「さぁ、いよいよ彩南祭まであとわずか! 各自、与えられた準備をしっかりやってくれ!」
実行委員の猿山の言葉にクラスの皆は準備のためにそれぞれの場所へ散って行く。
彩南祭が近くなってきたため、最近の授業は午前のみで昼飯を食べてからは放課後まで準備時間となっていた。
「というか、やはりこの高校は遊んでばっかりじゃね?」
いくら文化祭のためとはいえ、一週間も前から午後の授業を準備時間にするとか今まで行ったことある世界でもなかったことだ。
もっとも、この世界ではそれが常識なのかもしれないが、勉強時間をそんなに削る必要もないと思う。
「トシアキ、一緒に準備しよ?」
文化祭という行事を楽しみにしているのか、笑顔のままララが声を掛けてきた。
俺自身、なにをすればいいのかわからなかったのでララの提案はありがたい。
「ララちゃん、こっちこっち!」
俺がララに返事をする前に猿山がララを別の場所へ呼んでしまった。
「トシアキにはもう、別の作業があるんだ」
「えっ、そうなの?」
俺に確認を取ってくるララだが、俺もそんな話は初めて聞いたのだ。
困惑している俺を放って、猿山はララを別の場所へ案内する。
「ララちゃんはむこうのチームに参加してくれ」
そう言ってララを別の場所へ連れて行った猿山は俺のもとへ戻ってくる。
「というわけでトシアキ、教室の飾り付け頼むぜ。 西連寺と」
「わかったよ」
そんな猿山に言われた準備を行うため、俺は一人で作業している西連寺のところまで足を運んだ。
「・・・・・・やだなぁ」
「西連寺」
近づいてみると、ため息を吐きながら作業をしている西連寺の声が聴こえた。
何やら悩んでいるようだが、とりあえず準備を手伝うために声を掛ける。
「えっ!? あっ、結城君」
「猿山に言われて手伝いに来た。 俺は何をすればいい?」
猿山には教室の飾り付けをしてくれと頼まれたが、何をどうすればいいか俺にはわからない。
そこで最初から作業をしている西連寺に指示してもらおうと思ったのだ。
「えっと、この飾りを上に付けてくれる?」
「わかった」
西連寺から渡された飾りを椅子に乗って、教室の上へ付けて行く。
下から西連寺が次の飾りを渡してくれているので楽に付けることが出来る。
「ところで、さっきは何が嫌であんなこと言ったんだ?」
黙々と作業を行うのもなんなので、先ほど西連寺が呟いていた言葉の理由を聞いてみた。
「えっとね、本番の時に着る衣装がちょっと・・・・・・恥ずかしいから」
本当に恥ずかしいと思っているらしく、頬を赤らめながら俯いた西連寺。
仲のいい籾岡や沢田のように割り切ればいいと思うのだが、そう簡単にはいかないらしい。
「そうか。 俺は可愛くて似合ってると思ったんだけどな」
前のお披露目の時に西連寺とは目が合ったが、その時も本当にそう思ったのだ。
「えっ!?」
俺の言葉に驚いて顔を上げた西連寺と視線が合う。
丁度、話を聞くためにしゃがんでいたのでかなり近い位置で見つめ合ってしまった。
「でも、本当に嫌ならそう言えよ? 猿山には俺から言ってやるし」
だが、真剣味を出すために西連寺から視線を逸らさずそう言ってやる。
「う、うん。 でも、大丈夫。 頑張るから」
俺の真面目な表情を見たためか、西連寺もそう言って頷いてくれた。
といっても、見つめ合うのが恥ずかしかったのか、頬を染めてしまい最後の声は小さかったが。
「あっ、飾り付け用の布がなくなっちゃった」
「俺が買ってくるから、少しの間頼むな」
なんだか俺と西連寺にクラスメイトの視線が集中してきたので、俺はその場を抜け出して教室を出た。
教室を出て見ると目の前に巻き髪の可愛らしい女子生徒が俺の行く手を塞ぐ形で立っていた。
「ちょっと、そこのアナタ!」
避けて通るつもりだったが、声を掛けられては仕方がない。
俺は声を掛けてきた女子生徒の前で立ち止まった。
「二年B組、天条院沙姫! この私が付き合ってあげてもよろしくてよ?」
「本当か? なら頼むよ」
まさか学年が違う先輩が俺たちのクラスの買い出しに付き合ってくれるとは思っていなかった。
