2023年6月10日午後3時【東京都世田谷区三宿自衛隊中央病院】
満とひかり、美衣子(ミーコ)は瑠奈の担任であり、仮想世界大戦で精神的な重症を負った澁澤真知子先生のお見舞いで病室を訪れていた。もちろん事前に夫である澁澤総理大臣の許可を得ている。
挨拶を交そうとすると、真知子がいきなり、
「私があの時反対したにもかかわらず、結果的に教え子二人を戦争に関わらせてしまったことについて、私はとても、自分自身を責めています。あの状況に至る過程で、あなた方には不可抗力が有ったのかも知れません。ですが、それでも私は、貴方達の行いを一生忘れる事は出来ないでしょう」
静かな語り口だが、胸のうちに秘めている行き場のない激しい怒りを必死で出すまいと押し殺したように、能面の様な無表情さを隠そうともしなかった。
「本来は、私は許すべきところでしょう。しかし戦争を経験してしまった今となっては・・・、いえ、兎に角、二人には最善の治療をお願いします」
そう言うと真知子は気力を失ってぐったりとベットに横たわった。
満とひかり、美衣子は一言も発せずに、ただただ頭を下げ続ける事しか出来なかった。
「真知子さんは他の生徒さん達よりも症状が重いのです」
短い面会時間を終えて病室の外へ出ると立ち会った主治医が病状を説明した。
帰りの東横線に乗った三人は横浜に着くまで終始無言のままだった。
2023年6月11日午前6時【東京都大田区 羽田国際空港 展望台】
空港沖の東京湾上で初夏の日差しを浴びる全長2kmに及ぶ巨大なマルスアカデミー母艦をバックにして、民放局の新人男性アナウンサーが興奮気味に中継していた。
「見てくださいっ!このような巨大な山のような宇宙船。本当に空を飛ぶのか私には信じられません!この宇宙船は、昨晩秘かに種子島から飛来して待機しています」
「人類初の木星探査宇宙船『おとひめ』が、羽田から搭乗する探索隊を乗せて間もなく、この羽田空港沖合から飛び立ちます!」
「この宇宙船は日本の小学生がマルス文明人とのビンゴ大会で見事引き当てたと言う、これもまた人類初の異星文明から贈られた宇宙への扉となります」
大月家では大月夫妻と三姉妹&訪問者三姉妹がイワフネハウスの食堂で朝食を摂りながら、木星探査隊が羽田沖から出発するニュースを視ていた。
「つくづく、我が家は世間を騒がしているなぁ・・・」
「むふぅ・・・」
ビンゴ大会の関係者(主賓とも言う)だった満が呟く。隣に座るひかり(彼女も主賓だった)は結婚披露宴を思い出して朝からデレていた。
頬を紅潮させたアナウンサーがレポートを続けていた。
「木星探査隊に参加する2名の小学生は都内在住との事ですが、詳細については未成年であることを理由に記者会見やインタビューはもとより、個人情報の公開等一切をJAXAは拒否しています」
「一方、野党各党は今回の木星「遠征」計画について、人類の喫緊課題である地球奪還作戦を前に、政府は平和を望む善良な地球市民に対して果たすべき事が多々あるにも関わらず、緊急性の乏しい「遠征」に無駄な費用を費やす必要があるのかと-ーー」
民放チャンネルにも関わらず、突然中継画面が途切れてNHK渋谷スタジオで硬い表情のアナウンサーが映し出された。画面の右上に『共通:特別非常事態宣言発令』と赤く太い文字が表示されている。
『昨晩、長崎県五島列島沖で消息を絶ったユーロピア軍輸送船団と、多目的情報通信衛星「みちびき」4号と8号に加え、同じ海域の福江島レーダー施設、対馬自衛隊基地が何者かの攻撃を受けた事に関連して日本・英国連邦極東両政府は先程午前5時57分、九州・中国地方全域に特別非常事態宣言を発令しました。九州・中国地方にお住い又は滞在されている方は今すぐに、最寄りの特別避難施設へ避難して命を守る行動を取って下さい!これは訓練ではありません!繰り返します、日英政府は先程-ーー』
火星転移前から、尋常ではない災害発生にも動じない様に訓練されたNHKアナウンサーが、淡々と避難情報を伝え始める。
「あらあら、もう少し大人しく呼び寄せればよかったぞっ!と」
うっかり口を滑らせる与呼島 舞。
「さらりと問題発言しないで欲しいわ」
いきなり紫電を放つ美衣子に対し、シールドを展開してガードする舞。しかし隣に座る守美と輝美は半熟目玉焼きに気を取られていたために反応が一瞬遅れ、避け切れず紫電を浴びて床で伸びていた。最近の大月家朝食で頻繁に見られるようになった日常風景である。
