転移列島   作:NAO

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【このお話の登場人物?】

・タカミムスビ=尖山基地の保守管理人工知能。
・M=アメリカ合衆国海軍横須賀司令部から派遣されてきた情報将校。
・石原=陸上自衛隊中央即応部隊指揮官。1佐。


タカミムスビ

1987年(昭和62年)7月23日午後1時【富山県立山市 尖山(とがりやま)

 

尖山は何の変哲(へんてつ)もない、標高559mの自然侵食されて形成された山である。

高度経済成長により豊かになった庶民が週末に大挙して観光に(はげ)む習慣が定着する頃には、登山道が設けられ、富山県の観光スポットとして賑わっていた。

 

しかし、この日の昼過ぎ、山頂付近が(わず)かに振動し、強力な電磁波を伴った電波が、月面とおうし座方面に発信された。

 

山頂付近で昼食を取っていた観光客らは、足元が一瞬揺らいで軽い目眩(めまい)を覚えたが、体感時間にして1秒前後であり、登山の疲れだと錯覚した。

 

同時刻、関東北部の変電所において原因不明の電圧崩壊が発生、午後1時19分、東京都全域を含む神奈川県、千葉県、埼玉県、栃木県、静岡県の6都府県で大停電が発生し、280万戸への電力供給が3時間半以上にわたって停止された。

この停電は『東京大停電』として歴史に記録されている。

 

東京都千代田区の国会議事堂も停電し、衆議院予算委員会が中止を余儀なくされた。

事態を重く見た中曽根康弘(なかそねやすひろ)総理大臣は、後藤田正晴(ごとうだまさはる)官房長官に原因究明と再発防止を指示した。

 

防衛庁は富士山測候所、野辺山(のべやま)、富山湾岸の自衛隊通信施設が大停電と同じ時刻に強力な電波が富山県立山市付近から発信されたのを探知した。

防衛庁は直ちに首相公邸に報告した。

詳細な調査の結果、電波の発信源は富山県立山市の尖山(とがりやま)と特定された。

 

中曽根首相は米国のレーガン大統領と極秘電話協議を行い、米軍の支援のもと、陸海空統合自衛隊による秘密調査を行うことを決断した。

 

同7月25日午前2時【能登(のと)半島沖の富山湾 海上自衛隊護衛艦『しまゆき』CIC(戦闘管制室)】

 

「こちらノドグロ、習志野の展開状況を報告せよ。オクレ。」

最新鋭護衛艦『しまゆき』に搭乗している「中央即応部隊」司令の石原一佐が空挺特殊部隊の状況を確認する。

中央即応部隊は、大規模不正規戦、ヘリボーンによる急襲等に迅速対応する専門部隊であり、今年発足した。

 

『こちら習志野。目標確認。目標上空まで5分、オクレ。』

「ノドグロ了解。コマンド1は山頂、コマンド2は登山口から散開突入せよ。民間人への発砲は禁止。遭遇した場合は拘束してヤマネコへ引き渡せ。オクレ。」

『習志野、ラジャ。交信終わり。』

 

――――――――――――

尖山内部で永年保守管理を行っている人工知能『タカミムスビ』が外部からの各種レーダー波、上空からのレーザーセンサー等に反応し、外部からの発信源に対し、「対話を求める」通信を送ったが返答が一切無かった為、防衛機構が稼働を始めた。

――――――――――――

 

尖山山頂上空に到着した陸自のCH-47チヌークヘリの側面ドアが開くと、迷彩服を着た完全装備の空挺特殊部隊隊員が次々と岩石が転がる山頂にロープを伝って降下した。

登山口からも、空挺特殊部隊が散開しながら登山を開始した。

 

