転移列島   作:NAO

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【このお話の主な登場人物】

・大月(おおつき) 満(みちる) = 40代。主人公。総合商社角紅社員。内閣官房室に出向中。
・西野 ひかり= 20代後半。ヒロイン。総合商社角紅社員。社長の孫娘。
・西野美衣子(ミーコ)=日本列島生態環境保護システムの人工知能。
・鷹見結(タカミムスビ)=マルス文明尖山基地管理人工知能がバージョンアップされた。
・大月瑠奈(るな)=マルス文明地球観測天体(月基地)管理人工知能『ルンナ』。月基地に保管されていた日本人標本から誕生。
・イワフネ=マルス人。ルンナが彗星の影響で破損した為に地球に降下した。
・澁澤(しぶさわ) 太郎(たろう)=日本国総理大臣。
・岩崎(いわさき)=内閣官房長官。。
・東山(ひがしやま)=内閣官房首相補佐官。西野の大学同期。
・石原=陸上自衛隊総合司令所指揮官。准将。
・高瀬(たかせ) 翼(つばさ)=航空宇宙自衛隊新型機動兵器部隊隊長。少佐。
・ジョーンズ=極東アメリカ合衆国海兵隊指揮官。少将。
・ダグラス・マッカーサー三世=極東アメリカ合衆国中央情報局長官。
・ミッチェル=極東アメリカ合衆国大統領。
・ソーンダイク=宇宙国家アース・ガルディア民政局長。


火星五輪(後編)

地球暦2021年8月30日午前11時【東京都千代田区永田町 首相官邸 地下応接室】

 

「ソーンダイク代議員。お逢いできて光栄です」

澁澤首相が代表選手団を引き連れて火星を訪れたアース・ガルディア英語圏代議員 民政局長のソーンダイクと握手をした。

 

「こちらこそ。お招き頂き、ありがとうございます。また、月面基地の供与や開発等の技術支援に深く感謝します」

ソーンダイクが外人には珍しく頭を下げた。

 

「当然の対応です。私達は同じ地球人です」

澁澤が笑って言った。

 

「ソーンダイクさん。あなた方アメリカ派閥の皆様はこれからどのように動くのですか?」

澁澤が直球(ストレート)()いた。

 

「現在は月面都市の拡充と防衛の強化です。アンゴルモア艦隊は我々にとっても脅威です。総代表イゴールはやはり武力に頼りがちなロシアの独裁者でした」

ソーンダイクが残念そうにしながらもハッキリと答えた。

 

「我が国はあなた方を支援する事にやぶさかではない。しかし、当面はそれで良しとしても最終的にアース・ガルディアと言う宇宙国家は成り立つのですかな?」

澁澤が疑念を示した。

 

「地球環境が激変して住みにくい星となりつつある現状では、火星や月面で生き延びるしかないと思います。少なくとも、月面居住区では都市と呼ぶべきものが出来つつあります。やがて都市を統治する組織が必要となるでしょう。

今の火星みたいに生存可能な大地に足をつけられない私達は、結束して生存圏を守る必要に迫られているのです」

ソーンダイクが月面居住区の状況を伝えた。

 

「地球環境の改善は考えないのですか?」

「現在の人類が手にしている技術では、改善可能な環境状況にはないと判断します。手に余ります」

 

「では、マルス文明の応用技術で試しませんか?我々と共に。出来れば『月面政府』と一緒に地球改善策を検討したい」

澁澤が結論を言った。

 

澁澤首相はソーンダイクに、技術支援をするからアース・ガルディアと違う価値観の宇宙国家を作れと後押しした。

ソーンダイクは了承したと無言で(うなず)いた。

盗聴を危惧(きぐ)しての事である。ロシア人は疑念(ぎねん)深い。

 

火星五輪終了後に、火星協力機構から地球環境改善チームとして内閣官房の東山、国立天文台の空良(そら)、海洋生物学者の大鳥がユーロピアン宇宙軍の元フランス海軍原子力潜水艦改造宇宙戦闘艦『ドゥ・リシュリュー』に搭乗して月面都市に派遣されることになる。

 

地球暦2021年10月10日【東京都渋谷区代々木 火星オリンピックスタジアム(新国立競技場)】

 

