九頭竜八一、復活。
その一文が将棋専門サイトの記事に書かれている。つい先日行われた帝位リーグ戦、神鍋歩夢六段との対局において異様な粘りを見せた竜王は402手という戦後最長記録を打ち立て勝利を収めた。
だが、それとは別に一つのことで賑わっている。
それは将棋の放送において幼女が出たということで、勿論あいちゃんのことである。
そして、今日の朝弟弟子から電話が来たわけだが…。
「研究会?」
「『はい、あいが提案してきて…。もしよければ兄弟子にも見てほしいんですが』」
あいちゃんの提案…だと…!行く、絶対行く。対局があるけど頑張って早く終わらせる。早指し?得意です。
「いいよ、けど銀子ちゃんにはお願いしないの?」
「『あ、姉弟子に!?できませんよ、それは!!』」
あー、確かあいちゃんと銀子ちゃんは波長が合わないんだっけか…。
「じゃあ、八一君の家に行けばいいんだよね」
「『すみません、本当にありがとうございます』」
「久しぶりに八一君と指せるし」
「『…今何と?』」
「え?だから久しぶりに八一君と指せるなって」
「『そ、そうですね!久しぶりに指しましょう!!』」
なんでそんなに慌ててるんだろうか。
しかし、研究会か…。八一君のことだ途中でスイッチが入っちゃうからね、ストッパー役である誰かがいなきゃ大変なことになる。
通話が切れた画面を見て、将棋会館へ行く準備をする。
心なしかその足取りは軽かった。
*
「ししょー、どうでしたか?」
「うん、いいよって言われたよ。けど、兄弟子と対局する羽目になっちゃったな…」
「お強いんですか?」
「あぁ。―――ここだけの話な、あい」
「はいっ!」
「姉弟子がいるだろ?あの人小さいころ兄弟子にコテンパンにやられて泣いたことがあるんだ」
「―――誰がコテンパンにされたって?」
「だから姉弟子がって…姉弟子ぃいいいいいいい!?なんでここに!」
「うっさい!頓死しろ、クズ!!」
そう、この会話をしているのは将棋会館前。
空銀子がいても可笑しくはない。
銀子は八一に対し若干の怒りを見せた後、あいのほうへ向き直る。
「こわっぱ」
「誰がこわっぱですか!おばさん!」
「―――兄弟子とやるなら気を付けることね」
そう言って空銀子女流二冠は将棋会館の中へ消えて行った。
「ししょー、今のはどういうことですか?」
「…姉弟子は昔から凄かった。4歳にして師匠を本気にさせる才能があったんだ。けど、兄弟子はその上から圧倒的な才能で押しつぶした。兄弟子がフォローしなければ将棋を嫌いになるほどに…。まぁ、そのことがあったお陰でより強くなったんだけどね。だから、あい。もし仮に兄弟子と対局しても自分を見失うなよ?お前は、竜王九頭竜八一の弟子なんだから」
「はいっ!肝に銘じておきます!!」
そして、ついにその時がやってきた。
俺は今八一君が住んでいるアパートの玄関前にいる。対局が思った以上に長引いてしまいもう日は暮れかけていた。
やはりここまで来ると思ったように将棋を指せてくれないな…。なんとか勝てたが最近気が緩んでいるのかも。
スーパーで買った食材を手に、俺は扉を開けた―――そこはまさしく天国だった。
「あっ、兄弟子!お疲れ様です」
「うわぁっ!太一二冠!!」
おぉ、あの子は澪ちゃんじゃないか!そしてメガネを掛けた女の子、貞任綾乃ちゃん、そして…あの金髪の子…ッ!なんだこの孫力は!?10万、20万、30万、…どんどん上がっていくぞ!!!!!!彼女はやばい、まともに相手した瞬間、俺が俺じゃなくなってしまう…。
部屋に行き、なるべく彼女を視界に納めないようにして辺りを見回す。
女子小学生が4人、おい八一君これ世間に知られたらまずいぞ。
ん?なんか背中に感触があああああああああああああああっっっ!!しまった!彼女に接近されていた!!!
「しゃうおっとぃずぁーうですっ」
わお、横文字は苦手なんだ。
そんなことを思っていると綾乃ちゃんがフォローしてくれた。
「彼女はシャルロット・イゾアールちゃんです。フランス人学校に通う一年生です。私たちはシャルちゃんって呼んでいます」
「そうか、よろしくねシャルちゃん」
俺は動揺を見せないよう頭を撫でてあげる。くっそう…可愛いなぁ、もう…。だが、まだ保ててるぞ!この部屋の総合孫力はやばいな…。銀子ちゃんが居たらそれこそすべてを忘れ甘やかしていたのかもしれない…。―――まさか八一君はそれを知っていて…?(※勘違いです)
小学一年生だからか身長差もすごいので必ず上目遣いになるので破壊力が某ラスカルアニメにおいて砂糖を水で溶かしてしまい困惑する以上のものがある…!
