<Infinite Dendrogram>~王国の双獣~   作:烏妣 揺

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第7話「ボーダーライン(後)」

第7話「ボーダーライン(後)」

 

 

□王都アルテア工業区 廃工場 【騎兵】セブン

 

 

「・・・ここか」

 

 そう呟いてネメアーから降りる。

 あれから少しして、指定された場所に到着する。

 目の前にはかつてティアンが使ってたであろうこじんまりとした廃工場があった。

 その中に侵入する前に、ネメアーを紋章の中にしまおうとして、ふと思った。

 

いいや(・・・)違う(・・)こうじゃない(・・・・・・)

 

 そして俺はネメアーに再び飛び乗り、先頭を廃工場に―――ひいては中にいるであろうくそ野郎に向ける。

 

「《風より速く弾丸のように(ハイマット・フルバースト)》!!」

 

 スキルを発動させ、文字通り弾丸のように走る。

 そしてドゴン!っという轟音を響かせて廃工場の壁をぶち抜く。

 あわよくばこの初撃で運よく奴をひき殺せないかと踏んだが、結果は予想外なものだった。

 

 ベショリ!

 

 ナニカがネメアーに衝突する嫌な感触がした。

 確認のためにネメアーを急停止させる。

 暗闇のせいで眼が慣れるまで少し時間がかかったが、赤黒い液体がネメアーに付着していた。

 

「・・・なんだ、あっけないな」

 

 偶然にもこれで決着がついてしまったらしい。

 それならそれで、急いでコルヴァスのもとに戻らねばと、踵を返そうとして、不自然なことに気が付く。

 

 赤黒い液体が一向に消えてなくならない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)!!

 

「!?」

 

 俺たち<マスター>が死亡すると、遺体は残らずすぐにリソースに分解され、光となって消えていく。

 この赤黒いのがもし奴のモノなら、もうとっくに消えてなければおかしい。

 

 ・・・・・・ということは、これは誰の血だ?

 

 ―――いや、決まってる。これはティアンの―――

 

 そこまで考えたところで、暗闇になれた眼は見つける。

 見たくない、見なければよかったものまで見つけてしまう。

 

 それは工場の空中に糸でつるされた大量の人形。

 いや、それは人形ではないことは、糸から染み出した赤い色でわかる。

 

 つまりこれは、死体。ティアンの死体だ。

 

「―――うっ」

 

 思わず吐き気がこみ上げる。

 ここに来たのがまだ俺で良かった。コルヴァスなら、こんなものではすまなかっただろう。

 

 そして、その異様に気を取られていた俺は物陰に潜む奴の姿に気がつかなかった。

 

「《縛り吊るせ女郎の魔糸(アラクネ)》!!」

 

「!?」

 

 次の瞬間、四方八方あらゆる空間から同時に糸が襲い掛かった。

 瞬く間に四肢とと首に糸が巻き付き、俺を空中に吊し上げる。

 

「くっ、身動きが、取れない!」

 

「―――ははっ、やった、やったぞ!」

 

 そして物陰から奴が出てきた。

 

「これでチェックメイトだ!」

 

「てめぇ!てめぇぇぇぇぇぇえええええ!!」

 

「おっと、暴れるなよ。糸がさらに食い込んじまうぞ?」

 

 にやにやと厭らしくソイツは嗤う。

 事実、さきほどより糸は食い込んできた。

 

「お前はゆっくりと絞め殺すつもりなんだから、あまり暴れてくれるなよ?」

 

「―――これは、お前がやったのか?」

 

「ん、あぁこのコレクションのことか」

 

 そういって奴は嬉しそうに、満面の笑みでこういった。

 

「あぁ、そうさ。殺人鬼RP(ロールプレイ)の一環でな」

 

「ロール、プレイだと・・・?」

 

 その言葉に絶句する。

 この男は、たかが―――たかがごっこ遊び(ロールプレイ)でこんな数のティアンを殺したのか?

