元プロのおしごと!   作:フルシチョフ

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第19局 帝位

☗ 勝敗

 

 『負けました』

 帝位戦第四局、名人の口からその言葉を聞いたとき体中に強張った力が抜けて、何故か俺がガクリと頭を下げていた。

 これではどちらが負けたかわからない。

 

 「ぁ…ぁり…が…」

 

 ありがとうございました、ただその一言さえ言うことも叶わないほど俺の頭は参っていた。

 汗などとうに出し尽くした、水分を身体が欲しがっているがそれとは別にこう叫んでいた。

 ―――もっとだ。もっと指したい。

 

 俺は生まれ変わって一つ、大きなミスをした。

 それは気付かないミスで、人生の大悪手の一手。

 無意識のうちに思考に鍵を掛けていたのだ。

 それは単に自分の脳が追い付かないから。

 思考の大波に襲われて苦しくなるのを拒んだのだ。

 

 その鍵が外された。

 だが、これが初めてではない。

 これで()()()だった。

 

 一度目は生石さんから初めて玉将のタイトルを奪取したとき、二度目は俺が小学六年生の時帝位のタイトルを持っていた於鬼頭(おきと)さんから奪取したとき。

 どちらとも対局が終わった後ひどい頭痛に悩まされ、一週間はまともに睡眠ができなかった。

 

 そして、三度目がこのタイトル戦だ。

 

 対局が終わると知ると記者たちが対局室に詰め掛けてくる。

 一つ一つの質問に俺は最短で模範的な答えを返していた。

 しかし、とある記者の質問に俺はこう答えた。

 

 「あの89手目の時、受けに回らず攻めに転じたのは何故でしょうか?あの入り組んだ場面ではもしかしたら即詰みがあったかもしれないのではないでしょうか?」

 「はい、僕が見た限り詰みはないと判断しました。しかし、名人なら見えてるかもしれないという怖さはありましたね。そして、あそこで受けに回った時攻めに転じるのが少し重くなります。なので、攻めの一手に決めました。勝つための一手です。

 それに、―――あんな手を指すなら死んだほうがマシだ」

  

 

 これは俺の本心だった。

 あの89手目の場面、確かに詰みはないと判断した。けれど、保険をかけて安全な受けの一手を指すというのはもう既に()()()()()()()

 俺は自分の読みを信じた、もし仮にそれで負けたとしても悔いなどない。信じた自分の一手で負けたという事実があるからだ。

 だからこそ、受けの一手を指すなら死んだほうがマシだと思った。

 

 言葉少なに質問に答え、名人と軽く感想戦を行う。

 2時間ごろ経った頃だろうか、対局場である旅館の女将が対局室へと赴いてきた。

 

 「食事の準備が出来ました、どうなされますか?」

 

 食事か…。そういえばもうそんな時間か。

 お腹も減ったし、行くか。

 

 名人に軽く断りを入れて、席を立つ。

 その名人はまだ物足りないといった表情を浮かべているが渋々といった感じで同じように席を立った。

 

 いつの間にか頭痛は消え去り、何故かすっきりとしていた。

 

 ☖ 兄弟子の企て

 

 『太一二冠、カド番を凌ぐ大熱戦を繰り広げる!』

 『うるさいから旅館の滝を止めさせる新手』 

 『タイトル通算100期まで残り一勝』

 『四枚穴熊で固めていたのにも関わらず彼の原始棒銀に寄せ切られてしましたので結婚することに決めました』

 

 新聞で将棋について紹介されているのに目を通すとほとんどが兄弟子と名人に対して書かれていた。

 

 「すごいです!あの名人とこんな勝負を繰り広げるなんて!」

 「ああ、俺なんかじゃ及びもつかないような対局ばかりだ。改めて壁の高さを実感するよ」

 「でも最強はししょーです!竜王!ドラゴンキングですから!!」

 「ありがとう、あい」

 

 そうだ、俺は最高峰のタイトルを持つもの…!そして、JSを弟子にしている猛者…!ステータス的には兄弟子と名人には劣らないんだ…!!

