オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#012 グゥエール改造案

 

 国王『アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラ』との会談を終えた次の日、現地調査担当の端末『シズ・デルタ』は報告の為に天上世界『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』に帰還した。

 国王との問答に際し、自分の行動の再検証の為――

 しかし、それは杞憂に終わり罰則等は与えられなかった。

 

「……引き続き調査を続けよ、とのお言葉を伝える」

 

 現地の学生程度の背丈しかない同型シズ・デルタ達数十人が口を揃えて言った。

 至高の御方達は一部を除いて長期睡眠中だが命令は下されている。

 

「……先の計画で一部不手際があったが……、こちらの落ち度ゆえにお前に非は無い」

「……承知致しました」

 

 淡々と告げられる言葉。そこに熱は無い。

 あるのはただの報告のみ。

 それを寂しいと思うシズが居るのであれば、それは全てのシズが思う共通認識だ。

 その共通認識が寂しさを感じていないのであれば他も同様である。

 しかし、例外もまた存在する。それがオリジナルのシズだ。だが、彼女は定期メンテナンスの為に()()()()機能停止状態に陥っていて現場には居ない。

 

「……魔法文化があるのに、使用に際して『触媒結晶』が必要とは……」

「……機能拡張に余地ありか」

 

 会議室は無味乾燥としているが他の部屋はまた違った様相になっている。

 各種生物や植物の栽培。小動物の飼育など。

 ただの宇宙船ではない有様は現地の人間が見れば阿鼻叫喚並みに驚くこと請け合いである。

 この宇宙船に積まれているのはこの星の生物だけではない。

 設定された大気の関係上、各ブロックごとに別けられているが、その規模は想像を絶する。

 温度管理も徹底され、外部からの干渉が無い限り、中に住まう生物は安全に暮らせる。

 

        

 

 報告を終えたシズが通路を歩いていると掃除担当の一般メイド達とすれ違う。それらメイド達はシズの姿を見かけるたびにお辞儀していく。

 彼女達は見かけ上は人間だが種族としては『人造人間(ホムンクルス)』である。

 彼女(メイド)達にもオリジナルが存在し、働いているのは大半が『複製(クローン)』――正確には複製(クローン)の応用によって生み出された――であった。

 

「………」

 

 現地は機械文明が発達している。しかし、それでもまだ高度とは言えない。

 今の自分達と彼らはまだ対等の立場足りえない。だから、招くこともまた早計であると自分は判断せざるを得ない。

 

(今の調子では数百年はかかりそうですね)

 

 だが、信頼を勝ち取る為には誰かしら招かなければならない。それは至高の御方も望んでいる事だ。

 候補者は何人か居るのだが、時期がまだ未定であった。

 無限の時が与えられている不死性クリーチャーは制限のある生物の気持ちが理解出来ない。

 振りは出来る。ただそれだけだ。

 老朽化の問題があるにもかかわらず、シズは悩んでいた。

 

(……余計な思考は計画の障害となる)

 

 計画というのは現地の制圧ではない。――それらを決めるのは至高の御方ではあるけれど――

 自分達が永住できる条件を満たすこと。

 それらを成すにはまず現地を調査し尽くす。それから共に文明を発展させていく。

 敵対ではなく協調。

 だが、それには一つの障害がある。

 シズ達には根源的に『人間蔑視』が植えつけられている。それを取り除く術が地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)には備わっていない。

 では、それを取り除ければいいのか、というと簡単にはいかない事情というものがある。

 

 人間は欲深い生き物だから。

 

 シズ達が警戒し続ければ油断が生まれにくい。もちろん、逆に致命的なミスを犯しやすい状況に陥る可能性がある。

 端末たちが警戒しつつ報告を届けてくれるからこそ地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)は未だに平和を謳歌できる。

 その平和を脅かされれば全てが水泡と化す、かもしれない。

 

(シズ・デルタ一族という仮の歴史を作り上げることには成功したといっていいのかもしれませんが……。何ともお粗末な結果に至高の御方に顔向けできませんね)

