転移列島   作:NAO

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地球の一番長い日

2023年7月8日 仮グリニッジ標準時 午前5時50分【月面都市ユニオンシティ 総合行政庁舎】

 

 東山の執務室に有る壁掛けTVから、徹夜で政治討論をするとある民法番組が流されていた。

 

 『---そうです。私達日本国民は善良なる地球市民として、母なる惑星の復興に全力を奉げなければなりません。連合防衛軍増強よりも地球環境再生の為、我が国が率先して地球へ戻るべきだと確信するものであります』

 左派系リベラルマスメディアから、次世代政治リーダーと持てはやされる野党「緑の地球党」党首が大変動前のナイアガラ滝やギアナ高地の絶景を映した写真をカメラに向けながら、持論である地球回帰政策を主張していた。

 

 『我妻先生の仰る事は大切な事です。しかし今年の四月から3ヶ月間、東アジア地区の平均気温は本来雨季から夏季に当たる季節にも関わらず、5度です。夜の最低気温は氷点下10度から20度迄下がります。バナナで釘が打てるような気候で自給自足できるような農作物の栽培は極めて困難でしょう』

与党側論客として招かれた岩崎官房長官が東アジア地区の平均気温をグラフ化したパネルをカメラに向けながら説明する。

 

 『また、空気中の火山灰濃度は濃く、呼吸器疾患の方は直接外気を吸われると喘息を引き起こして生命に関わる危険が有ります。世界中に拡散している火星由来生物=バグズや半サイボーグ生物の駆逐はこれからです。近々予定される人類反攻作戦次第ではさらなる地球環境の激変が懸念される中、現時点での地球回帰政策は時期尚早と言わざるを得ません』

岩崎官房長官が頭を振って我妻議員に反論した。

 

 「岩崎さんも大変だ。彼らはこちらまで来て月面から地球を見てさえいない、火星で夢見るだけの恵まれたご身分だ」

岩崎を労わる様に呟くと、左派政権以来下野しても変化することのないレトリックを駆使する野党議員を皮肉った。

 

 徹夜で物資の補給手配に没頭していた東山はテレビ討論の空虚な議論を聴きながら補給関連書類を精査していた手を休めると、総合庁舎の窓から地球を見上げた。

 

いつもは灰色がかった地球が見えるのだが、今はその傍らに巨大な岩塊である日本列島オブジェクトとマルス基幹母艦船団が浮かんでいる。

 

 「まさか月面で空に浮かぶ日本列島を眺める事になろうとは」

東山は暫しお月見ならぬ「列島見」を楽しんだ。

 

 『ゼロアワーまで30分。各員は所定の部署で配置に就いてください!』

防衛軍司令部からのアナウンスが都市に響く。

 

 「いよいよ人類の総力戦だ」

補給関連資料を取り敢えず纏め上げた東山は司令部へ向かった。

-ーーーーー

2023年7月8日午前6時35分【神奈川県横浜市神奈川区NEWイワフネハウス】

 

 イワフネハウスの庭で6時半のNHKラジオ体操を行う満とひかり、美衣子にミツル商事の面々。

 軽快に身体を動かすひかりや岬、春日とは対照的に、運動音痴な満と琴乃羽はぜぇぜぇと荒い息を吐きながらぎこちなく身体を捻り、ひかりと岬は楽しそうに満や琴乃羽を見つめながら溌剌とジャンプする。

 

 満は、反攻作戦に関係する輸送関連業務が激増して連日連夜の徹夜が続き、帰宅もままならなかったが、美衣子に「家庭崩壊が近いわ」等と強くせがまれて昨晩は一時的に帰宅している。

 

 ラジオ体操の深呼吸を終えると美衣子が一同に言った。

 「そろそろ始まるわ」

 

 程無くチャイムと共にNHK臨時ニュースが流れる。

 『防衛省・地球連合防衛軍司令部 午前6時30分発表、自衛隊地球派遣群を含む地球連合防衛軍は本日未明、地球衛星軌道上において最大規模の反攻作戦を開始しました』

 

 満とひかりの携帯端末が振動して市ヶ谷司令部からであろう呼び出しを告げる。

 

 「これから反攻作戦が軌道に乗るまで家に帰れないかもなぁ・・・」

げんなりとした声の満。

 

 「私達には守るべき家族や会社の皆さんが居るのですから---」

 

【挿絵表示】

 

 満の肩に優しく触れて揉む仕草をしながら励ますひかり。

 

 すると横で体操後の呼吸を整えていた春日が、

 

【挿絵表示】

 

