地球暦2019年7月21日午前10時【東京都千代田区 北の丸公園 科学技術舘 会議場】
ゼイエスは、会議場に集まった各国の学者、科学者、研究者、各国政府科学部門職員等400人と討論、質疑応答に臨んだ。
そして、案の定、最初は日本列島を覆う審判の壁について質問が殺到した。
ゼイエスは答える。
『現在、日本列島周辺には800万以上の自律進化型生態系維持管理システムが活動しています。普段はデータ収集のみですが、今回のような核攻撃による生態系全体を消滅させる事態に遭遇すると、自動的に火星へ"避難(ひなん)"するようにセットしていました。』
想像を超えたスケールの大きさに、参加者は言葉を失っていた。
ゼイエスの説明は続く、
『このシステムは各々が自律進化します。つまり、過去の人類の破滅的状況も学習し、経験として蓄積、共有しています。今回も然り、です。ですから、今後このシステムがどの様な進化を遂げるか、誰にも分かりません。
もしかしたら、火星よりも安全な"何処かに"再び転移する可能性も捨てきれません。』
日本の科学者達からどよめきの声が上がった。
『しかし、1つだけ言える事があります。それは、内部の生態系は保護され続ける。破滅的滅亡を免れる事が出来ます。』
ゼイエスはあくまでも客観的な解説に終始(しゅうし)した。
「我々はあなた方に創られ、手のひらで踊っているのですね?」
極東ロシアの宗教学者が質問した。
『私達のプロジェクトは、原初の第3惑星に新たな生命を生み出しました。それは否定しません。』
ゼイエスは研究者として明確に肯定した。
『しかし、生物の進化は司っていません。それは、皆様と私達の肌を比べると一目瞭然でしょう。地球人類は哺乳類ですが、マルスの生態系では、魚類と節足動物、爬虫類が主流であり、我々は爬虫類から進化しました。
私達は小さな切っ掛けを惑星に与えただけです。どの様な生物が台頭しようと、それに干渉はしていません。』
「マルスの皆様の寿命が大変長いのは何故でしょうか?」英国連邦極東の生物学者が質問した。
『この第4惑星は寒冷で、太陽光の恩恵が少ない環境下です。私達爬虫類の身体は一定温度を下回ると緩慢な動作になり、冬眠に近くなります。結果として、細胞活動時間が短くなり、劣化する速度も遅くなります。これが永年繰り返され、徐々に長命になっていったと思われます。』
ゼイエスが答えた。
会場が再びどよめきに包まれた。
さぞかし宗教家や神による永遠の命や、天地創造を信じる人からしたら、天誅を下したい気分だろうな。とJAXA理事長の天草は醒めた眼で色めき立つ欧米の研究者達を見た。
宗教論争になる前に天草は話題の転換を試みた。
「この日本列島周辺の環境を制御する、800万の自律システム自体を機能停止させることは、あなた方の技術では容易く可能ではありませんか?」
天草理事長が質問した。
『自律システムの大きさは地球人の手のひらサイズです。それが800万個以上、日本列島周辺の岩盤深くに散らばっています。この広大な範囲を、地中深くまで届く停止信号を送ったところで、どれ程が反応するか?信号を免(まぬが)れたナノマシーンは他の機能停止したナノマシーンに再起動を促す設定をしています。また、広域にわたる強さを持つジャミングを使用すると、生物に悪影響が出る可能性が高くなります。』
ゼイエスが心なしか、申し訳なさそうな顔をした。
極東アメリカ合衆国の学者が質問した。
「現在、この第4惑星は日本列島が転移した事に劇的な変化を遂げたと聞いています。どの程度まで環境変化が起きたのでしょうか?」
『日本列島全体という巨大質量の物体が強力な電磁フィールドと重力波振動を伴って火星の大地に出現した事により、火星のマグマが再び活性化し、僅か数ヵ月でこのマルスは呼吸可能な大気圏と微生物を多く含む原初の海洋を擁するに至りました。
惑星大気圏を漂っていた大量の火山灰は、我々が惑星規模の電磁フィールドを、数度に渡り多重展開させて海中に溶かし込みました。火山灰の成分が海中で化学反応を起こし、有機質の成分が発生しました。
ゆえに、おそらく、地球人類の生存に耐えうる環境かと思われます。
もちろん、古来(こらい)よりマルスに棲息する生物が人類に危害を加える可能性もあります。火星の生態系は地球の其よりも、次元を超えたレベルで過酷ですので。安全を保する為に充分な調査が必要です。』
ゼイエスが答えると、会場が騒然となった。
火星に新天地が出来るかもしれない。
この情報は特に極東米露の関係者を歓喜させた。
ユーロピアの宇宙考古学者が質問した。