何処の店が安いとか、品揃えが良いとか俺にはまったくわからないから正直助かる。
「ほーほっほっほっ! どうやら私の魅力がわかったようですわね!」
「ほら、いいから行くぞ。 先輩」
買い物に付き合ってくれると言っていたのになかなか動こうとしないので、先輩の手を引っ張って俺は歩き出した。
「ちょ、ちょっと、そんなに慌てなくても・・・・・・」
後ろで先輩の慌てた声が聴こえるが、俺は無視して進む。
校門を出たところで目の前に大きくて長い車が止まっているのを見つけた。
「大きいな・・・・・・こんな車、どこの金持ちが乗ってんだよ」
「お疲れ様でした、沙姫様」
俺が眺めていた車からこの前に出会ったポニーテールの女の子が出てきた。
そして、俺の隣にいる先輩に言葉を掛けて頭を下げる。
「お荷物をお持ちしますね」
さらに反対側のドアからは眼鏡を掛けた女の子が現れ、先輩の鞄を持つ。
「・・・・・・」
どこの金持ちの車かと思えば、まさかこの先輩の車だったとは思わなかった。
「どうかしたんですの?」
「いや、なんでもない」
俺が唖然としていたのを見て先輩が声を掛けてきたが、俺は平然を装う。
ポニーテールの女の子と視線が合ったので一応、声を掛けておく。
確か、二年の九条凛と名乗った先輩だったはずだ。
「どうも、九条先輩」
「むっ? 君は・・・・・・」
九条先輩は俺の呼びかけで気付き、そして最近会ったことを思い出したようだ。
「あら? 凛と知り合いでしたの?」
「まぁ、色々あってな・・・・・・」
途中に天条院先輩がそう尋ねてきたので、俺は含みのある言い方をして誤魔化す。
九条先輩も俺の答え方に特別なことは何も言ってこなかった。
ただ、俺の天条院先輩への話し方が気に入らないようでコチラを睨んではいるが。
「まぁ、構いませんわ。 ところで、何処へ行くんですの?」
天条院先輩は特に気にした様子もなく話題を切り替えてきた。
俺としては普通にコンビニでも構わないのだが、安い店が他にもあるかもしれない。
「ちょっとクラスの出し物で布地を買いに行きたいんだけど」
「そんなことですの? 綾」
「はい、沙姫様」
俺の言葉を聞いた天条院先輩は眼鏡を掛けた女の子にどこかに電話を掛けさせた。
そして数分もしないうちに大型のトラックが二台ほど目の前に到着し、荷台が上下にパカッと開いていく。
「おっ? おぉおぉ!!」
最初は意味がわからず首を傾げていた俺だが、荷台が開き終わるとそこには綺麗な布地が多彩に整然と並んでいたのだ。
「さぁ、好きなものを好きなだけ持って行きなさい!」
どうやら先ほどの電話でこのトラック二台を呼んだらしい。
確かに大きくて長い車に乗るほどの金持ちならこのくらい簡単なのだろうけど。
「えっと、いいのか?」
「何も気にする必要はありませんわ! お付き合いする殿方の為ならばお安い御用ですわ」
お付き合いする殿方って、俺のクラスに居るのだろうか。
だが、教室の前で待ち伏せし、さり気なく俺たちのクラスを手伝おうとしている所をみるときっとそうなのだろう。
「サンキュー、助かる。 これで皆、喜ぶよ」
とりあえず、そのクラスメイトの代わりにお礼を言っておくことにする。
勿論、こんな良い布地を貰うのだから笑顔での対応だ。
しかし、今までクラスの奴らにあまり興味がなかったけど、今度から気にしておくことにしよう。
「あっ・・・・・・こ、これくらい簡単ですわ」
先ほどから大きな声で話していたからか、興奮で顔を赤くして最後には声が小さくなっていく。
そんな天条院先輩を横目に、今使っている布地を手に取る。
「それじゃあ、これを貰って行くな」
「え、えぇ。 構いませんわ」
どこか上の空状態の天条院先輩だが、俺の言葉にはキチンと返事をしてくれる。
「ありがとうな、天条院先輩。 お礼はまたいつか必ずするから」
教室では西連寺も待っているだろうし、ララや猿山が暴走しないか心配でもある。
そんなわけで俺は必要な布地を手にその場から立ち去ることにした。
「お、お待ちなさい!」
「ん?」
再び大きな声で天条院先輩に叫び呼ばれたので俺は立ち止まって振り返る。