 死後の尊厳すらこんな形で踏みにじって、その理由がごっこ遊び(ロールプレイ)

 

「この、サイコ野郎が―――!!」

 

「サイコ野郎とは、失礼だな。これでもリアルでは”教師”っていうお堅い仕事してんだぜ?」

 

「お前が”教師”だと?」

 

「まぁその分のストレスをここで発散させてもらってるが」

 

 そういってやれやれと首を振る。

 

「そういえば、今日痛めつけてたガキもうちの生徒と同じぐらいか?」

 

「―――やっぱサイコじゃねぇか」

 

 俺がそう言うと奴は心外そうな―――本当に心外な顔をした。

 

「だーかーらー失礼じゃないか! 俺はリアルとフィクションをきっちり分けて考えてるの!」

 

 ぎしりっと俺は強く奥歯を噛みしめる。 

 

「俺からしてみれは、お前らみたいなリアルとゲームを区別できない(・・・・・・・・・・・・・・)ガキの方がよっぽどサイコパスだと思うけどな」

 

 ソイツはニタニタと嗤い、したり顔で嘯く。

 自分は正しい、間違ってない、正常だ。お前らこそが、頭のおかしい、悪だと。

 

「さて、これからお前をじっくり絞め殺すが、何か言い残すことはある? 首絞めると【窒息】状態になるからしゃべれなくなるし」

 

 サイコ野郎はそう言ってわざわざしゃべりやすいように首の拘束を緩めてきた。

 

「・・・じゃあ、最期に一言だけ」

 

「どーぞ」

 

 ―――本当にコイツは、俺のことを嘗めし腐ってる!

 

「ネメアーぁぁぁあああああああ!!!」

 

 そして俺は、自分とサイコ野郎を挟んだ反対側に乗り捨て状態にあった<エンブリオ>にこう命令する。

 

自爆しろ(・・・・)!!」

 

「なぁ!?」

 

 サイコ野郎の目が驚愕に見開かれる。

 それはそうだろう。俺と奴では条件が違う。

 例え俺がこの爆発で死のうとも24hのデスペナになるだけで、何事もなくデスペナ明けに帰ってこれるが、奴は違う。もう指名手配済みの奴は、あと一度でもデスペナになれ”監獄”送り。もう二度とこちらには帰ってこれない。

 そう、この戦いは相打ちでも勝利になる(・・・・・・・・・・)

 

 奴は咄嗟に周囲に散らばった糸を集め、ネメアーと自分の間に半球状の繭のような壁を形成しようとする。

 その壁で防御するつもりらしい。

 

 まぁ(・・)自爆なんて機能はないんだがな(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 糸のリソースを壁の形成に割いた分、拘束が緩まる。

 その隙を見逃さず、《瞬間装備》でナイフを右手に装備し、全ての拘束を切断する。

 すかさず高所から落ちるその動きに合わせて―――

 

「―――《バーチカル・リッパ―》!!」

 

 ―――【斥候】が覚えるナイフ/刃物系汎用攻撃スキル《バーチカル・リッパ―》(縦斬り)を無防備な背中にぶちかます!

 

「がはっ!?」

 

 《バーチカル・リッパ―》が命中し、倒れるサイコ野郎。

 ソイツを裏返し、仰向けにして馬乗りになる。

 

「あ、《縛り吊る・・・(アラ・・・)》―――」

 

「―――言わせるか!!」

 

 そして、殴る。

 

「ごふッ! あ、あ、《縛り・・・(ア・・・)》、ごふっ! 《縛り吊る・・・(アラ・・・)》―――」

 

 殴る。

 ひたすらに殴る。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る―――。

 必殺スキルを使う隙も、余裕も与えない。

 俺はもう(・・・・)お前に情けはかけない(・・・・・・・・・・)

 

 そして、あと一発殴ればデスペナというとこまで追い詰めて、殴るのを止めた。

 

「おい、言い残すことはあるか?」

 