 

 結果はどうであれ、現地の最高権力者が認知したので成功と判断する。

 行動方針自体は今まで通りで良いとして次の手を考えなければならない。

 自分の頭で。

 

        

 

 シズが姿を消している間、地上世界では『エルネスティ・エチェバルリア』が幻晶騎士(シルエットナイト)の中で唸っていた。

 ライヒアラ騎操士学園には幻晶騎士(シルエットナイト)の整備、改修等を(おこな)う『工房』と呼ばれる施設がある。

 多くの騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が作業を続ける中で銀髪の少年は赤いサロドレア『グゥエール』の内部で悦に浸っていた。

 念願だった騎操士(ナイトランナー)になる事はまだ少し先だが――幻晶騎士(シルエットナイト)に乗れて嬉しくもあり、どう改修すべきか悩んでもいた。

 元に戻すだけでは面白くない。

 折角国王陛下から()()()許可を貰ったのだから、と。

 

(自分用に改造するのは却下として……)

 

 それ以前に本来の操縦者は『ディートリヒ・クーニッツ』だ。彼を無視する事は出来ない。

 自分で操縦できないのは面白くないし、折角乗ってもいいと言われたのだから多少は動かしたい。

 何も出来ずに終わってしまったのが悔やまれる。

 

(解析するくらいはいいですよね? 前回は集中力が持続できなかったので失敗しましたが……)

 

 本当に壊しても直すけれど、と思いつつエルネスティは外した操縦桿の穴に手を入れて魔術演算領域(マギウス・サーキット)を展開し、適切な魔法術式(スクリプト)を組んで解析作業に入る。

 本来であれば魔力(マナ)を通すだけで幻晶騎士(シルエットナイト)は起動する。それゆえに乗り手は選ばない。騎操士(ナイトランナー)の資格が無いエルネスティでも出来る。

 問題はその後の運用が難しい事だ。

 

(でもまあ……、こうして念願の幻晶騎士(シルエットナイト)の解析が出来るのですから喜ばなくては……。メインディッシュ(マギウスエンジンとエーテルリアクタ)は流石に……、これもこっそり解析するだけならば……。いやいや、変に触って後でバレて怒られると今度は幻晶騎士(シルエットナイト)に乗れなくなってしまうかも)

 

 色々と余計な雑念が入り、目的の作業が思うように(はかど)らない。

 それでも今まで積み上げた知識と妄想によって練習してきた実績により、少しずつ幻晶騎士(シルエットナイト)を解析していく。

 

        

 

 現行機である『サロドレア』が造られてから三百年――

 何度も補修と改修を繰り返し、今に至る歴史の厚みは尋常ではない。

 基本構造こそ大幅な変化は無いが、それぞれに個性が滲み出ている。

 

(グゥエールもアールカンバーもトランドオーケスも同じようでいて微妙に違いますよね)

 

 それぞれの幻晶騎士(シルエットナイト)は乗り手に渡ってから独自の改造が許される。外見の塗装も自由ではあるが、常識の範囲に留められている。――というよりは派手な塗装はあまり許されていない筈だ。特に共に作業をする騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が難色を示す。

 国王騎(レーデス・オル・ヴィーラ)のような派手な金色は国の長にこそ相応しいもの。

 

(全体解析……。長年の運用であちこちガタが来ていますね。これではまるで老人のようです)

 

 部品自体は運用の度に取り替えられているとはいえ、基本構造が同じなので結局は何も変わっていないのと一緒。

 柔軟性に乏しく、力は強いけれど動きが鈍い。かといって動き易さに重点を置けば力が分散されてしまう。

 蓄積されている魔力貯蓄量(マナ・プール)も量産機と変わらず――

 

(この基本スペックを今まで維持しつつ運用してきたのですか……。それは実に……、勿体ないですね)

 