2020年の東京五輪が火星転移により実現不可能となり、その後の経済統制による物資不足で五輪関連施設は建設が中断されていたが、アルテミュア大陸からの鉱物資源輸入再開と、3月になって突然内閣官房のトップダウンで五輪開催が発表されてから急ピッチで建設が再開され、1週間前に競技施設が完成した。

尚、予定になかったモビルスーツ競技は会場が静岡県の自衛隊富士演習場となっている。

 

天皇陛下による開会の(みことのり)によって開会宣言が行われ、2週間の予定で火星オリンピックが始まった。

オリンピック競技は火星全土と、地球圏月面・アース・ガルディアコロニー群、欧州、北米まで中継された。

 

オリンピック中継を()る地球上の避難民やアース・ガルディア国民は、天変地異前の世界を思わせる東京の街並みと、地球のように()き通った火星の青空に驚いた。

 

オリンピック中継の競技映像と合間に流されるNHKニュースは、火星日本列島各地にある欧米コミュニティとアース・ガルディアソーンダイクから提供された地球各地の状況を客観的に伝え、時折画面片隅に表示される『中継 火星』が視聴者に自らの現実を認識させ、人々は希望、羨望(せんぼう)、絶望等様々な想いを抱くのだった。

特に二時間あまりの長距離競技であるマラソンは、火星に転移しても健在である巨大都市(メガロポリス)東京を間接的に紹介する内容となった。

 

日本の放送局は火星転移直後の国内大混乱と物資不足、極東連合軍のアルテミュア大陸上陸作戦時の映像や稚内(わっかない)に上陸した巨大ワームの迎撃戦とその惨禍(さんか)を中継の合間(あいま)に流した。

日本国も壊滅した地球各国程ではないが、未知の惑星上で現在も苦難を味わっている事を視聴者に伝える意味もあった。

 

また、ソーンダイクが提供した日本列島転移後に起きた地球大変動により、ハワイ諸島が大噴火で壊滅する様子や、ニューヨークが巨大地震による津波で水没してゆく光景は地球に望郷の念を抱き始めていた国民に幻想を打ち砕く大きな衝撃を与える事になった。

 

「これで日本列島が転移する可能性は低くなったわ」

オリンピック終了後、美衣子は岩崎官房長官にそう伝えたという。

 

【アース・ガルディア 月面都市『ユニオンシティ』】

 

オリンピック中継で活躍する欧米選手団を()る地球から避難してきた人々は熱狂した。

日本の放送局はアース・ガルディアや極東各国各選手のプロフィール紹介(地球国籍時代の国旗)と共に、出身国の現状を客観的に伝えており、様々な情報も提供していた。

 

火星に転移した日本列島各国の繁栄ぶりを見た月面のガルディア国民は自らの境遇を(かえり)みると、火星の日本国と協力を熱望する様になっていった。

 

「ふふ。ミッチェルやダグラスもさぞかし(くや)しがっていることだろうな」

月面都市に停泊する火星協力機構宇宙軍の宇宙戦闘艦の中でオリンピック中継を視ていたジョーンズ少将は(つぶや)いていた。

 

政治的感性の(とぼ)しいジョーンズでさえ、ユニオンシティ市民が示す日本への期待と(ふる)き良き米国民の雰囲気を感じていた。

「ミッチェルは本当はこんな国を目指していたのかも知れんな」

ジョーンズ少将はしばらくテレビ中継を視た後、ガルディア軍所属の旧米軍が設営した北米大陸救出作戦司令部に戻った。

 

一方で、アース・ガルディア首都のコア・サテライトコロニーはオリンピック中継がダイジェストで流され、日本の繁栄やNHKニュースはカットされていた。

 

中国、ロシア出身者の多いガルディア政府は情報統制を当たり前の行為だと思っていたが、この情報操作が後のアース・ガルディア内乱の原因となることを誰も予想出来なかった。

 

【静岡県富士吉田市 自衛隊富士演習場】

 

緑豊かな富士山麓(ふじさんろく)裾野(すその)にオリーブ色に塗られた全高18mの機動兵器(モビルスーツ)が各国毎に整備チームを従えて整列していた。

 

参加各国の公平を配慮し、参加者は競技に使用する全種類のモビルスーツを全機操縦する事が出来、スペック上の公平を参加選手全員が確認した。

 

