元プロのおしごと!   作:フルシチョフ

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第2局 変化

パックマン戦法。

 それは所謂嵌め手と呼ばれる。相手に自身がミスをしたと思わせ、油断したすきを突くという若干卑怯な手だ。

 角道に対して意味のない歩突きだと思われるかもしれないがそれを取ると大乱戦の始まりだ。清滝さんは顎に手を掛け考えているな。

 取ったら取ったで研究し尽くしている俺のほうが有利、しかし、ここで清滝さんが乗ってこなければ普通に進めることしかできなくなる。

 清滝さんは小さく唸って▲同角と動く。

 

 乗ってきた。と少し笑みを浮かべて△6二飛車と動く。というか爺ちゃん盤面覗き込まないではっきりいって邪魔なんだけど。

 

 「これは…。八柳さん、この子は一体?」

 「すごいでしょう、この子はこの年でわしらの策略を上回る才能がある」

 「『瞬殺の名人』であるあなたの口からそう言われるとは…。太一君、本気で行くぞ」

 「はいっ!」

 

 『瞬殺の名人』。それは爺ちゃんの二つ名、彼は早指しで有名で読みも鋭く、序盤中盤終盤隙が無くて有名だ、爺ちゃんの駒が躍動する姿は見る人すべてを魅了したともいわれる。

 そして、雰囲気が変わった清滝さん。まず▲5七角成る、そして、つぎは自陣の角道を開けるため△7四歩と動くのが定跡―――だが俺は△6三飛車成ると特攻。

 

 ここから大駒達が踊り狂う大乱戦、先に制したほうが勝つ。

 

 *

 

 「…ありません、まけました」

 「ありがとうございました」

 

 負けちゃいました☆というか清滝さん、対応するの早すぎなんだけど!研究されてないから余裕やろと高をくくって『初めて使う』パックマン戦法を使ったのがいけなかった…。

 けど、実力は十分に示せたはずだ。この戦いは勝つか負けるかじゃない、どれだけ将棋に対しての才能を示せるかが重要なのだ。

 

 「八柳さん、弟子の件、ぜひ任せてください」

 「本当ですか!?いやあ、本当にありがたい。よかったな、太一」

 「うんっ!」

 

 はぁ~、良かった。まずは一安心だ。けど、清滝さん、いや、もう師匠か。師匠から学べることも多い。前世と違ってこちらでは将棋のレベルは高いと思われる。

 まあ、前世はあの永世七冠を打ち立てた名人世代が異様に強かったな…。最終的にその世代の人は全員タイトル保持者になっていたからどれだけ異常かわかるだろう。

 

 いろいろな手続きを済ませると俺は一つあることを思い出した。弟子になると師匠の家に住み込めるというものだ。少し考えてそれはやめた。

 この見た目だが一応91年生きている。だから先ほどいたあの女の子が孫のようにしか見えない。となると、甘やかしてしまい彼女がよくない方向に進む可能性もあるからな。

 

 「桂香、来なさい!」

 

 ふすまの奥にそう声を掛けると先ほどの女の子が入ってきた。

 将棋盤を見つめる眼差しはよくないものであり、将棋を好いていないことがすぐにわかった。

 

 「ほれ、桂香。自己紹介」

 「……初めまして、清滝桂香です」

 「今日から清滝九段の弟子になりました、八柳太一です。宜しくお願いします」

 

 正座のまま方向を変えお辞儀をする。桂香さんと言うらしい。―――すごくいい名前だ。将棋にとって桂馬と香車は重要であり、『詰めろ』においてその重要性は高い。桂馬の不規則的な動きは相手を翻弄する。香車は飛車の劣化版だと思われがちだがそうではない。横には動けない。下には動けない。だからこそ、相手は油断し、付け入る隙が生まれる。上手く香車のところまで誘導すればその威力は十二分に理解できるはずだ。

 当の本人は面を喰らった表情になる。そりゃ、そうだ。この年頃は圧倒的にうるさい、落ち着きがない、礼儀が鳴っていないの三拍子が揃うバーゲンセールだ。そんな子がきれいにお辞儀するのだから驚くだろう。

