転移列島   作:NAO

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このエピソードでは、『阪神・淡路大震災』についての描写があります。この震災で辛い思いや、心身に負担を感じた方は直ちに読むのをお止めになってください!

【このお話の主な登場人物】

・大月(おおつき) 満(みちる) = 40代。主人公。総合商社角紅社員。
・西野 ひかり= 20代後半。ヒロイン。総合商社角紅社員。
・東山(ひがしやま) 龍太郎(りゅうたろう)=20代後半。西野の大学同期。首相補佐官。
・仁志野(にしの)清嗣(きよつぐ)=総合商社角紅社長。西野ひかりの祖父。阪神・淡路大震災で両親を失った西野ひかりの保護者。

・イワフネ=マルス人。第3惑星調査隊長。月(観測ラボ『ルンナ』)が彗星により損傷した時、自動的に地球に降ろされた。



追憶/遭遇

平成7年(1995年)1月17日午前7時45分【大阪府茨木市内】

大月は関西支社の方角へ歩きながら、何故だか涙が止まらなかった。

目に入る景色が全て傾いて、(ゆが)んでいるので、自分のバランス感覚がおかしいのかと錯角し、吐き気をもよおす程だった。

目に入る景色が全て壊れていた。

建物の壁は崩れ、ショーウィンドウのガラスは粉々に砕け、まるでビー玉をぶちまけたように大通りに散らばっていた。

大月は自分の中で今まで生きていた常識が、音を立てて崩れるのを感じていた。ここは、日本なのか?どこか他のアジアの国ではないのか?

時折身体を揺さぶる強い余震に警戒しつつ、傾いた信号機が全く点灯しない交差点を、涙を流しながら大月は横断していった。

 

同年2月上旬某日【兵庫県神戸市 長田区 】

米国子会社から急遽(きゅうきょ)帰国した彼は、昔に喧嘩別(けんかわか)れした息子夫婦の安否(あんぴ)を確める為に、そのまま迎えの車を神戸市に向かわせた。大阪市街を過ぎた直後に、猛烈な交通渋滞に巻き込まれ、全く前に進めなくなった時、彼は神戸市方面から徒歩で大阪市内へ向かう集団に遭遇する。

彼らの顔は憔悴(しょうすい)しており、外国で報道される「難民」に酷似(こくぢ)していた。彼は強い衝撃を受け、しばらく車の中で固まっていた。

 

神戸市の地理に詳しい運転手に起こされると、夜だった。

彼は作業着に着替えると車を降りて、長田区(ながたく)の商店街を探し回ったが、見覚えのある建物やランドマークを探したが、辺りはほとんど焼け野原になっており、馴染(なじ)みの有った土地勘が働かなくなっていた。

 

夜が明けた頃、たまたま家財道具を探しに来ていた知り合いに出会い、とあるパン屋まで案内してもらったが、そこには焼け落ちた建材と瓦礫しか無かった。隣も、向かいの靴屋(くつや)も全て、焼け落ちていた。

茫然とその場で立ち尽くしていると、女の子の声がした。

声の方に顔を向けると、まだ幼い、小学校低学年位か?女の子が泣き()らした顔で、声をかけてきた。

「おっちゃん。パパとママが帰ってけえへんねん。向かいの叔父さん叔母さんもみんな。」と言ってパン屋の焼け跡を指差した。

 

彼は思わず泣いてしまい、「ごめんなぁ...」と言いながら女の子の頭を撫(な)でながら自分の名前と女の子の祖父(じいちゃん)に当たることを伝えた。

女の子は、涙を浮かべながら顔を(ゆが)ませると、彼が着る作業着の(そで)に泣き()らした顔をぐりぐりと(こす)り付けてしがみついた。祖父は嗚咽(おえつ)を漏らしながら女の子を連れて車に戻った。

 

仁志野(にしの)ひかりは3か月後、祖父の手配により心の傷を(いや)すために日本を()ち、祖父の親友が住む静かな北欧の片田舎に移り住んだ。

彼女に合わせて、欧州支社の責任者として赴任(ふにん)した祖父は仕事の合間(あいま)に度々顔を出し、ひかりの様子を見に来た。

 

