俺が将棋界に身を投じたのは15歳のころだった。史上4人目の中学生プロ棋士ということで注目の的になったのは今でも覚えている。
それから引退するまで将棋一筋、研究会を立ち上げたり、検討を重ねメキメキと実力を伸ばしていった。
だからなのだろうか―――生まれ変わると前世では読めた手というものが思い浮かばなくなった。本当にあと少しだという所で思い出せない。
そこで俺は思考が単純に生まれ変わった体に追い付いていないと結論付けた。そして、その結論は正しいものだと最近は実感させられる。
盤面を見ると面白いように手筋が思い浮かぶ。幼いころはこれだという最善手のみだったが、ここ最近は相手をこう指すように誘導できる手や、相手を混乱させれる手というものが頭からどんどん溢れてくる。
天ちゃんと対局したとき、それが顕著に表れた。
そんな天ちゃんは喫茶店で俺にジト目を向けてオレンジジュースを飲んでいる。可愛い。
「すみません、兄弟子。わざわざ来てもらって」
「別に大丈夫だよ。俺も天ちゃ…天衣ちゃんに言いたいことがあったからね。あの時は泣いて出て行っちゃうんだもん」
「…お前兄弟子の時も泣いたのか?」
「うるさいわね!クズ竜王!!というか、今また『天ちゃん』って言い掛けたわよね?―――晶」
「はっ」
天ちゃんが付き人の晶さんに何か合図すると懐に手を掛ける。それを八一君が必死に宥める。
うん、多分チャカだよね?銃刀法違反じゃんと思ったが夜叉神という名前を出せばどうにでもなりそうで怖い。
「お、落ち着いてください晶さん!それで兄弟子、天衣に言いたいことって?」
「あぁ、一つだけ。―――どうであれ決めるのは自分自身ということを伝えたくてね」
「……………知ってるのね」
「…え?今ので終わりですか?というか、今のどういうことですか?」
「ふん、今のアンタには関係ないことよ」
「うん、天ちゃんの言う通りだ」
「晶さんも気になりませんか?」
「全然」
「俺だけ仲間はずれか…」
そんなしょぼーんみたいな顔してもなぁ…。
というか、今天ちゃんと呼んでも何も言われなかった!これ公認ってことでいいんですよね!!
俺がウキウキ顔になってると天ちゃんが口からストローを話しこちらに疑問を吹っかけてきた。
「前もそうだけどなんでアンタはおじいちゃまと同じような視線を向けてくるのかしら」
「ん?誰と同じだって?」
「…。だから、おじいちゃまと」
「はい?」
「おじいちゃまって言ってるでしょ!!」
「天衣落ち着け!!」
―――はっ!しまった。おじいちゃまという魅惑の言葉に意識を刈り取られていた…。
いつの間にか天ちゃんは怒った顔つきになっているが…。何かあったのだろうか。
フーフー!と怒っている天ちゃんを八一君が落ち着かせると本題を切り出してきた。
「兄弟子にお願いがあります。今から天衣と数局指してもらってもいいですか?」
「僕はいいけど…。いきなりどうしたの?」
「なっ!?私は『ハメ手』の検討するって聞いてたわよ!」
天ちゃんの表情から察するに『ジャンジャン横丁。』でハメ手を使われ、負けたということがすぐにわかった。
「兄弟子は全ての対局において『角頭歩戦法』を使っていただきたい」
「おい、この人はプロなんだろ?大丈夫なのか?しっかりと指し回せるのか?」
「晶さんの言う通りです。プロはハメ手をあまり研究しません。しかし、兄弟子に限ってそうではないんです」
「は?なんでよ」
「だってソレ僕が作った奴だし」
「そう、なら問題ないわね。なら早くやりまs………は?」
作ったというより輸入したというのが正解なんだろうけど、というか天ちゃんって落ちついてると本当にお嬢様なんだなって感じる佇まいだよね。
『角頭歩戦法』を初めて使ったのは奨励会試験の時。奨励会に入るための条件として3人のプロ棋士を相手に実力を認めさせればいい、ということでその3人の内一人にはその戦法を使わせてもらった。
勿論意図はある。
実力を認めさせるということはこういう柔軟な発想ができるということもできるということを証明させたかったのだ。
「アンタあれを私より年が小さいときに作ったの?どんだけひねくれていたのよ」
「天ちゃん、その言い草はひどい…」
ということで簡易将棋盤をテーブルに置いていざ対局ときた。マスターさんには許可をもらってる。
八一君と晶さんはそれぞ天ちゃんと俺の横に座って観戦だ。
