元プロのおしごと!   作:フルシチョフ

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第20局 屈辱

 ☗ さぁ、頑張っていこう。心が折れたら将棋が出来なくなってしまうよ。

 

 「勝てない…」

 

 夜叉神天衣は盤に突っ伏したままそう呟いた。

 目尻に涙は溜まることはなく、代わりにハイライトが消えていた。

 

 今天ちゃんと対局したのは棋帝のタイトルを()()()()()()篠窪さんだ。

 その前にもいろんな棋士と対局しているが圧倒的な差を見せつけられ敗北している。

 それもそうだろう。

 親譲りの薄くも固い守りを小駒だけで崩され、何もできずに負けているのだから。

 しかし、桂香さんのほうはもっとひどい。

 

 「桂香君、この人とこの人の対局のデータは纏めているかい?」

 「はいっ!こちらに!!」

 

 山刃伐さんと名人二人に揉まれながらの研究なのだから。

 なんとか追い付けているのは研究データのお陰だろう。桂香さんはその時の対局での感想戦での棋士の発言や解説者の発言もできるだけ読み筋として書き加えている。

 それは途轍もない労力を必要する、だからこそあの二人に気に入られているんだろう。

 凄いスピードでソフトとノートが行き交い、あそこの3人だけには生石さんですら近づこうとしない。

 しかも、戦型をノートに分けて纏めているのだからあの二人にとっては最高級のものだろう。

 

 んー、やっぱりあいちゃんと銀子ちゃんは連れてこなくて正解だったな…。

 八一君は名人との対局があって忙しいだろうし。

 

 「おう、太一。何考えてんだ?」

 「あ、生石さん。いや、あそこの3人すごいなぁって…」

 「俺からしてみればあの二人に追いついている清滝先生の娘さんのほうがすごいな。しかし、本当によく研究してある。男性棋士でもあそこまでやってる奴はいないんじゃないか?なんでまだ女流棋士になってないんだか」

 「壁を破ることが出来たらなんとかなると思うんですよね。この研究で少なからず近づけたらと思って連れてきました」

 「まっ、いいや。とにかく一局指そうぜ、捌いてやるぞ」

 「わかりました、次於鬼頭さんにお願いしてもいいですか?」

 

 延々とパソコンに向かってソフトで研究している於鬼頭さんに声を掛ける。

 ちらっと見てただ頷くだけ。

 本当に無口な人だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生石さんや於鬼頭さんなどの棋士たちと対局し終え、時間を見るとすでに23時を回っていた。

 ほかの棋士たちはほとんどダウンしており、於鬼頭さんと山刃伐さんと名人、あと桂香さんぐらいしか将棋についてやっていない。天ちゃんはソファーでお休みだ。寝顔可愛い。写真撮って晶さんに送っとかねば。

 名人から話を聞くとお風呂は近場の銭湯で済ましてほしいと言われた。

 

 「天ちゃん、起きて。銭湯行くよ」

 「んー…」

 

 むくっとゆっくり起き上がり俺を虚ろな目で見つめる。

 目は半開きで動作が異様に遅い。

 

 フローラルな香りが鼻孔を擽った。

 

 「わお」

 

 誰かがそう漏らした気がした。

 天ちゃんは俺の腰回りに手を伸ばし、―――そう、抱き着かれたと言わせてもらいたい。

 

 「んん~♪」

 

 天ちゃんは俺のお腹に頭をスリスリしてくる。

 

 「ちょ!?」

 

 もしかしなくてもこれ寝ぼけてるよね!

 

 驚いていると余裕を与えずに次は首周りに手を回してきた。

 

 1 延々とこの状況を楽しむ。

 2 天ちゃんを起こし、状況を打破する。

 3 天ちゃんかわいい

 

 

 そんな選択肢を考えていると気が付いたら天ちゃんの顔が徐々に俺の顔に近づいているのがわかりなお慌てる。

 

 そして、夜叉神天衣は

 

 「おじーちゃんのおひげじょりじょりしてない……」

 

 顔を擦り付けて、寝ぼけ顔でそう言い放った。

 その言葉に固まっていると天ちゃんの眼が次第に開かれていく。

 