 エルネスティが唸りつつ解析している合間、幻晶騎士(シルエットナイト)は静かに駆動音を響かせていた。

 外に居た騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は様々な音が飛び交う現場で働いているので幻晶騎士(シルエットナイト)一機の音程度では気にしない。

 大きな動きでも見せない限り。

 

        

 

 解析を終えて必要事項をメモし終わった後は修理作業に入るわけだが、結構強引にあちこち壊したのは流石に申し訳ない気持ちになった。

 道具を使わない破壊行為は必要以上の作業を要求する。だが、それを苦痛だなどと思わない。むしろ、興味深く作業できる事に喜びを感じていた。

 騎操士(ナイトランナー)に拘らずとも騎操鍛冶師(ナイトスミス)も同時期に目指していたエルネスティにとってとにかく重要なのは幻晶騎士(シルエットナイト)に携わる事と自分用の幻晶騎士(シルエットナイト)を作り上げる事だ。

 それも一から全てを自作して――

 設計案を色々と練っているが、あくまでそれらは知識のみ。

 実際に手で触れて、感じてこそより詳細な形へと昇華する。

 だからこそ、今が一番至福の時であった。

 

(折角(いじ)り回せる幻晶騎士(シルエットナイト)はディートリヒ先輩のもの。いずれ僕だけの幻晶騎士(シルエットナイト)を手に入れれば弄り放題……、なのですが……。その道はまだまだ遠くにありそうですね)

 

 他人の幻晶騎士(シルエットナイト)を改造しても仕方が無い。――とは思っても色々と改良したくなるのは(さが)かな、と。

 ここまで熱中させる理由は何なのか、それを一番に知りたいと思うのはエルネスティの友人達だった。

 齢十二の少年が類希(たぐいまれ)なる知識を持って取り組むには些か不可解な(おもむき)があった。

 

(焦る心を静めなければ……。現在の作業もまた野望への一歩だと思えば……)

 

 生まれた時から幻晶騎士(シルエットナイト)に携わる事を生き甲斐とし、今日に至る。その為に必要な魔力(マナ)も随分と特訓により増加させてきた。

 様々な魔法術式(スクリプト)を組む技術に関しては他の追随を許さないほどの上達を見せる。それは偏に――

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)愛ゆえ。

 

 否、エルネスティの根幹はそれだけに留まらない。

 例えるならば『前世で叶わなかった自身の趣味』をここで――()()()()で存分に発揮するようなもの。

 だからこそ幼いながら尋常ではない様々な知識を有している、というのであれば納得出来るというもの。しかし、それらは周りの者には窺い知れない超常の概念。

 

(自分の趣味を存分に発揮できる舞台(世界)があるというのは僕にとって楽園と同義。あやうく失うところでしたが……。()()()()も早々に解析して次に備えなければ……)

 

 陸皇亀(ベヘモス)落下に伴なう少し前に感じた浮遊感。

 あれは周りを空気で包んだもの(魔法)と予想していた。自分の知識には無い未知の魔法である可能性が高い。

 シズが犯人だとしてもそれを責める事は出来ない。むしろ感謝しなければならない立場だ。

 

(僕が全てを解決すれば目立ちます。物凄く悪目立ちする。時にはそれが悪手となる場合も考えられますよね。……十二歳の子供ですし。……もし、僕にもっと様々な魔法を開発する機会があれば……。シズさんを見返す事もできた筈だ)

 

 それが出来なかったのは能力開発を怠った自分の責任――

 もし、シズが居なければ――彼女を犯人だと仮定して、ですが――確実に全滅していた。

 全滅どころではない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)に携わる事が出来ずに()()無駄に命を散らすところだった。

 

(……とはいえ、新しい魔法を開発するのは容易ではありません。既存の魔法術式(スクリプト)を色々と検証してみましたが……。周り全てに干渉しうるものは膨大で広大で繊細なものと思われます。……結構時間を取られてしまいますよね)

 

