『精霊』たちのおかげで台風が日本から逸れたため、無事に行われることになった臨海学校。
旅館に到着した俺たちはさっそく自分たちに宛がわれた部屋で浴衣に着替えた。
「んじゃ、さっそく風呂に行くか」
4人で1部屋のここでは俺と猿山、犬飼と雉島の4人が部屋のメンバーだった。
ちなみにウチのクラスは男子が16人、女子が16人の計32人である。
まったくどうでもいいことだとは思うが、部屋は4人ずつで計8部屋となっているのだ。
それで、同室の犬飼は着いた途端にゲームを始めたのでどうやら風呂には行かないらしい。
「ここは温泉だったよな? 楽しみだ」
「ん? 結城、お前そんなに楽しみだったのか?」
雉島がそう言って俺に話しかけてくる。
俺と話すのを最初は怖がっていたみたいだが、猿山が普通に話しているのを見ていて平気だと思ったらしい。
「あぁ、温泉は好きだ。 露天とかあったらもう最高だな」
俺としても敵意を持っていない奴に警戒するほどではないので、普通に学友として返事をする。
それに顔と名前を早く覚えてやらないといけないしな。
「おっ、わかってるなトシアキ。 やっぱ覗きといえば露天だよな!」
「は?」
俺の言葉に反応したのは猿山で、興奮しているのか鼻息が荒い。
というか、そんな顔で俺に近づくなよ。
「「風呂といえば覗き! 覗きといえば露天! だろう!?」」
いや、『だろう!?』とか言われても、俺は特に興味はないのだが。
というか雉島、お前まで猿山と一緒になって何を言っているのだ。
「というわけで行くぞ!」
どういうわけか猿山と雉島に連れられて大浴場へと到着した俺。
まぁ、風呂には入るつもりだったので別に構わないのだが、覗きをするために来たわけではないと言っておこう。
「はぁあぁ・・・・・・いい湯だ」
温泉に浸かりながら俺はそう呟く。
やっぱり大きい風呂、しかも温泉となれば格別だ。
「くっ、あともう少し・・・・・・」
女子風呂との境界線となっている岩山を登っていた猿山がそう言って一番上の岩に手を掛けていた。
大浴場に来てまだ間もないのにあそこまで登ったのか、素早い奴だ。
「仕方ない」
一緒に温泉に浸かっていた『精霊』たちにお願いして、女子風呂との境界線辺りに湯気を立ち上らせるようにした。
これで覗きこんでも全く何も見えないだろう。
「きゃあぁあぁ!! のぞきよ!!」
「なに?」
湯気の為、お互いが見えなくなっているはずなのに女子風呂の方から叫び声が聴こえてくる。
まさか猿山たちの方が、湯気が立ち上るよりも先に顔を出したのだろうか。
「こんなところに校長がいるわ!!」
と思ったが、どうやら犯人はあの校長らしい。
それより、どうやって女子風呂へ侵入したのか気になるところだ。
まさか、生徒が入る前から待っていたわけでもあるまい。
「まぁ、いいか。 校長がボコボコにされている音を聞けばあいつらも諦めるだろ」
案の定、ゆっくりと降りてきた猿山と雉島は静かに温泉に浸かり、二度と覗きに行くことはなかった。
その後、露天風呂を堪能した俺は上機嫌のまま部屋に戻ることが出来た。
反対に覗きに失敗した猿山と雉島はかなり落ち込んだようだったが、事が事なので慰めることはしなかった。
***
「さて! 今から肝試しのペアをくじ引きで決めます!」
相変わらず派手な服装で元気よく話している我が校の校長。
しかし、顔が腫れあがっているところを見ると、先ほど女子から受けたダメージが残っているらしい。
「肝試しか・・・・・・」
高校生にもなって肝試しという行事を行うことに不思議を感じたが、一応全員参加行事なので参加することにした。
「各クラスの男女それぞれでくじを引き、同じ番号同士がペアになります!」
校長の言葉に従い、クラスの皆はくじ箱の前に並ぶ。
俺自身は相手が誰でもよかったので最後まで動かず、他のクラスメイトのペアになった奴らを眺めていた。
「おっしゃあぁ!! ララちゃんとペアだ!」
眺めていると猿山が嬉しそうに大声で叫んでいた。
他にも嬉しそうにしている男子が数人いる。
女子も女子で、相手の男子を見て嬉しそうに微笑んでいた。
「っと、俺の番か」
箱の底に残っていた紙を引き抜いて中身を確認する。
番号を確認した俺は未だペアがいない一人の女子を探す。
「西連寺、引いた番号は5番か?」