 と満達家族の時間が作れるように気遣う。

 

 「すまん、春日。少しだけ遅れていくが頼む」

満が軽く頭を下げる。

 

 「了解です。ごゆっくり!」

春日はニッと軽く笑うと上着を羽織って芝生で伸びていた琴乃羽を岬と共に担いでバス停に向かった。

 

 ひかりの励ましと春日達の気遣いで少し元気になった満は、昨晩からシリアス気味な美衣子を気遣って美衣子を後ろからやさしく抱え込むと、抱っこから肩車をして食堂に向かう。

 

 「お父さん、ひかり。地球の瑠奈から連絡が有ったから朝御飯の時に報告したいのだけど?」

肩車された美衣子は少し満足気に尻尾で満の背中をぺチぺチと軽く叩く。

 

 「いいよ。やるべき事は沢山あるけど作戦が始まった以上、後は腰を据えて見守るだけだからね」

 

 久しぶりにゆっくりとした朝食になりそうだった。

 

-ーーーーー

【地球 ユーラシア大陸東部 第12都市(旧中華人民共和国 黒竜江省 ハルピン市)】

 

 黄少佐は市場の屋台で朝食の朝粥を摂っていた。

 第12都市に着任して以来、出勤前に市場で朝粥を食べるのが黄の一日の始まりとなっていた。

 

 朝粥をかき込みながら隣の新聞屋台で購入した朝刊に目を通す。

 朝刊には、

 「異星人隕石爆撃敢行。ニューヨーク、東京、ハワイに直撃弾!」

と一面に報じていた。

 

 「いままで散々ワシら地球人民を搾取して見下してきた西側の壊滅は因果応報だわさ」

屋台で客に粥を注いでいた店主が黄少佐に話しかけた。

 

 「だけどオヤジさん、そもそも今日の俺らの文明的生活は西側の技術革新でもたらされたんじゃないのかい?」

黄が問いかける。

 

 「そらぁ、軍人さん、我らの統合政府主席が西側との外交戦で技術開示を勝ち取ったんでさぁ!」

屋台の店主が自分の事のように胸を張る。

 

 「・・・そんなもんかねぇ」

議論を諦めた黄は、新聞を読みながら肩を竦めて粥を啜る。

 

 「ほらほら、エリート軍人さんはさっさと任務に就かないと!」

黄の冷めた反応を見た店主は渋い顔で黄にシッシッと手を振る。

 

 「ごっそうさん!」

店主に電子マネーで支払いを済ませた黄は電動自転車に乗って基地へ向かうのだった。

 

 基地に着いた途端、当直の兵士から緊急招集を知らされて司令部へ駆け付けると、中央スクリーンに地球へ接近する巨大な光点が多数展開しているレーダー解析画面が表示されていた。光点はじりじりと地球側に接近している様だった。

 

 「諸君!火星からのエイリアンが地球規模で大規模な侵攻を始めた。これより全ての人類統合政府都市と統合軍は即時臨戦態勢に入る。我々は直ちに出撃、北米大陸上空の衛星軌道上で敵を迎え撃つのだ!」

王准将が指令を下した。

 

-ーーーーー

【地球 オセアニア オーストラリア大陸中央部ノーザンテリトリ-準州 テナントクリーク連合防衛軍基地】

 

 「ジョーンズ中将、攻略部隊出撃準備完了」

 

 ジョーンズ中将がマイクを手に取ると月面を含めた全軍に呼びかける。

 「全兵士に告ぐ、この反攻作戦は宇宙空間も含めた地球規模で同時進行する人類史上最大の作戦となるであろう。

 

【挿絵表示】

 

月面都市から北半球全域にニュートリノビームを照射することによって北半球に存在する全ての核兵器無力化と、先制EMP攻撃とデブリによる拠点空爆の後、日本列島オブジェクト極東降下による地殻変動抑制が要となる。諸君らの奮闘に期待する!」

 

 「全部隊出撃。目標、ディエゴガルシア シャドウ・マルス基地!」

 テントクリーク基地から十数隻のマンスフィールド級空中戦艦が飛び立った。

 

【挿絵表示】

 

 

 やがてオーストラリア大陸西部沖に到達した空中戦艦艦隊は既に待機していた海上艦隊と合流してインド洋へ向かった。

ーーーーーー

 

【地球 欧州 イングランド ブリテン島 ニューベルファスト基地】

 

【挿絵表示】

 

レジスタンス基地の地下格納庫からWB21型偵察機が滑走路に進入する。

 「偵察機発進せよ!目標、イングランド島北部ニューグラスゴー!」

 

