地球暦2019年9月5日午後1時【東京都千代田区永田町 国会議事堂 応接室】
二人の与野党議員がすれ違う振りをしてふらりと入った応接室で"雑談"をしていた。
番記者で見つけた者は居なかった。
「なあ蓮さん。今、解散総選挙やったらどうするね?」
与党国対委員長の春日陽介議員が訊いた。
「春さん。経済統制や報道規制がされている中で、野党の立場なんて吹けば飛んでしまうだろうさ。」
野党国対委員長の大塚蓮司が答えた。
「蓮さん。総理はねぇ、とある事柄について国民に信を問いたいご意向でね。まあ、信を問うなら総選挙、そういうことだわさ。」
「どの様な内容かは今は言えないらしい。だが確実に国論を二分するらしいんだとさ。」
どう政治的な選択肢を国民に示すか春日は古くからの同志に相談したのだ。
「う~ん、正直贅沢な悩みだべ春さんよぉ。この危機的状況で堅実且つ大胆な国家運営は澁ちゃんの十八番だしなぁ。とにかく野党は敵(かな)いっこない。時間と金の無駄になるね。私は負ける戦はしない性格だべ。」
大塚が応えた。そして、
「だからなぁ...国民投票にしたらどうよ?」
大塚が提案した。
春日は黙考した。
ふと顔を上げると既に大塚の姿は無かった。
同日午後4時【首相官邸 総理大臣執務室】
澁澤総理が春日国対委員長から報告を受けていた。
「そうか、野党は牙を抜かれた狼では戦えんか。」澁澤が言った。
「確かに国民投票がシンプルですなぁ。」岩崎が言った。
「万一の場合、このプランでいこう。」澁澤が決断して指示を行った。
同日午後5時【同 執務室】
通信モニターの向こうに居るのは、シドニア地区で研究していたアマトハ、ゼイエスである。
澁澤から相談したい事があると言って急遽連絡したのだ。
「アマトハさん、ゼイエスさん、お忙しい所申し訳ありません。」澁澤がまず二人に詫びた。
「実は先日、この日本列島を覆う壁が一部解除と聞きまして、幾つかお聞きしたい事があったのです。」澁澤が言った。
「澁澤さん、ご自由にご質問なさってください。私達の分かる範囲でお答しましょう。」アマトハが言った。
「まず、先日内閣官房の東山達がマルス各地をイワフネさんの案内で廻った報告を受けました。その中で、巨大ワーム?と形容するのでしょうか、地球とはかけ離れた生態系の数々が存在し、東山達はかなり驚いたそうです。」
「『壁』の解除によってそれらのマルス生物が、日本列島に大挙して侵入する事は有りますか?」澁澤が訊いた。
「ありません。」ゼイエスが即答した。
「日本列島を覆う壁の機能は一部解除されるだけで、マルス生物が日本列島に殺到するとおそらく排除するでしょう。壁の機能は内部の生態系を維持、保護する事が最優先されています。ただ、生態系を侵さないと判断されるレベルの生物の侵入はあるかも知れません。」
ゼイエスが説明した。
「なるほど、それを聞いて安心しました。それと、我が国ではありませんが、幾つかの国がマルス大地に進出を考えていますが、我々人類がマルス大地の生態系を、おそらく、ワームを始めとする人類に危害を加える可能性が有る生物の討伐を行ったとしたら、マルス人してどう思われますか?」澁澤が訊いた。
「現在のマルス大地の生態系は、かつて我々が住んでいた頃のものとは全く違います。惑星其々の環境に適応した種が生き残るのは、当然の結果です。これは、地球の恐竜時代と現在の日本列島の生態系が違うのと同じだと私達は思います。」
「ですから、大気と海洋が再生した『今の環境』で地球の皆さんが火星生物を討伐しても惑星レベルでの災厄にはならないと思います。もっとも、核兵器や二酸化炭素を排出する機械を多用すると徐々に惑星レベルでの変動に繋がると思われますが。」澁澤の懸念を打ち消しながらも、人類の過剰な行動にアマトハが釘を注した。
澁澤は大きく頷いて同意した。
同9月6日午前7時【東京都千代田区 永田町 首相官邸 総理大臣会見】
その日、前日から政府からの重大発表が有るので、自宅で待機するようにとのアナウンスが告知されていたため、国民は出勤、通学時間を遅らせて、政府発表を待っていた。
「これから発表する内容は、極東アメリカ合衆国、極東ロシア連邦、英国連邦極東、ユーロピア自治区、台湾自治区で同時に発表されています。」
澁澤首相が前置きした。
「我が国は去る6月25日、後楽園ドームシティに於いて、マルス人を代表するマルスアカデミーと文化交流・段階的技術承継に関する共同研究について合意し、協定を締結いたしました。」
「現在我が国とマルス文明との間で膨大な量の基本的情報交換を行っておりますが、その中でこの度、隔絶空間の外、火星の大地に空気と海が存在する情報が発見され、マルスアカデミー協力の下、解析を行った結果、地球とほぼ同じ成分の空気と原初の状態ですが海の存在が確認されました。」
記者席からどよめきが起きた。
「現在、我々はごく限られた手段でしか隔絶空間の外に出ることが出来ません。しかし、マルス側によると近日中に、電磁フィールドの一部分が一時的に、解除される可能性があるとの事です。既に、大気圏上層部の電離層が地球に存在した時と同レベルまで安定し始めています。この事は既に各国首脳へマルスアカデミーが通知しております。」
「以上の状況下で、積極的且つ即事の技術承継を表明している極東アメリカ合衆国、極東ロシア連邦から、火星大地に進出可能となった場合、我が国を出て火星大地に移転するとの連絡が先日ありました。我が国としては引き続き各国の支援を行いますが、火星進出については、現地の生態系を調査する探索隊を派遣する予定です。火星大地の生物が我が国の国民に安全であるか確認出来るまでは移転は致しません。発表は以上です。」
澁澤に報道陣からの質問が殺到した。
澁澤の会見終了後、野党は新宿駅前で街頭演説を繰り広げた。
「今この瞬間、我が国は新たな希望の大地である、火星開拓の流れから取り残されようとしています。」
「開拓競争からも脱落し、及び腰な技術承継しか考えていない澁澤政権は、科学技術立国としての名声が地に落ちるのを、黙って見過ごそうとしているのです!」女性野党議員が声を張り上げた。
通信制限が緩和された為、久々に活き活きとした偏向報道を行うとあるテレビチャンネルを視ながら、
「彼女、自分で土木建築の公共事業や、科学技術振興予算を仕分けした"実績"が有るのに、よくあんなことが言えたものですね。」
岩崎官房長官が呆れた声で言った。
「我々はこの耳でマルス人の歴代人類への懸念を聞いている。それを素直に訴えようじゃないか。」
澁澤総理が言った。
夕方、澁澤総理は秋葉原で恒例の街頭演説を行い、昼間の野党演説に対する強烈な皮肉や率直な問い掛けを国民に行うのだった。