無茶苦茶怒られた後八一君が俺にびっくりして話しかけてきた。91年生きてきたせいだろうか同年代や年下になると君付けやちゃん付けになってしまう、まぁこれも愛嬌か。
桂香さんと師匠にこっぴどく怒られて解放された後次は八一君に質問攻めされた。なんでいる、とか受かったとかそういった話題だ。銀子ちゃんに近づくと磁石の同極同士のように一定の距離を保たれてしまう。
その体は小刻みに震えており少しばかり胸が痛んだ。―――駄目だな、こんな小さい子を怖がらせては、
と心機一転しようとし俺は謝るべく口を開こうとした瞬間銀子ちゃんがおもむろに口を開いた。
「お、おにいちゃん…」
ぶっはああああああああああああああああっっっ!!やべぇ、危ない所だった!!!!!!鼻血を出して出血多量で死ぬところだった!!今のはずるい、恥ずかしがりながらも上目遣いで舌足らずの口調!!くっ、前世で嫁に『あんたは孫に甘すぎる』と言われ否定していたが認めよう。 俺は―――子供に甘い。
いまいち全容がつかめない八一君に俺は説明する。
「八一君も師匠の弟子になった。つまりもう家族になったわけだ」
「家族?」
「そう家族。俺が兄弟子で八一君と銀子ちゃんが俺の弟と妹になった。だから、お兄ちゃんと言っても何も可笑しくないわけ」
「じゃあ、僕も言ったほういいかな?」
「そ、それは……まぁ…」
俺がどもると桂香さんに苦笑いを向けられた。察せられておりますな。そうですとも、同年代(見た目上)の男の子にお兄ちゃんと言われても可愛いと思っても何か違うと感じてしまうのだ。
すると、師匠に3人とも呼び出された。一体なんだろうか?
「桂香から聞いたぞ。兄呼びを求めたらしいなぁ」
「は、はい…」
そして、俺だけ正座させられている。師匠激おこなのか…?
「ずるいぞ!わしだってわしだってええええええええええ!!!!!銀子、お爺ちゃんと」
「呼びません」
「そこをなんとか!!!!!!」
「呼びません」
「い、いっか「呼びません」…そうですか」
なぁーるほど、嫉妬というわけですな。しかし、お爺ちゃん呼びだけは銀子ちゃんも譲れない何かがあるのか。
そして、ゴホンと咳ばらいをする。
「九頭竜八一もこれでわしの門下生となった。でだ、八一と太一は知り合いで銀子は八一と知り合い、しかし、銀子と太一のみ初対面というわけだ。だから二人で将棋を指して友情を育みなさい」
いい顔でいいことを言っているんだろうがさっきのあの言動のせいで全て台無しだ。話に聞くに銀子ちゃんはまだ4歳、しかし才能溢れる逸材だと師匠は言っていた。
平手で指すことになり将棋盤を二人で挟む。
「よろしくね、銀子ちゃん」
「よろしくお願いします…お、おにいちゃん」
ぐっはっああああああ!くっ、その年でもう盤外戦を習得しているというのか!しかし、将棋で戦うとなると一切の感情を持つなよ、少しでも動揺したら喰らわれかねない。
「太一君、銀子は本当に強いよ」
「いやいや、八一君も負けず劣らずでしょ?さて、振り駒の結果は―――僕が先手番か」
その時、対局が始まる。
場の空気が一様にして変わった。
どういう風に攻めるか…、そうだなまずは。
▲2六歩と指す。飛車先の歩をつく。これによって相手の出方を伺う。
銀子ちゃんは手慣れた手つきで△3四歩と指す。角道を開けた。
そこからはお互いに攻めらずに傍観に徹する。そこで俺は銀子ちゃんが右四間左美濃の形になっていることに気付いた。その年でその戦法を選択するのはかなり渋い。しかし、定跡もしっかりとしていて読みも深い。つまり―――才能がある。
師匠の言葉を真に感じ始めてきた。こちらが矢倉だとわかるとその戦法。
これは―――。
数十手進む。その間俺は『わざと』防戦一方の形にして圧倒的不利な形にもつれ込む。
八一は驚きの表情を浮かべて、師匠は俺を信じられないような目で見る。
銀子ちゃん顔つきは自身に満ち溢れており、勝ったと思っているだろう。
「これで、どうかな」
俺が打ったのは△5四金打つ。
「んなっ!」
銀子ちゃんが驚きの表情を浮かべる。その一手はこの不利な盤面を一撃でひっくり返すことが出来る一手。銀子ちゃんは狼狽えながら盤面を凝視する。
ゆらゆらと揺れて、次第に目が潤んできて―――え、潤んできて?
「ううううううううぅぅ!」
銀子ちゃんが瞳に涙を浮かばせながら盤面を睨みつける。ぽたぽたと涙をこぼすその姿に俺と八一と師匠が呆然とする。ここで桂香さんが様子を見に入ってきたら間違いなく俺は天に召されることだろう。
だが、これでいい。これでいいんだ。
彼女は才能がありすぎる。ゆえに、敗北を知らずに育ってしまい自身に対して驕りを持ってしまう。だからこそ、今の内に圧倒的存在が身近にいるということを知ってほしかった。
そう、だから大丈夫だ。心をしっかりと保て、八柳太一…!
「まけ、負けました…うぐ、ひっぐ…!」
それから数手圧倒的攻勢をひっくり返され敗北した銀子ちゃんは部屋の片隅で体育座りで落ち込んでいる。
心が、辛いです。
勝負に勝ってもそれ以外では負けた気分だ。
「銀子ちゃん」
俺が話しかけると顔を膝に埋めた銀子ちゃんの肩がビクッと震える。それもそうだ、さっきの戦いは完全な舐めプレイ。圧倒的強者であるからこそ出来た芸当。幼い子には酷なものがあるだろう。
「銀子ちゃんは才能がある。誰にも負けない棋士になれるほどの才能が、だから、これからも一緒に頑張っていこう」
「………本当?」
「本当さ、大丈夫。師匠もいい教えをするし絶対いい棋士になれる」
俺は手を差し伸べる。銀子ちゃんは照れくさそうにその手を取った。まさしく友情が育まれた瞬間である。
そして、俺は一件落着したと思った。そう思ったのだ。
しかし、そこには駒を並べて準備万端の師匠の姿があった。
「こい、太一。銀子を泣かしたその悪行成敗してくれるわ!!」
「え、僕奨励会について師匠とお話が…」
「そんなものは後ででよい!!!」
い、今までにない気迫。
俺は意を決して座る。
八一君と銀子ちゃんも俺と師匠の戦いに興味津々だ…。
その日の対局は師匠が強すぎたので運よく見つけた千日手でなんとか切り抜けました。あの強さ、やばいです。
右四間左美濃;矢倉の対抗策に使われる戦法。その名の通り左側を美濃囲い。右側を四間飛車で組み立てるものである。
豆知識;第1話の121手目△8一角打つは最近行われた藤井総太四段と佐藤天彦名人の棋譜がモチーフです。