転移列島   作:NAO

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最悪な告白

2023年1月4日午後11時30分【東京都立川市 航空自衛隊 入間(いるま) 基地 航空総隊司令部 統合空域管制指令室】

 

地下50mの大深度に設置された日本の防空識別圏を統合管制する自動警戒管制システム(ジャッジ・システム)に異変が生じていた。

「ダメです!非常コード666(トリプルシックス)を入力してもコントロールを取り戻せません!」

オペレーターが悲痛な声を上げる。

 

「泣き言は要らん!不正外部アクセスの発信源は分かったか!?」

当直司令の鷹匠(たかじょう)准将が確認する。

 

「地球北米大陸、グルームレイク空軍基地!」

「何だと!?」

一瞬固まった鷹匠は直ぐ我に返る。「あの」謎めいた空軍基地だとすぐに気付いた。

 

「市ヶ谷と官邸に至急電!」

鷹匠は今現在も日本列島上空を多数の自衛隊機や旅客機が飛んでいる状況に頭を抱えていた。

 

「このままだと最悪の事態が起こりかねん!」

 

日本国の制空権(エア・パワー)は戦わずして失われつつあった。

 

【挿絵表示】

 

同日午前2時【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 地下研究室】

 

満とひかりは深夜、突然夫婦の寝室に乱入して来た美衣子と結に(たた)き起こされて手を引かれながら地下研究室に来ていた。

 

「なんだい?こんな夜更けに・・・」

まだ寝ぼけ(まなこ)の満がパジャマ姿で美衣子(ミーコ)に訊く。

 

「あなた。多分すっごく良くない話ですよぉ・・・」

起こされても尚、うとうとしながらずっと満の腕にしがみ付いていたひかりが徐々に眼を()ましながら満に秘かな確信を告げる。

 

「さすがね、ひかり。瑠奈から緊急コード「ヴォルデモート」が入ったわ」

美衣子が二人を見つめて言った。

 

「瑠奈は無事なのか!?」

いつの間にそんな’’言ってはいけない’’大層な符丁(ふちょう)を取り決めていたんだ?と突っ込みたいのを(おさ)えて満が美衣子に尋ねた。

 

「今の所は。でも、ちょっと不味(まず)いわね。マリーンシティが全滅するかも知れない」

美衣子が衝撃的な事を言う。

 

手強(てごわ)いモンスターでも現れたのかしら?」

すっかり眼の醒めたひかりが訊く。

 

「ええ。人ならざる者が造り出した最悪レベルの生体兵器だわ!」

美衣子が深刻そうな顔で研究室の壁掛けスクリーンに瑠奈(ルナ)からリアルタイムで送られている映像を指した。

 

そこにはムカデの様な色をした異様な風体の巨大ワームがミジンコのように水中をギシギシ飛び跳ねながらひしめき合うようにして進んでいた。

満とひかりは唖然(あぜん)として固まってしまっていた。

 

「火星にもこんな奴居なかっただろ・・・」

満がぽつりと言う。

 

「やけに禍々(まがまが)しい生き物ね」

嫌悪感を隠そうともしないひかりが言った。

 

「そうね。でもこれは生物じゃないわ。疑似生命体と言うのかしら?サイボーグと言った方が分かり(やす)いかも知れないわ」

(ムスビ)が説明した。

 

「誰が造り出したの?」

ひかりが()く。

 

「おそらく、瑠奈にちょっかいを出してきた者が秘かに造っていたのよ」

美衣子が推定する。

 

「岩崎さんには伝えた?」

満が確認する。

 

「永田町と列島諸国には二人を起こす前に至急電で伝えたわ。新テルアビブにはワイズマン部隊から連絡が行っている(はず)よ」

美衣子が答える。

 

「時間が惜しいな。結、食堂にみんなを集めてくれないか?」

「分かったわ父さま」

結がとてとてとエレベーターへ走っていく。

 

