転移列島   作:NAO

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【このお話の主な登場人物】

・大月(おおつき) 満(みちる) = 40代。主人公。総合商社角紅社員。
・西野 ひかり= 20代後半。ヒロイン。総合商社角紅社員。
・春日(かすが) 洋(ひろし)= 20代前半。総合商社角紅若手社員。魚捌きは上手い。
・澁澤(しぶさわ) 太郎(たろう)=内閣総理大臣。
・岩崎(いわさき)=内閣官房長官。


日常の終わり(後編)

【NHK 国家非常事態宣言 澁澤総理大臣会見中継】

 

日本語の他に英語、フランス語、ロシア語、中国語、韓国語に同時通訳された澁澤首相の会見は続いていた。

先程拡大された地球の映像は火星に転移した日本列島の赤い夜空に戻っていた。

 

再び写し出された澁澤首相は、着席して話していた。

「我が国は有史以来、存亡の危機にあります。この未知の現象が止まれば、私達は瞬時に赤い大地の過酷な環境に投げ出されて命を失うことになるでしょう。しかし、だからと言って、我が国は座して死を待つことなど断固拒否いたします!

如何なる災厄が我が国に襲いかかろうとも、私達は、諦めることなく、毅然として、この状況に立ち向かいます!よって、ここに、国家非常事態宣言をいたします。

政府は、国家の総力を挙げて、最期の瞬間まで、国民の皆様をお守りします。

専門家の推測によりますと、未知の現象は私達と異なる文明による、オーバーテクノロジーが関与しており、当面はこの隔絶された空間が維持されると思われます。政府は、この隔絶された空間で生き延びるためにあらゆる方策を実施してまいります。

国民および、我が国に滞在されている在留外国人の皆様におかれましては、耐えがたきを耐え、しのびがたきをしのびつつも、諦めずに、この日本列島で生き延びる強い意志を、保ち続けていただきます様、お願い申し上げます。」

 

テレビ画面が澁澤首相の背後にある超大型スクリーンに焦点を合わせ、スクリーンに投影された首相のノートパソコン画面を写し出す。

画面には、『日本国非常事態宣言に係る特別対処条項』と記された主題の下に、政府が発表する具体的な対応が箇条書きで記載されていた。

 

『日本国非常事態宣言に係る特別対処条項』

 

・経済統制

・通信規制

・交通規制

・民法の一部改正、凍結

・憲法の一部における一時的な効力の停止、または時限的措置に基づく変更、新設。

・国際関係の再構築に伴う条約、協定の変更、廃止または離脱、新規締結。

・「(仮称)火星隔絶空間」の内外に関する官民合同調査・研究。

 

「ここからは私がご説明させていただきます。内閣官房長官の岩崎です。」

テレビ画面は変更されずに、柔らかく、優しい声音の男性が条項の細かい説明を始めた。

 

「まず、経済統制ですが、我が国は現在外部との連絡、移動が一切取れない異常な状況下であり、足りない物資をどこか「海外」から輸入するなどあり得ない状況になりました。

しかしながら我が国の政府備蓄、特に石油については3カ月分の通常消費量を賄(まかな)う量があります。また、食料については政府備蓄米の放出を予定しており、今すぐに食生活が困窮(こんきゅう)する事態にはなりません」

岩崎は一旦言葉を切ると、ゆっくりと具体的な措置の発表を行った。

 

「しかし、この孤立した異常な状態がいつ改善されるのか全く予想がつかない状況です。そこで、国民の皆様には大変不便を強いることになりますが、エネルギーや食糧面での国家統制を発動いたします」

 

「まず東京、名古屋、大阪の三大都市圏では、緊急車両を除いた自家用車及び民間企業の保有車輌は、運輸業種を除き、原則として使用禁止となります。例外として、電車やバス等公共交通機関、タクシー会社が最寄りにない地域のみ例外的に使用を許可しますが、各都県の国家公安委員会の許可が必要となります」

 

「自動車産業およびその関連事業に従事されている皆様、仕事が無くなる事はございません。政府は、国民が所有する全ての自家用車をハイブリッド又はオール電気自動車、水素自動車に転換する施策を実施いたします。従ってエンジン部分の開発、ガソリンスタンドと電気・水素スタンドの併設、自動運転システム等やるべきことが沢山あります。自動車メーカー各社および業界団体の皆様とは今後国土交通省が主体となり、合同実務協議を行いますが、各社各工場で即日研究開発を実施して頂くようにお願いするものであります」

 