 右見て、左。

 そして、間近の俺の顔を見る。

 

 そしてまた右見て、左。

 最後に俺の顔を見て、耳まで真っ赤に一瞬にして染まる。

 

 「ななななななっっ!」

 「……おはよう、孫よ」

 

 数秒後に起きる悲劇を悟り、俺は目を瞑った。

 

 「死ねっ!このクズ!!」

 

おっふ。いいパンチだ。

 

 

 

 「ふんだっ!」

 「まぁまぁ、天衣ちゃん。太一君も悪気があったわけじゃないんだし、ね?」

 

 銭湯へ向かう途中、桂香さんがゴキゲンが良くない黒服お嬢様を宥めてくださっている。しかもさっきの体の真ん中を捉えるいいパンチ。

 相手の真ん中を射抜き、ゴキゲンを斜めにする…。

 まるでゴキ中だな…。

 

 「あぁ、もう!なんでこうアンタの前だと調子が狂うのかしら!!」

 「天ちゃん、アイス食べる?」

 「いらないわよ!というか、いつの間に買ってんのよ!!」

 「太一君も甘いのほどほどにしなきゃ銀子ちゃんみたく虫歯になるわよ。はい、没収」

 「そんな殺生な…」

 

 隙見て買ってたんだけどやはり俺らのオカンには勝てなかったよ…。

 うぅ…。バックに仕込んであるクリスプチョコを篠窪さんとあとで摘まもう…。

 

 余談だが、篠窪さんとはかなり仲が良い。というのも、はっきり言って将棋界には変人と分類される人が多く存在する。清滝師匠然りだ。プロになって出会った篠窪さんも何かとその苦労をわかり合ってくれるお人で人格よし、顔良し、頭脳よしで、本当に助かってる。イカちゃんとの件についても把握しており、すごく慰められた、

 あと、奨励会三段の鏡洲さんもかなりお世話になってる。

 

 「何、あの白雪姫虫歯になったの?はっ、無様ね。甘いものばかり食べてるんだったらそうなるでしょうけど」

 「うーん…神戸のシンデレラの辛口評価…。僕も甘いものを抑えねば…」

 「そうよ、神戸のシンデレラである私の…。ちょっと待ちなさい」

 「ん?トイレ?」

 「違うわよ!神戸のシンデレラって何よ!?」

 「あら、天衣ちゃん知らないの?マイナビで勝ち進んでいるその姿を神戸のシンデレラと例えた記者がいて、今ではそう呼ばれているのよ」

 「んなっ!…………その記者見つけ次第火刑に処してやるんだから」

 

 逃げて、その記者超逃げて。

 

 「けど、天衣ちゃんも気を付けなきゃ虫歯になるわよ?」

 「私がそんな無様な姿見せるわけないじゃない。ちなみに、虫歯になった白雪姫はどんな感じだったかしら?」

 「確か―――」

 

 

 

 

 

 『お兄ちゃん、お兄ちゃんッ!』

 「銀子ちゃん!?どうしたんだ!」

 

 ある日、銀子ちゃんから電話がかかってきた。出てみると切羽詰まったようにお兄ちゃん、お兄ちゃんと連呼してくる。

 もう兄弟子としか呼んでくれないと思っていた俺は嬉しい反面、何か不味いことになっているのではと思ってしまった。

 

 『助けてッ!お願―――』

 

 悲痛な叫びと共に電話はプツリと切れ、俺は師匠の家へと全速力で向かった。

 

 「師匠!」

 「おお、丁度ええところに来たな太一。お前さんからも銀子に何か言ってくれんか?」

 「えっ、銀子ちゃんここにいるの?」

 「そうじゃ、銀子の奴虫歯になっての。桂香と一緒に歯医者に行かせようとしても怖がってな、八一もおらんし、丁度お前に電話しようとしていたところだ」

 

 銀子ちゃんが虫歯…だと…!?

