため息をつく。
最近は本国への報告内容はがらりと変わり、あからさまなマルス文明技術の取得を本国は望んでおり、日本国との共同戦線という考えは二の次になっていた。
「寒い時代はまだまだこれからのようだ・・・」
そう呟くとワイズマン中佐はマンスフィールド級空中戦艦の艦橋に戻っていった。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
次話は1月13日㈰に投稿予定です。
【このお話の登場人物】
岬 渚紗=ミツル商事海洋開発・生物医療研究部門責任者。
琴乃羽 美鶴=ミツル商事サブカルチャー部門責任者。
春日 洋一=ミツル商事海洋養殖部門責任者。
ワイズマン=イスラエル連邦軍中佐。ミツル商事警備部門に特殊部隊と共に出向中。
ベンジャミン・ニタニエフ=イスラエル連邦首相。
与呼島 舞=オプティコスメロヌイからの訪問者。黄星姉妹の姉的存在。
黄星 守美=オプティコスホライからの訪問者。輝美の姉的存在。
黄星 輝美=オプティコスホライからの訪問者。守美の妹的存在。