俺は一人で周囲を見渡していた西連寺に声を掛ける。
「えっ!? あ、うん。 もしかして結城君も?」
ビクッと身体を震わせるも俺だと気付いたのか、安心した様子で引いたくじを見せてきた。
「あぁ。 よろしくな」
俺も引いたくじを見せ、挨拶をしておく。
クラスメイトの女子で顔と名前が一致する相手はまだ少ないのだ。
「よ、よろしく」
そんな俺の態度が怖かったのか、オドオドした様子で俺の隣に並ぶ西連寺。
そうしていると肝試しが始まった。
俺と西連寺は5番だったので早めのスタートとなり、鳥居をくぐって歩き始めた。
「この一本道を500m進んだ所にある神社の境内がゴールだってよ」
「・・・・・・」
唯一の明かりとなる提灯を俺が持ち、鳥居から続く一本道を歩く。
西連寺もペアなので一緒に進んでいるが、歩幅が狭くて随分と遅い。
「西連寺?」
「えっ!? な、なに?」
振り返って声を掛けて見ると、先ほどと同じくビクッと身体を震わせる西連寺。
「・・・・・・もしかして、怖いのか?」
「じ、実は私、ダメなの・・・・・・オバケとか、ユウレイとか」
涙目になった西連寺はそう言って俺を見つめてきた。
ララといい西連寺といい、意外と女の子の涙目は普段との違いが可愛く見えてくるから不思議だ。
先ほど驚いていたのも、俺が怖いんじゃなくてこれからの肝試しが怖かったんだな。
「仕方ないな、ほら」
俺は提灯を持っていない左手を西連寺に差し出す。
「えっ?」
手を差し出された西連寺は俺の手と俺の顔を戸惑った様子で交互に見つめる。
「俺の手に捕まって目を閉じてろ。 そうすればゴールに連れてってやるよ」
「えっと・・・・・・」
「まぁ、俺みたいな男に触れたくないってんなら話は別だが」
何やら迷っている西連寺にそう言ってやる。
迷っている理由がそれなら流石の俺でも少し傷つくが。
「い、いいの?」
今度は俯いた状態で視線を上げて見つめてくる。
先ほどの涙目と重なって、見事な上目遣いだった。
「俺は別に構わない。 ただ、さっき言ったように西連寺が嫌なら・・・・・・」
「い、嫌じゃない! 嫌じゃないよ!!」
俺の言葉を遮って西連寺の大きな声が辺りに響いた。
自分の大きな声が恥ずかしくなったのか、頬を赤くして俯いてしまう。
「ったく、仕方ないな」
いつまでたっても行動しようとしない西連寺の右手を俺から繋いでやる。
「あっ・・・・・・」
「嫌じゃないんだろ? 嫌ならいつでも離していいからな」
「ううん、ありがと」
俺の言葉に首を振って否定した西連寺はそのまま両手でギュッとしがみ付き、目を閉じた。
「まぁ、一本道だから大丈夫だと思うが、コレも貸してやるよ」
「えっ? あっ、クラシック音楽」
ここに来るまでのバスの中で話す相手がいなかった俺はずっと音楽を聞きながら眠っていたのだ。
その時の小型音楽プレイヤーを西連寺に貸してやる。
「一応、俺のお気に入りだから失くすなよ? 音楽を聞きながら目を閉じてたらゴールしてるから」
それだけ言って、俺は止まっていた足を進めた。
先ほどから隣の林の中で先生が早く行けと指示しているのが気になっていたのだ。
おそらく、俺たちが止まっていた所為で後ろの奴らがスタート出来ないのだろう。
「・・・・・・ありがと」
「ん? 何か言ったか?」
先生に気を取られていた俺は西連寺が何を言ったのか、聴き取ることが出来なかった。
「・・・・・・」
俺の聞き返した言葉も、音楽を聞いて目を閉じている西連寺には聴こえなかったようで、無言のままゆっくりと足を進めている。
「まぁ、いいか」
俺は特に気にしないことにして西連寺が転ばないように気を付けながらゆっくりと進んで行った。
途中、先にスタートしたクラスメイトたちが引き返してきたり、驚かす役をしている旅館の人たちに遭遇したが、俺は気にせずそのまま足を進めた。
西連寺も本当に音楽に集中しているのか、終始穏やかな表情のままゴールまで辿り着いた。
「ゴールおめでとう! 今年の肝試しの達成者は今のところキミたちだけだ」
いつの間に移動したのか、スタートの位置に居たはずの校長が俺と西連寺を拍手で迎えてくれた。
後ろには旅館の人たちも数人いるのが確認出来た
というか、こんなにここに人が居て旅館は大丈夫なのだろうか。
「そうなのか。 だが、まだ居るかもしれないんだよな?」