「瑠奈、無事で居てくれよ・・・」

満が拳を握りしめる。

ひかりは満の拳を両手で包んでいた。

 

20分後、食堂に集まったミツル商事の面々と壁掛けスクリーンには各国の首脳陣とアマトハ達マルス側のメンバーも集合していた。琴乃羽だけが緊急の「調査」で地下の研究室に(こも)っている。

 

満がスクリーンの面々に突然の呼び出しを詫びた後に美衣子(ミーコ)の方を向くと、(うなず)いて進行を任せた。

「既に連絡した通り、最悪の疑似生態兵器(サイボーグウェポン)が地球に現れたわ」

美衣子が切り出した。

 

「どれくらい最悪なのですか?」

英国連邦極東首相ケビンの背後に立つロイド提督が訊く。

 

「この疑似生命体(サイボーグ)の最悪な所は「繁殖」、自己増殖して無数に数を増やす事よ」

結が答える。

 

「どれくらいのペースで増殖するのですか?」

ユーロピア共和国のジャンヌ首相が尋ねる。

 

「現在交戦している瑠奈からのデータだと、十数分単位よ」

 

美衣子の言葉にスクリーンの面々が沈黙した。

 

「美衣子君。増殖と言っても最初は小さいのだろう?」

澁澤首相がいきなり巨大ワームにならないだろう、との意味で訊く。

 

「この疑似生命体のもう一つ最悪な所は、生まれた瞬間から生物を(くら)い尽くす事に特化している事よ」

美衣子が交戦中の瑠奈の映像を面々のスクリーンに投影する。

 

『何なんだこいつはっ!』

メガフロート上に急ごしらえで作られたユニオンシティ防衛軍のものと思われる重機関銃陣地がサイボーグワーム群に向けて火を噴く。

 

しかしサイボーグワームは重機関銃弾の弾幕を物ともせずに突進して防御陣地の兵士たちに喰らいつく。

『ぐぎゃああぁっ!!こいつ!オレを()ってやがるっ!』

 

兵士達は次々と皮膚を突き破って身体に「喰い込む」サイボーグワームに内臓や頭を()らいつくされて(たお)れていく。

(しばら)くすると(たお)れた兵士の身体中からサイボーグワームよりも更に小さな、小指で(つま)めるような大きさのミニボーグワームが皮膚を突き破って飛び出すとマリーンシティの都市施設に群がっていく。

 

瑠奈やワイズマン中佐が乗る「マロングラッセ」は空中に退避しながらレーザーバリアーを展開して防御に徹している。

 

同じ様に退避しようとしたマンスフィールド級空中戦艦部隊の1隻が浮上して間もなく内部から爆炎を噴き上げ、船体中央部からぽっきりと折れてメガフロート基地の滑走路に墜落していく。

よく見ると墜落したマンスフィールド級から無数のサイボーグワームが墜落して炎上している艦内の各所から外へボトボトと飛び出して逃げ出していた。恐らく艦内の搭乗員を(くら)いつくしたのであろう。

 

生き残ったマンスフィールド級の二隻はサイボーグワームが空中に飛び上がる高度より上まで退避に成功すると、レーザーシールドを展開することなくメガフロート上のサイボーグワーム群に、化学レーザーやCIWS(近接防空兵器)、短距離ミサイルを放って友軍を空中から援護(えんご)すべく奮戦していた。

 

モニターに映る首脳陣は唖然(あぜん)とした様子だった。

彼らに付き従う何人かは、兵士たちが()らわれる光景を見て思わず嘔吐(おうと)しているようだった。

 

「地獄だな・・・」

澁澤が絞り出すような声でそれだけを言った。

 

(ひど)い・・・『誰が』仕掛けたのですか!?」

ジャンヌ首相が激高(げきこう)する。

 

「恐らく・・・地球復興局の彼よ」

美衣子が()えてぼかして言う。

 

