2023年7月15日【イングランド島 ニューグラスゴー軍港 地球連合防衛軍(UEDF)所属 英国連邦極東海軍 多目的戦闘艦『レナウン』】
ニューグラスゴー沖の北海上空は、火山灰が漂う灰色の空に加え、EMP(電磁パルス)攻撃による強力な電磁波の照射で乱れた電離層が薄紫色のオーロラを所々に出現させている不穏な空模様となっていた。
沖合には、瑠奈が火星ヘラス大陸攻略以来愛用してきた戦闘艦『マロングラッセ』の水没した残骸の一部が顔を覗かせている。
シャドウ帝国軍のミサイル攻撃を迎撃後、ワイズマン中佐の犠牲で無事海上に着水後、瑠奈はエネルギーを消耗し尽くしてしまい、マロングラッセを自己修復する事も出来ずに居た。
瑠奈は、ロイド提督が乗る戦艦「レナウン」の医務室で負傷した右腕の治療を受けた後、割り当てられた個室に閉じ籠もったまま出てこようとせず、数日が経過していた。
見かねたロイド提督や女王陛下が何度か見舞いに訪問したが、瑠奈はベッドの中に潜り込んだまま、一切のコミュニケーションを拒絶し続けた。
【ニューグラスゴー基地 地球連合防衛軍司令部】
「今の瑠奈はかなりの重傷だと思う」
憂いを含んだ顔をした女王陛下がモニターの向こうに居る月面都市の結へ瑠奈の状況を伝える。
『そんな瑠奈は見た事が無い。自己診断システムの異常かも』
結が首を捻りながら応える。
「ミス瑠奈は地球創生以来、様々な生物の進化を観てきたのだろうが、自分と関わりのある近しい者を亡くす経験はおそらく初めてではないか?」
女王陛下の隣に立つロイド提督が瑠奈を気遣う。
「このような時、家族が身近に居て温かく見守るのが一番だと我は思う。瑠奈は十二分に我が国や地球の為に尽くしてくれた。後は妾達が成すべき事を成すだけじゃ」
「・・・ヒトの温かい心に感謝を。・・・瑠奈は私が今から迎えにいくわ」
結は女王陛下に感謝を込めて応えるのだった。
女王陛下との通話を終えた結は、火星の大月夫妻と美衣子に連絡を入れ始めた。
-ーー同時刻【タカマガハラ イスラエル連邦軍「エリアフジ」司令部】
かつて日本列島が存在していた海域に再び日本列島と瓜二つの岩塊が着床して12時間が経過していたが、未だ日本列島オブジェクト『タカマガハラ』は地球内部のマントル表層に接触すべく沈降を続けていた。
「オブジェクト尚も沈降中。沈降速度毎時1.5m、現在地殻適合率96.5パーセント!」
「全エリアの地殻内部マグマ用循環通路解放」
「マントルからの自然流入を確認、予定されたマグマだまりへの供給が可能です」
「沿岸部想定標準海抜まであと4.8m」
「タカマガハラ全域において微弱振動計測中」
巨大質量の沈降と地球地殻部分との接触でタカマガハラ全体が振動しながら沈んでいく為、海辺はざわざわと海面が波立ち、人口河川の河口には海水が白波を立てて流れ込んでいた。、
「着床により周辺海域の質量急速増大」
「エリアキュウシュウ、エリアホッカイドウから発進した観測機が大規模なツナミ発生を確認。
台湾北部からカムチャッカ半島までのユーラシア沿海地域へ20m級ツナミ複数波が向かっています!」
「各国の駐留部隊に大ツナミ警報を発令!沿岸警戒を怠るな!南北アメリカ大陸側からの反射波も遅れて来るぞ!」
「月面司令部から、ミス結です!」
心なし少し慌てたような仕草の結がスクリーンに投影されるなり口を開く。
『地球の重力バランスが急激に変動している。タカマガハラを中心に地球内部マントル層の流れが乱れている事が原因よ。乱れは拡大している』
『着床とほぼ同時刻に、地殻の一番深い所で地震が発生中。大きな揺れではないけど、とても長い周期で「今も」各地の大陸プレートそのものまで揺らし続けている。これが引き金となって12時間以内に地球規模の地殻変動が再び起きるわ。各地の生存圏に避難を呼びかけた方が賢明』
思わず息を呑む司令部要員達。
「了解した。情報提供に感謝する」
未知の脅威に緊張して血の気の引いた将校が応える。
「各地の連合軍司令部と生存圏に緊急警報を発令!第二次大変動が来るぞ!」
将校が叫んでオペレーターに連絡を促す。
タカマガハラが本当の意味で地球に落ち着くまでまだ少し時間がかかりそうだった。
7月15日20時【火星 神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】
