元プロのおしごと!   作:フルシチョフ

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第13局 師弟

 ☗ 永世名人と竜王

 

 夜叉神天衣、将棋連盟会長月光聖市を師匠とした9歳の女の子。それがどうしようもなく『嫌だ』と思ってしまった。傍若無人で親友から『悪』と即断されるような考えを俺は成そうとしている。

 弟子のために―――、少しでも師匠らしいことをしてあげたいという俺の想い。

 だがら、成すのだ。

 竜王のお仕事というものを。

 

 翌日、帝位リーグ戦。最終戦第5局を行うため俺は関西将棋会館に出向いていた。俺はこのリーグから陥落が決定している。対する会長も残留はしているが挑戦者決定戦には進めない。つまり、お互いに消化試合―――。

 

 「九頭竜先生!そのお姿は…!」

 

 俺は静かに時計や扇子を取り出し下座に座る。

 

 俺は―――和服姿で対局に望んでいた。

 

 それは『竜王』として決して負けないという強い意志を示していた。

 襖を静かに開けて入ってきた日本刀のように細身な男性もその姿に感嘆の溜息を零す。

 

 「ほう………」

 

 ほかの棋士たちも俺の姿を見て騒ぎ出す。

 そして、俺は対局に入る前に本題を切り出す。

 上座に座った会長を見据え、一言

 

 「会長」

 「何か?」

 「お願いがあります」

 

 その一言を目が見えない会長を補佐する男鹿さんが制する。

 

 「竜王!対局前にそんなこと―――!」

 「伺いましょう」

 

 会長は男鹿さんを抑えると、俺に先を言うよう促す。

 口の中にたまった唾液を飲み込み、俺は口を開く。

 

 「この対局で俺が…私が勝ったら夜叉神天衣を弟子にする許可を頂きたい」

 「彼女は私の弟子になったのでは?」

 

 会長の言葉に俺は―――()()()()()()()()()()()()

 

 「欲しくなりました、どうしても」

 

 会長はその発言に対して笑みで答える。

 それは受けるという意志だということはすぐにわかった。永世名人に対してこのような傲慢な要求が出来るのも一重に『竜王』というタイトルのお陰。

 しかし、俺の扇子を握る手は汗で濡れていた。

 当たり前だ、目の前にいる人はあの人―――現名人からタイトルを防衛し七冠になるのを遅れさせた人だ。

 だが、だからこそ心が熱くなっていく。

 

 そんなすごい人と今から対局が出来るんだという子供ながらの純粋な思いと共に、強い決意を秘めているのだから。

 

 ☖ 道法自然

 

 九頭竜八一の得意戦法の一つとして一手損角換わりというものがある。後手番のときに角を交換し、一手損するためそう名付けられた戦法。だが、何故その戦法を得意としているのか。

 

 「よかったね、八一君」

 

 俺は対局が中継されているのを知って『ニコニコ動画』というサイトを用いて眺めていた。

 憧れの棋士との対局法は誰とだって心が躍るものだ。

 ましてや―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 将棋連盟会長月光聖市の得意戦法は―――()()()()()()()()()

 

 そんな戦法で始まった永世名人と竜王の対局は苛烈を極めていた。

 

 127手目、八一君の玉に王手がかかる。

 画面に映る八一君が苦しそうな表情を浮かべた。

 それもそのはず、全盛期の会長と対局したプロは王手がかかった時点で投了したという。

 それは会長の読みを信頼したから。自分には見えていない道を見つけたからと確信しているからだという。

 

 だが、八一君もめげない。何度王手されても、どれほど追い詰められようともしぶとい粘りを見せ、王手を交わしていく。

 その執念の奥底に眠るのはやはり決意。強く結びつけられた決意という紐は簡単にはほどけない。だからこそ、九頭竜八一は諦めなかった。読む手も、盤外も、全て考慮し思考を揺るがさないよう頑張っている。

 終局も間際ということで隣にぽつんと座る悲しい黒衣に身を包んだ少女に声を掛ける。

 