 た、確かに最近いろんなスイーツ店に連れて行ってあげているけど。

 原因はそれか。

 

 「銀子ちゃん」

 「お兄ちゃん!」

 

 二階にある一室、よく八一君と銀子ちゃんと将棋を指した部屋に向かうと桂香さんの隙をついて俺に抱きついてきた。

 

 「ごめんね、太一君。銀子ちゃんったら歯医者に行かないの一点張りで…」

 「嫌!桂香さんの頼みでも絶対嫌!お兄ちゃんも何か言って!!」

 

 プルプルと震える銀子ちゃん、可愛い。

 って、違う違う。

 兄弟子からお兄ちゃん呼びになっていることから凄く怖い思いなんだろうとひひひしと伝わる。

 だけど。

 虫歯、ダメ、絶対。

 

 「銀子ちゃん、歯医者に行こう」

 

 俺の一言に銀子ちゃんは全てに絶望したかのような目になり一歩ずつ後退していく。

 

 「う、嘘だよね…。お兄ちゃん…?」

 「嘘なんかじゃない、歯医者へ行くんだ銀子ちゃん」

 「銀子ちゃん、そろそろ観念したら?」

 「……虫歯治さなかったらもう銀子ちゃんとスイーツ巡りできないのか」

 「ッ!?わかった…。歯医者、行く…」

 「うん、銀子ちゃん偉い偉い」

 「治ったらまたスイーツ巡りしようね」

 「……ぅん」

 

 

 

 

 

 

 

 「とまぁ、こんな感じだったな」

 「あっはっはっは!何よそれ!私を笑い死にさせる気!?あの白雪姫が虫歯如きに弱音を吐くなんて」

 

 お腹を押さえて笑う天ちゃん。

 どうやらツボに入ったらしい。

 あの時の気弱の銀子ちゃんはそれこそ稀に見る姿だ。

 八一君ですら見たことがないだろうか。

 

 そんなこんなで銭湯に付き、温泉に入って3人で一休みしている。

 

 「そういえば桂香さん。研究のほうはどんな感じ?」

 「まぁ、順調と言えばいいかしら。名人と山刃伐さんの二人が凄すぎて追いついていくので精一杯…。だけど、自分の力が引き上げられていくのが分かる。この研究会で一度自分の将棋観を洗いなおすつもりよ」

 「将棋観?いいの、そんなことしたら」

 「天衣ちゃん心配してくれてるの?」

 「ばっ!?違うわよ!ただ一門の人間がみっともない棋譜を残してほしくないだけよ!!」

 

 天ちゃんの言う通りだ。

 将棋観は今まで自分が積み上げてきた全てで構成されるもの。それを一度洗いなおすということは不調の原因にもなりかねない。

 

 「でもね、そうしたほうがいいって名人の手を見てると思えてくる。女流棋士には名人みたいな絶対王者はいないけどそれでも常軌を逸した手で将棋観が壊されてしまう時がくるかもしれない。だから、私はあの二人と名人と山刃伐さんみたいな棋士になって、何事にも動じない棋士になりたい。そういう天衣ちゃんはどうなの?」

 「…全敗よ」

 

 女流棋士の二人とはいい勝負が出来ているがやはりプロの男性棋士になると体力面、経験、精神面、全てで劣ってしまい負けてしまう。

 けど、一度いい勝負の対局があったはずだ。

 確か…歩夢君との対局だったな。

 

 「あのエセ騎士との対局は上手くいってたんだけど最後のあの手抜き…。流石に壁の高さを実感したわ」

 

 歩夢君との対局では天ちゃんが力を引き出されるように指されて最終局面、天ちゃんが桂馬を打ち必死を掛けたところ。

 本来ならばその桂馬を受けないと角2枚が襲い掛かり、王が怖くなるところだが…。

 歩夢君が指した手はその桂馬を無視した4三と金。

 あの手抜きは見ている棋士たち全員を驚愕させた。

 しかも、それでしっかりと受かっているのも凄い。

 そして、8九王という逃げの一手も素晴らしかった。

 

 だが、二人はもう朝とは別人と言っていいほどの棋力を手に入れたといっても過言ではない。

 

 「…まっ、あんな化け物二人に勝った棋士が目の前にいるんだけどね」

 「いや、それは早計だよ。確かに僕は名人とは五分の戦績、歩夢君には勝ち越しているけどそれはまだ勝ったとは言えない。現に竜王戦の挑決では名人に負けたし、今日の対局でも歩夢君とは五分の戦績だからね」

