☗ オールラウンダー
「つまり研究外しってこと?」
「はい、そうですね」
八一君の宿敵尽さん、あの人は『両刀使い』と言われるように居飛車、振り飛車どちらも使いこなすオールラウンダーだ。
そして、八一君は生粋の居飛車党。研究されつくしている。
だから、振り飛車か…。
敢えて、有り得ないだろうという戦型を用いて意表を突こうというわけか。
……というかあいちゃん何震えているだ?
「そんなー!師匠はいつも言っているじゃないですか!振り飛車は不利飛車って!!指運にしか頼れないような奴らだって!!だから私振り飛車の人には負けないように頑張ってるんですよ!?」
えぇ…。八一君そんなこと言ってるの?
それ振り飛車党の方々に聞かれたら大変な目に合うよね。
俺がジト目で八一君を見ていると慌てるように手を振って言葉を否定する。
「ち、違いますよ兄弟子!!きっとあいは何かの記事で見たことを俺がいったように勘違いしているんですよ!なっ、あい?」
「えっ、師匠が言って―――ふがふがっ!」
あいちゃんの口を押えてももう無駄だよ!!
「はぁ…。じゃあ、振り飛車やるとしてもどうするの?僕はそろそろ帝位戦に向けて準備するから教えられないし」
「『ゴキゲンの湯』に行こうと思います」
『ゴキゲンの湯』―――なるほど、確かにあの人なら。
けど、簡単に教えてくれるかな?あの人は尽くし尽くされの関係を望むから一方的に教えてくださいと言っても嫌だろう。
まぁ、そこは八一君次第か。
「師匠、そこに誰かいるんですか?」
「あぁ。生石充九段、『捌きの
「その人わかります!この前名人と戦った人ですよね!!」
生石さんの振り飛車はそれこそ格が違う。
ゴキゲン中飛車を多用し、攻めを捌き、カウンターを喰らわす正に振り飛車党の申し子といっても過言ではない。
「まぁ、名人はどちらも指しこなすオールラウンダーだったからお互いに振り飛車になって押し負けたけどやっぱりあの人の中飛車を教わったら大きな力になるだろうな」
「そうか、頑張ってね八一君」
「ところで兄弟子は
「あぁ、勿論だとも。それしなきゃタイトル戦望めないし」
「太一おじちゃんの強さの秘訣はもしかしてそれですか!?」
うっはあああああああああっっっ!!!!!あいちゃんの羨望の眼差しがイカちゃんによって削られた俺の心を治していく!!!!!!
あいちゃんは誰かを羨望の眼差しで見るときはいつもアホ毛がゆらゆらと揺れるのがまた可愛い。
「まぁ、それがなきゃ僕はタイトル戦で勝てない、対局もね。所謂習慣だよ」
「それは一体―――!」
あいちゃんの期待する眼差し…っ!これに答えずして何がお爺ちゃんだ!!
「それは―――温泉巡りだ!」
あいちゃんの表情が困惑顔になったのは言うまでもない。
☖ 強さの秘訣
「師匠、温泉巡りってどういうことですか?」
私は、かっこよくて強くて優しくて何処までも前向きな、そんなところが大好きな師匠に聞いてみます。
さっき帰って行った太一おじちゃんの強さの秘訣―――温泉巡り。
それがよくわかりません。
「兄弟子は最初のタイトル戦が行われる前に気分転換に温泉に入ったんだよ。んで、入った後の対局だと考えが鮮明になり指しやすくなるみたいなんだ。ついでに、縁側でお茶を啜るとさらに良しみたいだ」
「まるで本当のお爺ちゃんみたいですね…」
師匠の言葉に驚きました。
温泉に入ったら強くなるんて…羨ましいです!
「つまるところリフレッシュになるらしい。確か今年は…乳頭温泉に行くと言っていたな」
乳頭温泉―――お母さんから聞いたことがあります!確か秋田県にある温泉です。
そこに鶴の湯っていう名前の温泉があるんですけど入ってみたいです!
「おっ、あいも温泉入りたそうな顔してるな~!」
「はう~…♡」
そんなことを思っていると師匠が私の頭を撫でてきます。
そういう所にも気が付いてくれる。男らしいごつごつとした手、けど優しくてあったかい感じの撫でる手つきも大好きです、
………も?
「よし、じゃあ温泉行くか」
私を気遣ってくれる師匠も素敵です♡
けど、太一おじちゃんは自分が強くなるようなそんな裏技があったんですね…。私にも何か、何か強くなれる秘訣はないんでしょうか?