 「そろそろ行ったほうがいいと思うよ―――天ちゃん」

 「アンタに言われなくてもそうするわよ、ばか」

 

 棘のある発言、だがその裏に隠された感情は喜びだというのはすぐにわかった。現に彼女の頬の緩みは見ていて微笑ましいものがある。

 彼が覚えていなくても彼女は覚えている『約束』。

 それは、数年前の出来事で彼の記憶には決して残らない記憶。

 だが、彼女は―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、一人対局場へと向かうのだった。

 

 そして、俺もまたそそくさと準備をし始める。向かう場所は東京。今から新幹線に乗って向かわなければならない。天ちゃんの件については当事者で話し合ったほうがいいからね。

 東京に行く理由は二つ。

 とある女流棋士に会うため。

 そして、もう一つ―――その女流棋士から八一君を守るためである。

 兄弟子というのもたまには難儀である。才能だけならあの女流棋士最強と名高い空銀子、俺の妹弟子を遥かに上回るものがあるから。そんな人と会わなくてはならないという憂鬱さはある。

 

 しかし、東京か…。そういえば前世でとある人がこう言ってたな『私は頭がいいから棋士になった。兄たちは馬鹿だから東大に入った』という迷言があるところだ。

 しかも、名人の住んでいるところときた。

 

 ―――あれ?新手を生み出したり勝率一位の神鍋歩夢六段も東京だよね。しかも、一時期女流タイトルを全て独占した釈迦堂さんもそこにいるわけだよね。名人も東京にいるわけだし…。東京って魔境なのでは?

 

 ☗ 二人目の弟子

 

 「俺の籍に入ってくれ」

 

 目の前にいる幼くも重く悲しい過去を持つ少女に問いかける。

 俺はその悲しみを表す黒衣を、いつかは純白なドレスを着れるようさらに続ける。

 震える手を包み込み、

 

 「必ず幸せにするから―――だから俺の師弟(かぞく)になってくれ、天衣」

 

 その言葉に彼女は、天衣は涙を零す。

 家族という言葉が今まで溜め込んだ思いのダムを少なからず崩壊させたのだろう。

 

 ―――昔の約束なんてどうでもいい。

 ―――俺は天衣の傍にいたいと強く思ったのだ。

 ―――例え、将棋の才能がなくても、どんなに打たれ弱くても。

 ―――俺は『夜叉神天衣』を弟子にしたいと、ほかの誰でもない自分自身がそう強く願ったのだから。

 

 天衣は袖で涙を拭う。

 そして、出会ったあの時の口調のように、けれども違った輝いた魅力的な笑顔でこういった。

 

 「―――はい」

 

 ☖ 二人の『タイトル保持者』

 

 天ちゃんからのメールに書かれている文面に俺は自然と笑みが零れた―――が、自分に襲い掛かるこれからの苦行に胃が悲鳴を上げ始める。そして、新幹線が東京に着いたことを知らせるアナウンスが流れた。

 げんなりとした顔してるんだろうなぁ…。

 あの子に会うのは別に抵抗というものがない。けれど―――孫力がとてつもなく低いのだ。彼女の性格上それは仕方ないのだが孫力が低い子の若者テンションは俺にとって自慢じゃないが毒になるのだ。要するにすごく疲れる。

 

 改札に出ると、その子はすぐに発見できた。

 ()()()()()その風貌、あちらもこちらに気付いたらしく恍惚とした表情を浮かべ走ってくる。

 目の前まで来ると俺は挨拶する。挨拶大事。

 

 「久しぶり」

 

 その言葉に彼女はニタァとした笑みを浮かべ、

 

 「あは!」

 

 と、甲高い笑いで答えるのだった。

 

 

 

 

 

 




アニメのネタバレにならないようぼかしながら書かせてもらいました。次話で天ちゃん出ますね、予告の最後のほうで手を握られている天ちゃんの姿はやばかった。孫力限界突破してた。



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