海上自衛隊護衛艦『しまゆき』CIC

「目標から通信あり。」管制官が報告した。

「内容は?」石原一佐が訊く。

「解読不明の文字列が繰り返し送られています。陸自ヘリ、空自のF4も受信しています。」

「ミスターイシハラ。我が国の衛星も受信した様だ。」在日米国海軍横須賀司令部(通称コマンド・ケイプ)から派遣されてきた連絡将校『M』が石原に告げた。

「ありがとうございますM。恐らくソ連も()ぎ付けているでしょうね。」石原が応える。

「ええ、急ぎましょう。」Mが解読よりも調査優先を主張して"アドバイス"した。

 

「こちらノドグロ、各員に告ぐ。迅速(じんそく)な任務遂行を期待する。」石原は通信文の解読よりも、あくまで調査強行を決断した。

 

「空自千歳(ちとせ)から緊急。ユジノサハリンスク基地から爆撃機、戦闘機が多数発進中!」

稚内(わっかない)早期警戒レーダーより緊急!ミグ31、5機、ミグ25、9機、ミグ23、15機、ツポレフ・バックファイア超音速爆撃機5機が日本海を南下!過去に無い大規模な編隊を確認!」

 

「三沢米軍から緊急!、象の檻(輪形アンテナの通信傍受(ぼうじゅ)施設)が極東ソ連軍司令部発の平文(へいぶん)を傍受。『全軍戦闘態勢に入れ』だそうです......」

手が震えて顔面蒼白(がんめんそうはく)となった管制官が報告した。

 

尖山山頂に降下した空挺特殊部隊は散開して周囲を警戒して調査を開始した。

直後に隊員達の身体が(あわ)い水色の光に包まれると消失した。

 

海上自衛隊護衛艦『しまゆき』CIC

「コマンド1、頂上付近でロスト!」管制官が叫ぶ。

「チヌーク1、状況報告せよ。」

『こちらチヌーク1、コマンド1は全員発光した後に消滅した!』

「コマンド2、登山口から100mの地点でロスト!」

『チヌーク2、こちらは暗闇で赤外線ゴーグルで目視、コマンド2は全員フラッシュみたいに光って消えた!』

 

「ジーザス!何と言う事だ!」Mが驚愕する。

「こちらノドグロ、全チヌーク直ちに目標付近から離脱!」石原が叫ぶ。

 

「空自F4編隊が、飛騨(ひだ)・高山、水上(みなかみ)方面から接近する国籍不明"光球体"を捕捉、領空侵犯の警告を行うも返答なし。」

空域担当管制官が報告する。

 

『こちらハヤブサ1、国籍不明機から光球が2つ発射された!緊急回避、フレア射出!応戦の指示を()う!』F4戦闘機のパイロットが極度に緊張した声で助けを求める。

「本艦の対空レーダーも目標付近上空で飛騨・高山、水上(みなかみ)から飛来した光球体6機を確認。F4編隊2機を包囲しています。」

『しまゆき』艦長自ら石原に報告した。

「F4は作戦空域から急速離脱せよ!光球体は分裂しただけだ。相手が攻撃しない限り、撃つな!」石原が念を押した。

 

同時刻【東京都千代田区永田町 首相公邸】

護衛艦『しまゆき』CICの騒然とした状況はリアルタイムで首相公邸に伝えられていた。

 

「―――ええ、そうですロン。戦闘態勢に入った大規模なソ連空軍機の編隊が、富山湾の艦隊に向かっています。過去に例の無い事態です。事態が(こじ)れると日本海から世界大戦が始まりかねない!」(ひたい)に汗を(にじ)ませた中曽根(なかそね)首相が通話先のレーガン大統領に訴えた。

 

『――――ヤス、我々も赤い熊共がナホトカとウラジオストックに多数の船舶(せんぱく)と強襲揚陸艦、自動車化狙撃師団を集結させているのをキャッチしたよ。

――――どうやらホッカイドウとニイガタに上陸させ、特殊部隊(スペツナズ)旅団は直接トウキョウを目指すらしい。

――――我が国のミニットマン(米国多弾頭型ICBMの名称)は何時でも撃ち込めるが、モスクワのゴルバチョフに今から警告する。シベリアとウラルでミサイルのサイロが開いたようだ。

