「はん、二冠というからどんな顔してるかと思えば、何よ、冴えない顔じゃない」
夜叉神天衣の第一声はそれだった。
場所は神戸・灘区の一等地、大きなお屋敷には似つかないような和室で黒衣に身を包んだあいちゃんとは可愛さのベクトルが真逆の女の子がいた。
しかし、この孫力……伸ばせば化ける、つまり、
「素質がある……」
「! 冴えない顔の癖によくわかってるじゃない」
天衣ちゃんは自慢げな表情を浮かべる。というかあいちゃんと被ってしまうため天ちゃんと呼ぶことにしよう。
しかし、この溢れる自信は後々この子の成長を促進するには邪魔になる。
鍛える方針を決め、この子の保護者に話しかける。
「弘天さん、厳しくて宜しいんでしょうか?」
「先生のやりたいように」
許可は頂きました。
というか、やりたいようにって本当にいいんですか?
なんなら今すぐこの若い体で出せる最大速度で最高級ケーキを買ってきて、ぬいぐるみを買ってきて思う存分甘やかします、と言ったら外にいる黒服・サングラスの怖い方々に何されるかわからないので口をつぐむ。
恐怖………………っ!圧倒的恐怖………………っ!
「それじゃあ、やろうか」
俺は鞄から扇子を取り出し、座布団に座る。駒落ちは……と少し考えたがそれはやめることにした。
この子みたいなタイプは平手で負けてこそ成長ができる、長年生きてきたからわかる、間違いなくこの子には才能がある、と。
「「宜しくお願いします」」
天ちゃんの先手番から始まる。
御互いに定石通りの動きをするが……。なるほど、綺麗な将棋を指す、セオリー通りに指すというのは余程勉強していないと無理なことだ。
「あら、二冠のくせに平手で私のほうが勝勢じゃない」
132手目、確かにこちらが分が悪い。けど、それは当たり前のこと。
この対局はまずどれほどの"才能"があるかを確かめるためのものだ。
だから……少し残念でもある。
あの会長からの一押しというので覗いてみればこちらの思惑を考慮しない、顔色を窺わない、勝勢だからといって油断はする。
そして、易々とこちらの罠にも引っ掛かる。
「こういう手がある」
「……は?何それタダ銀じゃない」
それはタダで相手に駒を与える一手、そしてーーー反撃の一手だ。
同玉と取った天ちゃんに追い討ちを掛けるように桂馬を跳ねる。そして、これも王手だ。
その時、こちらの思惑に気づいたのか初めて自信満々な表情が崩れ、「嘘……」と小さく声に出す。
跳ねた桂馬によって今まで遊び駒、機能を果たしていない駒たちが驚異のものとなったのだ。
読み違えれば即詰み、
「…………ま……」
負けました、か。
俺はここで天ちゃんが投了すると思っていた。
しかし、
「ま……だッ!」
天ちゃんは盤を睨み付け、ありったけの駒を用いて、詰みから逃れ、囲いを再構築させていく。
「まだ、私は戦える……っ!」
彼女がもつ突出した才能。
それは『受け将棋』と呼ばれるものだった。そして、天ちゃんの受け将棋は独創的なもの。
破れそうで破れない、絶妙なバランスを保ちながらの守り。
すごく威勢のいい子で、本性は受け将棋ときた。これがギャップ萌えか。
だがーーーまだ甘い。
147手目、天ちゃんの玉を詰ませた。盤上に愛などいらぬ。盤外にはいるけどねええええええええええっっっ!!
俺が驚いたのは天ちゃんが悔しそうに駒を握りしめ、ポタポタと涙をこぼしていたからだ。
銀子ちゃんと対局→泣かせる。
あいちゃんと対局→泣かせる。
天ちゃんと対局→泣かせる。←new!!
なんでなん……。
天ちゃんは夜叉の目付きで俺を睨み付け、何も言わずに去っていこうとしていたため流石にそれは咎める。
「天ちゃん、挨拶!!」
「うるさい!……天ちゃんって何よ!!アンタなんて大嫌い!!」
その言葉に今まで大人しく見ていた夜叉神弘天さんも叱責する。
「これ、天衣。先生の言う通りにしなさい」
「…………おじいちゃまのバカッ!!」
大泣きして席をたっていった天ちゃんに黒服の女性が慌てて追いかけ、室内には静寂が訪れた。
「申し訳ございません、先生……」
「いえ、大丈夫です。元気があって威勢もいい。そして、負けず嫌いというのは私の好きなタイプですので」
「……孫はあげませんよ」
「別にそんなつもりで言ったわけじゃ……」
怖い。
というか、最後の天ちゃんのおじいちゃまはずるいぞおおおおおっっ!確かにその選択肢はなかった!弘天さん……やり手だな……!!
けど、まぁ……。
「天ちゃん……天衣ちゃんの将棋は親譲りなんですね」
「……お気付きで?」
「はい、彼女の父親はアマ名人ですよね。受け方があの人譲りです。前名人、月光さんとの対局は見たことがあります」
「本当によくご存じで」
彼女の父親はよく知っている。アマ名人と言われるだけの棋力、それはプロに匹敵するものだった。
だが、俺がその対局を知っていたのは別の理由がある。
弟弟子がその時の記録係だったからだ。その時俺はーーー会長の思惑に戦慄した。
『盲目の棋士』、視力を失ったにも関わらずA級にいるだけのことはある。一体どこまで見えているんだろうか……。
「弘天さん、僕はあの子の指導係としては力不足のようです」
「そう、ですか……」
「しかし、一人だけ心当たりがあります。天衣ちゃんが出した条件『A級棋士、またはタイトル保持者』にぴったりの」
「……」
「九頭竜八一君を彼女の指導役として推薦したい」
彼の名前が出たとき弘天さんの眉がすこしばかりつり上がった。
会長の狙いは最初からこれだった。A級棋士またはタイトルホルダーとなると俺と八一君のみとなる。
しかし、まず八一君にこの話を持っていくと必ず俺を推薦するだろう。実績も経歴もこちらが一応上だから。
しかも、内弟子もいるのでと言われてしまうとそうそう反論できない。
けれど、先に俺が受けることによってその線を消したわけだ。ーーー俺が断ると言うことも考慮して。
八一君もそこまでいけばいけば折れるだろう。
弘天さんが承諾し、黒服アーチ(黒服の人たちがお辞儀をして出迎える様)を潜り抜け、帰路につく。
会長に返答するため将棋会館を訪れたがもう日は暮れていた。
少し急ぐか……。と早足になり入り口の前まで来ると一人、スーツ姿の中年男性の姿があった。
暗くなりかけた空のもとで彼の顔がわかると同時に足が止まる。
彼もこちらに気付いたらしく擦れ違う間際御互いに軽く会釈する。
なんで……なんでここにいるんだ……!
「名人……!!」
史上最強と呼ばれる名人の姿を再度確認しようと振り返るとそこにはもう彼の姿がなく、淋しい鳥の声だけが響いて伝わった。
なんで名人がいたか、というと月光さんとプライベートで少しお話ししたからだそうです。心臓に悪い。