 手持ちのいくつかは自作出来た。だからこそ理論的には不可能ではない。

 問題は開発にどれだけかかるのか分からない事だ。

 大規模なものほど時間と手間がかかる。それと一人よりは複数人で取り掛かるのがベスト。

 大きな仕事を成すには一人では限界がある。エルネスティはその事を()()知っている。

 

(この幻晶騎士(シルエットナイト)の構造をコピーして一人で組む事自体は出来そうですが……。一から組むのは中々出来る事ではありませんよね。特に心臓部品は素材からして特殊なようですし)

 

 やろうと思えば()()()()、というだけで()()()と確信を持って言えるわけではない。

 

(おっと、僕とした事が。目の前の作業も残っているというのに)

 

 長考によって作業の手が止まった事に気付いたエルネスティは急いで再開する。

 無駄な思考は家路についてから、と決めて。

 

        

 

 グゥエールの修理は三日ほどで終了した。――その内の一日は解析に潰したので実質二日だ。

 ただ直すのは面白くないと思ったエルネスティは乗り手であるディートリヒに改造案を提示してみた。

 日がな一日を幻晶騎士(シルエットナイト)に費やしているエルネスティはただ解析して満足するような人間ではなかった。

 

「今より能力を拡張させてみませんか? もちろん、いきなり実機で試すより潰しの利く機体から、ということで」

 

 ニコニコと微笑みつつ複数枚の資料を提示する。

 その資料に目を落としたディートリヒは驚いた。

 十二歳の子供が書いたとは思えない細かな文字と数字、図形の羅列に――

 長く幻晶騎士(シルエットナイト)に携わってきた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達も驚愕していた。

 

「おいおい、銀色坊主(エルネスティ)。こいつぁお前さんが一人で書いたのか?」

 

 ドワーフ族の『ダーヴィド・ヘプケン』が提示案の一枚を読んで尋ねた。

 自身も設計図を描く事はあるけれど、ここまで専門知識に造詣が深いとは思っていなかった。

 

「夜なべして。アイデアはすぐに書き留めないと忘れてしまいますからね」

「それはいいんだがよ……。お前さん、丸々一機分一から組み上げる勢いじゃねぇか」

「……それはまあ……。趣味と言いますか、勢いで……」

 

 彼の言葉に苦笑を覚えつつディートリヒは真面目に提示案を読み込んだ。

 子供の考えた荒唐無稽な説明書だとばかり思い込んでいたが、そうではない。

 専門用語が飛び交っているが騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が真面目な顔をしているところから、真剣に書かれた物だと思った。

 残念ながら操作の知識はあるディートリヒには理解するのに相当な時間が必要である事しか分からなかった。

 

「これを分かり易く説明してもらえるかな。私にはどうにも専門用語が理解出来なくてね」

「はい。では、説明を始めさせていただきます」

 

 と、言いつつ事前に用意した移動式黒板を持ってくるエルネスティ。

 それは会議などで使う一般的なもので騎操鍛冶師(ナイトスミス)達も使用している。

 そこに白いチョークで器用に文字と絵柄を書き加えていく。その作業が実に手馴れたもので、誰もが静かに見守っていた程だ。

 

「既存のサロドレアは長く運用されてきた為にあちこちがガタついています。しかも、長年それを許容した造りになっているので動きが限定的になっています」

「限定的?」

「はい。関節部分に至っては人間で言えばお年寄りと然程変わらないかもしれません」

 

 元々幻晶騎士(シルエットナイト)は人間を模して造られた機体である。

 使い続ければあちこちガタが来るのもおかしなことではない。けれども、部品交換を続けているので全てが三百年前のものとは限らない。

 実際に部品交換をしていない状態であれば経年劣化によって駆動自体が不可能となる。

 

「骨格を司る金属制の骨格(インナースケルトン)は丈夫なのですが、それ以外はまだまだ改良の余地があると僕は思います。特にこの筋肉を司る結晶質の筋肉(クリスタルティシュー)ですが……」

「各部品の説明から聞かなければならないのかい?」

「基本は大事ですよ、ディートリヒ先輩」

 

