転移列島   作:NAO

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作戦前夜

2023年6月15日【火星衛星軌道上 航空・宇宙自衛隊ダイモス宇宙基地】

 

 「第2ハッブル望遠鏡が木星方向から急速接近する複数の巨大質量物体を探知!速度秒速5km、距離30,000km、大きさ1,600km以上!?」

司令室のレーダー管制官が当惑しながら当直指令に報告する。

 

 ダイモス宇宙基地の司令部モニターには画面一杯にソーラーセイル(太陽風を受け止める「帆」)を展開した日本列島オブジェクトが複数のマルス基幹母艦に先導されながら接近する様子が映し出されていた。

 

 当直司令は腕時計を一瞬見ると、暗号コードでの識別確認を指示した。

 「・・・美衣子嬢の事前予告通りだな。しっかりしろ!これは事前に通過連絡が有った我々人類のアステロイドベルト船団だ!マルス通信システムを使って呼びかけろ!コード「カラメル」!」

 

 航空・宇宙自衛隊では美衣子のアドバイスにより、彗星並みのスピードで飛来する物体との通信では通常電波では雑音が酷いことからマルス文明が利用するP=ピラミッド エネルギー波を利用した通信システムを使用している。暗号誰何コードまで美衣子が考案した優れもの?である。

 

 「こちらダイモス宇宙基地、日本航空・宇宙自衛隊。接近中の物体に告ぐ、コード「カラメル」!」

 『良く聴こえる。コード「プリン」、相性は良さそうだ。日本列島オブジェクト『タカマガハラ』駐留イスラエル連邦軍司令部』

通信オペレーターの問いかけに間髪入れずに明瞭な音声で返答が入る。

 

 「お帰りというべきか、行ってらっしゃいと言うべきか、貴官らの幸運を祈る」

 『日本国と火星諸国の支援に感謝を。我々は地球へ「帰還する」。貴官らに絶対神ヤハウェイの加護があらん事を』

 自衛隊の呼びかけにユダヤ教が信奉する神様の祝福で答えるイスラエル司令部。

 

 宇宙望遠鏡や宇宙基地からの望遠映像では分からないが、彗星並みの速度で火星を通過する物体の大きさは最も小さいマルス基幹母艦でさえ直径20kmである。日本列島オブジェクトに至っては直径1,600kmで想像を超えており、望遠鏡モニターを拡大しなくても識別できる。

 

 「自分は夢を視ているのでしょうか?」

顔を司令席に向けていないものの、口調から呆けた顔であろうことは確実な若い通信オペレーターが呟く。

 

 「今は当直勤務中だ。居眠りしているならば外の空気を吸って来い!空気が有ればの話だがな!」

本来であればとっくに定年退役している筈の当直指令がしわがれた声で面白気に応える。

 

 当直指令は定年退職後、生まれ故郷である東北地方の田舎で畑仕事をしていたが、桑田防衛大臣自ら田舎に来訪して現役復帰を要請してきたので「人生最後のご奉公」とも言うべき古巣に戻っていた。

 

 人類反攻作戦参加の為に、日本自衛隊を始めとする殆どの部隊が地球へ向かっており、火星諸国や日本列島防衛に必要最低限の隊員を確保する為日本政府は、臨時時限立法で自衛隊や民間軍事会社(PMC)で採用する職員の年齢制限を75歳までに引き上げていた。

 

 「ふむ。突発事態に慣れとらん所は今も昔も変わりないようだな」

 昭和62年の東京大停電時(*)に、富山湾へ緊急出動した海上自衛隊護衛艦艦長を務めた当直将校は小さくため息を吐いて呟くのだった。

 

(*第15話「タカミムスビ」ご参照)

 

【東京都新宿区市ヶ谷 防衛省(地球防衛連合軍司令部)第3庁舎地下司令部】

 

 司令部のモニターはダイモス宇宙基地から中継される映像の他に臨時ニュースを流すNHKや極東BBCの中継画面を映していた。

 

 「数時間前に発見されて今も火星に近づいているこの超巨大物体の正体について日本政府は、日本列島消滅で発生した地球の地殻変動を鎮静化させる為の人工的建造物「日本列島オブジェクト」であると説明しています。第1衛星フォボスの宇宙基地からクラーク記者がお伝えします」

 

