大月が尖山マルス人基地で治療を始めた日、北海道北東沖を警戒中の極東アメリカ海軍ロスアンゼルス型原子力潜水艦に悪夢が取り付いていた。
地球暦2019年10月22日午後4時 【北海道 稚内市から150km離れたオホーツク海】
極東アメリカ海軍潜水艦『グリーンビル』
「サイモン、艦の動きが鈍くないか?」艦長が副長に呟くと、
「艦長、先程から本艦の速度が60%減速しています」操舵員が報告した。
「原子炉の故障か?」サイモン副長が訊く。
「いいえ、機関正常です」機関長が答えた。
「なんだ?浸水でもしているのか?」
「こちら艦長、現在本艦は原因不明の減速状態だ、各部署異常が無いか確認せよ!」
艦内放送が響いた。
「こちら後部魚雷発射管、魚雷発射口に故障。発射口が開かない!」
「ダメコン要員後部に向かえ。横須賀に緊急連絡だ!10まで浮上、通信アンテナを出せ!」
『何かに巻き付かれた』潜水艦「グリーンビル」がゆっくりと浮上していく。
その時、『何か』は潜水艦を離れ、南の陸地に向かって泳ぎ始めた。
突然激しく揺れた『グリーンビル』艦内は混乱した。
「操舵手!」艦長が叫ぶ。
「強い海流に突然巻き込まれました」
「全艦被害報告!」
「異常無し!」
「後部魚雷は?」
「故障回復しました」
「横須賀を通じて新潟港に緊急寄航要請」
「兎に角手近な港で艦を調べるぞ!訳がわからん!」
艦長が指示を出す。
潜水艦『グリーンビル』から500m離れた海中。
海上自衛隊潜水艦『そうりゅう』は演習で極東米軍潜水艦を追尾していた。
「艦長!今のは!?」
ソナー員が名取大佐を見る。
発令所正面スクリーンに、『グリーンビル』から離れて北海道北部に向かう巨大な『何か』が発するエコー反応が捉えられていた。
そのエコーは、まるで獲物を期待して嬉々とする獣の荒い息遣いにも聴こえた。
「急速浮上!市ヶ谷と横須賀に緊急連絡!」
「北海道が喰われるぞ!」名取が叫んだ。
【東京都千代田区市ヶ谷 防衛省 総合司令センター】
「准将!潜水艦『そうりゅう』から緊急電!」
「『我、巨大生物と遭遇。巨大生物は北海道北部に向かった』との事!」
「まさか!ワーム!」鷹匠准将が叫んだ。
「大臣と官邸に緊急連絡!Jアラートを北海道に出せ!」
「しかし、詳細が不明で、」
管制官を遮って鷹匠が指示する。
「構わん、出せ!責任は俺が取る。市ヶ谷(いちがや)の悪夢を北海道で再現させてたまるか!」
鷹匠が叫んだ。
1分後、北海道全域にJアラートが発令された。
『北海道北部沖で、緊急事態が発生。北海道沿岸部、の住民は、直ちに、指定された避難シェルターに避難してください』
内容が漠然として、発令直後から問い合わせや苦情が防衛省と北海道庁に殺到した。
同時刻【北海道札幌市 北海道庁 知事室】
国民投票後の挨拶で、たまたま北海道庁を訪れていた与党国対委員長の春日は、警報を聴くと直ぐにとある連絡先に電話をかけた。
「洋一か?おじさんだべ。今のなんだぁ?」
『叔父さん逃げて!ワームだと思う!』
「ミミズ相手にどこさ逃げるべか?」
『四隅が硬い建物に入って!市ヶ谷の再来だよ!』電話を切ると、居合わせた知事と議員達に、
「ミミズが来るべ!空か、硬い建物に逃げるんだど!」と叫んで永田町と連絡を取った。
北海道知事は自ら防災無線で、
『海から巨大生物が襲ってきます!直ぐに硬い建物か、上空高くに避難してください!』と繰り返し、声高に警告し続けた。