 呆れ顔のディートリヒに対して、にこやかに微笑みつつ教師然として言うエルネスティ。

 説明の仕方が実に場慣れしている。本当に十二歳の子供か、と疑いそうになった。

 いや、その前に下級生から教えを請う自分もどうかしている、と。

 

「ご存知のように幻晶騎士(シルエットナイト)は人体を模して造られています。それゆえに骨格、筋肉もほぼ人体に沿った造りです」

「うん」

 

 ディートリヒの返事のような言葉に対し、エルネスティは細い棒を持ち出して黒板をピシィと叩く。

 遠くに居る者にも見えるように説明する為に。

 

「人体は整ってはいますが、それ単体では欠陥が多い。つまり、それ(人体)を模しているという事は幻晶騎士(シルエットナイト)も欠陥だらけということです」

「俺達はその欠陥だらけの代物をずっと整備してるんだがよ。それじゃあ駄目なのか?」

「良くはありません。改良とは操縦者に気持ちよく操作してもらう為にこそ、ですから。欠陥だと分かっているのであれば改善するのは当たり前です」

 

 その当たり前が出来ないのは欠陥だと思っていないからだ。

 与えられた仕様書の通りに騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は長年整備と調整を繰り返してきた。それを急に出て来た少年エルネスティはいとも簡単に否定してくる。

 親方と呼ばれるダーヴィドもすぐさま反論したいところだが、ここはあえて彼の意見を聞く。

 彼自身もすぐ壊れる機体を整備し続けるのには異論があった。ただ、大幅な改良案が今まで出せなかったので仕方なく、という側面がある。

 

「そもそも二足歩行する生き物はそれ自体が欠陥持ちです。安定性は望めません。ですが、それでも幻晶騎士(シルエットナイト)としての形は残したいと思います。カッコイイから」

 

 エルネスティは人型を否定しているわけではない。

 操縦性を追及しつつ出来るだけ人型を保ち、兵器としての存在感を維持する。

 更に動き易く、様々な状況に耐えうる機体を望んでいる。

 

「まず問題なのは筋肉です。何度も張替えが必要になるほど意外と脆い構造に僕は着目しました」

 

 結晶筋肉(クリスタルティシュー)とは錬金術師達が練成した特殊な金属を糸のように張り巡らせ、それを人体の筋肉に見立てたもの。

 基本的に材質を変えたり、張り方を変えるのが精々。

 設計思想の一つに『人体の模倣』があり、それを逸脱するような構造は今まで想定されて来なかった。

 

「設計思想を素直に守り続けるのは頭が硬いというか、思考の硬直です。それでは発展も遅々として進みません」

「具体的にどうするんだ? 国家事業を単なる思い付きで変更するのは並大抵の事じゃねぇぞ」

 

 国家事業という名目があるからこそ誰もが気をてらうことに否定的になり、わずかな改良だけで満足してしまう。――否、そうする事が美徳だと自分達に言い聞かせて新機軸への参入を自ら閉ざしてしまう。

 そして、いつしか大幅な改良に恐れを抱くようになる。

 それぞれの部品を製造する者達の既得権益が脅かされる、とかなんとか理由をつけて。

 

「逆を言えば国家事業であるからこそ国王陛下の鶴の一声さえあれば出来ない事は無い、とも言えますよね。……僕も大量破壊兵器を作ろうだなどと言うつもりはありませんが……。せめて今以上に、より良い機体を作りたいと思っています」

「……不穏な単語が聞こえたが……。とにかく、銀色坊主(エルネスティ)としてはこの幻晶騎士(シルエットナイト)をより進化させたいわけだな?」

「全面刷新は性急過ぎるので……。装備面や部品単位からの変更を試みたいです。その為には騎操鍛冶師(ナイトスミス)の皆さんのご協力がどうしても必要です」

 

 物怖じしないエルネスティの言葉を黙って聞いていたディートリヒは自分が使いやすい機体であれば文句は無かったし、新装備などにも興味があった。

 いつも何かしら不具合を起こす骨董品よりは制式量産機のようなもう少し動きに幅のある幻晶騎士(シルエットナイト)を操りたい、と。

 

