<Infinite Dendrogram>~王国の双獣~ 作:烏妣 揺
第5話「ボーダーライン(前)」
□〈ノズ森林〉 ???
「はぁ、はぁ、はぁ、う、うぁっ!?」
木の根に足を取られて転ぶ。
膝をすりむき血がにじむが、立ち止まっていられない。
「あ~らら、だぁいじょおぶぅ?」
慌てて立ち上がると、上の木々の間から厭らしい声が聞こえる。
ブオンと風のうめき声がしたと思ったら、さっき私が足を取られた根が粉々に砕け散った。
「早く走り出さないと、足もいじゃうよ?」
厭らしい声が忠告する。
「ッ!?」
私は涙を拭いて走り出す。
決してその声に追いつかれないように。
永遠の命を持ち、特別な
怖い<マスター>たちから搾取される側なんだ。
現に今も恐ろしい<マスター>がいる。
恐ろしい<エンブリオ>を使って、私を追い立ててる。
ブオンとまた音がした。今度はつま先の地面が砕けた。
私は驚いて立ち止まってしまう。
「・・・・・・いい加減、遊ぶのも飽きてきたな」
王様も騎士様もみんなみんな、この前の戦争で<マスター>にやられてしまった。
「じゃあね、ばいばい。恨むなら、非力なNPCであることを恨めよ」
頭上で死刑宣告が下る。
あぁ、私の命はここで終わるのか。
迫りくる”死”はとても怖くて、歯ががちがちと音を立てる。
その”死”から必死に目を背けようと固く目をつぶる。
ブオンという音が”死”を運んでくる。
―――いいや、
死の風が私の命を刈り取ろうとした瞬間。
何かが私を庇った。
「・・・・・・え?」
恐る恐る目を開くとそこには―――。
□〈ノズ森林〉 【騎兵】セブン
「全く、弱い者いじめとは感心しないな」
「あぁ、全くだ」
俺たちが珍しく〈ノズ森林〉でクエストを消化していると、遠くから小さな悲鳴が聞こえた。
試しに様子を見に行くと、そこで12歳くらいの少女がうずくまっていた。
どうしたのかと思い、駆け寄ると【殺気感知】に反応があり、ガードをするとブオンという音と共に不可視の攻撃が当たった。
そしてこれは<エンブリオ>による攻撃だと感づいた。
「これってあれだろ? 幼気なティアンの子を一方的に虐めてるってことだろ?」
「さすがに性格悪すぎじゃない?<マスター>さん?」
コルヴァスとアイコンタクトを取りつつ、相手を挑発してターゲットをまず少女から俺たちに移す。
この手の輩は煽り耐性がないと相場が決まってる。だからすぐに挑発に乗って―――
「うっぜーな、俺の楽しみ邪魔してるんじゃねーよ!!」
―――ほら、乗ってきた。
ブオンと風の音がして、何かが俺の腕に巻き付く。
「・・・なるほど、糸の<エンブリオ>か」
「おとなしく俺のアラクネの餌食になりなぁ!!」
なるほど、コイツはアラクネというらしい。
よかった。実によかった。どうやら
「ネメアー、来い!」
そういって左手の紋章からネメアーを召喚するとすぐさま騎乗。
そしてつい最近、到達形態:Ⅲに進化することで覚えたアクティブスキルを発動する。
「《
このスキルは、SPを消費することで助走なしで最大速度を出す効果がある。つまり、急加速だ。
で、腕に巻き付いた糸でつながっている状態で、片方が急加速したらどうなるか?