モビルスーツ競技審判長の陸上自衛隊 石原 准将(じゅんしょう)が競技種目の説明と取扱い上の注意点をあらためて説明した。

「人類初のモビルスーツ競技に参加する栄誉を得た諸君に敬意を表します」

 

「モビルスーツは人型です。如何(いか)に、人と同じ動きが出来るか?または、人間を超える動きが出来るか?課題は多々あります。

皆さん、競技中は"これが"兵器である事を忘れてください。

遊園地のゴーカートみたいに楽しく操縦する事を心から望みます。

そして、機体はオリンピック仕様(しよう)の安全第一で調整しましたが、怪我に注意してください。諸君らに栄光あれ」

 

石原准将の説明後に競技が始まった。

 

《第一種目》モビルスーツ100m走

 

大人気アニメ軌道戦士バンダムの声優陣が実況を務めている。

「さあ、いよいよ始まりました人類初のモビルスーツ競技です。解説は私、セイロ・マスと、ジャア・アズナブル兄さんです」

「坊やの諸君、よろしく」ジャアが応えた。

 

「最初の競技100m走ですが、ジャアさん予想はいかがでしょうか?」

「白いのが勝つな」

 

「・・・ありがとうございました」

 

スタートラインに立った日米英ユ露ガ6ヶ国のモビルスーツが脚部のエンジンを徐々に上げて合図を待った。

 

スタートラインの大きなLED照明灯が青に点灯すると、モビルスーツが一斉にゴールに向かって走行した。

 

スタートと同時に脚部ブーストを全開にした極東アメリカが1位(3秒08)でゴール、真面目に"走った"陸上自衛隊は4位(5秒12)となった。

 

「1位は緑の極東アメリカでした。ジャアさん感想を」

「・・・」

 

《第二種目》モビルスーツ綱引き

 

第一試合 日本 対 極東アメリカ

 

「なんとっ!モビルスーツ競技ならではのアクシデントでしょうか?!競技用ワイヤーが両軍のバカ力(ぢから)を出した負荷により真ん中で切断、両チーム勢いよく後ろに吹っ飛びました。さてこの試合、どの様な結末になるのでしょか?」

 

「審判団と運営委員会の協議により、試合は無効となりました。また、同じワイヤーが使用される予定だった第二試合も中止となり、急遽(きゅうきょ)別の競技に変更されるとの連絡がこちらに入りました」

 

「代替(だいたい)種目(しゅもく)は『モビル相撲(ずもう)』になりました。現在土俵を工兵用ガンタンクがドリフトしながら円を描いて作っています」

 

《代替競技》モビル相撲

直径10mのワイヤー綱で囲んだ円形の土俵から押し出された方が負け。

 

「さあ、仕切り直しのモビル相撲。東ぃ~、日本自衛隊。西ぃ~、極東アメリカ。行司は高瀬少佐操縦の赤いバンダムが行います」

 

「おっと、ここで極東アメリカから『塩がない』との物言いです。往生際悪いですねジャアさん」

「ええ。極東アメリカには革新(ニュータイプ)的な思考を期待したいですね」

 

「こんなことも有ろうかと、工兵部隊が即座に石灰粉を準備しました。塩はモビルスーツの関節に入ると酸化を早めるので危険との事です」

 

「さあ、持ち時間一杯です。そして極東アメリカチームまさかの塩撒(しおま)き失敗、手に取った石灰が指の隙間からこぼれ落ちて真っ白。見事な粉かぶり、美味しい演出です」

 

粉を(かぶ)ったアメリカの機体と、オリーブ色の陸上自衛隊の機体が向かい合う。

「はっけよーい、のこった!」

 

石灰粉で視界不良のアメリカ機が無謀にもいきなり脚部ブーストで陸自機体に突っ込もうとしたが、冷静な陸自パイロットが紙一重」(かみひとえ)でかわしてアメリカ機は自ら土俵外に飛び出して敗北した。

 

「なんと言う事でしょう!白いのが負けました。ジャアさん、一言お願いします」

「雑魚とは違うのだよ」

 

第二試合の極東ロシア対英国極東は、相撲ルールをど忘れしたロシア機が英国機を寝技に持ち込んだところでロシアが『先に膝をついた』事でまさかの敗北を(きっ)し、英国極東の勝利となった。

