「…………暇だ」
我輩の名前は八柳太一、とても暇である。今は自室でゴロゴロとしてる。
ゲームというものをやって時間を潰そうにもファミコンにしか手を出さなかった俺にとって今のゲームというものは理解に苦しむ。
対局はないし、用事もない。
久しぶりに爺ちゃんと将棋を指そうかなと思ったが、運が悪いことに今日の朝から熱で寝込んでいる。
「…………暇だ」
パラリ、と銀子ちゃん成長アルバムを見ているがこの行為はもう何千回と繰り返したので癒されはするが退屈というものは拭えない。
そんな時、ブブブッとバイブ音が携帯から発せられる。
パカリと開いて画面を確認すると一件のメールが着信していた。
「八一君からだ」
文面を見るとこう書かれている。
『兄弟子へ、天衣についてお聞きしたいことがあります。何故か貴方の名前を出すとビクッと震えて、怒りに染まってしまいます。なにをやらk
殺す』
ほわああああああっっっ!!何この最後の文字!絶対に天ちゃんだよね!!物騒すぎるよ……。
……けど、一応返信はしとくか。えっと、これをこうして……。
「こら、天衣!兄弟子に『殺す』はないだろ、『殺す』は!!」
俺、九頭竜八一は今猛烈に怒っている。事の顛末はこうだ。
会長から一人の女の子の指導を頼まれ渋々受けてみたは良いもののとんだじゃじゃ馬ーーーしかし、才能があるので鍛えるために『ジャンジャン横丁。』と呼ばれるアーケード街の将棋道場で腕を磨かせようと思ったわけだ。
会長から俺の前に兄弟子がその依頼を受けたらしくその事について聞いたら天衣がすごい形相で睨んできた。
その事について兄弟子でメールを送り聞こうとしたところ天衣が横から奪い去り、物騒な言葉と共に送信してしまったのだ。
「あんな奴……!」
「どうしてそこまで怒ってるんだ?」
「アイツとは……!平手で指したのよっ!!」
「いいじゃないか、俺が4枚落ちでやったときは凄く怒ってきたくせに」
兄弟子、9歳の女の子に平手って……容赦なさ過ぎですよ。
「最初は私が押していたわ。けど……アイツのあの一手で全てが逆転した。その時わかったのよ、弄ばれてたってね」
「わお、本当に容赦ない」
あの人、毎度毎度才能がある人と対局する度、その力を図るような指方をするんだよな……。姉弟子然り、あい然り、天衣然りときた。
しかも、それで勝つからすごい。
けど、だからって殺すは駄目だろ。温厚な兄弟子が怒るとは思っていないが……。と、返信が来たか。
メールには短くこう書いてあった。
『イマ ドコダ イク』
うわあああああああっっっ!!
「おい!どうすんだよ、天衣!!兄弟子怒ってるって!!」
「ふん!来たら来たで返り討ちにしちゃいなさいよ!!」
「なんで俺なんだよおおおおっっっ!」
こんのクソガキ!兄弟子に負け越している……というか一度も勝ててないの知ってないからそう言えるんだよ!!
てーへんだ、てーへんだ……。
兄弟子が来る……。いや、待て。
これは好機ではないか。
あの人の、兄弟子の『ハメ手』なら……。
「え、今八一君たち『ジャンジャン横丁。』にいるの?なんで」
メールを発信した人物、太一は困惑していた。
慣れないメール操作でなんとか送れたが返信に書かれてある場所は昔将棋道場があったで有名なところだ……。
なるほど、そこで鍛えてあげようって訳か。流石は八一君。
俺は前世では弟子を取らなかったためどのように育てていけばいいのかわからなかったので任せて本当によかった。
ということで、まずは行ってみるか。
「角頭歩戦法か……」
「角……トーフ……?」
『双玉クラブ』という将棋道場で天衣は男か女かわからない人と真剣を行っていた。
真剣とは要するにお金をかけて戦う将棋のことである。
天衣の付き人ーーー晶さんは俺の言葉に顔をしかめる。
「角・頭・歩、角の頭の歩をついているでしょ?これって普通はやらない手なんですよ」
角は前には動けない。だからこそ自らの首を絞めるような手をまず誰もやらない。
「御嬢様が有利なんだよな……?」
「えぇ、けれど角頭歩戦法の面白いところはここからなんですよ」
男か女かわからないその人は天衣の一手一手に一々ぼやきながら駒を進める。
天衣が異変に気づいたとき、それはもう遅かった。
「……えっ?ど、どういうことよ……!」
形勢は完全に相手に傾いていた。
天衣は額に汗を滲ませ、焦りを顔に出す。
「どういうことだっ!御嬢様が優勢だったんじゃないか!?一体何をしたんだ……!」
「あれは『ハメ手』っていう奴ですよ」
「ハメ……何だそれは」
「要するに、相手を騙すような手ってことです」
「何!?つまりルール違反をしたってことか!今からアイツを狩ってくる!!」
「違います違います!別にルール違反っていう訳じゃないんです!!」
懐に手を入れて立ち上がる晶さんを宥める。懐に何が入っているか知らないし知りたくもない。
「…………なら別にハメ手と言わなくてもいいんじゃないか?」
「そうなんですけどねー。なんつーか、使う相手を貶めるというより、ハマった自分を戒めるための名前というか……。ま、プロには通用しません。通用するならプロなんて名乗っちゃいけない」
一人を除いてと心のなかで付け加える。
彼の、兄弟子の『ハメ手』のみ別だ。彼の『ハメ手』はそれこそ何が起こるか予測ができないほどの完成度をもつ。
長年将棋をやってきて、尚且つ若い頃に持ち合わす気合いがなければできないような……そんな『ハメ手』だ。
そして、夜叉神天衣はプロではなかった。
「……負けました」
「ありがとうございました」
いやぁ……やっぱり将棋は面白いな。
あっちには昼頃着くってメールをさっき送ったので今は将棋道場で指してる。
周りにはギャラリーがいつの間にか出来ていた。
「おい、次はお前行けよ」「はぁ!?嫌だよ!」「……俺行こうかな」「バカ、やめとけ」「なんであんなに強いんだ?」
なお、変装しているから俺がプロ棋士だということはバレていない。変装せずに出歩くと熱狂的なファンから新しい戦法教えてください!とか四間飛車で穴熊を突破する方法を教えてください!とかくる。最後の方は振り飛車党にでも聞いてほしい。
「最後、誰か指しませんか?」
その日、一つの伝説が出来上がった。
ある大阪の将棋道場の出来事である。
最短手数60手、最長手数60手。
つまり、数局対局して全て丁度60手で勝利を納めたマスクをした若人がいたというもの。
彼は、対局が終わると丁寧に一人一人感想戦を行い、自身の考えていたこと全てを対戦者に教えたのだ。
その時、皆が驚愕し口を揃えてこう言ったという。
ーーー彼の考えていることを全て理解できるのは"神"のみだ。
と。
「よし、最近やっとのことで勘を取り戻してきたな。調子がいい」
八柳太一は笑顔でそう言った。
太一くん覚醒間際。
どんな感じかというとポパイが今にもほうれん草を食べる感じ。