振りごまをしようにも店内でやるのは気が引けるためじゃんけんで決めた。なお俺はじゃんけんに負けた。その時の天ちゃんの勝ち誇った笑みと言ったら…!もう頭をなでなでしたくなる可愛さがあった。けれど、手を出せば横にいる晶さんから鉄の球がプレゼントされかねないので自重する。
「ふん、吠え面かかせてあげるわ」
天ちゃんの▲3四角から始まる。次は△8四歩と動く。
――さぁ、やるか。
「おい、さっきのあの女か男かわからないやつが使ってたやつと展開が違うじゃないか!」
「兄弟子…」
86手目、終始天衣が不利な形で続いていた。本来、ハメ手というものは自身に不利な状況を作り最終的に有利に立つような手だ。
にも関わらず、兄弟子はノータイムで淡々と天衣の手をさばいていく。
天衣が指した一手、▲6四桂馬打。その一手に俺は思わず言葉が漏れる。
「うまい…!」
「なんだ、今のはいい一手なのか?」
「桂馬は今金と銀の両取りになっています、これをふんどしの桂と言いますがどちらかが必ず取られてしまいますので形成がひっくり返るかもしれません」
「おお!流石はお嬢様だ!!」
そして、兄弟子の一手。△2四飛車打。その一手に晶さんが驚きの声を上げる。
「無視!?」
あえて桂馬を無視し、相手陣地に攻め込む。しかもこれは…。
天衣もそれに気付いたのか目を見開き、悔しそうに下唇をかむ。
震える声で、こういった。
「負け、ました…!」
「ありがとうございました」
「おいっ!どういうことだ!」
突如投了した天衣を不審に思った晶さんが俺に掴みかかると言わんばかりに声を荒げる。
兄弟子は淡々と天衣に手を説明し、検討に入っていた。
「あのまま行くと天衣の玉は攻め込まれていきます。しかも、そこで合い駒。駒を打って凌がなきゃいけない場面がこのままいくとあるんです」
「なら、そのあいごま?という奴をやればいいんじゃないのか?」
「さっき天衣の玉がいた付近は明らかに残したような歩がいくつもありました。それに歩を打って逃れようとしても二歩という反則になって負けてしまいます」
「な、ならほかの駒を使えば…っ!」
晶さんも気づいたらしい。そう、天衣の持ち駒は歩とさっき打った桂馬のみ。
終局間際、逆転の一手を狙っていると兄弟子は知っていた。だから、わざと罠を張りめぐらせた…。竜王である俺さえも欺いて。
そう、桂馬が指された時点で俺の思考は完全に天衣のほうへと偏ってしまったのだ。そして、指された飛車。その一手でまんまと騙されたと気付かされた。
だが、それは―――。
それは相手が何を指すか完全に読み切ることが出来なければ無理な技だ―――!
と思ったが天衣の手というものはお手本のようなもの。上のレベルになれば出来なくもない。俺もなんかできそうな気がしてきた。
哀れ、天衣。
その日、3局指して天衣は3連敗を喫した。だが、局が進むごとに兄弟子の手というものが読みにくくなっていった。
まるで、―――名人のように。
兄弟子が帰る間際、天衣の頭を優しく撫でてあげた。天衣は最初嫌がる素振りを見せたが段々おとなしくなっていった。ちょろいぞこいつ。不覚にも可愛いと思ってしまった。晶さんがいない時を狙ったようなタイミングだったが…気のせいか。
「天ちゃん、何か掴めた?」
「ふん、お陰様でね。…ありがと」
…今何と?ありがとっていったよな?兄弟子に向かって。って兄弟子ぃいいいい!気失ってますけどおおおおお!
あっ、戻ってきた。気失うほど驚いていたのか…。
「べ、別に感謝してるわけじゃないわ!ただ、…そう!これっぽち!これっぽーちだけ恩を感じただけよ!勘違いしない事ね!!」
マニュアルの様なツンデレ…!だが、それもいい。って俺は何を言ってるんだ。まじでロリコン疑惑出始めてるからやばいんだよな。
「わかってるよ。―――またね」
「ふんっ!」
「お疲れ様でした、兄弟子」
俺は兄弟子を見送るが天衣は腕を組んでご立腹だ。
だが、こういう時の対処法は姉弟子のお陰で心得ている!
「天衣」
「…何よ」
「あそこのケーキ屋おいしんだよ。晶さんがトイレから戻ってきたら行かないか?」
「………………いく」
長い沈黙のあと出された満足のいく答えに俺は笑顔で頷くのだった。
感想はいつも読ませてもらっています!しかし、返信する時間というものがあまり確保できないため時間をかけてゆっくりと返信していきます、申し訳ございません。
絵もちょくちょく描いていきますのでリクエストがあったら感想の所にお願いします…!
パプワ君に出てくる足が生えている魚人とキョロちゃんにでてくるシバシバには途轍もないトラウマを植え付けられました。
そんな恐怖映像見て涙目で震える天衣ちゃんを甘やかしたい。