2023年6月12日午前8時【長崎県佐世保市 英国連邦極東首都ダウニングタウン 首相官邸地下司令部】
クリーチャー「マリネ」の接近に伴って司令部では徐々に緊張が高まっていた。
「クリーチャー、五島列島北部の平島沖を南下!10ノット!」
「光学兵器で中通島水平線レーダー破壊されました!」
「横須賀経由でミツル商事から警告!指向性電波はクリーチャーを刺激するとの事です!」
「五島福江空港に待機中のWB21ワームバスター試験中隊及びユーロファイター部隊いつでも出せます!」
「いかんぞ!航空機は電波発信器のようなものだ、待機継続せよ」
「衛星フォボス宇宙基地からユーロピア宇宙軍戦略戦闘艦『ドウ・リシュリュー』出撃!MOAB弾道弾発射準備完了!」
「リシュリューにはレーザーバリア展開を忠告しろ。高みの見物とは訳が違うのだ!」
「自衛隊特殊機動戦闘団、平戸に到着、展開中!」
「日本軍最新兵器の実戦能力を見てみたいが防衛線維持を優先!むやみに先行させるなよ!」
「大佐、クリーチャーの防衛線接触までどれくらいだね?」
今回の事態で禁煙を撤回したケビン首相が、何本目かわからない葉巻に火を着けながら防衛指揮官のグリナート大佐に尋ねる。
「サー、首相閣下。最新の報告によりますとクリーチャー接触まで4時間半ほどです」
葉巻の紫煙から逃れるように身をよじらせたグリナート大佐が答える。
「皇太孫殿下を沖縄に避難させよう」
最後の段階の決断をするケビン。
「殿下は責任感が強いので簡単に避難勧告に応じるとは思えませんが?」
「今ここで殿下を失えば、大英帝国の歴史は終わる。女王陛下のご意思をお守りすべきと説得するのだ!」
腕を組んで司令部のスクリーンに投影されている戦況図を眺めるケビンとグリナート。
「首相!ナガタチョウです!」
「繋いでくれ」
卓上3Dモニターに澁澤首相と岩崎官房長官が映る。
「ケビン。これより我が国は対クリーチャー最終兵器を使用する。クリーチャーのいる半径50kmの電子機器は要不要問わず、全てスイッチを切ってくれ。大量の電磁波が空から降ってくるぞ!」
澁澤が警告した。
「何をするつもりかね?」
汗ばむ掌を気取られないように腕を組み直すとケビンが澁澤に問いかける。
「電気分解だよ」
ポーカーフェイスで澁澤は答えると通信を切った。
「大佐、半径50㎞を避けて防衛線の再構築だ。急ごう」
ケビンがグリナートに命令した。
司令部の緊迫感がさらに強まった。
-ーーーーー
午前9時30分【関門海峡通過中 海上自衛隊 音響測定艦『とどろき』CIC】
CICで聴音ソナーからクリーチャーの移動音を拾っていた美衣子の携帯電話が振動した。
通話先の相手からの報告を受けた美衣子は満に向き直ると報告した。
「お父さん、「雷神」の準備完了よ」
「美衣子、雷神コントロールをこのCICで引き継げるようにしよう」
満が室内を見渡すと言った。
「ん。コントロール、ダイモス基地から移管完了。聴音ソナー測定結果とクリーチャーへの照準システムをリンク、コネクト、完了」
美衣子が器用に制御卓を操作する。
「照準問題なし。しっかりクリーチャーを捕捉しています」
岬が報告する。
「エネルギー重点120パーセント」
美衣子がおもむろに雷神の充電システムに負荷をかける。
「美衣子、何度も言うようだけど、地球の衛星は120パーセントためれないから!爆発しちゃうから!」
満が突っ込みを真面目に入れる。ミツル商事も少なくない予算を雷神運用費用として支出している。
「漢のロマンが-ーー」
美衣子が反発して言いかけたところでひかりの凄みある笑顔を向けられると軽く咳払いして、
「コホン。余剰電力は可能な限り惑星軌道外へ放出するわ」
120パーセント充電を諦めるのだった。
「照準システムは引き続きクリーチャーを追尾中。いつでもロックオン可能です」
岬が報告する。
「舞さんが気になるけど・・・さすがに時間切れかな」
満が覚悟を決める。
満がクリーチャーの侵攻針路と照準システムのモニターとにらめっこしてレーザー照射のタイミングを計っているときに美衣子の携帯が再び振動する。
「もしもし」
地上へレーザー光線を照射するという微妙な衛星角度の調整に神経を集中している美衣子の応答は機械的だった。
『グラン・マ、私、私だけど』
「通報したわ」
『ムキーっ!』
通話先で吠えていたのは対馬沖の海底に居る与呼島 舞だった。やることはやってしまう性分の美衣子だった。
「なに?餌の相談よりも、そこの海底が沸騰する未来に注意なさい。もうすぐそこへ太陽光送電衛星からレーザー光線に変換した莫大な荷電粒子を当てるわよ」
美衣子が警告する。
『待って!マリネちゃんには悪さをさせないのだぞっ!と』
「そんな大きさだと存在するだけで問題だわ」
『大きさが問題!?なら今から小さくするのだぞっ!と』
「どうやるのかしら?」
『マリネが持つ生体電気を凝縮させて細胞死を加速させる「細胞収縮」を応用して出来るだけ小さくするのだぞっ!と』