 

第三試合のユーロピア対アース・ガルディアは、両者ガッチリお互いをつかんで押し合いとなり、一瞬の隙を突いたユーロピア機が脚部ブーストでガルディア機を押し出して勝利した。

 

各国の熱い闘いを新国立競技場の大画面で視ていた観客は熱狂して、準備の良い(つう)な観客達が警備員の制止を振りきって座布団を飛ばして競技場の中を多数の座蒲団が乱舞(らんぶ)した。

もちろん、この光景も中継された。

 

結局、モビル相撲は日本対ユーロピアの決勝戦となり、陸自のモビルスーツがブーストで突進してきたユーロピア機体を『背負い投げ』で土俵から投げ飛ばして優勝した。

 

《第三種目》モビルスーツ団体戦『玉入れ』

手先の器用な操作に(ひい)でた日本チームが優勝。

 

《第四種目》モビルスーツ団体戦『騎馬戦』

極東アメリカチームが三位一体(さんみいったい)のジェットストリームアタックを使いこなして他国チームを"踏み台"に圧倒して優勝した。

 

「人類初のモビルスーツ競技は極東アメリカが金メダル、日本は銀メダル、ユーロピアが銅メダルを獲得しました。メダル獲得チームには、スポンサーからの素晴らしいアイテムが後程(のちほど) 贈呈(ぞうてい)されます」

 

スポンサー(美衣子)からは、金メダルにビームサーベル、銀メダルに飛行用バックパック、銅メダルに『どこへもドア』が贈呈された。

 

銅メダルチーム、ユーロピア共和国のジャンヌ首相が喜んだのは言うまでもない。

金メダルのビームサーベルを手にした極東アメリカチームは使い途を持て余しそうだった。

 

人類史上初の地球外オリンピックが開催された2週間、火星と地球圏の人類は久し振りに生きる気力、一時の心の平穏をオリンピック中継で得た。

 

閉会式ではアース・ガルディア民政局長のソーンダイク代議員が、新国際オリンピック委員会の発足を宣言した(加盟国は、アース・ガルディア、日本、極東米露、英国連邦極東、ユーロピア共和国、台湾自治区)。

次の4年後のオリンピック開催地については極東米露から火星人類都市ボレアリフシティ、アース・ガルディアから月面都市ユニオンシティが立候補を表明した。

 

人類スポーツ史の新たな1ページが、2021年に刻まれるのだった。

 

地球歴10月25日午前5時30分【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】

 

人類が熱狂した2週間が終わり、いつものサラリーマン生活が始まる月曜日、大月はイワフネの研修スケジュールを頭の中で復唱しながら家の周りを散歩していた。

イワフネが養殖(ようしょく)エビの生け簀(す)に落ちないようにどうすべきか意外に悩み所だったりする。

 

秋の到来を予感させるひんやりした空気を感じながら歩く大月の背後を宅配便の車が追い越して行った。

「朝から宅配便とは、少しは燃料に余裕が出てきたのかな?」

と考えながら歩く大月の背後から宅配便に続いてワゴン車がゆっくりと近付いて追い抜きざまに側面のスライドドアーが開くと、大月を車内に素早く引きずり込んで、何事も無かったかのようにゆっくりと走り去った。

 

イワフネハウス周囲を定点警戒していた内閣調査室の警護担当者が対向車に(さえぎ)られて大月を一瞬見失った瞬間の出来事だった。

 

大月を拉致(らち)した黒いワゴン車はそのまま裏道を疾走(しっそう)して国道1号線に出る手前で忽然(こつぜん)と消え去った。

あらかじめこのような事態が起こることを想定した美衣子のトラップにより、不審なワゴン車はアルテミュア大陸シドニア地区にある旧マルスアカデミー地下研究施設まで転送された。

 

美衣子は朝食の準備をしていたひかりに大月拉致を伝えると結と瑠奈を連れて、ゼイエスの地下研究施設に跳んだ。

ひかりは直ぐに東山に大月拉致を連絡すると、自宅にある『どこへもドア』の前で美衣子からの連絡を待つのだった。

 

東山は岩崎に事態を報告すると、イワフネハウスにいるひかり下に駆けつけるのだった。




ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
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