        

 

 グゥエールを改造するには乗り手の許可が必要だ。ディートリヒとしては断る理由はないし、どんなものになるのか話しだけでも興味があった。

 エルネスティによる提案の一つは剣と魔法を両立させる方法。または同時使用だ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)は戦闘面において武器の交換を必要とする。それはそれぞれの武装に必要な部品が違う為だ。

 魔法を扱うには触媒結晶と魔法術式(スクリプト)を刻んだ紋章術式(エンブレム・グラフ)が必要で、剣にはそれ(エンブレム・グラフ)が無い。

 

「ディートリヒ先輩は剣での戦闘を得意としている、との事なので……。魔法に関しては如何いたしますか?」

「付けてくれるのであれば文句は無いよ」

「そうですか。では、その両方を活用するとして……。問題になるのは武器の交換です」

 

 黒板に簡易的な幻晶騎士(シルエットナイト)を描く。

 それから追加武装の案を提示する。

 

「剣と魔法を使う時に必要となる杖……『魔導兵装(シルエットアームズ)』を両立させる……。しかしそれは複雑な操作であっては駄目です。出来るだけ簡素なものが望ましい。けれども、それを実現するのもまた難しい」

 

 けれども、と言いつつ黒板にチョークを走らせる。

 実際に想定している部品として、本来あるべき腕の他に追加武装としての腕を描く。

 

「複数の腕か……」

「人体を模した幻晶騎士(シルエットナイト)の操作はそれぞれ操縦者と同じです。このように追加された腕の場合、バカ正直に操縦者側の腕を増やして操作するわけではありません。この部分は別に操作できる装置を組み込む予定です」

「二本の腕の他に追加の腕を操作するのか。……確かに。あの操縦席からでは想像できないな」

「新たな筋肉と骨格を与えて、それらを操作する魔法術式(スクリプト)を用意します。理論的には簡単に出来る筈です。腕の駆動と同様の動きさえできればいいのですから」

 

 ダーヴィドとディートリヒは改めて用意された仕様書に目を落とす。

 追加武装の草案は実に魅力的だが、実際に動かしてみない事には実感が湧かない。

 操作性が良ければ採用してもいいと思うのだが――

 全く異質な仕様には些か懐疑的にならざるを得ない。

 

「剣を操る時、邪魔になっては意味が無い。その辺りは……、実際に動かしつつ調整するしかないんだろうな」

「そうですね。僕は案は提出できますが……。それが本当に有意義なものかどうかは……」

「それで親方。これは実現度はどのくらいだ? 使いやすさではなく、造れるのかどうかの話しで」

「……う~ん。坊主の案を実現する事はそう難しくないと思うんだが……。全く異質な追加武装となると……。グゥエールにいきなり仕込むより他の機体で試してからでもいいなら、やってみてもいいと思う」

 

 新しい事に挑戦したくないと思う騎操鍛冶師(ナイトスミス)は居ない。そうダーヴィドは不敵な笑みを浮かべつつ彼の仕様書を食い入るように読み込んでいた。

 そして、親方(ダーヴィド)の言葉にエルネスティの瞳も輝いた。

 自分の設計が実際に形になる様を見る事が出来るのだから人一倍嬉しいに決まっている。

 ただ、反面――失敗のおそれもある。

 

(成功ばかりが発明ではありません。失敗もまた次への布石です)

 

 早速作業に入るかと言えば、そうではなく、図面の引き直しから必要な部品の調達。機体の用意に作業員の分担と多岐に渡る。

 エルネスティは学業をサボる事が出来ないので基本的に騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の作業にずっと付きっ切りでいる事は出来ない。

 決められた時間の間だけグゥエールの修理を許されていた。そして、それが終わった今は学業に専念しなければならない。――これは両親と交わした約束でもある。

 

        

 

