転移列島   作:NAO

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このお話の登場人物】

鷹見 (ムスビ)=マルス文明尖山基地人工知能。美衣子の妹分。
ゼイエス=マルス人。マルスアカデミープレアデスコロニーメローラ研究所研究員。
空良(そら) (とおる)=国立天文台所長。
高瀬 翼=航空宇宙自衛隊 機動兵器部隊隊長。中佐。


未知への突入

2022年12月24日午前11時【太陽系第5惑星近傍】

 

アステロイドベルトから木星スライムに包まれて移動していた自衛隊の宇宙護衛艦「そうりゅう」は木星大気圏に突入しようとしていた。

 

「木星地表部分から推定5500㎞!間もなく木星大気圏に突入します!」

「航宙センサーが木星大気を観測、水素80%、ヘリウム14%、メタン、水蒸気0.1%!従来の観測結果と一致しています!」

 

「素晴らしい!人類が木星大気圏に突入するのは有史以来初めてだっ!」

宇宙服を着用した空良が感動してヘルメットの中で叫ぶが、猛烈なG効果によりその顔は後方に引きづられるように(ゆが)み、雄たけびも(かす)れ気味である。

 

高瀬中佐以下発令所の(ほとん)どが宇宙服を着用しているが、猛烈な加速によるG圧力で前進が締め付けらるように座席に()い付けられて声も容易には出ない。

一方ゼイエスも座席に座っているが、猛烈な状況にも臆せず宇宙服を脱いだまま、鼻歌交じりにGでささくれ立つ(うろこ)を物ともせずに嬉々として観測機器を操作していた。

 

結もゼイエスと同じく宇宙服を脱ぎ捨てたまま、無言で平静を装っていたが、既に足元の床へ数度の虹がかかるほどのリバースをしており感動する余裕も無く、吐き気を(こら)えながら艦外モニターに釘付けになっていた。

 

「そうりゅう」は木星スライムに包まれたまま、巨大な木星大気圏表層部に突入していた。

水素ガスとアンモニア結晶で形成された巨大な渦を巻く雲海を「そうりゅう」が降下していく。

 

遠目に見ればスライムが巨大な(つつ)の様に「そうりゅう」を薄く長く包み込んででいるが、広大な宇宙空間を覆うほどの体積は、「そうりゅう」が木星中心部へ落ち込む猛烈な超重力に捕まって圧縮分解落下するのを防ぐため、スライムは先端を傘の様に開きながら細長い流線形に変形させて猛烈な重力振動と大気圧から「そうりゅう」をしっかりと守っていた。

 

「現在速度、秒速3キロメートル、彗星並みの速度です!」

「総員宇宙服着用を続行。引き続き座席から離れるな!」

 

「艦内重力3G突破!尚も上昇中!」

「ツルハシ、これ以上はヒトの身体が持たないわ、加減しなさい」

 

「ワン」

「そうりゅう」を包む木星スライムが更に先端の傘を広げて速度を緩める。

 

「木星外部大気圏更に降下中、速度マッハ3!現在高度推定3700㎞!周囲雲海の速度秒速1,000m!」

「さすが太陽系最大の重力場と大気圏を持つ惑星だ。スケールが半端(はんぱ)ない」

ゼイエスがサッカーを観戦しているかのように感嘆の面持(おもも)ちで言った。

 

「ええ。地球の科学者が聞いたらさぞかし(うらや)ましがることでしょうね」

空良が相槌を打つ。辛うじて肉体が根を上げる寸前程度の強烈なGで相変わらず顔が歪んでいる。

 

「結さん。もっとゆっくりできませんかねぇ?」

流石に真っ青な顔の高瀬が減速を求める。

 

「仕方ないわね。スライム、ロウよ、ロウスピードにして頂戴」

口調は何気ないものの、鱗で覆われる顔でも分かるぐらい顔面蒼白である。リバースが近そうだ。

 

「ワカッタゾ、ロウスピードダナ、コレデドウダ?」

 

「そうりゅう」を包む木星スライムが傘を三段重ねに増やして降下速度を落としたのだが、急激な減速のために、発令所の全員が今度は座席前部の制御卓(コンソール)に腹を圧迫され、ゼイエス以外の全員が根性を放棄して盛大にリバースした。