 わずかなホバリングで火山灰を巻き上げながらふわりと上昇した偵察機は低空のまま対岸のニューグラスゴーへ急加速していった。

 

 「ロイド提督、奪還部隊搭乗完了しました!」

 「『マロングラッセ』に信号送れ、ニューグラスゴーへ進撃せよ!」

 

 銀色に輝くマルス文明戦闘艦はニューベルファスト軍港から出港した戦略ミサイル原子力潜水艦を改造した多目的戦艦「レナウン」に合流すると対岸のイングランド島へ突き進んで行く。

 

 基地の滑走路から飛び立ったマロングラッセを眺める人影。

 

 「中佐は、この作戦に出撃しないのですか?」

いつの間にか隣に来ていた女王陛下がワイズマンに訊く。

 

 「新テルアビブから私宛に召喚命令が出ているのです。秘密漏えいの疑いで私は隊長を解任されました」

そう言うとワイズマンは肩を竦めた。

 

ーーーーーー

 

【地球 中東 トルコ中部 カッパドキア地区】

 

 「アララト山天文台の斥候から報告。黒海方面で活動中のバグズ数は昨日から変動なし!現在、成層圏上空を日本列島オブジェクトが通過中!」

 

 「月面からのニュートリノビーム照射後、北米大陸とユーラシア上空にEMP爆弾を投下します。EMP影響範囲に居る作戦部隊は直ちに電磁防護車両へ退避せよ!」

 

 「日本列島オブジェクト「タカマガハラ」司令部からエリアホンシュウからキュウシュウまでのデブリ電磁投射カタパルトスタンバイ、各地域の戦略目標に間もなく投下開始します!」

 

 「砲兵隊目標照準、戦闘準備完了!」

 「砲撃開始!全部隊前進せよ!」

 

 地下都市入り口に展開していたイスラエル連邦軍砲兵隊から重榴弾砲や多連装ミサイルが間断なく発射されると、カッパドキア奇岩にたむろするサイボーグワームやサソリモドキの群れに砲弾が降り注いでバグズを容赦なく噴き飛ばしていった。

 

 砲弾が降り注いだ後には岩陰からWB21ワームバスターの大編隊が現れて機首のバルカン砲が火を噴き、両翼ロケットランチャーから対戦車誘導ミサイルを次々と発射して生き残っていたバグズを鋼鉄の嵐で殲滅していく。

【挿絵表示】

 

「そのまま進め!奴等を黒海に追い落とせ!」

軍団長が指示する。

 

WB21ワームバスターに続いて、カッパドキア奇岩群の隙間から、独特の楔型砲搭を持つメルカバMK3戦車の隊列が姿を現し、改装された砲身から120ミリレールガンを発射する。

 

 中東戦線は圧倒的な物量攻勢で人類側が優位に立とうとしていた。

 

【同、カッパドキア地区地下都市 新テルアビブ 首相官邸】

 

 会議室で閣僚らと作戦進行を見守っていたニタニエフ首相へモサド長官が近寄る。

 「首相、マルスアカデミー先遣隊と名乗る存在からホットラインが入りました」

 

 「マルス人だと?」

怪訝な顔をしながら受話器を取るニタニエフ。

 

 「初めまして首相閣下。私はマルスプレアデスアカデミー先遣隊隊長のリアと申します。本日は貴国市民の脱出支援を申し出る為に連絡を入れました。突然のご無礼お許しください」

 「とんでもない!リア隊長。お申し出には感謝するが我が国の国民は未だ650万を超えているがどうするのかね?」

 

 「現在、衛星軌道上に貴国が管理する日本列島オブジェクト「タカマガハラ」降下支援の基幹母艦船団が待機中です。日本列島オブジェクト極東降下後、貴国へ基幹母艦船団を差し向けて皆様の脱出支援に当たる考えです」

 「有り難い。どれくらいの国民を一度に運べるのだろうか?」

 

 「手荷物程度で済むならば1隻当たり5万人ですね。貴国と日本列島オブジェクトを往復する形で考えています。基幹母艦は全部で20隻ですから1往復当たり100万人になりますから6往復で収まるのでは?むしろ母艦への収容作業に時間がかかるかもしれませんね」

 「そう・・・なのですか。驚きを通り越して惚けてしまいそうです。貴船団が収容作業中、私達が警護しましょう」

 「警護に感謝します。どうにも私達は戦争というものに疎いものでして」

 

 通話を終えたニタニエフは、モサド長官と国防大臣に向き直ると、

 「作戦変更だ。我々はカッパドキア地区に飛来するマルス母艦船団と日本列島オブジェクトへの回廊を防衛する」

 「それでは反攻作戦の足並みが乱れるのでは?」

 