☗ ゴキゲンの湯
「ししょー!ここですか!?」
弟子を連れて、京橋と言うところにあるゴキゲンの湯に連れて行こうとしたのだが…。
そんな可愛らしい弟子は一つの看板を指さしていた。
『乳の湯~大人の健康ランド~』
アカン。
「違う違う!こっち!!」
「あっ、もしかしてこの『熟女パラダイ湯~至高の一時を君に~』ですか?」
「ちがうってええええええええ!!」
やっぱりここらへん如何わしい店多すぎだろ!!可愛い可愛い弟子に変なのを見せたくない!
その一心で俺はあいの手を引く。
そして目的の所まで来た。
回りにあるネオンの看板とは打って変わって木造の古い二軒建ての温泉。
ここがゴキゲンの湯だ。
中に入ると見慣れた番台にいる女の子に話しかける。
「こんばんは飛鳥ちゃん。
「やっ、やい………ッ!」
「あ、うん。九頭竜八一。棋士の。覚えてる?」
「ッ………!ッ………!」
首を上下に激しく降る、
目にかかった前髪が派手に揺れる。
「お父さんは上?」
「ッ……!ッ……!」
俺がそう聞くとまたもや首を上下に激しく降る。痛めるよ?筋。
上に上がるとあいはその光景に驚きの声を上げる。
「将棋道場…!ししょー!将棋道場がありますよ!!」
「あぁ、そうだ。このゴキゲンの湯は一階が温泉で二階が将棋道場になっているんだ。……と居たな」
その人は俺に気付くと気怠そうに声を掛ける。
「…八一か」
「お久しぶりです、
一か月ぶりに会う
☖ 捌きの
俺と生石さんは対局することなった。
なんでも、
『俺の捌きの切れ味が落ちてないか心配だ』
『あと、知りたいんだよ。竜王の強さって奴を』
ということらしい。
「見せてやるよ―――
生石さんが選んだ戦型は―――ゴキゲン中飛車。
そして、生石さんの一手は見ていた観客たちを驚愕させた。
「「飛車を切った―――!!」」
振り飛車で、
その異様さは、すぐに俺の中へ微量の毒を流し込んだ。
俺が飛車を抑え込んだと思ったら生石さんは躊躇いもなく飛車を切ったのだ。
「こんな手が…いやっ…これは…!!」
俺がくみ上げた陣形は生石さんの飛車を抑え込むためのものだった。
だから、その飛車がなくなってしまえば
理屈ではわかる。理屈では。
「普通やらないでしょ……!!」
「ゴキゲンだろう?」
意地わるそうに笑みを浮かべる生石さん。
生石さんは持っている小駒で俺の玉を寄せ切り、見事に詰ました。―――強い!
だからこそ―――教わる価値はある。
「
「なんだ」
「俺に―――振り飛車を教えてください」
俺の言葉に生石さんはため息を吐き、事情を言うよう促した。
俺が負けたこと、勝ちたいこと、だからオールラウンダーになりたいということ他全てを。
聞き終えた生石さんは煙草に火をつけようとしてやめる。あいのことを気遣ってくれたのだろうか。
「太一には教わらないのか?…って、そうか帝位戦あるからアイツは温泉巡りか」
生石さんの発言にあいは「?」と首を傾ける。
「あいにはまだ言ってなかったな。生石さんは元玉将のタイトルを持っていたトッププロなんだ」
「そのタイトルって―――!」
「あぁ、今は太一の奴が持っているな」
その言葉に見ていた観客が舌打ちをする。
何を隠そう兄弟子は―――振り飛車党の方々に嫌われているのだ。名人もだが。
曰く、兄弟子の場合
『
『振り飛車の勝率のほうが高い居飛車党』
『クソガキ』
最後のほうは完全に悪口である。
曰く、名人の場合
『
『振り飛車の技術を盗む鬼畜眼鏡』
『振り飛車党の奴より振り飛車の勝率が高い悪魔』
といった感じにラスボス扱いだ。
そして、兄弟子が振り飛車を使ったのは総対局の1/3。中飛車はその内9回。中飛車で
その黒星を付けた人物こそが目の前にいる生石さんなのだ。
兄弟子は玉将のタイトル戦で生石さんと対局すると必ずと言っていいほど中飛車を対局する。まるでスリルを味わうように―――。
その対局中二人は良く笑って指していた。
後で聞いたところ『生石さんとの振り飛車対決は本当に心が躍るからね』ということらしい。生石さんもそうだという。
兄弟子も生石さん並みの捌きの技術があるから驚きだ。
「…わかった。だが、一つ条件がある」
その日、俺は給料なしの『アルバイター』になった。
振り飛車を教える代わりにゴキゲンの湯で働けということらしい。給料はない。ちくせう。
次話からやっと太一おじちゃん視点中心になりそう…。