――――残念だが直ちにこのコマンドは中止しよう。

――――申し訳無いヤス。今から大統領専用機(エアフォース・ワン)に乗らねばならない。君に神のご加護を。』

レーガン大統領の通話が切れた。

 

「すぐに作戦中止命令を出せ!」

中曽根(なかそね)首相が、檜町で待機する防衛庁長官に直通電話で叫んだ。

傍らにいた後藤田(ごとうだ)官房長官は、無言のまま、よろよろとソファに崩れるように座った。

 

首相公邸には緊急時の専用指揮通信設備も、数週間は政府機能を維持させる大深度地下核シェルターも、全く備えられていなかった。

二人とも"不沈空母"日本が成す(すべ)もなく核の炎に包まれる光景を想像し、愕然としてその場で彫刻の(ごと)く固まっていた。

 

後日、とあるマスコミの取材で中曽根は、

『あのときの20分間は、雲の上を歩いているような感覚で国会対応の報告も上の空で聞いていた。』と当時の心境を吐露(とろ)している。

 

海上自衛隊護衛艦『しまゆき』CIC

「F4編隊作戦空域離脱。光球体全機ロスト!消え?ました...。」管制官が呆然として報告する。

「わけが分からん。」石原が頭を抱える。

「Gから至急電」管制官が石原に電文を渡す。

中曽根首相からの電文を一瞥(いちべつ)した石原一佐は、

「作戦中止!各部隊は所属基地に帰還!なお、目標からの通信データは全て抹消せよ。通信データは全て抹消せよ!本作戦は特級箝口令(かんこうれい)とする。」

 

「やむを得ませんな。我々はヒューミント(人的資源)による監視と情報収集を始めます。」

Mがため息をつきながら石原に告げる。

「わかった。」短く答えた石原一佐の顔は仏頂面(ぶっちょうづら)だった。

 

『しまゆき』が舞鶴(まいづる)に寄港するまでの間、日本海を南下するソ連空軍の大編隊に小松基地のF4戦闘機が自衛隊創設以来初めて、実弾による警告射撃を行うなど、CICは騒然とした雰囲気に包まれた。

『しまゆき』を含む任務護衛隊群は、ソ連空軍からの対艦ミサイル攻撃を警戒しながら急いで富山湾から離脱した。

任務護衛隊群が富山湾を離脱した直後、ソ連空軍機はUターンしてユジノサハリンスクに戻った。

 

作戦中に消滅して行方不明となっていた空挺特殊部隊の隊員達は、3日後、長野県水上山(みなかみやま)(皆神山)の山中で無事発見、救助された。

彼らは直ちに檜町(ひのきちょう)の防衛庁本庁病院で精密検査を受けたが異常は見られなかった。

しかし、ヘリから降下した後については全員が記憶を喪失しており、何が彼らに起きたのかは解明出来なかった。

 

この事件は日米防衛当局内部でも無期限の極秘機密扱いとされ、尖山(とがりやま)に関する申し送り事項は、内閣官房とコマンド・ケイプ(米軍横須賀司令部)が相互監視する形で冷戦終結後も民主党政権時代を除き、澁澤政権まで要注意事項として引き継がれている。

 

そもそもの原因は、イワフネが設定したメンテナンスシステム『タカミムスビ』が、500年に1度の母船「ルンナ」に向けた観測データの定時送信と、"遥か"彼方の母星へ向けた救援要請が引き起こした事件だった。

 

尖山から発信された通信文は極秘裏に防衛庁や宇宙開発研究機構の合同チームが解読を試み、日本語の原型に近い字体が一部散見されたが、裏付けが偽書(ぎしょ)しかなく、偶然と見なされてあくまでも未知の言語であると結論づけられた。

 

その解読作業はJAXAに移管されても、種子島の片隅で(ほそぼそ)々と続けられた。

火星に転移した現時点でも、研究者達は日々解読に悪戦苦闘していた。




ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
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