 エルネスティが授業の為に施設を後にした後、早速試験の為の土台作りを命令するダーヴィド。

 (エルネスティ)が書いたものは専門的で緻密――

 図面を引く手間さえ要らない程だった。

 

「まずはこの……追加武装についてだが……。簡単な命令で動く程度で良いらしい。まずは……骨格からだな。改修が終わったもんから手伝え」

「へ~い!」

 

 手の空いている騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が交代で作業して三日ほどで完成品に至る。作りを単純にしているので製作時間自体はそんなにかかっていない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)用なので大きく見えるが小ぶりな追加武装にひとまずダーヴィドは安堵する。

 

「折り曲げ。伸ばし。その他諸々の命令にどれだけ対応できる?」

「重いものを持たせなければ動きだけは何とかって感じです」

「……それじゃあ意味ねぇだろ」

 

 命令に対応だけ出来るように造ったのだから、更なる改良が必要だと判断し、次に移行する。

 腕となる部分に必要量の結晶筋肉(クリスタルティシュー)を張っていく。それと平行するように費用対効果を考えた金属内格(インナースケルトン)を調整していく。

 学園の為の施設とはいえ幻晶騎士(シルエットナイト)用の部品はタダではない。

 予算オーバーになっては何も造れない。その辺りは学園長に逐一報告しなければならない事務的なものだ。

 

「坊主も予算の面をちゃんと考えている辺り、本気度が伝わるな。こりゃあ、国機研(ラボ)でも食っていけるレベルだぞ」

 

 感心しつつ土台となる追加武装『腕』の試作品を並べてみる。

 どれも貧相な形となってしまったが機能面を重視し、予算的にも見合う形にすると自ずと削られる部分が限られる。

 

「問題はこれを何処に付けるかだが……。頭、背中、腰、腕に脚と試していくか?」

「そうなると気持ち悪い姿になりそうですね」

「腹とか胸とかは勘弁してほしいです」

 

 文句を言う騎操鍛冶師(ナイトスミス)の気持ちは理解出来るが、適切な部位については実際に試さなければ優位性は分からない。

 それと悪戯に付けられるほどの機能的余裕は現行の幻晶騎士(シルエットナイト)には無い。

 今以上となると新たに新調する必要がある。

 

        

 

 一先ず図面に簡単な人体を描き、それに更に追加部分を適当に書き加えてみる。

 候補は背中と腰である。それ以外にも無難そうなところが無いかダーヴィドが確かめてみるのだが、初めての試みはどれを選んでも気持ち悪いか、納得できそうにないものばかり。

 やはり順当に人型のまま方が安定しているように見えてしまう。

 

「武装の両立の面から考えりゃあ、追加武装は必須……。さて、どうしたものか」

 

 悩んだ時はアイデアを出した当人にやらせるべきだという答えが出る。

 そればかりだと自分達の発想力の貧相さが目立ってしまう。

 いや、実際貧相な発想しか出来ない事は認めざるを得ない。

 今まで追加武装の案など考えた事が無い。

 ただひたすらに補修と整備ばかりやってきたのだから。

 昼ごろに顔を見せに来たディートリヒに意見を聞く。

 

「もう形になっているのか。さすがは親方だ」

「ありがとうよ。それでだ。これらをどう装着させるか、だが。お前さんならどうする?」

 

 ディートリヒは床に並べられた腕達を見比べていく。

 実際に装着してみない事には何も想像出来ないが、自分だったら何処に付けるのか、で結構悩む事だけは理解出来た。

 細身の腕では防御面に難あり、と。

 

「全身に付けまくるとどうなる?」

「……それはそれは気持ち悪い姿になるだろうね。それらに魔導兵装(シルエットアームズ)を持たせれば……ちょっとした爆撃が出来そうだが……。消費する魔力(マナ)もそれ相応といったところか」

 

 一撃が限界。そう判断する。

 剣を持たせた場合は二刀流は想像出来るが、それ以上は動きに自分が耐えられそうにない予感がした。

 対人戦闘に役立つかと言われると疑問が残る。

 それと武器の量と重さで運用が難しくなる。

 