 俺は顔を上げると満面の笑みを浮かべた。

 

 今日、俺は清滝九段の門下生になり、そこから一年間たった。一年間だ、将棋を指し続け棋力を高める、その際、名人の棋譜は一切見ていない。

 名人は必ずと言っていいほど悪手を指し勝利する。そう、悪手と思われていた手がのちのち脅威になるのだ。棋譜を見てしまえば常識に捕らわれる。あの名人に勝つには柔軟な発想が必要と踏んで読まないことにしたのだ。

 

 一ヶ月経つごろには桂香さんが心を開いて弟のようにかわいがって来るようなった。あと師匠が素になるととてもうるさいことにも気づいた。いちいち抱き着いてひげじょりじょりという拷問は辛い。

 

 そして、今日は2週間ぶりに師匠の下へやってきた。風邪に屈した自分が憎い…!

 小学一年生にもなり、親からの許しが出て奨励会への入会を済ませるためにきたのだが…。

 

 ふすまの隙間から部屋をのぞく。そこには師匠と一人の男の子が盤を挟んで対峙していた。

 九頭竜八一。同じ幼稚園で同じ小学校に通っている友達。彼に将棋を教えてはいたがまさか弟子入りにまで来るとは…。俺が弟子入りしていることは言っていない。ということは、これも運命か。

 

 そんなことを思っていると後ろから声を掛けられる。振り返ると桂香さんがいた。

 

 「あっ、お久しぶりです桂香さん!」

 「久しぶり、太一君。風邪は…治ったみたいね。けど、なんでこんなところに…、あっ、そうか今お父さん対局中だもんね、弟子入り志望の子と」

 

 やはり弟子入りか…。よし、まず一つ聞きたいことが出来たんだよね。桂香さんの腰辺りから伸びているアホ毛なんすか。

 

 「そうだ!太一君、妹が出来たわよ!!ほら、銀子ちゃん」

 「はじゅ、はじめま、して…、空銀子、です…」

 

 おどおどしながら彼女が姿を現した。

 銀色の髪の毛、透き通るような肌。まさしく美幼女。

 

 妹、だと…?妹弟子ということか!?というか、なんだこの可愛い生き物は!!しかも、この年で師匠に認められる棋力の持ち主…!ああああああああああっっ!!!甘やかした!そのおどおどした表情から見せる照れくさそうに浮かべる笑みが可愛い!指をもじもじさせて頬を染めているのも可愛い!!!!お爺ちゃんと呼ばせたい、孫のように可愛がりたいいいいいいいいっっっ!!!!!―――はっ!いかん、落ち着け。お爺ちゃんと呼ばせるのは流石に不味い。なら考えろ、最善手をっ!!!

『妹が出来た』

―――そうか、わかったぞ。流石は桂香さんだ。銀子ちゃんが可愛いことを考慮し、俺がどう動くかを予測した。兄のように振る舞いたくなるだろうと考えそう発言することにより外堀を埋めたわけだ。

 なら、俺は―――!

 

 「お兄ちゃん」

 「…、え?」

 「君はもう八柳太一の妹弟子だ。なら、お兄ちゃんと呼ぶのが道理!またはお兄さん、兄様、にーにでも可!」

 

 八柳太一は一人っ子であり、そういう関係に飢えていたのもありこういう奇行に至ってしまった。

 そして、俺はどうですか!?と言わんばかりに桂香さんに顔を向けた。おどおどしている銀子ちゃんの頭を撫で、―――怒った笑みを浮かべた。

 

 まずい―――!読み違えたか!あの発言はそういう意図ではなかったのか!!しかし、まだ王手だ。言い訳すれば…ッ!

 

 その時、後ろのふすまが開く音が聞こえた。そうだ、今は対局中。うるさくすれば同然…。

 

 ギギギと俺は後ろを向く。そこには眉間に皺を寄せ明らかに憤ってる師匠の姿があった。

 

 

 詰みです。

 

 ※この後無茶苦茶怒られた。

 




主人公が壊れた!!!!!!!!!!

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