元プロのおしごと!   作:フルシチョフ

19 / 26
ママになりたかった(fgo談)



第18局 魔法

 ☗ 挑戦状

 

 帝位五番勝負一局目、名人の先手番から始まったその対局を観戦する棋士たちは固唾を呑んで検討室で次の一手を待っていた。

 そして、3手目。

 名人が持ったのは――真ん中の歩だった。

 『中飛車』、神鍋歩夢六段を破った戦法。

 

 「これは…」

 「九頭竜先生、この一手はもしかして」

 「ええ、恐らく名人からの挑戦状でしょう。俺の中飛車にどう対応する?という」

 

 

 その一手に驚愕したのは実況をしている俺も例外ではなかった。

 兄弟子が神鍋歩夢六段を破った戦法は『中飛車』つまり、研究し尽くしている戦法だ。

 その戦法を使うのは名人は兄弟子がどう対応するかを見たいのだ。そしてあわよくば自分の技術にしようと考えている。

 名人は心の奥底から将棋が大好きなんだと俺は知った。

 どんな局面だろうと、どんな劣勢だろうと、楽しいから最善を尽くせる。

 

 そして、当の兄弟子は――

 

 「……笑ってる?」

 

 扇子で口元を隠しているが明らかに笑っている。

 つまり、兄弟子も面白いと感じ楽しんでいるということだ。

 

 飛車先の歩を伸ばし、自分は居飛車で行くと主張する。

 

 「なんというか序盤なのに凄く引き込まれますね…」

 「それは二人が…兄弟子と名人が心の奥底から盤上と言う一つのステージで楽しみたいという思いにほかなりません」

 

 あんな笑みを俺は今まで見たことがあっただろうか…?

 兄弟子は俺や姉弟子と対局しても笑いはしたが不完全燃焼といった表情をいつも浮かべていた。

 それは不満なんだ。

 俺たちが力不足だから兄弟子は本気になれなかった。

 

 

 

 その悔しさが自然と握る手の力を強めた。

 

 ☖ 攻めること

 

 神戸で出会った一人の女の子、夜叉神天衣と会った時俺はどうしようもなく育てたいと思ってしまった。

 原因はすぐにわかる、彼女の棋風が『受け将棋』だったからだ。

 同じ棋風で、尚且つ俺よりも『受け将棋』の才能があった彼女を育てたい、弟子にしたいと思った――そう思っただけだ。

 弟子を取ってしまったら弱くなってしまうかもしれない、そういう予感があったから。

 そして、その予感をさせた元凶が今、目の前にいる。

 

 「カアアアアアアアッッッ!!」

 

 久しく感じていなかったこの感覚――。

 互いに高め合っていくこの心地よさ。

 あぁ―――本当に楽しい!

 

 師匠や、いろんな人がこう言ってきた。

 

 『お前は受けた後の攻めのほうが強い』

 

 しかし、俺はそれを聞き入れることが出来なかった。棋風は『受け』であればもっと強くなるのは知っている。そして試した。

()()()()()()()()()()()()()

 

 順位戦で安全を期すために受けに回り指したことがある。

 最初は良かった。最初だけは。

 途中から自分とのズレというものが現れ始めた。

 脳内にある将棋盤が『受け』を拒否し、最善手をどこかに隠し始めた。

 見えなくなかった手筋のせいで俺は絶不調に陥った。そして、降級することはなかったが昇級することもなかった。

 

 つまり俺は心が弱かったのだ。

 『受け』であれば強くなれる。しかし、弱い心がソレを許さない。攻めろと叫んでくる。

 

 ―――そして、今はその叫び声を受け入れている。

 

 

 

 この局面、右側の銀がお互いに交換になった。

 五筋にいる銀飛車と四筋にいる角を牽制する一手。

 それは―――5二銀打つ。

 

 これで同飛車と取ると4一銀打ちで飛車金両取りもなる。

 さぁ、どうでる…。

 

 「―――」

 

 名人は迷うことなく同飛車と取った。

 その一手が俺を勝勢に導いた―――はずだったのだ。

 

 ☗ 桂馬>銀

 

 「ここまで太一二冠の勝勢ですが九頭竜先生はどう見ますか?」

 「そうですね、形勢が傾き始めたのは52手目の銀打ちですね、そこから徐々に名人が押され始めました」

 

 持ち時間は既に使い切り、お互いが秒読みの中指していた。

 両者額に汗を滲ませ一生懸命考えていることがわかる。

 明らかに名人は不利、だがなんだ。

 なんだこの嫌な感じは―――?

 

 いや、信じろ!

 兄弟子ならやってくれる!!

 現に今名人を追い詰めているのは確かなんだ!!!

 

 

 

 強くそう思った。

 強く思ったからこそ秒読みに入り、名人が指した手が俺に絶望を与えた。

 

 「九頭竜先生、今名人の手が…!」

 「ええ…!震えました…!!」

 

 将棋界にはある伝説がある。

 それは、名人の手が震えた場合相手にもう勝ち筋がないということ。

 震えた手で指された手は見る人の度肝を抜く妙手、人は畏怖の念を込めてこう言った―――魔法(マジック)と。

 

 「けれど、この指された8六銀打つは…タダではないでしょうか?太一二冠も『わっかんねー』といった感じで腕を頭の後ろで組んでいます」

 「ええ、歩の頭に置かれた銀はタダで取ることが―――」

 

 タダ…だって?

 違う――!これは―――!

 

 「最後に7二桂打が出来るんです!」

 

 これは…!詰んでる…!?

