元プロのおしごと!   作:フルシチョフ

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第15局 信頼

 ☗ 観戦者

 

 『81手で神鍋歩夢六段が投了しました、解説の篠窪(しのくぼ)先生どうみますか?』

 『そうですね…。正直言って途中から何が何だか(笑)』

 

 某動画配信サイトで行われていた竜王挑戦者決定戦、神鍋歩夢六段vs八柳太一二冠の対局は異様なものだった。

 コメントでは

 『さす二冠』『さすおに』『けど、あゆむきゅんもすごくね?』『そうだな、途中からわけわかんなかったもんな』『あれ読んでるってやっぱり太一二冠も化け物なのでは?』『限定合い駒をさせないってやべぇよな』『その前のあゆむきゅんの金打つは痺れた』『二人とも半端ないって!!あんなん指せへんやろ普通』

 という感じのものが流れている。

 

 「八一………?」

 

 一緒に見ていた姉弟子が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 今の俺の顔は真っ青だろう。それもそうだ、俺は()()()()()()()()()()と思ってしまったんだから。

 

 兄弟子にならまだ抱いても可笑しくはなかった。しかし、この前対局した歩夢にさえそう思ってしまった。

 原因はすぐにわかった。それは、最後の歩夢の一手、金打つ。

 あれは、俺が読めていなかった手だ。

 その時心の奥で『歩夢が勝った』と思ってしまった。その手を見た瞬間、勝ちまでの道筋の光が見えた―――見えたはずなのだ。

 しかし、兄弟子が指した一手はそれを上回った。

 見えた光明を覆うように、その手は脅威過ぎたのだ。

 

 歩夢はその手を見た瞬間、悔しそうな顔ではなく清々しい顔で投了した。

 追い打ちをかけるように俺にこう実感させた。

 ―――この対局は二人を成長させたんだと。

 兄弟子の対局したい人がいるから、その気迫に促されるように歩夢の棋力も引き延ばされていった。

 けれど、俺はへこたれてはならない。

 『竜王』としてそれは許されなかった。

 

 しかも、まだ挑決が残っている。

 竜王の挑戦者を決める最後の戦い、史上最強名人と兄弟子。

 どちらが勝っても俺は失冠するイメージしか湧かない…。

 それが途轍もなく悔しかった。

 

 と、暗い気持ちにさせていた俺の心は天使の声で浄化された。

 

 「ししょー!早く帰りましょー!!」

 

 あいが研修会での対局が終わるまで将棋会館にあるカフェで俺は姉弟子と対局を見ていた。

 そこに、跳ねた髪の毛を健気に揺らし俺のことを輝いた眼差しで見つめる弟子の頭を撫でてあげる。

 すると、「はう♡」という可愛らしい声を出す。俺の顔も自然とにやけてしまう。

 だが、何故かこうするといつも姉弟子が不機嫌になるのだ、そろそろ来るぞー、3、2、1、はいどうぞ!

 

 「このバカ八一!」

 「なんで怒ってるんですか、姉弟子」

 「ロリコン八一!死ね!!」

 

 えー…理不尽。

 姉弟子はそう言うとズカズカとカフェを後にした。このやりとりもう何回目だ…?

 

 「……カニ買って帰るか」

 「きゃにー♪」

 

 あいは大好物の食べ物の真似をしてくるくる回る。

 うーん、可愛い。最近語彙力がなくなってきて可愛いしか言えん、まぁ、中卒だし多少はね?

 

 俺は歩き出す、その後ろをあいが可愛らしく着いてくる。

 

 「そういえば太一おじちゃんどうでした?」

 「勝ったよ、けど二人とも凄い将棋だったなー」

 「すごい!すごいです!!これで太一おじちゃんは史上最強の名人と二回戦うんですね!!」

 

 そう、兄弟子は来月行われる帝位五番勝負で名人と戦う。

 そして、俺のもつタイトル『竜王』の挑戦者を決めるため夏に挑決する。

 名人の獲得期は現在99期、永世称号を六つ有している。兄弟子は小学六年生で二冠に輝き、それからずっとその二冠を維持している。

 

 そんな二人が二回戦うのだ。世間が騒ぎ出すだろうなあ…。

 

 それから数日後のことだった、―――桂香さんについてのことを聞いたのは。

 

 ☖ 研修会

 

 

 

 

 

 「何、この空気」

 

 

 八一君の家にお土産を渡しにきた、きたのはいいけど…。

 暗い、それはもう。外は快晴なのだが部屋の空気が重く、暗い。あいちゃんは虚ろな目で「きゃーに、きゃーに」と言って肉を焼いてる。八一君に至っては手を合わせて神に祈りを捧げていた、いつからキリシタンに?