共同ダイニングのテレビでは英国連邦極東BBC放送の特別報道番組が、地球イングランドからの生中継を伝えていた。
「---お伝えしていますように、シャドウ帝国軍は先ほど現地時間午前5時ごろ、EMP(電磁パルス)攻撃の影響を逃れた南半球の海中から、世界各地の人類生存圏に向けて核攻撃を行いました」
カメラの前でマイクを握る現地アンカーはヘルメットを被り、顔色は核シェルターで息を潜めて避難していた時の緊張が未だに残っているのか、蒼白だった。
「ヨーロッパにはこのうち少なくとも100基の弾道ミサイルが飛来しましたが、ここニューグラスゴー基地には核ミサイルを迎撃出来る施設が殆どありませんでした」
「待ってください、ジェシカ。では何故、貴方方は無事なんです?」
長崎佐世保のスタジオにいるキャスターが慌てて訊く。
「はい。ヨーロッパ消滅の危機は一人のイスラエル兵士によって回避されました」
画面がアンカーから録画された粗い画像に切り替わる。
暗い宇宙空間の右側から現れて素早く横切ろうとするオレンジ色の光点が、左下から伸びてきた白い光と幾筋もの薄い煙を引くミサイルと接触して花火のように短くバチッと火花を散らしては消えていく。
「この映像は先ほど私達極東BBCが、連合防衛軍司令部から独占的に入手したものです。
画面右奥から飛来するミサイルを左下からレーザー光線と迎撃ミサイルが次々と撃破しています」
「このレーザーとミサイルはF45宇宙戦闘機によるもので、戦闘機のパイロットはたまたま基地に居合わせた非番のイスラエル軍特殊部隊の兵士でした」
次の画像では地上から撮影したもので、灰色の空の遥か上空からゆっくりとオレンジ色の炎と白煙を引きながら沖合に落下する幾つもの破片を映したものだった。
「司令部によりますと、ミツル商事警備艦と核ミサイル攻撃を防ぎきったF45は基地へ帰投する直前、衛星軌道上に展開していたシャドウ帝国軍宇宙戦闘機と交戦状態になり、敵戦闘機を撃破したものの、大気圏突入に失敗して爆発したとの事です」
「搭乗していたパイロットの生存は絶望的と言う事です。
パイロットはイスラエル連邦軍特殊部隊に所属するペレス・ワイズマン中佐でした。
ヨーロッパは一人のイスラエル人兵士による尊い犠牲によって、救われたのです-ーー」
ダイニングで夕食後のお茶を飲んでいた大月夫妻や岬、琴乃羽達ミツル商事の面々は茫然と無言で画面を見つめていた。
そんなダイニングに地下の研究室から戻って来た美衣子が入ってくると満に近寄って携帯端末を差し出す。
「お父さん、月面の結からよ。瑠奈が・・・」
美衣子は最後まで言い切らずに言葉を濁す。
怪訝そうな顔で端末を手に取る満だったが、画面に伝達された内容を見ると険しい顔で美衣子に尋ねる。
「美衣子、今すぐ瑠奈の所へ行きたいのだけれど、どうすればいい?」
【地球 中東 旧トルコ共和国中部 上空50,000フィート】
ベンジャミン・ニタニエフ首相は、眼下に広がる荒涼とした大地の一角から突如として濛々と黒煙が噴き上がる様を戦慄の眼差しで見つめていた。
ニタニエフ首相の背後にモサド長官が近づいて報告する。
「首相閣下、地上に残した監視部隊からの報告によりますと、アララト山で大規模噴火が起こりました」
「分かっている。あれだな?」
ニタニエフが眼下に広がる景色の一角を指差した。
先ほど大地の一角から噴き上がった噴煙は、瞬く間に周囲へ拡がりながらニタニエフが乗っている最後のイスラエル国民を乗せたマルス基幹母艦と同じ高さにまで到達しようとしていた。
「頂上の天文台に派遣していた部隊は?」
「タカマガハラ司令部からの警告を受けた直後に脱出させており、無事です。
地上に残した連絡部隊は少数の特殊部隊で、カッパドキア地下首都から地上部分各地に設置された観測機器を操作しています。当面は噴火の被害を受ける事はないでしょう」
眼下に噴煙は視界の三分の一近くにまで広がり、時折鮮やかな赤い火柱が噴煙の中心部から立ち昇る度に雷光が周囲の黒煙の中で閃く。
「かつて我々の祖先はモーゼに導かれてエジプトを脱出する際に、海を割る奇跡を起こした。そしてエルサレムで新たな繁栄の礎を築きあげた。
今の我々は、空から降臨された神の使者に導かれて灰色の空を割って脱出し、神が造りたもうた東方の地へ向かおうとしている」
外の景色から視線を外すことなくニタニエフの呟きは続く。
「我々は史上二回目の民族大脱出(エグゾダス)を経験する選ばれし民なのだ!
