勇者なんて、最低のクズがやる商売だ。
聞こえは良いが、やることは人殺しに変わりない。緻密に計画を立て、安全圏から獲物を狩る。狩られるのが魔王で、狩るのが勇者だ。その逆も勿論あるが、一般人から見れば何方もはた迷惑な存在だろう。
勇者免許を持っているか、いないか。違いはその程度でしかない。同じようにエーテルに頼り、それを善しとしているのだから。
勇者も魔王も例外なく、人を辞め、得体の知れない薬物を寄す処に生きるクズの集まりだ。
そう、だからこそ、ぼっちには相応しい。
日陰者らしく生きていくのに、これ以上適した職業はない。
将来の夢にプロ野球選手だとか、《メダリオン》キングだとか書いちゃうリア充は残念ながら俺の人生には関わって欲しくない。直視しただけで目が腐っちゃうレベル。あ、もう腐ってたね。
ところが、世の中そう上手くいかないらしい。
「なんでこうなったかな……やっぱ専業主夫が最強だった……人生設計ミスったな……」
空を見上げれば、分厚すぎる曇天が鉛のように重苦しく広がっている。時間帯としては夕方だろうが、雑多なビルの隙間を縫うように歩いているのも相まって、まともな光一つ届かない。埃や黴の匂いが充満して、どこからか役立たずの換気扇が空気を掻き混ぜる音がする。嫌な感じだ。
ネガティブな気分を処理するのには慣れてるし、今では一生ポジティブな気持ちにならないまであるので、気にも留めない。ただ、見慣れない景色が酷く不快ではあった。
自然と場所を移すべく早足になりながら、しかし宛もなく歩いている。人気のない路地裏を、浮浪者の如く。
俺は愛する妹、愛する千葉を離れて、東京にやってきていた──過去形だ。地元を出たのはもう、一ヶ月も前の話。
それは進路選択の都合でもあったし、マイフェイバリットシスター小町の強い希望でもあった。妹の懇願に、千葉の兄が逆らえるはずもあるまい。
「ごみいちゃんが勇者なんて目指したら、一瞬で魔王にこてんぱんにのされちゃうでしょ! せめて、きちんとした所で免許取って! ……そんで四肢の一本くらい失って諦めたら、帰ってくればいいよ。そしたら小町が面倒みたげる」
妹の信頼の篤さに、お兄ちゃん涙出そう。悲しい意味のね。
ただ、一番悲しかったのは 勇者養成機関──通称、アカデミーに入学するような面子が、大体リア充であったということだ。勇者なんて仕事をするのは、大概ごろつきが成り上がったような連中ばかりだというのに。
例外は文部省所属の《等外剣官》くらいだが、あっちは本格的な軍学校出身の奴が多いらしい。まあ、公務員だからな。
それに比べると、アカデミーは門戸を広く開いている。俺のような元一般人でも勇者候補生を名乗れるくらいには、だ。
勇者や魔王の代名詞であるエーテル知覚──その中でも特に強力な異能は、個人で戦況を覆しかねない。そういう才能の発掘の意味もあるのだろう。
とはいえ、才能だけではどうしようもない。今日も一人、俺のクラスから退学者が出たところだった。どこかで右腕を落としてきたらしい。命は拾えたようなので、儲けモノだと思う。
さらに最悪なのが、そいつと俺は同じ寮で暮らしていること。
勿論俺はぼっちなので、交流があるわけではない。だが、お通夜じみた退寮の雰囲気は苦手だ。なんとなしに彷徨っているのは、それが理由だった。
無計画に歩を進める俺を、制服の左ポケットに収められた携帯が諌めた。バイブレーションの意味するところは多分、「早く帰れ」だろう。
だが、丁寧に認められた教師の小言を見るまでもなく、俺は足を止める。背後に気配を感じたからだ。
どこか陰湿で、獲物を甚振ることを考えている。そう、稚拙な殺意だった。
ぼっちは気配に敏感だ。それが敵意に類するものなら、まず感知できる。E3によって鋭敏化した五感なら、尚更。
俺は携帯を取り出すような素振りをして、明確に襲撃者に対して隙を晒す。
すると、予想通りというべきか、暗がりから敵が現れた。風切り音。弾丸のような速度で、狙いはおそらく背中を一刺し。
事前に足裏に込めていた力を開放する。身を捻って刺突を躱すと同時、エーテル知覚を発動させた。いや、常に発動しているといっても過言ではない。
肥大化した攻撃衝動が抑えつけられ、理性によって否定され続ける──だが、それがぼっちの本領だ。
俺の世界は、理性で出来ている。
相対した男の双眸が、驚きで大きく見開かれた。一瞬の硬直。E3を用いた者達の戦いでは、僅かな驚愕や焦りすら致命傷に繋がる。既に男の首は、俺の剣の間合いにあった。
しかし、生半可な攻撃は意味がない。刃物による裂傷程度であれば、肉体が繋がっている限りすぐに治癒してしまう。故に、狙いは斬撃。その身体を切り離してやること。その点で言えば、刺突を狙ったこいつは見習い未満の俺よりも弱い。或いは、単に人間を痛めつけるのが趣味の人格破綻者かだ。
小芝居を打ったのは当然ブラフ。端末の代わりに俺の右手が握ったのは、奇妙な形をした剣だった。
柄や鍔こそ平凡な身なりだが、刀身の先端が丸まって潰されている。剣尖以外は異様な鋭さを持ってして、獲物の首元に喰らいつかんと、鈍くきらめく。
男は驚愕を顔に貼り付けたまま、二度とその表情を変えることはない。
エグゼキューショナーズ・ソード──処刑人の剣。
その名に相応しさを示すかの如く、いとも容易く人の命を狩り取った。
断面から舞う鮮血が俺の衣服を汚す。主を失った身体は速度を維持したまま壁にぶつかり、さらに派手な絵の具を撒き散らした。エーテルにすら見放されれば、盛大に皮が裂け骨が砕けるのもやむなしだ。
小さな溜息と共に、俺は制服のクリーニング方について考えを巡らせる。
ともあれ、終わってみれば一合だ。驚くほど平易な相手だったというべきか、或いは所詮候補生と舐められたか、もしくは──
「観察目的……なんだろうな」
実を言うと、最近この手の事件が増えている。アカデミー候補生を狙った襲撃だ。片腕を失くしたクラスメイトは、正直戦いそのものに向いていない人間だった。エーテル知覚に憧れただけのミーハーな一般人だったと言ってもいい。しかし、それでも命は拾っていた。
どこの魔王か知らないが、相当に弱い眷属を鉄砲玉として使ってアカデミーの調査をしている奴が居る。
どうにも面倒くさそうな話で、内申が増えそうな気配もない。
やはり今からでも専業主夫に転向しようかと、俺は肩を落とした。
八幡は総武校に行かなかった設定です。