 

 「八一君、どうしたの?」

 「桂香さん、桂香さんが…」

 「桂香さんがどうかしたのか!!?」

 

 俺が東京に言っている間に『銀子ちゃんを愛でようの会』会長の桂香さんに何があったんだ!?ちなみに、副会長は俺、合わせて二人、悲しい。

 

 「Bがついちゃったらしくて…」

 

 『B』―――それは降級点。

 十戦して二勝八敗以下の成績をとるとBを取ってしまう。

 そしてもう一度、二勝八敗以下の成績をとってしまうと降級することになる。

 三勝三敗すればBを消すことが出来る、しかし、このBを消さなきゃ昇級は出来ない。

 研修会の年齢制限が近づいている桂香さんにとって苦しいだろうな…。

 

 けれど―――

 

 「なんだそれだけか」

 

 そう、それだけなのだ。Bが付いただけだ。

 俺の発言に八一君が感情を爆発させた。

 

 「それだけって…!兄弟子なら桂香さんがどれだけ頑張って、どれだけ苦しんだのか…!!それを一番わかっている貴方が『それだけ』で済ますんですか!?」

 

 八一君の大声に台所にあいちゃんの肩がビクッと震える。

 

 「わかるよ、わかっているからこそそれだけで済ますんだ。桂香さんは正直言って人一倍弱い。悪い言い方だけどね。八一君もそう思ってるでしょ?」

 「そっ、それは……」

 「けど、八一君。桂香さんは人の何倍も将棋に対しての研究は怠らない。それは間違いない『強さ』だ。だから、僕は桂香さんがここで終わるような人じゃないとわかっている。それに、研究がどれだけの強さを持つか八一君、君が一番知っているはずだ」

 

 八一君はA級山刀伐尽(なたぎりじん)八段に研究という最強の矛で三連敗を喫している。

 そして、桂香さんもまた研究には力を入れている。それを最大限出せればあいちゃんや天ちゃんの才能など怖くない。封じ込められるのだ。対等な立場へと引きずり出すことができる。

 それに加え、Bが付いたということは桂香さんもなりふり構っていられないということで銀子ちゃんあたりに師事をお願いするだろう。

 

 「八一君、背水の陣って知ってる?」

 「背水の…陣?なんですか、それは」

 

 

 八一君が首を傾げると台所から猫の刺繍が入ったエプロンをきたあいちゃんが姿を現した。

 

 「もう後がない状況に置き、必死に物事にあたる…ことですよね?」

 「物知りだね、あいちゃん。そう、桂香さんはもう後がない。ここで降格してしまえば、それこそ夏のマイナビでしかチャンスはない。けど、桂香さんもそこまで楽観視しないだろう。『マイナビで勝てば』という意識ではなく、ここで降格すれば引退する気持ちで挑む。―――後がない人間ほど強い者はいない」

 「兄弟子は…不安じゃないんですか?負けて、引退して、桂香さんがどうなってしまうのか」

 

 マイナビ―――それは夏の大会である。そこで一定の成績を出せば女流棋士になれるのだが…。

 今はそんなことを考えている場合じゃないな。

 

 「不安なんてないよ。桂香さんなんだから」

 

 ☗ 信頼

 

 「不安なんてないよ。桂香さんなんだから」

 

 何の躊躇いもなくそう言い放った兄弟子。

 俺は、それがどうしようもなく羨ましいと感じ同時に恥ずかしさを覚えた。

 兄弟子の心の強さ、そして―――桂香さんを信じていなかった自分に。

 

 心のどこかで終わったと思っていたのかもしれない。

 

 

 だが、兄弟子はそういうのは一切なかった。心の奥底から不安なんて感じていない。信じているのだ。

 桂香さんが勝つことを。

 

 これが小学生でプロになり、二冠を保有する棋士の精神の強さか…!

 

 「…すみません、怒鳴ったりして」

 「別にいいよ。家族を心配するのはいいことだ」

 

 兄弟子は何も気に留めることなくそういう。あいも先ほどのよそよそしさは消えていた。

 

 俺は―――この人のように強くなりたいと思った。

 何事にも動じない、そんな人に。

 

 だから、俺は壁を乗り越えなければならない。桂香さんが乗り越えるようなそんな聳え立つ壁を。

 

 

 

 俺が乗り越えるべき壁―――山刀伐尽八段。

 

 一週間後戦う俺の宿敵。

 その、宿敵を乗り越えた先に桂香さんの昇級がかかった対局が始まる。

 

 なら、尽さんに勝つために必要なこと。それは……。

 

 「振り飛車やってみるか……」

 

 俺の発言に二人は顔を見合して、

 

 

 

 

 

 「「えええええええええっっっ!!!!」」

 

 と叫んだ。

 

 

 「あいちゃん、救急車!!」

 「はっ、はい!!えっと、1、1、0…」

 「あいちゃんそれ警察!八一君幼女監禁罪で捕まっちゃうから!!」

 「何すか幼女監禁罪って!!それを言うなら兄弟子だって捕まりますよ!!!!」

 「ええい!どうでもいいわ!居飛車党の八一君が振り飛車やるって可笑しいでしょ!あいちゃん!」

 「119準備できました!!」

 「よし、押せえええええええええええ!!!!!」

 「やめろおおおおおおおおおおおぉぉぉッッッ!!」

 

 

 本当に押すところだった、危なかった。

 

 

 




7巻昨日買いました。泣きました。
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