―――当然、こうなる。
「ぎゃああああああああばばばばばばばb―――」
「はっはっは、何言ってんだわっかんねえぞ~」
加速した側がそうじゃない側を引きずり出して振り回す結果になるのは火を見るよりも明らかだった。
こいつはどうやら上の木の枝の中に隠れていたらしく、地上にいる俺が引っ張った結果落下ダメージを喰らった挙句、引きずり回されてその分のダメージも喰らってる。
「さて、そろそろいいかな」
「・・・・・・ぜぇぜぇ、この野郎覚えていやがれよ」
「よし、デスペナなるまで引きずり回すか!」
「す、すいません!そ、それだけは勘弁してください!」
急に慌てだしたソイツをみて虐める気がだんだん薄れてきた俺は、仕方ないから解放することにした。
「ほら、もう弱い者いじめすんじゃねーぞ」
「は、はいすいません!――――――くっそ、覚えてろよ!!」
素直に返事して去っていくのかと思えば、盛大に負け惜しみを言って逃げてった。
最初から最後まで、徹頭徹尾小物だったな。
「・・・正直、お前みたいなの覚えとく自信ないな」
そうつぶやき、ネメアーに乗り踵を返して元の場所に戻ると、コルヴァスが件の少女に《ヒール》をかけていた。
「大丈夫? もともと大した怪我はなかったみたいだけど・・・」
「は、はい。大丈夫です」
「そう、それはよかった」
そう言ってにっこり笑うコルヴァスに近づいて声をかける。
「アイツ、懲らしめといたぞ」
「デスペナにでもしたの?」
「いいや、そこまではしないで解放してあげた」
「そっか・・・」
そういうとコルヴァスは少女に向き直る。
「君はどうしてこんなところにいたの? モンスターもいるし危ないよ?」
「・・・その、薬草を」
「薬草?」
「た、高く売れるんです。けど、安全なところにはもうあまり残ってなくて・・・」
「あ~なるほど」
「ちなみになんて薬草?」
「て、ティエラ草って名前で、あ、これです」
そういって少女は籠から、現実のゼンマイに似た植物を取りだす。
それを見た俺たちは―――
「「あ~」」
―――と、微妙な反応をした。
このティエラ草の採取クエスト、実は最序盤に一度受けたことがある。
実はこの薬草は王都近郊の狩場にはだいたい生えているもので、クエスト報酬もそんなに旨くないのだ。
あのくらいの値段を”高額”という少女の生活があまりにも俺たちと違いすぎて、少々心が痛む。
「そうだ!良ければオレたちも手伝うよ!」
「え?」
「ちょ!?」
コルヴァスはどうやら俺以上に心を痛めたらしく、唐突にそんなことを言い出した。
驚いた俺はこっそりと耳打ちをする。
「(いや、面倒ごとを勝手に増やしてどういうつもりだよ!?)」
「だってかわいそうじゃん。手伝ってあげようよ」
「(いや所詮
「関係ないよ、困ってるのにほっとけない」
俺たちは、ゲームをしているんだ。慈善事業をしに来ているんではない。それを分かっているのかコイツは。
「・・・・・・あの、大丈夫です」
俺がコルヴァスを説得する言葉を探していると、その少女がそう切り出した。
「私、お金なんて全然持ってなくて。<マスター>さんたちにお礼なんてできないです」
「いや、お礼が欲しくて言ってるわけじゃ・・・」
「「・・・・・・」」
そういって黙りこくる両者。
あぁ、くそ。これはゲーム、これはゲーム。それはわかってるんだ。
それなのになんだ、このやり取りを見てると―――この少女を見ているとすごく
―――畜生。
俺は小さく毒づいて、ふたりに聞こえるように大声で独り言を話し始める。
「あ~、そういえば装備新調したおかげで手持ちがすっからかんなんだよなぁ」
「え、セブンいきなりどうした?」
空気の読めないコルヴァスにそっと目配せする。
「今日の飯代もないんだよなぁ、あ~腹減った!」
「???」
あ~、察し悪いな!
「
「! せ、セブン!!」
おい、なに目をキラキラさせているんだよ。
こっちみんな!