 

 「けど、兄弟子が対局中にみかんをあんなに食べ始めるなんて」

 「びっくりしました!お皿にこうどかっと乗っていたのに気が付いたらなくなっていましたからね!!」

 「そして、驚くべきなのはあの寝ぐせ!!」

 「後ろにアンテナみたいなのが立ってたあれですね!」

 「ああ!解説者も驚きの声をあげる絶妙手!!だが、相手が悪かったなあ」

 「名人も負けず劣らずでしたもんね」

 

 そう、名人もまた後ろにひどい寝癖がついていた。すごかった、スポーツカーのマフラーみたいな感じで。

 しっかしまあ、兄弟子はいろいろとこの五番勝負でやらかしてくれる。

 特に第三局目、秒読みに入ってもしつこく持ち時間何分?と聞くもんだから記録係が「ありません!」ってキレた奴は歴史に残されるだろう、解説者はその時月光聖市会長だったけど笑ってた、男鹿さんはそれをみてニッコリ。

 第四局目は滝がうるさいからと止めさせたり。

 

 だが、この五番勝負で最も重い知らされたのは―――あいの『才能』だった。

 

 第一局目、名人の銀打ち。

 あいはその前からすでにその詰め筋に気付いていた。

 兄弟子が寄ろうとした時に生まれた隙、それを名人は突いたのだ。

 

 兄弟子が寄りに入る手を見せた瞬間あいは間髪入れず「太一おじちゃん負けましたね…」と呟いた。

 これほどの才能を持つ子を俺は磨き上げることが出来るだろうか。

 

 「って、あい。服」

 「ほえ?」

 「ほら、三つ目のボタン。ほつれてるだろ?」

 「あっ!本当だ!すみません、すぐに直してきますね」

 

 ここで俺は考えた、いつもあいにはお世話になってるからここは俺がやってやるかという邪念、弟子に少しでもいい所を見せようとしたがために生まれた悪手。

 

 「いや、いつもあいにはお世話になってるからな。ここは俺に任せてくれ。裁縫だけは自信があるんだ」

 「えっ、師匠に!?そんな…師匠の手を煩わせるわけには…」

 「あい、つべこべ言わずに服を脱ぎなさい」

 「……はい」

 

 あいが恥ずかしそうに服のボタンに手を掛ける、そして来た。

 

 

 死が。

 

 「幼女の服を脱がしてなにやってんのよ」

 「いや、けどこれは大事なこと…って、ああああああああ姉弟子いいいいいいっっっ!?いつからそこに!?」

 「アンタが『服を脱ぎなさい』って言ったところかしら」

 

 よりにもよってそこかよおおおおおおおおおお!

 

 「い、いや誤解ですって!それに姉弟子勝手に家に入らないでくださいよ!!」

 「ピンポンしても出てこないから入っただけよ、何、文句ある?」

 「ま、まじか…あいとの会話に夢中で全然気づかなかった…」

 「そ、じゃあ早くこわっぱの服の匂いを堪能して『あいたんはぁはぁ♡』と気持ち悪いことをのたうち回った後ドラム缶にコンクリ詰めにされて荒ぶる太平洋に投げ込まれなさい」

 「なんでそう詳しく言っちゃうの!?ほら、あいも何か言ってやってくれよ!!」

 「……ポッ」(まんざらでもない顔)

 

 

 

 

 

 「それで?」

 「コンクリ詰めだけは勘弁いただきたい」

 

 理不尽だ。

 

 

 

 

 

 「すみません、師匠…」

 「ふん」

 

 あの後必死の弁明により死だけは免れた。

 多分、この年齢で死を免れたと心の奥底から思ったことがあるのは俺ぐらいだ。

 

 「それで姉弟子今日はどういったご用で…」

 「別に…ただ」

 「ただ?」

 「……会いたくなったからよ、文句ある?」

 

 照れながらそういう姉弟子、不覚にもかわいいと思ってしまった。

 い、いや待て!相手は姉弟子だぞっ!?そんなどこかのラノベみたいにツンデレで本当は可愛らしい女の子とか断じてないんだ!!

 

 「………だら」

 「というのは嘘で兄弟子について聞きたいことがあってね」

 「兄弟子について?」

 

 嘘かよ、ドキドキ返せ。

 

 「そうよ、帝位戦が始まる前兄弟子がなんかいろんな人に声を掛けていたらしいのよ。何か知らない?」

 「声っていうと…なんかの集まりのことですか?いや、俺は知りませんね」

 「そう…。月夜見坂さんと供御飯(くぐい)さん達は兄弟子となんか企ているらしいんだけど」

 「あの人たち兄弟子と交流があったのか…」

 

 月夜見坂さんと供御飯さんは女流棋士でタイトルホルダーだ。一応、俺はその二人とよく遊びにいくこともある。

 けど、兄弟子があの二人に声を掛けるなんて…、なんか交流とかあったのかな?