「しかし、兄弟子。本当にありがとうございます」
「別にいいさ。あいちゃんの才能の凄さはこの前見させてもらったからね。それを導くのは僕たちみたいな大人の責任さ」
「よしっ!じゃあ皆!指そうか!!」
八一君の声に皆が気合の入った声で返事をする。
そこからは早かった。俺と八一君、二人で小学生たちの将棋の面倒を見る。だが、…やはりというかあいちゃんだけ飛びぬけているな。
対戦相手のシャルちゃんは楽しそうに指してていいが…これじゃあ少し練習にはならないだろう、シャルちゃんには悪いけど。
「八一君、次僕とあいちゃんで指していいかな」
「太一おじちゃんが指してくれるんですか!?ぜひお願いします!!」
「こらっあい!まずはその対局に集中しなさい!!」
「すっ、すみません!」
あいちゃんが対局中にこちらの会話が聞こえているというのは集中できていない証拠だ。
八一君も渋々頷いてくれた。
あいちゃんとシャルちゃんの対局が終わり、俺が盤を挟む。
「どうしよっかな…。まず2枚落ちでやろっか」
「負けませんよっ!」
あぁ、もうそうやって息巻く姿も可愛いなぁ…!
でも、油断はできない。本気で行かなければ。
「…負けました」
「ありがとうございました」
危な気なく勝てた。居飛車しか使わないため対策が楽だが…なんか腑に落ちない。もう一度だ。
「あいちゃん、もう一回。次は4枚落ちで」
「うぐっ…!は、い…!」
少し苦しそうだ。確か、今は研修会で負けなしだと聞く。久しぶりの負けだから堪えるものがあるのか。
4枚落ちでやってもこちらが優勢なのは変わらず、あいちゃんは何もできずに負けてしまった。
「…次6枚落ち」
「うぐっ…!ひっぐ…!」
「兄弟子、そろそろ寝る時間なので!ねっ!最後に俺が指導対局して今日は終わりましょう!!」
「あれ?もうそんな時間か、じゃあ頼むよ」
あいちゃんは盤に涙を零しながら駒を見つめる。――しかし、…あの時垣間見た才能はもっと凄かった。
一体どういうことだ…?
俺がいろんなことを考えているといつの間にか指導対局が始まった。
だが、あいちゃんは先ほどのショックから抜け出せないのかいつもより弱い攻めになっている。
八一君は4人の指導対局を終わると一人一人にアドバイスを送る。
「澪ちゃんは攻めが良いね。けど、自陣のバランスを考えたらもっと良くなるね」
「は、はいっ!」
「綾乃ちゃんも筋がいい。けど、もっと伸び伸びさしてもいいかもしれないね」
「頑張りますですっ!」
「シャルちゃんは…楽しそうに指すね!けど、マス目から駒がはみ出さなければもっといいよ」
「♪♡」
「あいっ!なんだ今の腑抜けた将棋は!もう一回!!次こんな将棋を指したら破門するからな!!!」
「はいっ!」
あいちゃんが目尻に溜めた涙を袖で拭いながら答える。
流石に敬愛する師匠から破門という言葉でたので先ほどの負けは気にする余裕がなくなったか。けど、八一君、君一回指導対局終わったら寝るって言ってなかった?
「あの~、これが終わったら寝るんじゃ…」
「寝たい奴は勝手に寝てろ!強くなりたきゃ一局でも多く指せ!あい、お前は強くなりたいか!?」
「はい!強くなりたいです!!」
「わ、私も!」
「澪も!」
「しゃうもー」
「よーしっ!今日は朝まで対局だー!!」
この後無茶苦茶将棋指した。
最後のほうは俺と八一君との対局であいちゃんたちはそれで俺たちが指すだろうという手を検討してもらった。勝敗は、まぁ…。
八一君が途中で寝落ちしてしまいうやむやになってしまった。
時計を見るともう午前5時、ほかの子たちもきれいな寝息を立てていて俺だけが起きていた。
みんなが風邪を引かないように布団をかぶせてあげる。シャルちゃんは八一君にくっついて離れなかった…。これ銀子ちゃん見たら大変なことになるだろうな。
というか、喉が渇いた。近くにコンビニがあったしそこで何か買っていこう。
だが、俺のあの結論に対してどうするか…。その結論とはあいちゃんが弱くなっていることだ。才能がある。けれど、その才能に皆が追い付いてくれない。つまり、高めあえるライバルがいないのだ。
はぁーと息を吐き、ズボンのポケットに手を入れると一枚の紙の感触が手に当たった。
そういえば…。
「これ、受けてみようかな」
つい先日、将棋連盟会長である月光聖市さんから頼まれた件の要項が書かれている紙に目を通す。
端的にいえば鍛えてほしい、彼女には才能があるということが書かれている。
最初名前を見た時はびっくりした。何て言ったって弟弟子の弟子の名前と一緒なのだから。
―――夜叉神天衣、9歳。
あいちゃんのライバルになってほしいという思いと共にあとで連絡を入れなければと心に強く決めるのだった。
なお、この後八一君の家に帰ったら銀子ちゃんが居た。それはもうひどかった。
ロリ王が誕生と言って小学生たちと一緒に寝ている八一君の姿を関係者にばら撒くといった瞬間の八一君の慌てようは面白かった。
永世ロリ王就位おめでとうございます。
天ちゃんのお爺ちゃんと太一君は仲良くなりそう。