「そうだね。 君たちが最初にゴールしたということだよ」
俺の言葉に律儀に返事をしてくれる校長。
しかし、俺は敬語を使っていないのだが、いいのだろうか。
「終わったらどうすればいい?」
「うん? ここで友達たちを待っててもいいし、先に旅館に戻っても構わないよ?」
それだけ答えて、校長は旅館の人たちが集まっているテントへ向かって行った。
おそらく、あそこで色々と準備をしたり、何かあった時の為に備えているのだろう。
「西連寺、もう終わったぞ」
未だに目を閉じて俺の左腕にしがみ付いていた西連寺の肩を叩いて教えてやる。
「えっ? なに? 結城君」
イヤホンを外して、俺の顔を見つめる西連寺。
「終わったんだよ、肝試し。 ここがゴールらしい」
「そうなんだ・・・・・・あっ! ご、ごめんなさい」
ゴールに到着して安心した西連寺は今の状態に気がついて慌てて俺から離れる。
「ここで友達待っててもいいし、旅館に戻ってもいいらしいけど、どうする?」
俺から離れた西連寺だが、何故だか頬が赤くなっていた。
風呂上がりに外へ出たから湯冷めでもしたのか。
「わ、私は里沙と未央を待ってるね」
西連寺の言う里沙と未央が誰なのかわからないが、友人を待つならそれで構わないだろう。
「んじゃ、俺は戻るな」
西連寺に背を向けて旅館の方へ向かって歩き出す俺。
その日は結局、他にゴールする者がいなかったようで、俺と西連寺のペアが唯一の達成者だったらしい。
ちなみに途中で本物の幽霊が出たという噂が旅館の人たちの間で広まったが、未だに原因は謎のままらしい。
~おまけ~
結城君が旅館に戻っていく背中を見つめながら私は自分の頬を押さえて俯く。
押さえた頬は熱く、きっと鏡で見たら真っ赤になっていることだろう。
「お化けが怖かったからってあんなこと・・・・・・」
歩いている間、ずっと結城君の腕にしがみ付いていたことを思い出してまた頬が熱くなる。
「・・・・・・そう言えばお風呂で未央が」
旅館に到着してすぐに入ったお風呂で未央が
【この臨海学校の肝試しで最後までたどり着いたペアは必ず結ばれてカップルになるんだって!】
と、そんな風に言っていた。
「わ、私と結城君がカップル・・・・・・」
そう考えると夜風に当たって冷めてきた頬が再び熱くなる。
私は何回頬を熱くしているのだろ、と考えていたけど、次々とリタイアしたクラスメイト達が集まってきたのでその思考は停止させる。
「春菜、どうだった?」
集まってきたクラスメイトの中に私が待っていた里沙と未央もいて、私を見つけた里沙が声を掛けてくる。
「うん、ちゃんとゴールできたよ」
「おぉ! ということは、春菜はペアの人とカップルになるんだね!」
私の言葉に未央が目をキラキラさせてそう言ってくる。
「そう言えば、春菜のペアって誰だっけ?」
「結城君だよ、結城トシアキ君」
私がそう答えた瞬間、里沙と未央のテンションが下がっていくのがわかった。
「あぁ、結城ね」
「結城かぁ。 春菜、大丈夫?」
「えっ? 大丈夫ってなにが?」
一瞬なにを言われているのかわからなかったけど、気になったのですぐに聞き返してみた。
「だって結城、なに考えてるかわかんないし」
「こないだも、上級生の人と言い争っているのを見たって聞いたよ?」
私は同じ中学校だったので、結城君がどんな人なのかわかっていたけど、高校で初めて結城君に会ったらそういう風に見えるんだ。
「ううん、結城君は優しくて、凄く頼りになる人だよ?」
この前も貧血で倒れていた私を保健室まで運んでくれたし、それに今日も私の為に音楽プレイヤーを。
「あっ、これ、返すの忘れてた」
手に持っていた結城君の音楽プレイヤーを見て、思わず呟いてしまった。
「ふーん、春菜って結城のこと好きなの?」
しかし、そんな私の呟きは聴こえなかったようで、里沙は別のことを聞いてくる。
「ふぇ!?」
そんな里沙の声に私は素っ頓狂な声を出しながら視線を音楽プレイヤーから慌てて二人へ移した。
というか、また顔が熱くなっている。
このままじゃ気付かれそうなので、顔を見せないようにして旅館を目指して走った。
「あっ、コラ、待て!」
「さっきの話、聞かせてよ!」
走って旅館に帰った私は里沙と未央の追撃を適当に答えてはぐらかした。
ちなみに頬が赤かった理由は先ほど走った所為だということにしておいた。