 

 「まぁ、いいわ。それよりもこわっぱにはあの話をしたのかしら?」

 「そろそろしようかなと思っています」

 「あの話ってなんですか?」

 「マイナビ、そういう大会が東京であるんだ。それでいい成績を残せば女流棋士になれるんだ」

 「…あっ!もしかして!!」

 「あぁ、桂香さんも女流棋士になれるチャンスがあるというわけだ」

 「そういうことよ、一応アンタは私の弟弟子の弟子と言う一門の関係だからね。少しは準備してみっともない対局にしないよう頑張りなさい」

 

 姉弟子の挑発的な言葉にあいは頬を膨らませて抗議する。

 

 「まぁ、マイナビは兄弟子の第五局目の後にあるからな。まずは兄弟子の対局の行方をしっかりと見させてもらおう」

 「師匠は勝てると思いますか?」

 「どうだろうな…次名人が先手番になって居飛車穴熊を使ってきたら兄弟子でも苦しいかもしれない。名人の居飛車穴熊の勝率は0.91、たった一回しか負けていないんだよ」

 「……え?」

 「その一敗は現役棋士最年長の方が付けたけれど未だに棋士の間では居飛車穴熊を使われたら負けと思えっていわれるぐらいなんだ」

 「え?」

 

 次は姉弟子が俺の言葉に疑問符を浮かべた。

 なんか間違ったこと言っただろうか…。

 姉弟子はそのあと一人で納得し、口元を手で押さえ笑った。

 

 小さく漏れ出した『システム』という単語が妙にざわつきを覚えさせた。

 

 ☗ 驚きの一手

 

 私の目の前にいる和服の子は本当に16歳の男の子だろうか。

 だが、これだけはわかる。強い、それも積み重なった確実な強さだ。

 面白いと思うし、興味も沸く。彼の様な棋士と対局すれば将棋の真理により一層近づくことが出来ると予感させられる。

 そも、将棋そのものの本質を完全にわかっていない。だからこそ追及する価値がそこにはある。今の研究パートナーともいい関係を築き将棋をお互いに理解していっているがそれでもまだ足りないと感じる。もう一人研究熱心な棋士や目の前にいる彼の様な若さを持ち合わせ、尚且つ熟練の手筋を身に着けている棋士が必要だ。

 

 だから、見せてほしい。私のこの最も自信のある戦型にどう対応してくるか。

 

 私が飛車先の歩を突いて駒組を進めていく。居飛車穴熊だとわかる所まで行くと彼は扇子を口元に当て何かを考える仕草をした。

 居飛車に対して飛車を振ったのは驚かされたがそれよりも―――この見たこともない独特な陣形がそれ以上の驚きを与えた。

 

 彼が桂馬を跳ねた瞬間、その陣形の狙いがようやくわかり体が震える。

 

 これは間違いなく新しい戦型だ。―――それも居飛車穴熊を絶滅させるかもしれないそんな戦型。

 

 だが、この感じる高揚感は久しぶりだ。彼の気迫が今は亡き彼に似ているからというのもあるんだろうか。

 

 私は、口元に笑みを浮かべながら次の一手を指した。

 

 

 ☖ 帝位 八柳太一

 

 

 名人が居飛車穴熊を組んだ瞬間、俺は()()()()()()システムへと移行した。しかも、これはただのシステムではない。新・藤井システムまたはネオ藤井システムと言われる戦型だ。7六、7五と歩をついて早石田を連想させる構図から四間飛車にし、居飛車穴熊を倒すものだ。

 元々居飛車穴熊は手数がかかるためそこに大きな隙が生まれる。その隙をつくのがシステムなのだ。

 正直に言って居飛車穴熊に対してこの戦型が上手く嵌れば苦することなく勝つことが出来る。

 

 ―――だが、目の前の人間はそうさせるはずもなかった。

 

 「……将棋星人め」

 

 小さく漏れ出た言葉、それが今の盤面上を表している。

 間違いなくこちらが優勢だ。しかし、それだけであって優勢からまったくもって勝勢へと傾かない。しかも、一手ミスすれば一気に互角へと持っていかれる恐れがある。

 