「尚、日本列島上空の放射線量が人体に危険なレベルのため、当面の間、放射線が人体の許容量に達するまで、民間航空機の使用は禁止いたします。海上船舶については、国防、輸送用、漁業協同組合の許可を受けた漁船以外の使用を禁止いたします」

 

「次に、食料に関連した先物取引市場を無期限閉鎖といたします。我々には今を生きるための物資が重要だからです。同様にあらゆる鉱物資源、原油、天然ガスも先物取引を停止します。市場が閉鎖されることにより、巨額の損失が出るでしょうが、損失については火星転移特別措置法に基づいた臨時会計措置適用により、会計上の損失は棚上げすることを認めます」

「また、個人の投資家の方が巨額の損失で生活が立ち行かなくなる場合、政府は食糧や物資などでこれを補てんいたします。補てんレートは申し訳ありませんが、国で決めさせていただきます」

 

「外食産業については、業界団体の皆様と協議させていただきますが、仕入(しい)れに上限を設けさせていただきます。自社で既存契約、生産している食料については例外と致しますが、本日以降の農家や生産者との新規契約は国民食糧確保の観点から禁止となります。我が国の食料自給率はコメや肉、魚、果物全てを総合した数値で申しますと68%に過ぎません。国民の10人中6人しか養うことが出来ません。そのことをよく認識して頂きたいと思います」

 

「株式市場の閉鎖は考えておりません。しかしながら、大量の取引が出来るコンピュータ売買を禁止いたします。また、当然のことながら外国為替相場は閉鎖いたします。お手持ちの海外紙幣については火星転移直前のレートで日本円と交換になります。交換期限はありません」

 

「電子マネーについては、物資、食料・エネルギーによって裏打ちされる範囲での流通を認めます。裏打ちできないマネーについては、各社においてシステム上で凍結保存してください」

 

「国民の皆様に自覚して頂きたいことは、いくらお金を持っていてもそれが裏付けのある現物(げんぶつ)、食料やエネルギー、物資で保障されないことには持っているお金の価値が無為になるということです。これが株式大量売買禁止や電子マネー規制の理由です」

 

「様々な物資が一時的に不足して一部の商品価格が上昇することが予想されますが、政府は国民生活に必要な物資の価格については据え置き、公正取引委員会の監視のもと、適切な市場価格の形成に努めてまいります」

 

「通信に関しては、我が国上空の電離層が機能していないため、現在総務省、防衛省、経産省、JAXAが高高度通信用飛行船を大量生産する準備に入りましたので、高高度飛行船による通信ネットワークが機能するまでの間、有線回線での使用をお願いするものであります。なお、医療機関については規制の対象外と致しますが、用途については自治体と緊密に協議して頂きたいと思います」

 

条項の説明が終わると澁澤首相から、

極東アメリカ合衆国(首都=那覇特別行政区"那覇DC")、

英国連邦極東(首都=佐世保市「ハウステンボス町」を「ダウニングタウン」に改称)、

極東ロシア連邦(首都=エトロブルク(択捉島イトゥルップを改称))

ユーロピア自治区(ダウニングタウンに隣接した山地を開発。在日、滞在ヨーロッパ諸国民のコミュニティ)

台湾自治区(神奈川県横浜市中区の一部)

 

の建国、自治区発足が発表され、各国、自治区の指導者となった駐日大使、交流協会の代表がそれぞれの言語で建国宣言や自治区発足宣言と、具体的な政治経済・軍事体制の説明が行われた。

 

――――――――

 

台湾自治区の会見が終わると、すぐに合同記者会見が始まり、騒然とした雰囲気の記者ブースから様々な言語で記者からの質問が殺到した。

 

対照的に岩崎官房長官をはじめとする各国報道官は冷静に、時には冷徹に対応し、明らかに敵対的な政治的・宗教的主張だけを試みる記者、失言やゴシップを故意に狙った記者を、SPと各国警護官又は兵士が会見場所からやんわりと、しかし、有無を言わさずに『隔離』した。

 

そんな記者会見を視ながら、

「これは、世の中が、変わるな。」大月が唸(うな)るような声で言った。

「そうですねぇ、同期の官房秘書官も『これからは俺達の時代だ!』なんて無駄に張り切っていましたからねぇ。」西野が、彼女の本当の声音かも知れないが、白けた声で、とんでもない内容の発言をした。

「火星の生き物は食えるんすかね?ワクワクしますね。」冗談なのか本気なのか分からない声で春日が言った。

「それは、どうだろうなぁ。」大月が応えた。

 

