地球暦2019年10月4日午前8時【富山県立山市 尖山】
西野ひかりは大月が那覇DCに向かった翌朝、イワフネを叩き起こすと有無を言わさずに、尖山に向かった。
尖山の基地に着くなり、
「それで、一体どうしたのですか?」とイワフネの問いに西野は、大月が極東アメリカ軍の強い意向で、やむを得ずにアルテミュア大陸北部に上陸して入植する部隊に同行する事を告げた。
事情を聞いたイワフネは直ちにアマトハ、ゼイエスに報告、対応を相談した。
「現状では極東アメリカ軍のど真ん中から彼だけを救出する事は不可能です。また、我々の飛行挺を使用するのは、中立の立場をとる我々としては出来ない。」アマトハが沈痛な表情で西野に告げた。
「そんな...」西野は絶句した。
西野は角紅社長や岩崎官房長官に直談判したが、二人とも「申し訳ない。」と手段が手詰まりであることを明かした。
「我が国は澁澤総理自ら、ミッチェル大統領に抗議しましたが、彼等は核を含む軍事力を前面に出して強引な要求を行いました。そこで私が先日、大月さんにお願いして同行して頂く事になったのです。もちろん、そちらの仁志野社長にも苦渋の決断を告げるしかありませんでした。」
岩崎が苦しい状況を吐露した。
しかし西野は、
「あなたは、最初にお逢いした時、総理と共に最大限私達をサポートすると仰っていた筈ですが。あれは口だけですか?」
と詰問した。
岩崎は応えようが無かった。
西野は一方的に岩崎との通話を切ると、尖山基地の管制室にある椅子にぐったりと座り込むと、コンソールに顔を伏せてじっと頭をフル回転させて大月を救う為の方策を考え続けた。
そんな彼女にイワフネはもとより、後から駆けつけた東山と春日も含めて、基地に居る誰もが近付くことなど出来なかった。
――――――
尖山基地最深部ゼイエスカプセル本体
その存在は、カプセルの中で悠久の眠りについている様に思えたが、実際は人工知能が司る思念体が日本列島を護る800万を超えるナノマシーンから情報を収集し、あらゆる生物の思念も聴き続けていた。
その人工知能『ミーコ』は、カプセルのすぐ近くに、強い愛情と苦悩に苦悶する女性の思念を感じた。
人工知能の空間内知的生物支援概念に基づいて、思念体がカプセルに搭載されていた少女型のクローンに取りつくと、クローンが覚醒シークエンスに入った。
同時に、『ミーコ』が基地内に居た西野を最深部のカプセルまで転送させた。
ミーコは、西野の愛情と苦悩に応える選択をプログラムにしたがって取り始めたのである。
――――――――
遠巻きに西野を見守っていたイワフネ達は、突然西野の姿がかき消えた事に動揺したが、シドニアの旧アカデミーにいたゼイエスが、親カプセルの稼働をキャッチしたと連絡をよこした。
取りあえず、イワフネ達は安堵した。
シドニアに居たアマトハ、ゼイエスは、初めての親カプセル稼働に驚き、尖山に向かった。
基地の管制コンソールに突っ伏して大月を助ける方策を模索していた西野は、見たこともない基地内に居る事に気付いた。
その空間は薄暗く、真ん中に高さ5m、幅4mはある流線型の弾頭に似た部分が地面に突き刺さった形の物体が有った。物体は蒼白(あおじろ)い光を空間に放ちながらゆっくりと明滅していた。
『貴女、』
突然背後から女の子の声が響いて西野は飛び上がらんばかりに驚いた。
そこには西野より少し小さい、イワフネ達よりも幼い体格の、ヒト女性に似た起伏を持つマルス人が立っていた。
『貴女は、彼を助けたいの?』
無表情で"ミーコ"が西野に訊ねた。
「そうよ。私が添い遂げる人だから。」西野が毅然(きぜん)とした態度で言った。
『そう。』短く呟くと彼女の周りに水色の淡い光球(オーブ)が現れた。
『彼を護って』オーブに指示すると、光はスッと消えた。
『これで一応彼は大丈夫。』彼女はそう言うとパタリと地面に倒れた。
慌てて西野が抱き起こすと、
『お腹、減った。』と言って、水色の縦長な瞳で西野を見上げた。
『私、ミーコ。イワシパイ食べたい。』
そう小声で言うと今度こそ彼女は気を失った。
やがてゼイエスやアマトハが駆け付けるまで西野は唖然としながらも、"ミーコ"をしっかりと抱き締めていた。