 

 そうだ。

 俺はまだ若い。

 ここから攻略されて負け続けるという未来すら有り得て当たり前。

 だからこそ、勝ったという意識は持たないようしてある。

 慢心はよろしくない。

 しかもだ。

 将来名人被害者の会に属することすら有り得るだろう。

 つい最近では棋帝を奪取された篠窪さんが加入したらしい。

 名人被害者の会。

 うん、言葉通りだ。

 名人によって魂を抜かれた人、失神した人、負け越している人。

 そんな人たちの会だ。

 とあるネット界隈にはある言葉がある。

 『名人は名人と戦わなくていいから勝率が上がって卑怯』

 と言われるぐらいに名人は凄すぎるのでその会の人数は計り知れない。

 

 「そういえば太一君はハワイに行かないんだったかしら?」

 「あぁ、その日はヨーロッパにいかなきゃいけないからね」

 「ふーん………ん?」

 「そう、そういえばもうそんな時期なのね」

 「あぁ、頑張ってくるよ」

 

 竜王戦第一局はハワイで行われるが生憎その日はヨーロッパのほうに出向かないといけない。

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさい。今、ヨーロッパに行くって言ったわよね?」

 「あぁ、チェスの大会があるからね」

 「……なんかもう驚くのも疲れてきたわ」

 「あぁ、天衣ちゃん知らないもんね、太一君はチェスのFMのタイトルも持ってるのよ」

 

 ちなみにだが名人もFMの資格を持っている。 

 あと、囲碁の段位も持っている。

 名人凄い。

 

 FMとはチェスのレーティングが2300を超えた人に授与されるタイトルである。

 

 「それでそんなアンタからみて師匠(せんせい)の勝機はどれぐらい?」

 「難しい話だね…。正直言って今の名人は全盛期に近い状態だから今のままでは八一君は負ける。だけど」

 「だけど?」

 「名人が発する力っていえばいいのかな?それで八一君が本当の才能を引き出せれば勝機はあるよ」

 

 そう、八一君はまだ才能が芽吹いていない状態。

 そして、名人は必ず八一君を対局で成長するように指すだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究会も終わり、ついにその日がやってきた。

 竜王戦第一局、ハワイで行われた対局で九頭竜八一は名人に大敗を喫した。

 

 ☖記者の声、崩壊する世界

 

 

 第一局、あれは完全に名人の大局観が素晴らしかったとしかいいようがない。

 しかし、状況は芳しくない。あいちゃんから聞くに家での八一君の機嫌は悪い。

 それもそのはず。

 名人が繰り出した戦型は『一手損角換わり』

 八一君が最も得意とする戦型だ。

 

 それを使われ大敗。

 堪えるものがあるだろう。

 特に、最終局面に移る手筋だ。八一君はあれを読んでいたのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()に違いない。

 あまりにも自分が有利だと結論付けて。

 しかし、実際にその手順になった時その恐ろしさは想像に難くない。

 

 「読んでいない手を指されたならまだいい。読みの量を増やせばいいから。だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 八一君はハワイのホテルでそう言ったらしい。

 将棋観を、何十万と言う棋譜から成り立たせている八一君の『一手損角換わり』の根底から否定し壊した。

 

 そのせいか第二局目もまた見どころなく負けた。

 

 そして、第三局目。

 場所は山形県、天童市。

 将棋好きなら誰もが知っている場所で八一君と名人の大局が行われた。

 

 *

 

 「大丈夫だ…大丈夫…いつも通りにやれば勝てる…」

 

 胸を拳で叩きながら頭の中に響く謎の音を緩和させる。

 今の局面、この入り組んだ状態、お互いに一分将棋へとなっていた。

 

 ―――んんっ!!?

 

 高速道路に突然小石を投げられたような手、それにより全速力で書けていたアクセルが少し弱まる。

 

 「なんだっ!?危ないのかッ!?」

 

 くそっ!読むにしては時間がなさすぎる!!