ゼイエスと結を除いた全員は宇宙服を着用していたのでヘルメット内での自爆以外、二次被害を免れた。

 

「やるわね、ツルハシ?」

二次被害により、お気に入りのワンピースを派手に汚しながらも、虹色がかった液体を口元から(ぬぐ)うと結はニタリと笑いながら隣に座るツルハシ201912号アンドロイドを縦長の瞳で射貫(いぬ)く。

 

「ハテナ!?」

わざとらしいカクカクした挙動でツルハシが視線を()らした。無駄に人間的挙動スペックが高い。

 

「火星に帰ったら心から感謝のメンテナンスを(ほどこ)してあげるから期待していなさい?」

「ㇶッ!」

ツルハシは片腕をコンソールに当てて反省のポーズを試みるが、(かえ)って壁ドンして挑発していると結に解釈されてしまう。

 

「反省会が楽しみだわ。今のうちに好きな整備分解方法を考えておきなさい。お奨めは瑠奈(ルナ)のチェンソー整備分解よ?」

マッハ3の超音速降下中にもかかわらずツルハシは発令所の床にorzと器用に膝を着く。

 

ツルハシによる最大限の困窮(こんきゅう)ポーズに溜飲(りゅういん)を下げた結が気を取り直して観測に専念する。

 

「木星スライム、速度は今の半分で良いわ。時間がかかるけど、これ以上はヒトの身体が持ちそうもないの」

「了解シタゾ」

 

減速したものの依然として超音速降下中の「そうりゅう」だが、巨大な外部大気圏の半ばを過ぎたに過ぎない。

「現在高度2900㎞、センサーが新たな大気層を検知!水です!水蒸気と微細な氷が混合している雲海(うんかい)を降下中!メタンも観測しています」

「信じられん。これは原初生物の発生を満たすに充分な環境だ」

空良が信じられないというように観測モニターを視ている。

 

「艦外温度マイナス90℃!大気圏突入時よりも100℃上昇!」

「摩擦熱・・・ではないな。何らかの惑星内部の化学反応で発熱しているのだろうか?」

 

「空良所長、太陽から遠いのに木星地表部が更に暖かいのですか?」

高瀬が()く。

 

「あくまでも仮説でした。巨大質量故に惑星中心部に近づくほど重力と大気圧で圧縮された空間が熱を帯びると・・・仮説ではないですね。事実の様ですね。この観測データを取り逃さないように!」

空良が答えながらオペレーターに記録指示をする。

 

「私達の文明でもここまで詳細なデーターを測定出来てはいませんでした。我々も第5惑星の中心について想像するだけでしたよ」

ゼイエスが感嘆の面持(おもも)ちでモニターを視ながら呟く。

 

「現在高度2000㎞。水素濃度上昇!」

「そろそろ次の層になりますよ。大気か、大地かまさに未知の領域ですね」

空良が高瀬達に告げる。

 

「現在1750㎞、水素の他にリン、硫黄、炭化水素も混合しています。強力な電子反応!」

 

「そうりゅう」のすぐ脇を「そうりゅう」よりも巨大な光の柱が幾筋も通り抜けていく。

一瞬、ブリッジの中まで白光(びゃくこう)に染まる。

 

「放電現象!地球大気圏の1,000倍相当エネルギーを観測」

「地球の300倍を超える質量が半日で一周する自転速度なんだ。大気の流れが秒速1,000ⅿあるのは当然でしょう。その速度で互いに反対方向へ流れる水蒸気と水素の層が接触すれば、エネルギーを溜め込んで放電するでしょう」

ゼイエスが言った。

 

巨大な稲妻が「そうりゅう」の周囲を走り抜ける中、更に船体が降下していく。地球であればものの15分から20分で着陸するところだが、木星は地球の40倍以上の大きさを誇る。降下して1時間以上が経過していた。

 

「艦外センサー、新たな層を検知!水素98%!液体水素です!」

結が外部モニターに視線をやると、そこは深い蒼色(あおいろ)の世界が広がっていた。

水素海と水素ガスの狭間(はざま)で発生している放電現象で水素海の層は蒼白い光が上下から差し込んで幻想的である。宇宙空間からは表層にある茶色のアンモニア結晶雲の層で覆われていることが多く、その姿を観る事が出来るものは少ない。