「・・・マッカーサー三世だ!奴の施設(エリア51)で生み出されたものでしょう」

苦虫をかみつぶしたような顔で吐き捨てるようにケビン首相が答えた。

 

「我々の情報網はエリア51を監視していたが、内部協力者がシャトルごと撃ち落とれて始末された。その途端(とたん)にこの事態だ」

 

「ソーンダイク。君は知っていたのか!?」

澁澤が画面の中で心なしか(ちぢ)こまるソーンダイクに向けて問う。

 

「全く・・・。彼がエリア51で何をしていたかは一切報告されていませんでした」

顔面蒼白(がんめんそうはく)茫然(ぼうぜん)としながらソーンダイクが答える。

政治指導者として文民統制(シビリアン・コントロール)は基本だろうに、と澁澤は心の中で嘆息(たんそく)した。

 

「直ちに止めるように言えんのか?」

激怒した様子でイスラエル連邦のニタニエフが問い詰める。同胞たる派遣部隊がマリーンシティに駐留しているのだ。

 

「会議に参加する直前に通信を試みましたが、無線封鎖しているようで応答しません。現在エリア51の制圧を目的とした地上部隊を向かわせています」

ソーンダイクが武力鎮圧に向けた動きを説明した。

 

「実は先程から我が国の防衛システムがお国のエリア51からと思われるハッキングを受けていてな、事態はもはやユニオンシティ国内の反乱(クーデター)ではなく、世界規模で侵略が起きていると認識せざるを得ん」

澁澤がソーンダイクに告げる。

 

「どれだけの規模で侵略が行われているのか想像もつかん」

ケビンが戦慄(せんりつ)した。

 

「ソーンダイク代表。月面都市(ユニオンシティ)は大丈夫ですの?」

ジャンヌ首相が訊く。

 

「今の所は・・・。彼の勢力は今まで表だった行動を起こしていませんでした。今後は予測不可能ですが」

ソーンダイクが苦しそうに言った。

 

「奴の目的は何だ?世界の覇権か!?」

ケビンが誰にともなく問う。

 

「そんなの決まっているじゃない」

美衣子(ミーコ)が今さら何をと言わんばかりに口を尖らした。

 

「地球の支配と人類の家畜化よ。彼は地球を自分達に都合の良い環境にしたいのよ。マスター、合っているかしら?」

美衣子がこの会議が始まって以来珍しく沈黙を保っていたマルス陣営のゼイエスに()く。

 

「・・・そうだ。奴は地球人類ではない。我々の同胞(どうほう)だ」

ゼイエスが顔を(しか)めて告白(カミングアウト)した。

 

余りに最悪なタイミングで唐突(とうとつ)なカミングアウトに居合(いあ)わせた全員が沈黙した。

 

同時刻ーーー【NEWイワフネハウス地下 琴乃羽(ことのは) 研究室】

 

琴乃羽はアジア上空で観測された異常な電磁波の解析を進めていた。

やがて彼女は電磁波にある種の「指令コード(コマンド)」らしき符丁(コード)が含まれているのを見つけた。

頭上の食堂(ダイニング)ではマルス人ゼイエスから衝撃的なカミングアウトがもたらされようとしていたが、彼女もまた、衝撃的(ショッキング)な情報を(つか)みつつあった。

 

福音(ふくいん)システム?これは・・・人間植物?」

琴乃羽が首を(かし)げる。コマンドのワード中に含まれていた人類(ヒト)脳機能の意識中枢へ働き掛ける要素として、どこかで見たことのある画像(イメージ)に心当たりがあった。

 

「・・・まさか・・・福音システムの正体はヴォイニッチ手稿(しゅこう)!?」

琴乃羽が全く次元の違う異物に困惑する。同時に隠された意図(いと)を考える。

 

浴槽につかる人間と浴槽から「何か」を吸い上げようとする植物の構図。人類と植物の関係性を示唆(しさ)しているのであろうが、どこか違和感を感じる琴乃羽。

 