ひかりの傷が癒えるまで、10年近くかかった。

 

―――――――

地球暦2019年5月21日午前10時【神奈川県横浜市緑区 郊外】

 

火葬場の煙突から灰色の煙が立ち上る。黒い礼服を着た大月がぼんやりとたなびく煙を眺めながら呟(つぶや)いた。

「後は任せたって、.......何も残っていないじゃないか。バカ親父。」大月の視界が(にじ)んだ。

 

先月中旬、大月の父が実家で大量吐血(とけつ)して意識を失い救急搬送された。

母から連絡を受けた大月が搬送先の病院に駆けつけると、処置に当たった医師から、父が末期の肺癌(はいがん)であることを告知された。

その晩、大月は人工呼吸器を付けて昏睡(こんすい)状態の父の手を朝まで握り続けた。

 

翌日、父は目を覚ましたが、呼吸器機能が低下して自力呼吸が困難になっていた為、母と共に担当医に相談した上で、呼吸困難な感覚をモルヒネ投与によって緩和(かんわ)させる処置(終末期医療とも言う)を(ほどこ)すことになった。

その日から2週間、ほとんど父は昏睡(こんすい)状態であり、たまに目を覚ましても、意味不明な言動と、母以外の人間の認識能力が失われた容態であった。

そして一昨日(おととい)の早朝、担当医に呼び出された大月は、父の心臓機能が急低下して余命が間もなく尽きる事を告げられた。

午後、毎日通って看護していた母がふと気づくと、父は息を引き取っていた。78歳だった。

昭和の戦後を生き抜いた猛烈サラリーマンの呆気(あっけ)ない最期(さいご)だった。

 

大月が駆け付けた頃には、病室から霊安室に父の遺体は移されていた。

大月にとって、父は小さい頃から礼儀作法に厳しい畏怖(いふ)すべき存在であり、一方で、女と酒と、借金にまみれた軽蔑(けいべつ)すべき存在であった。

 

「サラリーマンなんて所詮(しょせん)、こんなもんなんだよ。」

すっかり頭髪が抜け落ち、頬がこけた顔で病室の天井を見つめたまま、ぜえぜえと荒い息を吐きながら、父は大月に話した。

2週間後の午後、容態が急変して父は帰らぬ人となった。

 

色々な、相反する感情がごちゃ混ぜになった大月は、火葬場の広場に立ち尽くしたまま、いつまでも、いつまでも、立ち上る煙を見つめ続けた。

大月の少し後ろでは、西野ひかりが黒いスーツを着て何も言わずに、大月と立ち上る煙を見つめていた。

 

葬儀の参列者が全て帰り、春日が二人を呼びに来るまで、二人とも無言でその場で(たたず)んでいた。

 

2019年6月1日午後1時【富山県立山市 尖山山頂付近】

 

国立天文台で、歴史的な異星文明とのコンタクトが試みられていた頃、

 

「やったー!制覇したぞー!」先に頂上へたどり着いた西野が気勢(きせい)を挙げた。奇声(きせい)ではない、ごめんなさい。心の中で周囲の観光客に平身低頭(へいしんていとう)しながら、黙々と大月は頂上に続く登山道を踏み締めて前進する。

――――――

大月の父が死去して1週間、大月は忌引(きびき)と有給休暇をフル活用してアパートに引き込もっていた。

 

想像以上に父の死は(こた)え、大月は部屋の中で何にも手につかず、茫然自失となっていた。

ドアのインターホンが鳴っても、携帯電話が鳴っても、全て無視した。

 

そして今日、早朝から近所迷惑なドアを激しく叩く音に閉口してドアから顔を出すと、西野が部屋に突入し、カーテンを開け、シャッターを開け、部屋の片付けを始めた。その間、西野は一言も喋らなかった。

 

新鮮な空気が室内に流れ込み、ユニットバスに湯が満たされると、大月は西野に引きずられて風呂場に叩き込まれた。

 