二人とも西野の発言に突っ込みは入れなかった。

 

依然として、騒然とした雰囲気が続く記者会見を醒めた眼で眺めながらも、大月達は何気なく過ごす日常が終わった事を漠然と感じ、心なし寒気を感じて炬燵蒲団をお互い引っ張りあった。

 

赤い夜が開けようとしていた。

 

ーーーーーーーーーー

同時刻【アメリカ合衆国ワシントン州上空30000フィート 大統領専用機「エアフォース・ワン」】

 

「大統領閣下。西海岸を襲った巨大地震の震源はカリフォルニア沖20マイルでしたが、後に壊滅したサンフランシスコ内陸部サンアンドレアス断層崩壊と同時に発生したことがハワイ観測所の分析で明らかになりました」

 

「それで被害は?」

聴きたくはないが、聴くしかないのだと大統領は自分に言い聞かせながら報告を促した。

 

「ロスアンゼルスは地震で建物が崩壊して都市機能が麻痺したところに大津波が襲来、多くの市民が犠牲になりました。推定50万人以上に上ります。北はシアトル、南はメキシコ北部までの沿岸都市が大津波で壊滅的被害を受けました恐らく数百万人単位の犠牲者が・・・」

国土安全保安省長官が絶句しながら報告した。

 

「大統領、モスクワからホットラインです」

国務長官が告げた。

 

「こちらへ繋いでくれ」

 

「---大統領閣下。西海岸の災害に心からお悔やみ申し上げる。また、日本と貴国駐留軍の事は残念に思う。だが我々の無益な争いはここらで終(しま)いにしたい。実は、カムチャッカで大規模な地殻変動の予兆が見られる。そちらに対処したいのだ」

ロシア大統領の口調はいつもよりも早口で明らかに焦りの色が感じ取れた。

 

「貴国のお悔やみにお礼申し上げたいところだが、われわれは貴重な同盟国であり、地球で最も進歩的な技術立国だった日本を失ったのだ。駐留していた20万を超える我が国の兵士とその家族もね。君の都合など聞けると思っているのかい?」

 

「---とにかく我がロシア連邦は貴国との戦闘行動を停止する。戦略ロケット軍の臨戦態勢もまもなく通常体制に戻す。我々は極東地区を放棄する」

 

「おい!ウラジミール!正気か?自分が何を言っているのかわかっているのか!?」

「ドナルド、その言葉そのまま返すよ。東海岸と地中海の津波と火山に注意しろ!では、お互い生きていればまた話そう」

 

「---モスクワとの通信途絶しました」

「ハワイの太平洋地震津波センターから緊急!カムチャッカ半島で大規模な火山噴火を観測!続いて千島列島南端で巨大地震!M9.1!津波発生可能性大!」

 

「ウラジミールはこのことに感づいていたな!」

「さらにハワイから報告続きます!ニュージーランド沖M8.9の巨大地震、チリ沖でM9.0の巨大地震を相次いで観測したとのことです!」

 

「イエローストーン観測所から緊急電!火山性微動が激増。噴火可能性大との事です。」

「NASAから緊急通信!ISSの地球観測システムが地軸の変動を観測しています!ポールシフトです!現在も変動中!磁場が急速に変動しているとのことです。まもなく無線通信が不可能になります」

 

「国土安全保安省から全米に連邦緊急放送システムを発令させろ。市民に避難を促すんだ!」

「ですが、大統領閣下、どこに避難させるのですか?」

 

「内陸部で火山活動の影響を受けにくい地域だ!」

「・・・手配します」

 

30分後、エアフォース・ワンはイエローストーン火山の第一次爆発噴火の影響でエンジントラブルを起こし、五大湖の一つオンタリオ湖に緊急不時着した。

辛うじてカナダ軍に救出された大統領は陸路ワシントンに向かったが、フィラデルフィア付近で大西洋からの大津波に巻き込まれて行方不明となった。

 

オレゴン州シャイアンマウンテンのNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)に避難していた副大統領が直ちに職務を引き継いだがその二時間後、シャイアンマウンテン自体がロッキー山脈を中心とする火山活動による溶岩流で司令部が生き埋めとなり、合衆国政府の指揮系統は潰滅(かいめつ)した。

 

ロシア、中国でも同様の天変地異が各地で同時多発的に発生し、政府首脳達の大半が生死不明となり、指揮系統が潰滅(かいめつ)した。




ここまで読んで頂きありがとうございました!m(__)m
次話から第二部が始まります。
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