△2六歩、▲3四歩、△7六歩、▲8四歩、△2五歩といった感じに序盤は定石通りに事が進む。
盤面を睨む俺と爺ちゃんは額にうっすらと汗を滲ませながら駒を持つ。今日は休日、休日は爺ちゃんと持ち時間5時間、秒読み10秒の将棋を打つことになっている。あの日のプロになる宣言、両親から小学生になってから目指しなさいと言われ、今は卒業するまでこうやって爺ちゃんと競い、腕を上達させている。
121手目、爺ちゃんの△8一角打つ。
その手に俺は目を見開かせ、頭の中で考える。相掛りから始まったこの試合は、
「…負けました」
「ありがとうございました」
俺の敗北で幕を閉じた。
*
爺ちゃん強くなってない?
俺は感想戦を終えてお風呂に入っているときそう思った。その爺ちゃんは横で鼻歌を歌いながら石鹸で身体をごしごしと洗っている。
いや、俺が強くなるために指してるんだけど爺ちゃんが物凄いスピードで上達していく。前世のあの竜王の人みたいな指しまわしだった。まぁ、あの竜王は竜王の時だけ強くなるから世間ではひどい言われようだったが…。
そして、俺が一番驚いたことは前世では多用されていた戦術がこちらには存在しないということ。
藤井システムがいい例だ。最初それをやったら爺ちゃんにすごく驚かれた。曰く、
『とても実用的な戦術だ…』ということらしい。
それからは藤井システムを見事自分の手にし、得意戦術の一つになっている。ちなみに、俺の得意戦法は矢倉左美濃急戦や居飛車穴熊といった感じだ。
「お爺ちゃんってプロだったんだよね?師匠は誰だったの?」
「太一、いつもどこでそんな情報を仕入れてくるんだ?…まぁ、私の師匠は坂井十三九段という人だ」
前世では聞いたことがない名だな。しかし、師匠か…。6歳になったら奨励会に入る予定だがそれまでには見つけておかないとあとあと不便だな。
「そうじゃ!太一、お前弟子になってみんか?」
「?その坂井十三九段って人に?」
「いんや、俺の兄弟子清滝 鋼介九段って奴だ。アイツのほうが若いが何分俺は弟子になるのが遅くてな…。どうだ、なってみないか?」
それはいい案だな。爺ちゃんの兄弟子にも興味があるし、ならここは頷く一手だな。
「うん!お願い!!」
次の日、俺はその清滝鋼介さんのご自宅に伺っていた。俺がこの5年間で培った子供の演技で見事落としてやるぜ、
「お久しぶりです、八柳さん」
「おぉ!元気にしていましたか!?」
爺ちゃんが敬語を使うのは初めて見たな…、
そんなことを思っていると爺ちゃんが俺に目配せをする。うん、挨拶大事。
「初めまして、八柳太一です」
「流石は八柳さんのお孫さんだ。その年でなんと礼儀正しい…。今日は確か弟子入りの件で?」
「ああ、お願いできませんかね?」
「―――まずは、太一君の実力を測りたいんですが」
「そうだな、太一もいいな?」
「うん!」
そして、促されるがまま居間に通され、基盤を眺める。ここに来る途中可愛らしい女の子がいたがお孫さんかな?
「私が飛車角落としで」
「いや、その必要はないです。清滝さん、平手でお願いします」
「…いいんですか?」
横目でちらりと俺のほうを見る。そして、俺は答えずに席について一言、
「よろしくお願いします」
といった。その言葉に清滝さんは困ったような笑みを浮かべた。どうやら大胆不敵だと思われているんだと思う。
結局平手で指すことになり、俺が後手番になった。
使う戦法は決めてある。実力を認めさせ、なおかつ早めに終わらせる戦法。
清滝さんが▲3四歩と指す。次は大抵△2六歩か△7六歩と指すが俺はある駒を手にする。前世ではマイナーな戦法でこちらにはない戦法。その名前を―――
指された△6六歩を爺ちゃんと清滝さんは驚きの眼差しを向ける。
パックマン戦法といった。