「そ、そうなんだよ~。今お金なくてさ~、あ~おなかすいたな~」
俺の意図に気付いたらしいコルヴァスがわざとらしく言う。
「・・・・・・あの、お粥くらいなら、私でもごちそうできますが―――」
「「それ本当!?」」
待っていた言葉に二人同時に食いつく。
「や~、これは本当に助かったなセブン!」
「そうだな。これは
「―――え?」
そこでようやく少女が俺らの意図を察する。
「そ、そんな!命を助けてもらったのに、それだけで―――」
「いいってことよ、”袖振り合うも他生の・・・”他生の~、なんだっけ?」
「”袖振り合うも他生の縁”、な?」
「そうそうそれそれ! ティアンには馴染みはないかもだけどそういうことで!」
「・・・・・・まぁ、そうだな」
そして押の強い俺たちに、とうとう少女が折れる。
「・・・じゃあ、手伝ってくれますか? 薬草集め」
そこでシステムからコールがかかった。
【クエスト【薬草採取―――ティエラ草を10個 難易度:一】が発生しました。】
【クエスト詳細はクエスト画面からご確認ください】
・・・・・・ほら、これはやっぱりゲームだよ。
それでもコルヴァスはあまり気にしていないようだけど。
「それじゃ、改めましてオレの名前はコルヴァス。こっちの目つきの悪いのはセブン。よろしくね」
「よ、よろしくお願いいたします」
「君の名前は?」
「わ、私の名前は―――」
そのは、少し言いよどむと照れ臭そうに答えた。
「―――ソフィ。ソフィです」
□王都アルテア郊外 ソフィ
―――今日は、いろんなことがあった。
二人が家を離れたあと、寝る支度をしながら今日のことを思い出す。
はじめは怖い<マスター>に殺されそうになって、怖い思いをしたけど優しい<マスター>さんたちが助けてくれた。
コルヴァスさんと、セブンさん。
少し頼りなさげだけど、すごく優しいコルヴァスさんと、こわもてでぶっきらぼうだけど実は面倒見のいいセブンさんの二人組。
私の命を救ってくれただけでなく、薬草集めまで手伝ってくれた優しい人達。
コルヴァスさんは、薬草集めの最中もずっと話しかけてくれた。セブンさんはずっと仏頂面だったけど、もくもくと手伝ってくれた。
薬草集めが終わったあとは、家にきて一緒にご飯を食べた。
両親を早くに亡くして、ずっと独りぼっちだった。そんな我が家に招待した初めてのお客様だから、実はすごくワクワクしていた。このことは二人には内緒だ。
ごちそうしたのは薄い薬草粥だったから、普段いいモノを食べているであろう二人の口に合うか不安だったけど、コルヴァスさんは「おいしい、おいしい」といって笑顔で食べてくれた。・・・セブンさんは終始無言だったけど。
そのあとは、二人が面白い話をずっと聞かせてくれた。それは冒険の話だったり、失敗の話だったりいろいろだったけど、どれもこれも面白く、声をあげて笑ってしまった。ちょっと恥ずかしい。
「これ以上遅くまでお邪魔するのは気が引けるから」といってさっき帰っていったけど、帰り際にまた今度遊びに来るって言ってくれた。それがたまらなくうれしかった。
「・・・今度っていつかな?」
明日かな、明後日かな?
その日が来るのがひどく待ち遠しい。
こんなワクワクした気持ちは久しぶりだった。
そんなことをつらつらと考えていると。
コン、コン。
入り口のドアをノックする音が聞こえた。
・・・こんな時間に誰だろ言う?心当たりはない。
「―――あ、もしかしてコルヴァスさん?」
きっとそうに違いない。
多分忘れ物か何かしたのだわ。
そう思い、鍵を外してドアを開ける。
「どうしたのコルヴァスさん、なにか忘れも―――」
そこにいたのは、コルヴァスさんでもセブンさんでもなかった。
見知らぬ男が立っていた。
「―――やぁ、こんばんは。日中にあったっきりだったね、俺のことおぼぉえぇてるぅ?」
にやにやと笑いながらそう口にする男。
顔には見覚えが無かった。
だが―――
―――背筋の凍る、その厭らしい声にはひどく聞き覚えがあった。
・・・to be continued
次回、第6話「ボーダーライン(中)」