「―――わ、悪かった!俺が悪かったから! だからデスペナだけは勘弁してくれ!!」

 

 この期に及んで命乞いとは、よっぽどおめでたい頭をしているらしい。

 

「お、俺は今度デスペナになると”監獄”送りなんだ、今まで通りに遊べなくなるんだ!!」

 

「話はそれだけか?」

 

「か、金ならティアンどもから奪ったのがある! それで示談にしないか!?」

 

「話はそれだけか?」

 

「も、もう金輪際お前らにはかかわらない! 王国からもすぐに出ていく!だから見逃してくれ!!」

 

「―――話は、それだけか?」

 

 コイツが口を開くたび、どんどん心が冷めきっていくのがわかる。

 こんな、こんな小物にソフィがもてあそばれたのか?冗談も大概にしてほしい。

 

「なんだよぅ、なんなんだよぅ!どうすりゃ許してくれんだよぅ!!」

 

 そう言う奴にならばと今度はこちらから質問する。

 

「なぁ、じゃあ一つ聞いていいか?」

 

 なんで、なんでコイツは―――。

 

なんでお前(・・・・・)さっきから笑っているんだ(・・・・・・・・・・・・)?」

 

 初めて出会った時も、俺を締め上げたときも、こうやって今命乞いをしている時でさえ―――

 

 ―――何故ずっとニタニタと、へらへらと、笑っていられるんだ?

 

だってこれ(・・・・・)所詮ゲームだろ(・・・・・・・)?」

 

 その答えに、何かが―――俺の中で何かが崩れた。

 

 とどめを刺すために、拳を高く振り上げたその時。

 白い何かが、俺を突き飛ばした。

 

「―――だ、誰だ邪魔するの、は・・・」

 

「た、助か―――ごふっ」

 

 その白い何かは、獅子の姿をしていた。

 そして逃げようとした奴の喉笛に嚙みつき、そのまま噛み切った。

 

 瞬く間に光りとなって消えていくサイコ野郎。

 その姿を見届けたあと、その<エンブリオ>と入り口に立つ、一人の<マスター>に話しかける。

 

「何故だ。何故お前がとどめを刺した、コルヴァス!!」

 

 闇夜によく映える白いローブを着たその男は、ゆっくりと自分の<エンブリオ>に近づき、そっと頭を撫でた。

 

「ごめんね、アタランテさん。こんなことさせちゃって」

 

『いいえ、<マスター>の為ですから・・・』

 

 そしてゆっくりこちらに振り替えると、悲しそうな顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

「―――だって、こんなに辛いこと。お前にだけ背負わせるわけには、いかないだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

□王都アルテア 噴水前 【疾風騎兵】セブン

 

「―――よう、久しぶりだな」

 

「・・・そうだね、3日ぶりかな?」

 

「いや、こっちじゃ9日ぶりだ」

 

 あの事件のあと、コルヴァスは3日間音信不通になった。

 リアルでも連絡が付かず、今日になって突然ここで待ち合わせをする旨の連絡が届いた。

 

「お前がいない間に【騎兵】カンストして、上位の【疾風騎兵】になっちまったじゃねえか」

 

「・・・ごめん」

 

「何に誤ってるんだよばーか」

 

 そういって俺は噴水のふちに座るコルヴァスの隣に腰掛ける。

 

「―――ようやくログインしてきたってことは、覚悟はできたのか?」

 

「覚悟?」

 

デンドロを続けていく(・・・・・・・・・・)、覚悟」

 

「―――それは」

 

 コルヴァスが考えていたことは何となくわかる。

 事実、このゲームは引退者がおおい(・・・・・・・)

 現実と変わらない世界、高度すぎるAIをもつティアン。どれもこれもリアルすぎて、ここで負った心の傷は、必然的に深くなりすぎる傾向がある。

 それがコルヴァスのような―――メイデンの<マスター>になるほど優しすぎる人物ならなおさらだ。

 

「・・・正直、まだ迷ってる」

 