久しぶりのお湯とシャワーを満喫して、人間の気持ちを取り戻した大月が用意されていた着替えを着てユニットバスを出ると、西野が仁王立(におうだ)ちで待ち構えていた。

 

「大月さん。何か言うことはありますか。」

西野が無表情で問いかける。

 

「ごめんなさい。」大月は正座すると、西野に詫びた。

「そして、本当にありがとう。」心から礼を述べた。

 

そんな大月を半泣きで見下ろしながら、

「本当に大月さんはしょうがない人ですね。ご飯を食べたらピクニックに行きますよー。」

優しい声音(こわね)で言った。

 

大月は初めて西野ひかりに好意を持った。

――――――

 

そして、現在。

「疲れたー、死ぬー。」大月はぜいぜい(あえ)ぎながら頂上で西野が差し出したスポーツドリンクをがぶがぶ飲んだ。

大袈裟(おおげさ)ですねー。そんなに飲んだら、私の手作り弁当が食べれませんよー。」西野があざと可愛い声で(たしな)める。

 

「でも、大月さんが元気になってくれて何よりです。」

西野が言った。

「こんなブヒブヒ言っているイノシシに構わなくてもいいんだぞ。」

照れた大月が言った。

「それではこれから、イノシシの餌やりタイムでーす♪」

西野が茶化して言うと大月は苦笑した。

 

西野の手作り弁当は豪華なイワシパイだった。

思わず緊張した大月だったが、普通に美味しかったので完食した。

 

食後に頂上でごろりと横になる大月は、北の海辺で日向(ひなた)ぼっこをするゴマフアザラシを彷彿(ほうふつ)とさせた。

西野はケラケラ笑いながらそんな大月の写メを撮っていた。

平日にはしゃぐ若いカップルに気を使ったのか、年配の夫婦ら登山客は既に下山ルートに向かっているのだろう。頂上には一時的に大月と西野だけとなった。

衆人環視の中での「あーん」は精神的拷問に等しかったのだ。

 

ひとしきり大月をいじって満足した西野は、頂上に転がる石を集めてピラミッドを作り始めた。

石を手に取る度に、方位磁石を近づけて、磁石が狂う石だけを選んで「パワーを感じますねぇ」等と謎な事を言いながらピラミッド状に石を積み上げた。

 

――――――

尖山内部の人工保守管理知能『タカミムスビ』は頂上から施設と同じエネルギ-波を受けとると、救援部隊が到着したと錯覚(かんちがい)し、施設内の各区画をスリープモードから覚醒モードに移行した。

――――――

 

「大月さん、キレイでっすよーっ!」西野がはしゃいで写メを撮りまくった。

頂上に他の観光客が居なくて良かったと、大月は安堵の息を吐くと、西野が積み上げたピラミッドを見る。

西野が積み上げたピラミッドは淡い水色の光を発して輝いていた。

え?こんなにキレイな石あったかな?玄武岩(げんぶがん)雲母(うんも)

と大月がぼんやりと考えていると、

尖山の頂上付近が突然、陥没した。

 

山頂を目指していたり、下山途中の観光客達は山頂から立ち上る土煙を見て、直ぐに警察と消防に通報した。

 

消防と富山県警の救助ヘリが尖山付近に差し掛かると、突然、尖山の周辺で猛烈な上昇気流が発生し、竜巻が尖山を覆う形となった。

 

登山口からの地上救助隊は、竜巻が収まるまで、待機を余儀なくされた。

また、尖山各所を登山中の観光客達は、不思議な事に、竜巻発生した直後に、全員が登山口に『転移』した。登山者達は狐につままれたような表情でお互い顔を見合わせた。地上救助隊は転移した観光客の対応に追われた。

 

午後4時、富山県知事の災害派遣要請により、自衛隊特殊作戦群が派遣され、尖山周辺地域を封鎖した。

――――――

 

「ここはどこですかねぇ?秘密基地みたいでワクワクしますねぇ。」西野がペンライト片手に通路をずんずんと進んでいた。

 