琴乃羽は何者かに導かれるように、無意識に自分の思考を加速させ、思うがままをキーボードに入力し続けていた。この入力は美衣子達三姉妹にはリアルタイムでリンクされている。

 

「人類と植物が同じ浴槽で共生?・・・いいえ、人類は浴槽で植物に(しぼ)り取られるだけかしら・・・違うわね・・・植物は酸素と果実でヒトを生かす事が出来るとしたら・・・やはり広義の生態系?・・・」

 

【挿絵表示】

 

↑琴乃羽の思考はさらに深く、飛躍をしていく。

 

 

「・・・違いは無いか・・・「ヒトは植物」にもなれるし、「植物もヒト」になれる事ができる!?---だとしたら、福音(ふくいん)はその手稿に書かれた原理を電磁波でヒトの脳に投影した・・・人類はこんな事を(はる)か昔に知っていたと!?」

琴乃羽の指が(せわ)しなくキーボードを叩き、彼女の試行錯誤(しこうさくご)を絶え間なく入力し続ける。

 

不意に琴乃羽は、電磁波による思考誘導操作を使って福音のワードたる手稿(しゅこう)が生き物にイメージさせる意図を明確に(さと)った。

「福音・・・神がもたらす御業(みわざ)・・・まさか手稿を書いた者は人類を植物に変えて自分が世界の『神』にでもなるつもり!?」

 

【挿絵表示】

 

琴乃羽の思考が叫ばれようとした寸前、彼女の身体が唐突(とうとつ)にドロリと溶け落ちると研究室の床に赤みがさす黄色の液体()まりとなって広がった。

 

食堂で会議に参加していた(ムスビ)は地下で分析作業を続ける琴乃羽の入力内容をリアルタイムで把握(はあく)していたが、琴乃羽(ことのは)の思考がヴォイニッチ手稿に辿(たど)りついた瞬間、その場で立ち上がって叫んでいた。

 

「琴乃羽!それ以上は考えちゃダメッ!!」

 

ゼイエスのカミングアウトを静かに聴いていた人類側の参加者は思わず目を()いて(とが)めるように結を見つめたが、満だけは、

 

「どうした?結?」

(みつる)(ムスビ)の肩に両手を添える。

 

「琴乃羽お姉ちゃんが・・・」

結がそれ以上は言葉を続けられずに(うつむ)いてしまう。

 

「春日!イワフネさん!琴乃羽さんの様子を見に行ってくれ!」

満が二人に地下研究室の様子を見に行くように指示した。

二人が地下へ走っていく。

 

「お父さん、琴乃羽の生体反応は有るけど、血圧や脈拍のデーターが測定不能になっているわ」

常にミツル商事社員のバイタルを把握(はあく)している美衣子が衝撃的な事を告げる。

 

「研究室のモニターは!?」

「何故か故障中よ」

美衣子が満達にこの情報を『正しく認識させる事を(はば)む』ためにワザと嘘をついた。

 

「おいっ!そちらで何が起こった!?」

澁澤首相が異常を察知(さっち)して問いかける。

 

「地下研究室で異常事態発生!エリア51の電磁波を解析していた社員に異常発生!詳細不明!一旦通信を遮断(しゃだん)します!」

満は取り(つくろ)わずに用件だけ言うと一方的に通信を切断した。

 

「満さん・・・」

ひかりが不安そうに満の腕に両手を添える。

 

食堂に残っているのはひかりと岬、美衣子だけだった。

「・・・今は出来る事からやっていこう」

 

不安そうな三人を前に、満はそれだけしか言う事が出来なかった。

 

ーーーーーー

 

絵師 里音(りおん)様に再度イラストを書いていただきました。なかなかどストライクな出来でめっちゃ幸せです!

 

【挿絵表示】

 

左から、瑠奈(ルナ)、ひかり、満、美衣子(ミーコ)(手前)、(ムスビ)(手前右)です。

火星でも主人公は、ヒロインに引きずられていますw

 


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