 お互いに持ち時間を使い果たし一分将棋になっているが指し手はより一層厳しくなっていった。一歩間違えばそれは負けを意味しているからだ。お互いに理解している、理解しているからこそ()()()()()()()()()()()()()()

 

 早く終わってくれ、この苦しい時間から解放されたいと。

 だが、それも勝る気持ちが表面上に現れ始める。

 

 「楽しい―――ッ!!!」

 

 昔、楽しんだもん勝ちという言葉を聞いたことがある。確かにそうかもしれない。苦しい、終わりたい、けれども楽しいという感情が、指す手を緩ませない。

 これで負けたとしてもそれこそ悔いは残らない。

 

 けれど

 

 

 

 「勝ちたい」

 

 扇子で口元を隠し、そう呟く。

 

 

 

 研究に協力してくれた桂香さんのために。

 

 俺を労わってくれた天ちゃんのために。

 

 いつも元気づけてくれたあいちゃんのために。

 

 将棋を見てくれた師匠のためにも。

 

 なにより―――可愛い弟弟子と妹弟子が見てるんだ。

 

 

 

 バシィン!と名人の駒が盤面に叩きつけられた。

 グリグリとねじ込ませるように叩かれた駒は名人の渾身の一手だとすぐに感じた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 名人の口から出ていた苦しそうなうめき声が溜息に変わった。

 それが悪手だとすぐに気付いたから。

 

 記録係が秒読みを始める。

 名人は水を一口飲む。

 それは喉を潤すためだった、ある言葉を紡ぐために。

 

 彼は姿勢を正しこういった。

 

 「負けました」

 

 ☗ 防衛

 

 「太一二冠の勝ちだ!」

 「名人はなんであそこで投了したんだ!?」

 

 関西将棋会館で名人が頭を下げた瞬間賑わいが起こった。

 絶対王者である名人が16歳の男の子に負けた、その事実だけで将棋界が揺れる。それほどの人物を打ち負かしたのだから。

 控室にいる棋士たちがこれ以降の手を検討し始める。

 俺が震える声で数手先の変化を起こすと隣にいた姉弟子がそれに気づいて声を上げる。

 

 「これって…!」

 「……ええ、これは詰めろです」

 

 俺の声にほかの棋士たちが困惑の表情を浮かべる。

 

 「何手なんだ、これは…」

 「一分で読み切れるレベルじゃないぞ…。しかも、名人は指してその次の手を見て気付いたんだよな。二人とも化け物かよ…」

 「これをこうやってこうでこうで…うーん、どう考えても一分じゃ…」

 

 姉弟子も詰めろだとなんとなく感じているが何手かまでわからないらしい。

 けれど。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「35手詰め、しかも場合によってはそれ以上になるかもしれません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「兄弟子、遠くに行っちゃったね…」

 「はい、名人との対局で明らかに変わりました、次元が違うぐらいの成長です」

 

 夜遅く、姉弟子が息を手に当てながらそう聞いてくる。

 時刻はもう遅く、あいと天衣はもう寝ていることだろう。

 

 「八一は…」

 「ん?」

 「八一は私のことを置いていかないわよね?」

 「置いていきません、そんな薄情者になった覚えはありません」

 

 こんな夜遅くに美少女である姉弟子を一人で放り出してみろ、大変なことになるぞ。

 

 「ねぇ、八一」

 「今度はどうしました?」

 「私がはぐれないように、置いて行かれないように

 

 姉弟子は俺の前を歩き始め、振り返り手を差し伸べる。

 町の街灯が綺麗な銀髪をより一層引き立たせ、彼女は魅力的な笑顔でこういった。

 

 ―――手、繋ご?」

 

 俺は、妖精のような彼女の申し出に笑顔で頷くのだった。

 

 

 ☖帰還とマイナビ

 

 

 「あぁー…疲れた…」

 

 着慣れたスーツで新幹線を下り、大阪駅の改札口へと向かう。

 名人ととある約束して、帰ってきたのはいいが未だに疲れが残っている。

 

 「まぁ、頭痛に悩まされないだけましか…、ってなんだ騒がしいな」

 

 改札口付近に人だかりが出来ている。

 …なんだろうこの既視感は。

 