約束の地で我々は今度こそ、神々の代理人としてこの世界を救済して統べるのだ!」
恍惚とした表情で呟くニタニエフ。
マルス基幹母艦の巨大なブリッジ中央にある艦長席に座るリアは、眼下のブリッジ片隅から聞こえてきたニタニエフの呟きを耳にすると僅かに眉を顰めた。
「リア隊長、インド洋中心部とアフリカ大陸東部沿岸で巨大地震発生!周囲の海面が変動しています!」
「結の予測通りね。惑星規模の地殻メカニズム変動をこの目で確かめる事になるとはね」
縦長の瞳孔を細めながら、リアは避難船団の進路変更を指示する。
「船団先頭に通達、針路そのままで高度変更。シールドを二重展開!一旦大気圏を出て衛星軌道まで上昇してタカマガハラへ向かうわよ。地上観測システムは磁場測定値の変動に注意して!」
巨大なマルス基幹母艦船団は緑色のシールドを輝かせながらゆっくりと灰色の大気圏を抜けていく。
-ーーーーー
何も無い白い空間をひたすら前へ進む満の前に、小さな木製の扉が現れた。
満が扉のノブを握ると静かに扉が開き、天井から床まで何も映さないテレビ画面にびっしりと覆われた空間の中央にちんまりした小さい人影がこちら側に背を向けて体育座りをしていた。
満はゆっくりと部屋の中心まで歩いて小さな背中に近づくとしゃがみ込んで、瑠奈の華奢な両肩にそっと触れる。
瑠奈はそれでも身動き一つしていなかったが、満は瑠奈のつま先にあるテレビ画面が一つだけ点灯している事に気付く。
そのテレビ画面から音声は聞こえてこないが、モノクロ画面に映っている人物は楽しそうに笑っているようだった。
満は瑠奈の両肩に沿えた手の指先に少しだけ力を込めると静かに声をかけた。
「瑠奈、帰ろうか・・・」
次の瞬間、部屋中にある全ての画面が眩いばかりの白光を放つと瑠奈と満を包みこんだ。
眼が眩んで意識を失う寸前、満は瑠奈の慟哭を少しだけ聴いた気がした。
瑠奈の慟哭は少しの間しか聴こえなかったが、満は心の奥深くに杭を打ち込まれたような感覚になるのだった。
【火星 東京都千代田区秋葉原 自衛隊特殊訓練所】
「地球に到着した結から、瑠奈が部屋から出てきたと連絡が来たわ」
フルダイブマシンの有る部屋に入ってきた美衣子が、満が横たわるベッドに寄り添っていたひかりに伝える。
満はフルダイブゲーム機にアクセスしているのを忘れたかのようにスヤスヤと寝息を立てて完全に寝入っていた。
人類反攻作戦開始以来、ミツル商事が全面的に関与する補給関連部署は多忙を極めており、満社長は司令部に詰めたままマルスシャトルや改造型輸送艦の手配に日夜追われていた。
「でも瑠奈は直ぐに気を失って結の連絡艇に収容されたわ。衰弱しているらしいからこのまま家に戻るそうよ」
「仕方ないわよ。後の事は東山君に任せるしかないよ」
そう言うとひかりは満の額を優しく撫でる。
「あなた、よくやりましたね」
「瑠奈と結が戻ったら久しぶりに家族団欒をしましょう」
ひかりが小さく呟いた。
タカマガハラの地球降臨と第二次大変動によって、戦争は終局に向かいつつあった。
今まで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
本話をもって一旦休止させて頂きます。
【このお話の登場人物】
大月 満=ミツル商事社長。
大月 ひかり=ミツル商事監査役。満の妻。
大月 美衣子=マルス文明日本列島生態環境保護育成プログラム人工知能。
大月 結=マルス文明尖山基地管理人工知能。
大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
ロイド・サー・ランカスター=英国連邦極東軍提督。英国欧州抵抗部隊指揮官。
女王陛下=大英帝国国家元首。
リア=マルス文明アカデミープレアデスコロニー木星支援船団先遣隊隊長。
ベンジャミン・ニタニエフ=イスラエル連邦首相。