 

水素海の中を「そうりゅう」は更に沈降する。

 

「レーダー探知!デブリ発見、降下進路右舷400ⅿ、直径4㎞!」

「こんなところに何が有るんだ?」

空良が首を捻る。

 

「スライム、艦の右側のデブリは何かしら?」

「同胞の出迎エダゾ」

ツルハシが代弁する。

 

「同胞?」

結が首を捻る。

 

「右舷のデブリが移動!本艦と並行!」

「何だと?岩ではなかったのか!?」

高瀬がモニターに目を凝らす。

 

巨大なデブリと思われた物体はその(かたまり)(ほど)くように変形していくと地球人に馴染(なじ)み深い、とある海洋哺乳類の様な姿になった。クジラである。ただし体長は4㎞と規格外だが・・・。

 

ブリッジの全員が口をあんぐりと開けて唖然としながら並走降下する「木星クジラ」を見つめていた。

 

木星クジラは悠然(ゆうぜん)とした(たたず)まいで「そうりゅう」に寄り添っていた。時折潮吹きと同様、背中から稲妻を噴出していた。さながらレーザーの放射である。

 

「ワガ同胞ハ水素ノ中にスム虫ヲ食ベテイルゾ」

スライムが説明した。

 

「まんまプランクトンを食べるクジラだな」

高瀬が(うな)る。

 

「生息域が広大だからあの大きさになるのかしら?」

結も興味を持つ。さぞかし岬が居るならば狂喜乱舞することだろう、と結は思った。

 

「素敵なクジラね・・・私の妹に出来るかしら?」

結は以前、月面基地で標本の恐竜やマンモスを妹候補にした黒歴史がある。結的には「大きいことは良いことだ」的な何かがあるようだ。

 

しかしながら、ブリッジの全員が結の呟きをスルーするのだった。

「そうりゅう」は20,000kmの深さがある水素海をひたすら降下し続けて奥深くへ沈降していく。

 

結達が木星の大赤斑地表上に到達したのは大気圏突入から48時間後の事であった。

長時間の超音速降下Gで乗員全員が失神していた為に「そうりゅう」の操縦(コントロール)は失われていたが木星スライムによってきちんと姿勢を維持したままゆっくりと降下していた。

 

もし意識を保っていた乗員が居たならば、地平線の果てまで続く大赤斑の中心部で摩天楼の様に(そび)え立つ、液体水素を噴き上げる巨大な冷水孔のチムニー(煙突)群と、その周囲に林立する巨大なチューブワームや独特のフォルムと配色をしたカニやエビ、タコがその周囲を埋め尽くしているメガコロニーを見て腰を抜かしていたに違いない。

 

ただ、「そうりゅう」の艦外カメラはしっかりとこの光景を撮影しており、映像はリアルタイムでアステロイドベルトのマルス支援船団のリア艦長や横浜の大月家(イワフネハウス)とデータリンクしており、大月夫妻やリア艦長が失神寸前まで陥った事を聴かされたのは火星帰還後の事である。

 

長大な筒の殻から身体を乗り出したチューブワームの長が木星スライムと浮遊クジラにねぎらいの言葉をかけるように(うごめ)いていた。

長の仕草に同調するかのように木星蟹や水素ダコが4本のハサミや16本の触手をくねらせながら(ねぎら)っていた。

そしてこれら生物の周囲には常に大量の電子が充ちており、頻繁に小さな稲妻がまるでやり取りをしているかの(ごと)く飛び交っていた。

 

林立するチムニーから噴き出す液体水素は厚い大気圧で押し潰され、分子同士の摩擦を生じて放電と熱量を生み出していた。

このため大赤斑地上の気温は周辺よりも高い高気圧を維持しており、木星大気の雲の渦に逆らっている為に独特な赤斑模様が普段は形成されている。

地球深海底に酷似(こくじ)した生態系は、太陽光がなくても独自の生存サイクルを確立しているようだった。

 

(おさ)であるチューブワームの全長は800m余りであり、周囲の木星蟹や浮遊エビ、水素ダコ、クラゲはいずれも100mを超える体長を持っていた。

人類は未知の領域に突入した。




ここまで読んでいただきありがとうございましたm(__)m
次話は8月26日㈰に投稿予定です。
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