 極東BBCの画面がいかつい造りで動きにくそうな宇宙服を着て第1衛星フォボスの表面に立つ記者を映し出す。

 「ここ衛星フォボスにある英国連邦極東・ユーロピア宇宙軍基地では、第2衛星ダイモスに在る日本自衛隊の宇宙基地と連携しながら超巨大物体の追跡を行っています。この超巨大物体は、マルス文明人の技術支援を受けた日本の大手ゼネコンからなる建設共同体が半年という驚くべき速さで建設されました」

 

 「超巨大物体は、日本列島消滅で重力バランスが崩れた地球に着床することで大変動を鎮静化させる目的を持っています。したがって、この巨大物体は質量もそうですが、形状も日本列島に非常に似通っています」

 「そして、ダウニングタウンの公式発表では火星に駐留していたイスラエル連邦軍から選抜された特殊部隊が駐留して物体を制御していると言う事です」

宇宙服の中で説明するクラークのくぐもった声が副音声で司令部に響く。

 

 「NHKは現場中継しないのでしょうか?」

たまたま輸送計画の打ち合わせで司令部を訪ねていたミツル商事の満社長が傍らに付き添っていた鷹匠少将に訊く。

 

 「台風中継みたいにレインコートとビニール傘で飛び出そうものなら即死する場所ですよ?」

呆れた顔で答える鷹匠。

 

 「NHKはブラック企業ではないと言いたいのでしょうかね」

満の隣で興味深げにモニターを見上げるひかりが皮肉気に言った。

 

 「それは総務省にでも聞いてください。綺麗事を言っていては自衛隊は務まりませんからね」

首をすくめる鷹匠。

 

 「それはごもっともです。・・・失礼しました」

恐縮して謝罪する満。

 

 「これで遂に始まりますね」

少しばかり緊張した声音でひかりが呟く。

 

 「ええ。先行している各輸送部隊はこの日本列島オブジェクトとマルス基幹母艦に順次合流して地球衛星軌道に到達して反抗作戦が始まります」

鷹匠が応える。

 

 「地球解放と地球環境再生、壮大な作戦ですね・・・」

満が感無量な声音で呟く。

 

 「ええ。ですが我々は出来る事を可能な限り遂行するのみです」

鷹匠が決然と言った。

 

 極東BBC放送のカメラが引いてソーラーセイルを装着した日本列島オブジェクトの全景が映し出される。

 

 蛍のように明滅するマルス基幹母艦船団に導かれるように、巨大な龍がたてがみを靡(なび)かせながら、漆黒の宇宙空間を泳いでいるような光景だった。

 

 司令部に詰めていた者は暫しの間、画面に魅入っていた。

 宇宙基地の隊員はもとより、火星各地の人類も壮大な天体ショーとも言うべき映像を視ながら、人類反抗作戦の始まりを実感するのだった。

 

-ーー同時刻【地球衛星軌道 月面都市「ユニオンシティ」郊外 マルス文明研究室】

 

 火星付近を通過する日本列島オブジェクトの中継映像は、マルス通信システムによってリアルタイムで月面でも受信されていた。

 

 「そう、火星を通り過ぎたのね。そろそろかしら」

ニュートリノビームを発射する予定のライフル製作に励んでいた結が手を止めて研究室のモニターを視る。

 

 「途中で輸送部隊と合流してオブジェクトに輸送艦を「載せる」のであと2週間はかかるようですよ。人類単独なら3年はかかる道程に比べると、とんでもないスピードですが」

研究室を訪ねていた東山が結に応えた。

 

 「当り前よ。美衣子姉さまの叡智と、私や瑠奈が経験してきた46億年のデーターを全て結集させて作り上げた三姉妹オブジェクトよ」

何故か作業台の上に登って胸を張ってふんぞり返る結。何かを主張したいようだ。

 

 「あんなとんでもない大きさのものをどうやって彗星並みの速度から地球へ着床させるんですか?」

素朴な疑問で東山が尋ねた。

 

 「ソーラーセイルで太陽電子風を受ける角度を調節して減速、後はマルス基幹母艦のシールド展開で秒速2mまで落として極東中緯度に着水、着床よっ!」

作業台からとんっ、とジャンプした結が床へ華麗に着地した、と思ったらライフルの細かい部品を磨いていたワックスの上に着地したので盛大に床の上を滑って研究室の端に激突した。

 

 「・・・なんて凄くベタな暗示なんだ」

壁に激突して目を回す結を助け起こしながら東山がぼやく。

 