Jアラートの要領を得ない警報の次に、防災無線で知事から巨大生物襲来の警告を聴いた市民達は、しばらく呆けていたが誰かが、「ワームが攻めてくるんじゃないか?」と呟いた事でパニック状態でコンクリートや、ビルの高層階に駆け込んだ。中にはヘリポートに向かった者も居たが、直ぐに飛べるヘリ等殆ど無かった。
地下鉄駅に避難した者も、ワームと聞くと慌てて地上に殺到し、階段とエスカレーターで激しい揉み合いになった。
航空自衛隊千歳基地からは直ちに、RF4E偵察機とF2戦闘機、陸自の偵察ヘリにアパッチ対戦車ヘリが沿岸部を飛行して巨大ワームを血眼になって探し求めた。
【北海道 稚内市沖20kmの上空200m】
最初に巨大ワームを見つけたのは千歳基地のRF4E偵察機だった。
細長い巨体を、ヘビのようにくねらせながら稚内市に真っ直ぐに向かっていた。
「コントロール!こちらフクロウ、稚内市沖20kmでワーム発見!真っ直ぐに稚内市に向かっている!オクレ」
『こちらコントロール。随伴のF2にて目標撃破せよ!フクロウは奴を捉え続けろ!オクレ』
偵察機の左右を飛んでいたF2攻撃機が降下してワームに20mmバルカン砲を撃つ。
ワームは器用にくねらせて弾幕を避けた。
「コントロール!ヨタカ1、巨大ワームは20mmをあっさりかわしたぞ!どうする!?」
F2パイロットは困惑していた。
『ヨタカ1、2は目標を前後からロケットランチャーで撃て!』
「ラジャ、ヨタカ1後ろから撃つ!その後にヨタカ2が前から撃て!」
巨大ワームの背後からヨタカ1が両翼のロケットランチャーから18連装のロケット弾を発射した。
数発が命中し、苦悶するように身を捩ると巨大ワームは後方に頭を向けて口から胃液を噴射した。
ワームが口を開けた瞬間に危険を感じたヨタカ1が急上昇すると、巨大ワームは身体を30m程空中まで『伸ばして』更に胃液を噴射した。
勿論急上昇したヨタカ1の高さは200mを超えていたので損傷は無かった。
再び稚内市に頭を向けた巨大ワームにヨタカ2がロケットランチャーを撃ち込んだが、ワームが海中深く潜ったため、巨大な水柱が立ち上っただけで効果は無かった。再び浮上したワームは身体を左右ジグザグにくねらせながら稚内市に向かい続けた。
巨大ワームは稚内市まで後10キロに迫っていた。
市ヶ谷の総合司令センターには桑田防衛大臣と英国極東軍のロイド少将も駆け付けていた。
『こちらヨタカ、バルカンもランチャーも尽きた。帰投する』
「もはや北海道上陸は避けられません」
桑田が観念した表情で言った。
「大臣、まだ我々には3万人を超える守るべき稚内市民が居るのですよ?諦める前に何か考えましょう」
鷹匠准将が桑田に抵抗を説く。
「ミスタークワタ」
ロイド少将が桑田大臣に向かって、
「貴方は畑にいて大きいミミズに出会ったらどうします?」
と尋ねた。
「手にした鍬で真っ二つでしょうね」桑田が答えた。
「正解ですクワタ」
ロイドが言った。
「つまり、奴に鉄を落とせと?」
ロイドの示唆を聞いた桑田は考える。
「稚内市外の海岸に奴が上陸した時に一斉射撃で奴を潰す」
と桑田が呟いた。
「陸自アパッチ、コブラを至急稚内に送れ、」
「三沢の空自と極東米空軍に爆弾をありたけ持って稚内にご案内しろ!」
「陸自第2師団に可能な限り稚内市街に届く砲とミサイルを準備する様に伝えろ!」
「攻撃タイミングは早期警戒機(AWACS)の戦域管制官に計らせろ!」
鷹匠と管制官が各所に指示を出す。
「海岸付近に避難している市民を郊外までヘリで送るんだ!」
鷹匠が叫んだ。