「そのクリーチャーが持つ生体電気だけでは収縮もたかが知れているわ。こちらの荷電粒子を上手く使いなさい」
『では、タイミングを合わせて』
「無理。衛星のバッテリーが限界。すぐ撃つわ」
『ちょっ?!』
「ごめんなさい」
美衣子が無造作にトリガーボタンを押す。
対馬沖を航行する「とどろき」の遥か頭上から紫色の光の柱が針路の遥か先に降り注ぎ、しばしの間天地の間を紫の光の柱が繋いだ。
『あばばばば』
「テンプレ的な感電リアクションはいいから。誰も見ていないから」
『ちょっと待つのだぞっ!と。今凝縮エネルギーで細胞収縮中だぞっ!と』
「荷電粒子照射はもうすぐ途切れるわ」
『充分だぞっ!と。むしろいっぱい余るかもだぞっ!と』
「余らせてはダメ」
『いやいやいや、もうムリなんだぞっ!と』
「しょうがないわね、じゃ、こちらが指示する方角へ収縮させて戻して頂戴」
暫くすると「とどろき」正面の海中から空高くへ向けてオレンジ色の光の柱が立ち昇った。
オレンジ色の光の柱が立ち昇った先に、木星へ向かう1隻の巨大宇宙船が航行していた。
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同時刻【火星から木星方向へ1億㎞の宇宙空間 木星探査隊母艦『おとひめ』】
「イワフネ艦長!火星から高エネルギー、来ますっ!」
航行オペレーターが報告する。
「美衣子さんから先ほど連絡があった通りの方角から来ている。艦尾ソーラーセイルの一部を方向転換させて対応させる。充分な補助推進エネルギーだ」
ミツル商事からJAXAに出向していたイワフネが冷静に対応して指示を出す。
「天草理事長、これから予定外の加速がされる事で木星到着が1週間ほど早まりそうですよ」
イワフネが傍らに立つ天草士郎に声をかける。
「優雅な宇宙旅行とは程遠いですね。せわしない事です」
ため息をつく天草。とはいうものの充分にリラックスしているようだ。
「ご令嬢との大切な時間も減ってしまいますね」
イワフネがククッと笑いを堪える。
天草の一人娘である華子への溺愛ぶりは航海開始初日から顕著であり、仮想世界大戦でやさぐれた娘を心配するあまりストーカーと見まごうばかりだった。
親友の名取優美子も華子の父には早々と辟易しており、最近ではハイキックによるコミニュケーションが定番となっていた。
「ソーラーセイル17番から25番、火星方向へ転換完了」
天草とイワフネが会話する間にも火星からの臨時エネルギー照射が続き、ソーラーセイルによって安定した推進力に加え、火星からの補助ロケットとも言うべき推力の追加を受けてマルス文明製母艦「おとひめ」は木星方向へぐんぐんと突き進んで行った。
-ーー同「おとひめ」展望フロア
マルス母艦のちょうど真ん中あたりに設けられている小ホール並みの広さを持つ宇宙展望台はほぼ360度周囲がグラスファイバー製の透明な特殊ガラスでコーティングされていた。展望台のガラスは幾重にも重ね掛けでコーティングされたフィルターで有害な宇宙放射線のほとんどを遮断している。
ちょうどこの時間は各部署が整備点検に追われている時間帯であり、展望台まで足を運ぶ者は二人の小学生以外には居なかった。
二人の小学生は眼前に広がる漆黒の闇と火星や太陽からのわずかな光に照らされた空間を双眼鏡片手にじっと眺めていた。
「ん?さっきから加速していないかな?この船」
コテンと首を傾げる天草華子。宇宙に出てから病んだ心を映す能面の様な無表情さに変化の兆しが見えていた。
「そうだね。展望台からは見えないけど火星からのビームで加速してるらしいっしょ」
表情は明るく、口調は元の調子に戻っていたが、まだ少し声が小さい名取優美子だった。
火星日本を出発して2日しか経っていないが既に見慣れた赤と水色に染まる惑星は大分小さくなっていた。天草華子と名取優美子は仮想世界大戦で病んだ心を癒すべくこの木星探査船に搭乗していた。
探査船の搭乗員は皆日本政府やJAXAの職員であり、同年代の少年少女は居ない。だが、搭乗員は皆二人を特別視することなく自然体で接していた。同年代ばかりの学校とは違う、落ち着いた雰囲気の空間に二人は比較的落ち着いて対処していた。
むしろ、娘と同じ船に乗っている事でテンションMAXな親バカの方が目だっていた。
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同日午後3時【関門海峡通過中 海上自衛隊 音響測定艦『とどろき』CIC】
午前中の緊迫した任務を終えて帰途についていた音響測定艦『とどろき』は、日の傾いた瀬戸内海を東へ航行していた。
CICに詰めていたミツル商事一行も緊張が解けて満社長が淹れたお茶を飲みながら、昨日からの緊迫した神経を休めていた。
「ところでですね」
CIC真ん中に設置された巨大な制御卓上に置かれている場違いな金魚鉢をつつきながら岬が与呼島 舞に訊く。