「で?舞さんはこの状況の犯人と「お知り合い」なのかしら?」
黒いオーラを放ちながら物凄い笑顔で与呼島に詰め寄るひかり。隣りでは満が小さく縮むように朝刊を読みながら我関せずとデザートのリンゴをシャクシャク齧っていた。
「「「私達が間違っておりましたっ!!!」」」
美衣子に教え込まされたのか、見事な土下座でひかりに詫びる訪問者三姉妹だった。
「取りあえず、最初から話してもらおうかしら?」
ひかりの尋問が始まった。
訪問者三姉妹は神妙な面持ちで正座に姿勢を切り替えるのだった。
-ーー30分後
食堂の床に正座する訪問者三姉妹だったが、輝美はこちらの宇宙で初めて体験する正座に足が痺れて床の上で悶絶していた。舞と守美は健気に姿勢を維持していた。
「あれ?なんかこの子反抗期なのかなっ?と」
舞が首を傾げる。
「私の呼びかけに応えないのだぞっ!と」
「どうしたの?」
美衣子が尋ねる。
「ん~。シレーヌス海溝の底から出て来て日本列島の近くまで来たところで空から電波?を当てられて興奮しているみたいです~」
舞の隣で彼女の思念波に同調してその存在の波長を読みながら、同じような仕草で首を傾げる守美。
「シロ姉、なんでこんな面倒くさい生き物作っちゃったのさっ!?」
床の上で相変わらず悶絶しつつも、目を閉じて遠くの海中に眼を凝していた輝美は、その存在の姿を視て呆れた声音で姉を糾弾する。
「いや~、なんか海の底で寂しそうに潜んでいたから『みんな一緒になれば寂しくないんだぞっ!』と一纏めにしてあげただけなんだぞっ!と。ついでに日本列島に楽しいお友達がいるかも知れないのだぞっ!と伝えてみただけなんだぞっ!と-ーーうひゃっ!!」
余りの行状に美衣子が正座を続ける舞の両頬に手を伸ばしてむんずと引っ張る。
「兎に角、鎮めるように呼びかけを続けて」
美衣子が舞に命じる。
流石に事態の深刻さからわれ関せずを決め込んでいた満が動き出す。
「岩崎さんに先ずは連絡だ。ひかり、今回は僕たちも動くよ?」
「わかりました、あなた。現地に行く形で荷物を纏めますよぅ」
腰に手をあてて仁王立ちのポーズを決めていたひかりも慌ただしく動き出す。
「岩崎さんですか?大月です。いつもすみません。はい、その件です。こちらで預かっていた三姉妹から今回の件について知見を得ました。ついては現地に向かいたいのですが-ーー」
岩崎官房長官へ報告する大月だった。
同時刻【長崎県五島市(五島列島)福江島 五島港】
五島港近くの核シェルターへ避難していた春日、岬、琴乃羽だったが、今は福江島からの避難指示を受けて自衛隊誘導の元、港で避難用にチャーターされたフェリーを待つ避難民の列の只中に居た。
昨晩は三人は保養所から大慌てで山の麓にある五島港近くの核シェルターへ向かう途中、幾筋もの光の柱が西の海側から放たれて、翁頭山山頂のレーダー施設が貫かれて爆発する所を目撃していた。
「あんな超強い化け物がまだ火星に居たんですね」
素で感心する琴乃羽。
「あの光の柱はレーザーでしょうが、生体電気をあそこまで収縮させるなんて普通の生き物じゃあないですよ!?」
あくまでも生物学的な観点で大いに学術的興味をそそられている岬。
「ぶれないですね、お二人とも・・・」
避難民の列に並びながらワンセグで情報収集に務める春日がため息をつく。
『避難されている皆様の中にミツル商事の社員の方はいませんか?』
唐突に港のスピーカーからアナウンスが流れる。
『ミツル商事の方は近くの自衛隊員に申し出てください。特別な伝言があるとの事です』
春日は岬や琴乃羽の顔を見る。
「・・・どうやら面倒事がお呼びの様ですね」
三人は顔を引き締めて誰ともなしに頷くと、近くの自衛隊員を呼び留めて港近くに設置された指令所へ向かい、通信機を通じて社長の大月から海上自衛隊呉基地へ向かうように指示を受けるのだった。
面倒事はまだ始まってもいなかった。
同日午前8時30分【神奈川県 横浜市 NEWイワフネハウス 屋上】
首相官邸に報告を終えた大月家と訪問者三姉妹は、地下の格納庫から久しぶりに現れたアダムスキー型シャトルに乗り込んだ。
操縦席に美衣子が収まり、その後ろには満とひかりが隣り合わせの座席に座った。