 同歩と取れば金打で詰み。そして、同玉で取れば…。

 

 「桂打…ですか…。あああああああっっっ!」

 

 鹿路庭さんも詰み筋に気付き驚きの声を上げる。

 

 「これは…天才の詰みです。名人は昔から天才だと知っていましたが…いや、これは…」

 

 天才…?いや、そんな生易しいものではない。秒読みと言う敗北を呼び寄せる悪魔が近づいているにも関わらずこの詰みを発見できるのは『神』以外にあり得ない。

 

 「普通桂馬より銀のほうがいいという理屈が考えられない、いや天才です」

 「九頭竜先生もお気づきにならなかったと」

 「ええ、まずこの銀を打つという発想が普通有り得ません、思いつきにくいです」

 

 詰め将棋の神であるあいだったら解けるかも知れないが…。

 

 「…今、太一二冠が投了しました」

 

 最後は視聴者の人にもわかるように形作りをして、投了した。

 俺は恐る恐る画面を見た。

 どういう表情をしているのか、あの時みたいな苦しそうにしている桂香さんみたいな顔をしているかもしれない。

 けれどそれは杞憂に終わった。

 

 対局が終わった後、兄弟子と名人は()()()()()()()()()()()()()

 

 悔しさなんて微塵も感じられないその表情は俺に安心させると同時に二人の強さを垣間見た。

 

 もし俺が同じ局面であんな負け方をしたら立ち直れるだろうか…?もしかしたら慰めに来た人たちに強く当たってしまうかもしれない。

 そんな一手だった。

 その一手を笑って流すことが出来るだろうか…?

 

 文字通り格が違う。この二人が本気で『竜王』を取りにくれば、俺はあっさりと喰われてしまうだろう。

 

 渦巻く不安をただただ俺は感じることしかできなかった。

 

 ☖ 盤上での真理

 

 正直言って差異はあった。

 前世での彼のほうが強かった気はするが…それは些細なものだ。

 ()()()()()()()、その事実だけで真理を求めるに値する。

 最後の銀打は見落とした一手だった。

 

 感想戦で、俺が変化を示すと名人も笑ってそれに答えた。

 まるであの人と感想戦をしている錯覚に陥ったな。

 

 中飛車で負けたのは…生石さんとの玉将戦以来だな。

 

 「ああ、熱い」

 

 俺はあと2局負ければ失冠だがそれは絶対にさせない。

 残りの4局、全て使って防衛する。

 それで少しでも真理に近づけるなら―――。無論、ここから3連勝できれば御の字だが、それはないだろう。

 

 将棋の神様がいるのなら俺は心から感謝しなきゃいけない。

 こんな楽しい時間を過ごせれるのだから。

 

 「もっと、もっと強く…」

 

 もっと強くなれるはずだ。名人と指してそれからまた指して、何局も何局も。

 八一君と銀子ちゃん、あいちゃんに天ちゃん、師匠と桂香さんと爺ちゃん、いろんな人にこの言葉聞かれたら怒られるかもしれない。

 

 もっと強くなれて、少しでも真理に近づけれるのなら俺は―――

 

 「死んだって構わない」

 

 ☗ 見てるから

 

 「頑張って…!お兄ちゃん!!」

 

 私は自室で携帯の画面を食い入るように見ていた。

 帝位戦五番勝負第4局目、兄弟子が一勝、名人が二勝している状況。

 つまり、これを落とせば兄弟子は…お兄ちゃんは失冠する。

 

 「お願い…!」

 

 縋るように紡ぐ言葉は願いだった。勝ってほしい、そんな純粋な思い。

 私、空銀子が今女流棋士で最強と呼ばれているのはお兄ちゃんのお陰でだった。

 だから、尊敬する兄が笑って終わるタイトル戦をこの目で納めたかった。

 

 盤面はどちらが優勢かわからないほど入り組んで複雑なものだ。

 裸一貫で地雷原に飛び込むように、一手一手が命取りになる。

 その場にいなくても私は心臓の鼓動が激しくなっていた。

 

 お兄ちゃんの夢が叶った。

 だったら、その夢がバッドエンドで終わってほしくはないの…!

 暇があれば、名人の話を私に聞かせてくれた。そこから伝わった敬意は今でもすぐに思い出せる。

 

 「お兄ちゃん……!お兄ちゃん……!!」

 

 ここまで他人に勝ってほしいって思うのは馬鹿だと一蹴されるかもしれない。

 けど…、けど…!

 

 私はお兄ちゃんの想いを知っているから…!!

 

 そして、盤面は最終局面へと移っていった。

 画面を見ることが徐々に出来なくなった、手を合わせてひたすらに将棋の神に祈ることしかできなかった。

 

 「見てるから…!お兄ちゃんの頑張ってる姿を見てるから…!!」

 

 それは応援だった。

 聞こえなくても声に出さずには居れなかった。

 

 「見てきたから…!お兄ちゃんがどれだけ頑張ってきたか見てきたから…!!―――頑張れ!」

 

 手を合わせ俯き、来るだろうという終わりを私は待っていた。

 

 そして―――。

 

 「負けました」

 

 ハッキリと聞こえた声。

 誰の声かはすぐにわかった。

 

 長年一緒にいるのだ、判別など容易かった。

 

 

 

 

 銀子の見る先には―――、

 

 頭ががっくりと項垂れ、扇子を力強く握りしめていた兄の姿があった。

 

 

 




じいちゃん……あんたは頑張った……!
バレンタイン編の番外編はてんちゃんだけ書き終わった。あいちゃんまだ。
銀子ちゃんと桂香さんはどうするか…。

今回、モチーフになったのは有名なあの一局ですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。