 「ふん、出迎えになんでアタシがこなきゃいけないのよ」「まぁまぁ、そう言わずにさ。心の角道空けていこうぜ?」「きもっ」「八一、きもい」「八一君それはちょっと…」「ししょー…」「あいと桂香さんまでっ!?この言葉結構気に入ってるんだけどなぁ…」

 

 彼らの会話が耳に届く、それが妙に心地よかった。

 銀子ちゃんが一番最初に俺の姿に気付き、駆け寄ってくる。

 

 「兄弟子、防衛おめでとうございます!」

 「ありがとう、皆も。なんとか防衛出来たし名人と念願の対局が出来たしいい経験だったよ」

 

 銀子ちゃんの頭を撫でながら一門を見渡す。

 あいちゃん…少し見ない間に身長が少し伸びたね。前髪も少し左側に寄せて可愛く見せて八一君にアピールかな?

 天ちゃんも今日はリボンの位置が少し下だね、朝急いでいたのが窺える。

 八一君、寝不足だね、隈酷いよ。対局の研究はいいけどしっかり休まなきゃ体に毒だ。

 桂香さんは相変わらずみんなの保護者みたいな人だな。

 銀子ちゃん、孫力上がった?

 

 

 「うん、皆元気そうでよかった。積もる話もあるだろうけどごめんね。僕はこのあとまた忙しくなるんだ」

 

 俺の言葉にあいちゃんが心配そうな声をかける。

 

 「またですかっ!?一回休んだほうがいいとですよ!!」

 

 うん、それ君の師匠に言ってくれ。明らかにやつれてるから。

 

 「そうね、もうそんな時期なのね…」

 「兄弟子、頑張ってください、応援しています」

 「負けちゃ、駄目ですから…!」

 

 桂香さん、八一君、銀子ちゃんの眼差しが俺に力を与えてくれる。

 

 「それで、一体なにがあるのよ」

 「中間テスト」

 「………は?」

 「いやー、高校のテストと防衛戦が大体同じ時期にあるのきついんだよね」

 「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

 

 天ちゃんが慌てて俺の言葉を遮る。

 

 「アンタ…高校行ってたの?」

 「あれ、言ってなかったっけ?まぁ、出席日数はギリギリだけど行ってるよ」

 「はぁー…うちの師匠は中卒…。師匠変えようかしら…」

 「はぁ!?中卒で何が悪いんだよ!!というか、師匠を変えるとか冗談でも言わないでください、お願いします」

 

 そもそも最初の時代は家庭内の経済環境があれだったから高校には行けなかった。だから、こうやって生まれ変わった今高校生活を楽しんでいるというわけだ。それに知識を蓄えるのはとてもいいことだしね。何かあったとき知識は大きな力になる。

 そして、俺が中間テストをやっている最中八一君たちはマイナビのため東京へと出向いた。俺も後から向かうつもりだ。

 テストも一段落し、東京に着くと八一君とあいちゃんがイカちゃんと一悶着起こしたらしい。

 俺には飽き足らずとうとう二人にまで手を出してしまったか…。

 だが、そこで驚きの結果が生まれた。

 なんとタイトル保持者であるイカちゃんにあいちゃんが平手で勝ったのである。これはすごい偉業だ。天ちゃんと桂香さんも順調に勝ち進みもう少しで女流棋士になれるところまできた。

 

 そして、マイナビ一斉予選が終わると同時に竜王挑戦者決定戦決勝トーナメント三番勝負が始まった。

 

 第一局目、俺は得意の戦型を使い、名人から初戦白星を上げる。

 

 第二局目、中盤のねじり合いを制した名人が黒星をつける。

 

 第三局目、これは波乱の展開だった。俺が入玉した瞬間名人がその玉を追い返したのだ。その前に千日手でやり直しが起こっており、俺の小さなミスを咎められる形で詰まされた。

 

 1-2という結果で俺が竜王の挑戦者になることは叶わなかった。

 

 ☗ 八柳研

 

 

 「はぁ!?なんでこのおばさんと東京に行かなくちゃいけないのよ!」

 

 関西将棋会館で晶さんと桂香さんと天ちゃんの4人で食事をしつつ、本題を切り出したらそう言われた。

 

 「けど、いいの太一君?私たちが研究会に参加して…」

 「はい、俺の知り合いが桂香さんにちょっと興味が湧いたみたいで、天ちゃんは…いい経験になる?」

 「なんで疑問符なのよ…。それで誰が来るのよ、その研究会」

 「あぁー…。月夜見坂さんとか?」

 