 ……いや、まてよ。千日手の手順がある。

 

 千日手。

 それは同一局面を四度繰り返す手順ことである。

 それを使えば少しは時間に手に入る。

 しかし、自ら千日手の手順に入り込むのは邪道。

 

 「ええいっっ!!」

 

 しかし、今の俺にそんなことを考えている余裕などなかった。

 千日手の手順に入り、王手を繰り返す。―――()()()()()()()

 

 千日手において、王手の千日手は先に王手したほうが負けになるというルールがある。俺はその変化に気付かず飛び込んでいたのだ。

 

 「今何回!?三回!?」

 「えっ!?あの…」

 「危ない!?」

 

 記録係は言いどもる。

 当たり前だ、そんなことしたら助言行為だ!

 

 「クソッ!」

 

 千日手から逃れる一手を放った瞬間、俺は背筋が冷えていく感じがした。

 対面者からはぁーというため息が聞こえてきた。

 それは失望の溜息で…その瞬間俺は恥ずかしのあまり顔を俯かせた。

 

 名人がノータイムでその手に応じた瞬間、

 

 「…負け、ました」

 

 頭を深く下げて、泣きそうになっている顔を見せないように投了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 対局室には多くの記者たちが押し寄せてきた。フラッシュが背面から沢山焚かれ、自身が敗者だということを改めて実感させられる。

 名人はインタビューでも『難しい将棋だった。最後までどうなるかわからなかった』『次も盤上真理を追究しながら頑張りたい』と語った。

 それが余計に千日手に逃げた自分を辱めた。

 

 部屋に戻ろうした刹那、グイッ!

 誰かの足が俺の和服を踏んでおり、ダァン!という音共に俺はその場に倒れてしまった。

 場を静寂が支配し、誰かがポツリとこう言った。

 

 「かわいそう…」

 

 カッ!と羞恥心と怒りのあまりに俺は赤い顔のまま対局室を後にした。

 

 そのあとホテルの主催者がパーティーの準備が出来たと言ってきた。

 本当はすぐにでも帰りたいが竜王として少しだけ顔を出そうとした。

 

 「まっ、あんな奴は失冠して当然だよな」

 

 扉の入り口まで来ると、よく知る記者の声が聞こえてきた。

 心臓がバクバクと鳴りやまない。

 

 「二人も弟子を取ってるんだろ?しかも、その内の一人は内弟子と来た。将棋を教えることができるぐらい強いとでも思ってんのかね」

 「名人を見習ってほしいよ。あの年で未だに弟子を取らない姿勢、流石だな」

 「運よくタイトル取れただけで調子に乗ってるだろ」

 

 言い返してやりたかった。

 だけど、『将棋を教えることが出来るぐらい強いと思っているのか』という言葉がそれを制止させた。

 記者たちの声は尚も続く。

 

 「竜王と言えば、弟子の二人はルックスがいいからね。ビジネス価値がかなりありますよ。あーあ、もっといい師匠が付いてればなー」

 「それに加えて、浪速の白雪姫。あの人もクズ竜王と別れてくれればいいんですけど…。あっ、太一君とはどうだ!?」

 

 突如出てきた一門の名前に俺は動揺と汗が吹き出し、今すぐにでもその場を去りたかった。()()()()()()()()()()

 

 「太一君ね…。竜王の挑戦者にはなれなかったけど帝位を防衛したときはびっくりしたよ!確かに、太一君が師匠になって白雪姫とくっ付けば…!」

 「兄弟子と姉弟子はすごいけど今にも竜王を失冠しそうになっている八一君」

 「やっ、やめろ!笑わせんな!!」

 

 その一言でその記者たちに笑いが溢れる。

 

 「太一君が」「白雪姫が」「太一君が」「白雪姫が」

 

 繰り返されていくその単語を耳に入れないように俺は走り出していた。

 あぁ、そうだ。

 

 この頭の中になっている音は―――俺の世界が崩壊していく音だったんだ。

 

 

 「ハァ…ハァ…」

 

 

 

 後ろから足音が聞こえてくる。

 ゆっくりと振り返ると、()()()()()()()()()()がそこにいた。

 

 「お疲れ様八一君」

 「兄、弟子…」

 

 

 

 

 

 俺は、今どうしようもなく目の前の人を恨んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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