「我々より以前の古代地球文明はどこまで発展出来たのでしょうか?」
『イワフネ―ーこれは私達の第3惑星調査隊長ですが、彼らの記録よると―ー具体的な名前は今は省きますが、一番発展した文明は、地球衛星軌道まで進出出来ました。
残念ながら地球人同士の争いにより、繁栄していた大地ごと、跡形も無く消え去りましたが。
いずれの歴代地球文明は、我々マルス人の発展スピードに比べ10倍は早く発展していました。
気候や地殻を操り、マグマのエネルギーを転換させてレーザーや荷電粒子、特定の離れた場所の地殻を変動させる、そんなところですね。』ゼイエスが答えた。
『しかし、歴代人類は過ぎた力を手に入れると直ぐに行使したがりました。
原理の研究もせずに、物事の理も理解しないままにです。
我々はまず、力について研究し、原理、理を探します。それを理解してはじめて、応用に進むのです。もちろん、長い年月がかかります。ですが我々は幸い寿命が1000万歳あります。試行錯誤した研究の繰り返しで、やっとここまでたどり着きました。』
ゼイエスが言った。
ユーロピア宇宙機関の職員が質問した。
「太陽系には他にも知的生命体は居るのでしょうか?」
『厳密に言えば、"生物"は各惑星に居ます。しかし、我々の様にコンタクトして会話が出来る存在には"今のところ"遭遇していませんね。』ゼイエスが答えた。
「太陽系の外にはゼイエスさんのような文明は幾つも有るのでしょうか?」
『私達の母星があるプレアデス星団にはありません。宇宙は本当に広大で私達が知り得た範囲はまだマルスからプレアデス星団までのほんの僅かでしかありません。』
参加者は真剣に、ゼイエスの言葉の意味する事まで捉えようと、耳を傾けていた。
――――――
科学技術館での質疑応答を終えたゼイエスは、厳重な警護のもと見学の為に新幹線に乗り、グランクラスの特注座席で快適な地上走行を満喫した。
ゼイエスは、窓に顔をピタリとくっつけて外の景色を夢中で見ていた。JRの車掌や警護のSPは、そんな彼を微笑ましく見ていた。
やがて満足したゼイエスは特注した座席に座り、背もたれに身体を預けると、満足そうに目を閉じて快適な旅行を楽しんだ。
同席した案内役のJRの技術系社員達とも気さくに話し合った。
「ほう、リニアが出来るのですか。」
「はい、今は経済統制で物資が足りないので開業が少し遅れそうですがね。」社員が苦笑した。
「では、トンネル部分や、海中はハイパーループのチューブを応用してはいかがでしょうか?少なくともコンクリート等は必要ありません。強化合成樹脂と硝子の化合物でチューブを作れませんかねぇ。」ゼイエスが呟く。向かいで聞いていた数名の社員は慌ててメモを取りはじめた。
「チューブの中は超電導を発生させるレールが敷けませんけど、ハイパーループの原理で物体を移動させる事は出来ますね。問題は、レールの上に再びリニアが接続出来るかなんですよね。このホームステイ中に終われば良いのですが。」
この発言を聞いた技術系社員は大喜びしたが、反対側の座席に座っていた各JRの社長は困惑してヒソヒソと打ち合わせを始めた。
ゼイエスの独り言は直ちに首相官邸に届けられ、澁澤総理と経産大臣、岩崎官房長官もノリノリで快諾した。
経産省から連絡を受けたJR各社長達は歓喜し、本気で実用実験場の手配を行った。
ゼイエスのホームステイ先は特別編成の列車を、東京~京都~名古屋~長野~金沢~秋田~函館~仙台~東京、と山手線の様に周回運行させて車輌はJR各社が用意した豪華寝台列車を日替りで利用する事になった。
ゼイエスは、『リニア―ハイパーループハイブリッド新幹線』の検証を各駅に隣接して作られた臨時研究所で行い、車輌の基本構造、材質のアイディアを技術系社員に提供し、社員はデザイナーや車両製作会社と打ち合わせを重ねて車輌案をゼイエスに確認してもらう手順を確立させた。信号系統、保守管理系統、総合管制システム等で画期的なアイディアがゼイエス、JR各社連合から生まれることになる。
ゼイエスは鉄道をこよなく愛するマルス人として、日本鉄道史に名前を残す事になる。
思いつきで発案したリニア―ハイパーループハイブリッド新幹線は翌年7月に開業した。
東京駅で行われたテープカット式典にゼイエスが招待されたのは言うまでもない。
テープカットを行ったゼイエスは満面の笑みだったという。
ちなみにゼイエスがホームステイ期間中に周回した路線は、『科学の路』と呼ばれ、鉄道ファンはもとより、理系学生の出世コースとして、タイアップした旅行会社が『聖地巡礼』と銘打ったツアーが組まれるなど、新たな観光資源の発掘に繋がった。