西野は本当に物怖(ものお)じしないなぁ、感嘆の念で西野の後に続く大月。別に恥ずかしくなんか無い!怖いものは怖いのだ!オカルト好きな割りに現地で小心者になる小市民の大月は開き直る。

 

大月と西野は山頂陥没に巻き込まれたのではない。

山頂がエレベーターのようにゆっくりと降下し、永年にわたって降り積もった大量の土砂が一緒にエレベータで下に運ばれたのである。

外部からは、山頂が陥没したと思われるのも無理はない。

 

二人が進む通路は、高さが5m、幅が4mの金属製の通路である。照明器具は見当たらないが、金属自体が発光しており、明るく二人を照らしていた。

大月が落ち着きを取り戻す頃に、西野はペンライトをそっとしまった。

 

通路は分岐する事無く、真っ直ぐと奥の大きな扉の前まで続いていた。

見たところ、高さ10m、幅が20mの円形か。

二人が扉に近づくと、扉の縁から緑色の光線が二人を包み込み、しばらくすると、青色に切り替わった。

――――――

 

人工保守管理知能『タカミムスビ』は、訪問者二人の身体データ収集と殺菌消毒を行い、危険度が極めて低いことを確認すると、中央区画に繋がる扉を開放した。

 

――――――

大月と西野が開放された扉から中に入ると、10基程の円筒形をしたカプセルが中央に立ち並んでいるのが目に入った。カプセルの大きさは高さが4m超、幅は2m程か。

二人がカプセルの1つに近付いて、顔を寄せあって覗き込むと、半透明の蓋?のような窓から中が見えた。

中には、毛髪の無い、銀色に光る鱗を持つ顔が見えた。

その顔は瞳を閉じており、眠っているものと思われた。

その瞳が突然開くと、縦長の瞳孔(どうこう)を持つ双眸(そうぼう)が二人を見つめた。

 

「「うぎゃーーっ!!」」西野と大月は産まれて初めて絶叫した。

二人の絶叫した表情を見たカプセル内の存在も、自分を(のぞ)き込む"物凄(ものすご)い形相"の人間を見て驚き、内部で絶叫したようだった。

 

西野は絶叫して離れる際、カプセルを少し手で押したが、永年の金属疲労で立て付けていた現地製(ちきゅうせい)の留め具が破断し、カプセルが隣のカプセルに倒れた。隣のカプセル留め具もまた、突然もたれ掛かった隣の比重に耐えきれずに破断、ドミノ倒しのように、カプセルが次々と倒れていった。

 

ドミノ倒しが終わった後、全てのカプセルが床にごろごろ倒れて転がっていた。

 

大月と西野が見た最初のカプセルで絶叫した存在も、カプセルが倒れた衝撃で失神したようだった。

二人は顔を見合わせながら、おろおろして器用なパントマイムを繰り広げた後、溜め息をついた。

やがて失神から立ち直った存在が倒れたカプセルから這い出て二人に向かい合った。身長3mはあろうか。

大月、西野は、

「「ホントごめんなさいっ!」」

と深く頭を下げて謝罪した。

 

見上げる様な高い身長で(うろこ)に包まれたその存在(イワフネ)は、(わず)かに苦笑すると、右手を差し出してきた。

大月と西野はその手をそっと握った。

 

現代日本人と異星文明人の出会いが始まった。

 

――――――――

数ヵ月後、尖山メンテナンス人工知能『タカミムスビ』が撮影した映像が流失した際、マスコミが大騒ぎする一方、大月と西野はネット上で「異星人に決闘の躍りを披露する『女勇者と盾役』」と"痛い"認定を受けた。

 

イワフネ達からは

「過去文明でも披露された、伝統的な原住民の儀式舞踊ではなかったんですか?」と真顔で言われてしまい、ショックを受けた二人は数週間、尖山の施設奥深くに引き(こも)り、東山の依頼を受けたイワフネがタカミムスビに指示して水上山(皆神山)に強制転移させるまで、日本政府関係者を大いに困らせたという。




ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m

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