 深刻そうな顔をしてそう言うコルヴァス。

 

「でもな、引退するってことは」

 

「わかってる!」

 

 コルヴァスはそこで声を張り上げた。

 

「そうすれば、アタランテさんとも永遠にお別れなんだろ!?」

 

 ―――コルヴァスは、半分泣いていた。

 

「わかってる、わかってるんだよそんなこと!! アタランテさんだけじゃない、スバルさんたちみたいなここで知り合った全ての人を失うんだってことくらい!!」

 

 泣き叫びながら心情を吐き出し続ける。

 

「けど、こんなことがもう一度あったらって思うと・・・」

 

「―――それが本音か」

 

「うん」

 

 言いたいことを全部吐き出したらしいコルヴァスはまた沈黙する。

 

「なら、答は一つじゃないか?」

 

「―――え?」

 

 そう言って、俺はこの三日間でたどり着いた俺なりの答えを口にする。

 

強くなりゃいい(・・・・・・・)、いままで勝ち取ってきた人も、絆も、何もかも全部ひっくるめて守れるように」

 

「そ、そんな簡単に―――」

 

「いや、簡単だろ? だってさ―――」

 

 

 

 

「―――お前の<エンブリオ>は、守護(守るため)の力だろ?」

 

 

 

 

「―――セブン、お前」

 

「さーて、そうと決まればレベリングだ! 今日の俺は上位昇格したおかげで気分がいい。<墓標迷宮>でもどこでも付き合うぞ!」

 

 そこでふと、あることを忘れていたことに気が付く。

 そうだ、コイツに見せなきゃならないものがあるんだった。

 

「あ、そういやちょっと寄り道してもいいか?

 

「寄り道?」

 

「あぁ、お前に見せなきゃならないものがある」

 

「?」

 

 

 

□王都アルテア郊外 【疾風騎兵】セブン

 

 困惑顔のコルヴァスをネメアーの後ろに乗せて、<墓標迷宮>とは逆方向に走らせること数分。

 やってきたのは、俺たちにとって良くも悪くも見覚えのある王都の郊外。

 

「え、ここって」

 

「あ、コルヴァス。あそこ見ろよ」

 

「え、えぇ?」

 

 そういって指し示す先にあるのは、これまた見覚えのある小さな家。

 その家の外では、幼い少女が洗濯物を干していた。

 

「―――、あ、あぁ!」

 

「あぁ、ソフィは無事だ(・・・・・・・)

 

 その言葉を聞いた瞬間、コルヴァスは崩れ落ちた。

 

「お、俺ソフィがどうなったか知るのが怖くて、それで―――」

 

「あぁ、安否確認しないでログアウトしたんだろ?」

 

「―――けど、けど!」

 

 あの後、コルヴァスは逃げるようにログアウトした。

 しかし残った俺は戻り、ことの最後を見届けようとした。

 

「お前が早期に《ヒール》を重ね掛けしたおかげで持ちこたえられたそうだ」

 

「う、うぅぅぅ」

 

ソフィは(・・・・)お前が救った命だ(・・・・・・・・)

 

「う、うわぁぁぁあああああああ!!」

 

 途端に叫び、ダムが決壊したかのようにコルヴァスは泣き始めた。

 それはあの時のような絶望の声ではない。

 

 血の通った、あたたかな叫びだった。

 

「おいおい、そんなに泣くなよ。これから<墓標迷宮>行くのに体力無駄に消費してんじゃねぇよな! さて、仕方ないから泣き止むまで待ってやる。そしたら、さっさとレベリングだ! 今日は夜までみっちりやんぞ!お前のアタランテ頼りにしているからな! それと―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それとーーー日が暮れたら、手土産もっていくぞ? そのためにも、さっさと泣き止めよばーか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、王都郊外に立つその小さな家には、夜遅くまであたたかな光が漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・to be continued

 




次回、「ファーストコンタクト」(1/21 12:00頃更新予定)

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