 いきなりのビッグネームで桂香さんの顔から色が失われていく。

 

 「桂香さん大丈夫か!?」

 「ほっときなさい、晶」

 「タタタタタイトルホルダーっっっ!?本当に私なんかがいってもいいの!?」

 「大丈夫ですって、桂香さんに興味を持った人はタイトルホルダーではないので」

 「それは少し気が楽ね」

 

 桂香さんは優雅にコーヒーを飲み始める、先ほどの取り乱しは一瞬でなかったことにされたらしい。

 

 「んじゃ、明後日9時に大阪駅に集合ね」

 

 

 

 

 

 

 

 朝、大阪駅に着くと天ちゃんが不機嫌そうに腕を組んで立っていた。

 

 「ごめん、待った?」

 「遅いっ!男ならもっと早く来なさいよ」

 

 と言っても10分前に来たんだが…。

 

 「それで、なんであの小娘や白雪姫様を呼ばなかったのかしら?」

 「あぁ、あいちゃんと銀子ちゃんか。うん、呼ぼうと思ったけどやめておいた」

 「なんでよ」

 「将棋が嫌いになるかもしれないから、天ちゃんみたく心が強くないから」

 「…え?」

 

 天ちゃんの呆けた声が雑踏によって書き消え、その人混みから桂香さんが姿を現す。

 二人に新幹線のチケットを渡し、東京へと向かう。その間、天ちゃんは俺の言葉の意味を考えていた。一方桂香さんは何故か将棋に没頭していた。なんでも恥じない姿を見せたいからだそうだ。あの人好みの性格だな…。

 東京に着くと、白いスーツを着ている少年が俺たちを出迎えてくれた。

 

 「待っていたぞ!竜王の弟子と、竜王の兄よ!!それと、桂香さん、お久しぶりです」

 「あ、歩夢君!?」

 

 歩夢君は俺が師匠の家を出た後からくるようになり八一君と仲がよくなったと当の本人から聞いた。だから、桂香さんと面識があってもおかしくない。

 可笑しくはないけれども。態度豹変し過ぎだろ…。

 

 歩夢君と共に目的地である別荘へと向かう。

 別荘の前に来ると、桂香さんその大きさに驚きの声を上げた。

 

 「おっきい…」

 「まぁまぁね。うちの半分ぐらいじゃないかしら?」

 

 いやいや、天ちゃんの家の半分って相当だからね。

 別荘の門が開き、家の中へ入る。

 靴を脱ぎ、棋士たちが集まっているだろうリビングへと向かう。

 心なしか二人に落ち着きが失われているように思えた。

 この先に俺が呼んだ棋士たちがいる。

 

 「……驚くだろうな」

 

 小さな声でそう呟く。

 歩夢君が先導して、ドアを開ける。

 

 開けると真っ先に写った人物に天ちゃんと桂香さんが息を飲む。

 

 「「―――名人ッ!?」」

 

 名人がいる。

 それだけでこの場にいることがどれだけすごいのか一瞬で理解した。

 

 桂香さんは周りを見渡すと乾いた笑いを浮かべる。天ちゃんも似たような感じだ。

 

 その場にいた棋士たちは

 

 生石允さん、於鬼頭さん、名人、月夜見坂さん、供御飯さん、篠窪さん。ほか、有数棋士数人。

 

 どれもトップ棋士の人たちだ。

 そして、桂香さんに興味を持った人物―――山刃伐さん。

 

 彼は桂香さんから持ってきてもらったノートを借り、名人と話をし始める。

 

 「たたたた、太一君ッ!これっていったいどういうこと!?」

 「まぁまぁ、落ち着いて桂香さん」

 

 山刃伐さんと名人は軽く会話をすると桂香さんのほうに向かってくる。まさかの超トッププロに近寄られるとは思っていなかったのか緊張して体を固める。

 

 「桂香君の研究ノート見させてもらったよ、凄く詳しく書かれているしわかりやすい。それで名人と話したんだけど、もしよかったら…僕と、いや僕と名人と一緒にこれから研究してみないかい?」

 「―――ふえ?」

 

 

 「おうおうおう!竜王の弟子!!こっちに来な!一局指してやるよ!」

 「っ!面白いじゃない、踊ってあげるわ!!」

 

 

 これが後に伝説となる八柳研の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜王戦、第一局はハワイで行われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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