「これ、どうするんですか?」
金魚鉢の中には直径1.5センチほどの糸ミミズの塊のような生物が蠢いていて、金魚鉢の同居人であるボラの稚魚に餌と間違われて何度も口に吸い込まれては異物として吐き出されていた。
「’’マリネちゃん’’は私が責任を持って面倒を看ます!」
珍しく真剣な表情で女性教師の姿に戻っていた舞が岬に答える。
「と、言っていますが社長?」
琴乃羽が満の判断を求める。
「舞さん。この糸ミミズーーーじゃなかった、マリネちゃんだけど、元の大きさになることはあるの?」
満が確認する。
「ないわ。超電磁細胞縮小現象で肉体を構成する細胞を最低限にまで除去したから。もう一度莫大な荷電粒子を浴びない限り、山の様な餌を与えたところでマリネは元の姿には戻らないわ」
とてとてと満に近づいて背中によじ登りながら美衣子が答えた。
「それじゃあ、舞さんが責任を持つこと。それと、舞さん達は美衣子からいろいろと教わってね」
ひかりが舞と、黄星姉妹の方へ顔を向けて言った。
「わかったのだぞっ!」
相変わらず簀巻き状態の輝美が美衣子の前まで転がってくるとそのままの状態で首をコクコクと前後に振る。
「先生の先生おねがいしますですぅ~」
守美もゴロゴロと転がろうとしたが、波に揺られてCIC室内が傾いた勢いで自動扉まで転がってしまい、開いた扉から廊下へ転がり出る。春日が守美を回収するために虫取り網を持ってCICを出ていった。
「マリネの事は取りあえずそれで岩崎さんに相談するとして、舞さん、今回の騒動で人類側犠牲者の数をご存知ですか?」
満が真面目な表情で質問する。
沈黙して首を横へ振る舞と輝美。
「2,153名です」
満が告げる。
「ユーロピア輸送船団で沈没した船と運命を共にして水死した兵士達、五島列島と対馬レーダー基地がレーザー攻撃に晒された時の爆発に巻き込まれて亡くなった隊員さん達の合計ですよ」
「仮想世界大戦は、東京と神奈川の一部の自治体で電子機器に異常が起きて部品を交換しただけで済んだけれど、今回は多くの人が命を落としているんだ。日本政府や他の火星諸国はこれを引き起こした張本人を絶対に許さないと思う」
「舞さん達から見れば、私達下界生物の生存競争だから種として多くが生き残れば多少の損失には目を瞑る、という考えを持っているかも知れないけど、それだと、ヒトの社会では生活できない」
諭すように満が説明する。
「やはり、このまま日本列島に留まるのは難しいでしょうか?」
琴乃羽が訊く。
「本来であれば、私達の知らない未知の世界へ戻るべきだと思うよ」
あっさりと答える満。
「貴女達はどうしたいの?」
美衣子が訪問者三姉妹に訊く。
「私達はまだまだ生き物の習性を知らなさすぎでしたねぇ~」
守美がしみじみと呟く。
「ちょっとは悪いことしたと思うのだぞっ!せめて少しは取返しをしたいのだぞっ!」
輝美はばつが悪そうに呟く。
「マリネちゃんと一緒ならどこへでも行くのだぞっ!と。でも、貴方達の言い分も理解できるのだぞっ!と」
「だから今木星アステロイドベルトから地球へ向かっている「浮島」が無事に第3惑星に着地するまで浮島と地球の原住生物を守護するのだぞっ!と」
少し考えた後に舞が美衣子に申し出る。
「取り返しのつかない事はどうにもならないわ。だけど、少しでもその環境を元に戻せる心意気があるのなら地球行きを日本政府にお願いするのに付き合ってあげる」
美衣子はそう訪問者三姉妹に答えるのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
大月満=ミツル商事社長。
大月ひかり=ミツル商事監査役。
大月 美衣子(ミーコ)=マルス文明日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
岬(みさき) 渚紗(なぎさ)=ミツル商事海洋養殖部門、医療開発部門担当。海洋生物学博士。
琴乃羽(ことのは)美鶴(みつる)=ミツル商事サブカルチャー部門責任者。言語学研究博士。少し腐っている。
春日 洋一=ミツル商事海洋養殖部門責任者。
黄星(きぼし) 守美(もりみ)=訪問者。神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。
黄星(きぼし) 輝美(てるみ)=訪問者。神聖女子学院小等部6年生に転入。守美の妹的存在。
与呼島(よこしま) 舞(まい)=訪問者。神聖女子学院小等部新任教師。黄星姉妹の姉的ポジション。
名取(なとり) 優美子(ゆみこ)=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
天草(あまくさ) 華子(はなこ)=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
ケビン=英国連邦極東首相。
グリナート=英国連邦極東軍大佐。防衛司令官代理。