 「それはそれとして、東山はこんな郊外の研究室まで何をしに来たのかしら?」

あたた、と頭を押さえながら結が普段は立ち寄らない東山に訪問理由を尋ねる。

 

 「実は、イスラエル連邦から極秘の依頼を受けまして・・・」

東山がミツル商事地球方面支社長として結にとある依頼をするのだった。

 

-ーー1時間後

 

 「東山、生き残っていた人工衛星を使って指示された通りのポイントを調べてみた」

結が淡々と調査結果を報告する。

 

 「地球ユーラシア大陸中央からインド亜大陸に極東、南米を中心に12か所で広域電磁波シールドが観測されている。大変動以来、これらの地域は閉鎖されていたから殆どノーマークだった」

結が研究室のモニターに調査結果を表示する。

 

 「大変動前の地球大都市所在に重なるのだけど、電磁シールドに阻まれてシールドの内側は覗けなかった。ハッキング出来るエリアでもないしお手上げ」

ため息をつく結。

 

 「いえ、ありがとうございます結さん。これでニタニエフ首相から毎日催促されずに済みます!後はイスラエル連邦に任せましょう。彼らは地上部隊で詳細を調べるでしょうから」

上機嫌で答えると東山は研究室を出て行った。

 

 「彼らの地上部隊にアイルランド島の瑠奈も含まれるのではないかしら?」

ボソッと結は呟いた。

 

-ーーーー

 

2023年6月20日【ユーラシア大陸東方 東アジア 旧中華人民共和国 東北地方】

 

 「お嬢、この街はバグズに喰われていないですね。住人がシャドウ・マルスの福音システムで溶解した形跡もない。珍しい事もあるもんだ」

住人の居ない廃都市を調べていたワイズマン中佐が瑠奈に報告する。

 

 「最近、司令部のウチラに対する扱いが酷いっス!いくらマロングラッセが宙空両用戦闘艦だからと言っても、何で基地から遠く離れた、こんな閉鎖地帯の奥深く潜入しなくちゃいけないんっスか!?」

瑠奈が抗議する。

 

 「まあまあ、そう言わずに。火星の大月社長始めミツル商事の皆さんは海獣退治やら輸送業務集中やらでもっと大変らしいですぜ?」

ワイズマンが宥める。彼は事情を分かっていた。

 

 「仕方ないっスね。それにしても、こんな「安全地帯」を離れてどこへ行くんっスかね?ここ以外はインフラが破たんして生きていけないっスよ?」

憤りを鎮めた瑠奈が首を傾げる。

 

 「隊長!マロングラッセから緊急連絡!西から飛行物体接近中!IFF(敵味方識別信号)応答ありません!」

通信機を肩に掛けた部下が、近隣の山間に隠れて待機していた「マロングラッセ」から緊急コールを受信すると、ワイズマン中佐の元へ駆け付ける。

 

 「お嬢!マロングラッセに戻る時間がありません。民家に隠れましょう」

ワイズマンが瑠奈を都市郊外にある廃屋へ案内する。

 

 「飛行物体はミル17大型輸送ヘリコプターです!古いな、年代物だぞ。標識は赤い星・・・?中国人民解放軍だって!?」

軍用双眼鏡で外を監視していた隊員が驚きの声を上げる。

 

 「いつの時代なんだ!?アースガルディアでもなく、ユニオンシティでもないのか?」

ワイズマンが思わず部下に再確認する。

 

 「ミル17が平文で通信中。通信相手は・・・、『人類統合政府』?」

通信を傍受していた隊員が怪訝な顔をする。

 「彼らはこの近くにある「第12都市」とやらへ向かっているようですね」

 

 「お嬢、どうします?」

 「・・・おかしいっス」

ワイズマンの問いに瑠奈が疑問を唱える。

 

 「考えてみれば此処は閉鎖地帯で火山灰濃度が高いから、ヘリコプターエンジンなんか直ぐショートして爆発するっスよ!?」

 「おい!この街の火山灰濃度は?」

瑠奈の疑問に答えるべくワイズマンが大気汚染濃度を調べるように指示を出す。

 

 「汚染濃度、大気中の火山灰濃度2パーセント、大変動前の数値です」

 「馬鹿なっ!」

 

 「マロングラッセに連絡!付近に電磁バリアーがないか調べてもらうっス!」

動揺する隊員を余所に瑠奈がある確信に基づいて指示を出す。

 

 「マロングラッセから返信、この街から東200km地点に巨大電磁バリアーの反応を検知!」

 「直ぐに戻るっスよ!」

瑠奈が腰を浮かせようとしたところをワイズマン中佐が押し留める。

 