「わ、私のことは沙姫とお呼びなさい」
ふむ、どうやら一連のやり取りで名前を呼んでもよくなったらしい。
せっかくなので別世界で出会った少女にしたことを沙姫先輩にもしてみた。
「それでは沙姫先輩、このお礼は今度必ず」
彼女の前で跪き、右手を引き寄せて手の甲にソッと口づけをかわす。
そして、今度こそ教室に向けて足を進めたのであった。
教室に戻った俺は暇そうにしている西連寺のもとへ布地を持って行く。
飾り付け用の布地がないのだから何も出来ないわけだからな。
「西連寺、布地持って来たぜ」
「あっ、結城君。 おかえりなさい、早かったね」
俺に気付いた西連寺は笑顔で出迎えてくれて、傍まで駆け寄ってきた。
「ちょっと色々あってな・・・・・・」
「色々?」
この台詞は今日で何回目だろうか。
そんなことを考えながら西連寺に持ってきた布地を手渡す。
「ほら、コレ。 これで作業できるだろ?」
「う、うん。 でもこれ、凄く良い布地だよね」
流石は沙姫先輩、文化祭に使う材料でも良い品物を渡してくれたようだ。
やはりこのクラスに沙姫先輩の想い人がいるのだろうか。
「まぁ、いいじゃねぇか。 早く準備してしまおうぜ」
「う、うん」
沙姫先輩の事情は話すことではないので俺は無理矢理話を打ち切って準備をするように促した。
西連寺もそれ以上深くは聞いてこなかったので、二人で飾り付けに取りかかることになった。
しばらく経った後、飾り付けを終えた西連寺は他のクラスメイトの手伝いをしている。
俺は何をしているかと言えば、沙姫先輩の想い人探しだ。
「・・・・・・」
もっとも、やることが無くなったので暇を潰すためにしているだけだが。
しかし、眺めていてもそれらしい人物は見当たらない。
俺は雉島、犬飼、猿山くらいしか話す男はいないのでよく知るわけもないのだが。
「・・・・・・帰るか」
皆が楽しそうに文化祭の準備をしている様子を見て、この世界の俺だったらあの中に入っていたのかと考えてしまう。
今の俺が楽しんでも構わないのだが、ここにいる皆に申し訳ない気がする。
なぜなら、俺は本当の『結城トシアキ』ではないのだから。
~おまけ~
私は彼が去って行った背中を見つめてしばらくその場に佇んでいました。
我に返ったのは凛と綾に呼ばれたからです。
「沙姫様」
「沙姫様?」
始めは綾からの呼びかけ、二度目は凛が私の顔を覗きこむような形で声を掛けてようやく気付きました。
「えっ、あっ、な、なにかしら?」
「彼が戻ったため呼び付けたトラックは撤退させました」
「そ、そう・・・・・・」
綾からの報告に私は頷くだけにとどめます。
それにしても、先ほどから彼の笑顔が頭から離れませんわ。
「沙姫様、お車へお乗りください。 今日はこれから先生方とのお食事会があります」
凛はメモ帳を見つめながら私のスケジュールを教えてくれます。
先生とのお食事会と言っても、お父様が参加出来なくなったから変わりに行くだけのものなのですけど。
「そう言えば凛、彼の名前はなんていうのかしら?」
最初は彼のクラスに転入してきたララ・サタリン・デビルークとかいう人物が私を差し置いて学園で一番魅力がある生徒だと聞いたので調べたのがきっかけでした。
彼女の婚約者である彼を私が誘惑すれば彼女より魅力があると証明できるだろうと考えていたのです。
「はっ、彼の名前は結城トシアキ。 彩南高校一年の生徒です」
「結城、トシアキ様・・・・・・」
廊下でトシアキ様を呼びとめたときは何とも思っていませんでした。
でも、ララという人物に勝つため、私はトシアキ様と付き合うことにしました。
返事をくれたときは彼女に勝ったという気持ちが大きく、つい彼の望み通りに物資を渡したのですけど。
「・・・・・・」
車に乗り込んだあと、綾と凛も共に乗り込みます。
そして静かに発進した車内で私はあの時の笑顔を思い出します。
去り際に触れたトシアキ様の手と唇の感触もまだこの手に残っています。
「トシアキ様・・・・・・」
お父様、お母様。
私、天条院沙姫は年下でも頼りになる殿方に恋をしてしまったようです。