「こちらマルス・ヨコハマ、以後MYとするわ。厚木管制の離陸許可を求めるわ」
『こちら厚木。お久しぶりですミス・ミイコ。離陸許可します。現在政府から日本上空の民間航空機は長崎沖の怪獣に撃ち落とされる可能性があるので飛行禁止となっています。ミイコ殿もお気をつけて』
厚木基地の海上自衛隊管制官が応える。
「厚木の手厚い案内に感謝するわ。MY、高度200で呉に向かう。テイクオフ」
飛行機のシミュレーターでも体験したのか、やけに飛行機パイロットらしいやり取りを行ってイワフネハウスからアダムスキー型連絡艇を浮上させた。
「ひかり、呉基地には30分程で到着するからそれまではオートパイロットで大丈夫だから朝のお菓子を頂戴」
さりげなく恒例でもない朝のおやつタイムを要求する美衣子。
「しょうがないですねぇ。これから大変になりますし、今日は大目にみますか。昨日お見舞いで焼いたクッキーの余りがあるからそれでいいわよね?」
ひかりが苦笑してカバンからクッキー缶を取り出す。
「じゃあ、僕はお茶を容れるよ。美衣子、お茶の葉はコクピットの下の引き出しだよね?」
いそいそと満がお茶くみ係に立候補して、勝手知ったる顔で操縦席の近くからお茶セットを取り出すと準備を始める。
「・・・あのぉ~ちょっと」
黄星守美が遠慮がちに大月家一同を窺うよう声をかける。
「私たちはどうしてこのような体勢なのでしょうか~?」
与呼島 舞と黄星姉妹は布団でぐるぐるに巻かれた上で、底引き網にも使われる強力なロープで簀巻きにされて連絡艇後部座席付近の床に転がされていた。
「簡単な話よ。貴方達が勝手に動くと何が起こるかわからないから大人しくしていて頂戴」
操縦席から後ろを振り返りもせずに、ひかりの差し出したクッキーをポリポリ齧りながら答える美衣子。
「そんな~」
「貴方達の事だからどうせ、抜け出そうとすれば簡単な筈よ。今回は、物事の正しい対処の仕方を学んでもらうわよ」
弱音を吐く守美に美衣子が指導教官の顔で告げる。
「まさか美衣子から物事の正しさを教わる日が来ようとは・・・」
何故か目頭が熱くなって液体が瞳に溢れるのを、満はクッキーのジンジャー味と砂糖の代わりに使われた食塩のせいだと思い込むことにした。
「なんで感動的な場面を装って私のクッキーをディスるのですかぁ?」
素敵な陰のある笑顔で満に詰め寄るひかり。
二度目となる火星生物の日本本土上陸を前にした和やかなひと時だった。
-ーーその頃、自衛隊中央病院。
「ぶへっ!」
真知子が口の中に含んだ焼き菓子を勢いよく吐き出して咳込むと床に倒れ込んだ。
「っ!?どうしたっ!真知子!」
見舞いに訪れていた澁澤太郎総理が、床に蹲っている涙目の真知子のもとへ駆け寄る。
「テロかっ!」
「洋菓子に毒物混入かっ!」
慌ただしく病室を封鎖する公安SPと澁澤総理だった。
-ーー1時間後に全てが明らかにされた後、自衛隊中央病院では見舞に訪れる者が手作りした菓子は出来栄えを問わず、持ち込みが禁止されたという。
そして、真知子先生の木星同行は取り止めとなったのである。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
次話は1月20日㈰に投稿予定です。
【このお話の登場人物】
大月満=ミツル商事社長。
大月ひかり=ミツル商事監査役。
大月 美衣子(ミーコ)=マルス文明日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
岬(みさき) 渚紗(なぎさ)=ミツル商事海洋養殖部門、医療開発部門担当。海洋生物学博士。
琴乃羽(ことのは)美鶴(みつる)=ミツル商事サブカルチャー部門責任者。言語学研究博士。少し腐っている。
春日 洋一=ミツル商事海洋養殖部門責任者。
澁澤 真知子=神聖女子学院小等部教師。瑠奈の担任。
黄星(きぼし) 守美(もりみ)=訪問者。神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。
黄星(きぼし) 輝美(てるみ)=訪問者。神聖女子学院小等部6年生に転入。守美の妹的存在。
与呼島(よこしま) 舞(まい)=訪問者。神聖女子学院小等部新任教師。黄星姉妹の姉的ポジション。