 「何やってるんですか!まだヘリが近くに居るんですよ?」

ワイズマンが注意する。

 

 「人類統合政府とやらに話を聞きに行ってもいいんじゃないっスか?」

けろりとした顔で瑠奈がワイズマンに訊く。

 

 「IFF(敵味方識別装置)の登録も無く、孤立無援の状況下で4年以上も閉鎖環境で人類が大規模に生き延びられる訳がありません!それが出来る相手とは、我々と同レベルの技術力を持つ勢力-ーー」

深刻な顔のワイズマンが思考しながら言葉を発した。

 

 「つまり、敵です」

 

-ーーーーー

 

【東アジア 人類統合政府 第12都市(旧中華人民共和国 黒竜江省ハルピン市)】

 

 西部地方旧ウイグル自治区から飛来したロシア製のミル17大型輸送ヘリコプターが、砂塵と薄く積もった火山灰を巻き上げながら郊外の基地に着地してタラップを下ろした。ヘリの中から真新しい人民解放空軍の制服を着た一人の若手将校が現れて地上へ降り立つ。

 

 「ようこそ、偉大なる人類統合政府「第12都市」へ。君が新しい宇宙軍の戦闘機パイロットだね?」

地上に降り立ったは良いものの、途方に暮れていた若手将校にサングラスをかけた年配の上級将校が近づいて来る。

 

 「はいっ!自分は人類統合政府「第10都市」公安部隊から転属してきた黄浩宇少佐であります!」

話しかけられた若手将校が飛び上がらんばかりに敬礼する。

 

 「ははっ!元気なようで結構。楽にしてよろしい。私は人類統合政府軍宇宙機動部隊司令官の王子軒准将だ」

柔らかい声音で黄の敬礼に応えて答礼した。

 

 「宇宙機動部隊、でありますか?」

休めの姿勢で黄が尋ねる。

 

 「そうだ。君はこれから最新鋭宇宙戦闘機に乗って人類統合政府と人民を「敵」の手から守らなければならんのだ」

王が答えた。

 

 「敵、でありますか?」

 「その通り。偉大なる中華民族の祖国を破滅に追い込んで人類を滅亡寸前にまで追い詰めた火星人の事だ。間もなく火星からエイリアンとその手先が地球に攻めてくる。君と私はその最前線で、人類統合政府を守る崇高な任務に就くのだ」

 

 北京の中央政府が欧米と日本に核戦争を挑んで崩壊したと聞いてもなお、中央政府の指示を守って西安公安部隊を指揮し、多くのウイグル族やチベット族の反抗分子を粛清し続けた黄が、最近発足した人類統合政府軍に抜擢されたのだ。

 地方都市で愚直に任務に励んでいた黄にとって、人類統合政府軍への抜擢は輝かしい栄達の証だった。

 

 「はっ!全身全霊で火星人と手先共を撃滅します!」

勢いよく再び敬礼する黄には、北京中央政府崩壊後の世界情勢や人類統合政府の成り立ちに関する疑問よりも、宇宙で活躍出来ると言う少年時代に中国の宇宙ステーション「天宮2号」の中継映像を視て以来の願望が実現する喜びが勝っていたのである。

 

 「では、これから早速迎撃作戦のブリーフィングだ。君も付いてきたまえ」

王はそう言うとサングラスの奥で「縦長の瞳」を細めると司令部へと向かった。




【このお話の登場人物】
大月 満=ミツル商事社長。
大月 ひかり=ミツル商事監査役。満の妻。
大月 美衣子=マルス文明日本列島生態環境保護プログラム人工知能。
大月 結=マルス文明尖山基地管理プログラム人工知能。
大月 瑠奈=マルス文明地球観測人工天体「月」管理プログラム人工知能。
東山 龍太郎=ミツル商事地球方面支社長。日本政府地球方面特使も兼務。

ペレス・ワイズマン=イスラエル連邦国防軍中佐。ミツル商事警備保障(民間軍事会社)に出向中。瑠奈率いるレジスタンス部隊の副官。

黄 浩宇(コウ ハオユー)=少佐。人類統合政府軍宇宙機動部隊パイロット。
王 子堅(ワン ズシエン)=准将。黄の上官。人類統合政府軍宇宙機動部隊隊長。

鷹匠=自衛隊少将。統合幕僚監部所属。
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