 「問題ない。もともと我々は中東戦線でのみ活動していたからな。戦線への影響は無い筈だ。だが同盟国への通知は必要だろう。月面の東山と火星のケビンに連絡を取って通知するんだ!」

 

 「神に選ばれた我々が地球復興の表舞台に立つ日も近い」

ニタニエフは小さく呟くと口角を少しだけ吊り上げた。

 

-ーーーーー

【月面都市ユニオンシティ臨時連合防衛軍司令部】

 

 「ニュートリノビーム砲台、エネルギー充填120パーセント!」

 「地表発射孔開け!」

 

 「地球北米大陸を中心とする北半球が射界に入りました!」

 「先行している『ホワイトピース』から入電!地上監視システムが北米、ユーラシア東部から多数の飛翔体発射を確認!現在も飛翔体発射が継続中!400を超えました!」

 

 「結さん!」

 「慌てない。落ち着いて。すぐ撃つわ」

 

 やがて月面都市郊外のマルス文明研究施設から、巨大な眼に見えない光の渦が発射されると、先行していたホワイトピース地球降下部隊や日本列島オブジェクトの上をを掠めるように伸びていき、北米大陸の中央を貫通して地球北半球へ広がっていく。

 

 「飛翔体次々と失速!機能停止した模様!」

 「この機を逃さないで。降下作戦開始よ!」

 

 「ユーラシア大陸バイコヌール、南米ナスカ、アフリカ大陸キリマンジャロから飛翔体群上がりました!」

 「日本列島オブジェクトは直ちに12都市と飛翔体発射地区へ向けてデブリ投射開始!」

 「こちら日本列島オブジェクト『タカマガハラ』これより地球への戦略爆撃を開始する!」

 

 「ホワイトピースはデブリ空爆後直ちに北半球及び南米、アフリカ大陸上空にてEMP攻撃を行え!」

 

 衛星軌道上に接近してきた地球降下部隊を迎撃するために地上から打ち上げられてきたシャドウ帝国軍宇宙戦闘機と先行艦隊から発進したF45宇宙戦闘機や自衛隊パワードスーツ部隊が北米大陸上空の衛星軌道上で戦闘に突入した。

 

【挿絵表示】

 

 巨大な岩塊である日本列島オブジェクトもオーストラリア大陸上空から極東へ降下する針路を取った。

 

 地球の一番長い一日が始まった。

 

 -ーーーーー

【地球 ユーラシア大陸東部 第12都市(旧中華人民共和国 黒竜江省 ハルピン市)】

 

 市場での屋台営業を終えた店主が朝粥屋台を引いて簡素な自宅に帰宅した。

 

 「ふぃー、おい、帰ったぞい!」

店主が台所で支度中の妻に声をかけた。

 

 「おかえりなさい、あんた。稼ぎはどうだねぇ?」

支度中の手を休める事無く妻が応える。

 

 「ま、ボチボチだわさ」

屋台を引いて噴き出た汗を拭う。

 

 「お疲れさんだで。夕食は用意してあるから先に食べてくんなさい」

後ろを振り向きもせずに明日の屋台の仕込みを続ける妻。

 

 「じゃあ、先に食べるとするさね」

店主は一人で居間に用意されていた食事を摂る。

 

 「ええ、どうぞ、どうぞ」

玄関先から居間に消えた店主を妻の背中が見守るように追いかける。

 

 妻の後ろ髪の隙間から覗いた無線LANアンテナがオヤジの額から発信された今日の顧客データーを受信した。

 「朝客ノNO.12013007ニ反体制的ナ言動ガ見ラレル。統合政府サーバーニデーター転送。本日中ノ思考矯正インストール対応ガ必要ト求ム」

 

 機械的な小さい呟きは店主に聴かれる事は無かった。

 

 店主の妻は店主が寝床に入って就寝してもひたすら仕込みを続けていた。

 まるで単純作業を延々と続ける機械の様に、長袖シャツの中に隠されたセラミックの腕をトントンと小気味良く動かしていた。

 両眼に当たる位置に装着された剝き出しのカメラレンズを忙しなく収縮させながら具材を均等に刻み込んでいた。

 

 寝台でぐっすりと就寝していた店主の額には寝床から自動的に伸びたLANコードが接続されてその日に有った事をリセットして統合政府情報局が市民に植え付けるデーターを新たに受信し続けていた。




ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
次話は2月10日㈰に投稿予定です。
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