「最初から大量につけるのは良くない気がする。駆動させる手間が増えると動かしにくい」

「……それと重心の問題もあるか。あと、追加による骨格調整が微妙に狂うな」

「そうだねぇ。親方、頑張ってくれよ」

「おおよ」

 

 と、返事をしたものの思いのほか問題点が浮き彫りになってしまったので頭を痛める。

 それでもいきなり装備させて大破させるよりはましだと思って改めて仕様書と図面を見比べる。

 追加する部分によっては前面刷新を要求される。

 重心の変動もまた難題であった。

 

        

 

 中等部の授業が終わり、エルネスティとオルター弟妹(きょうだい)が作業工房に姿を見せる。そして、もう一人――彼らと同世代のドワーフ族の少年『バトソン・テルモネン』が居た。

 彼は街の鍛冶家の息子で現在騎操鍛冶師(ナイトスミス)になるべくエルネスティ共々ライヒアラ騎操士学園にて勉学に励んでいた。順当に行けばダーヴィドの元で働く事になる、予定である。

 出来上がった追加武装に取り付く銀髪の少年とそれを見て苦笑する黒髪(ブルネット)弟妹(きょうだい)とドワーフ族の少年。

 

「動作確認を見せてもらえますか?」

「おう。……しかし、単調な動きしかできねぇぜ」

「それでいいのですよ。複雑な動きでは操作する騎操士(ナイトランナー)の負担になりますから」

 

 一声かけるだけでスラスラと言葉が出る辺り、只者ではない感がにじみ出る。

 考えた当人ではあるけれど負けたくない、という気持ちが親方(ダーヴィド)にはあった。しかし、発想力という点では勝てそうにない気もしていた。

 他の騎操鍛冶師(ナイトスミス)達に命令して試作品の動作を試していく。

 基本はボタンで動く程度の代物。

 より多くの動きは今は考えない事にしていた。

 

「曲げと伸ばしは問題ないようですね」

「魔法という事で魔導兵装(シルエットアームズ)を持たせる予定だが……。どの辺りが順当か悩んでいる」

「基本は死角です。人体を模している以上、余裕があるのはその部分ですよ。さすがに視覚の問題は僕でもすぐにアイデアは出ませんが……」

 

 背中が無難である、という一先ずの決着に納得する。しかし、それには()()()()の動きの邪魔になりそうな予感がしていた。

 背面の骨格を弄れば強度的にも不安が残る。

 

「エル君。幻晶騎士(シルエットナイト)に新しい腕を付けるの?」

 

 腕だけ並べられたものを見ながら、『アデルトルート・オルター』が尋ねてきた。

 単品だけだとなんか気持ち悪い、という感想を口にしつつ。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)に戦術の幅を設けようと思いまして。より効率的に」

「だけど、エル。幻晶騎士(シルエットナイト)は人体を模しているから追加なんかして、どうやって操作するんだ?」

 

 仕様書を読んでいない『アーキッド・オルター』が胡散臭そうな顔で尋ねてきた。

 彼らは未知のものに対しての知識を持っていない。だからこそ素直な感想を口にする。それ自体は悪い事ではないし、その事で自分(エルネスティ)の欠点を発見する可能性もある。

 出された疑問に対し、エルネスティは丁寧に説明していく。

 

「操作は操縦桿を改造します。出来るだけ簡素に。簡単に扱えるように。ご存知のように幻晶騎士(シルエットナイト)の操作は単純なようでいて実際には複雑で難しいものです。特に全身を支えるだけで魔力(マナ)を消費してしまいます。更に一つ一つの動作に騎操士(ナイトランナー)達は細かな制御を要求される……」

 

 いくらかは魔導演算機(マギウスエンジン)による補佐が働き、各駆動系、関節などの制御の負担は軽減されている。それでも一般人がすんなりと動かせられるようなものではない。

 腕を操作する操縦桿と歩行に必要な(あぶみ)はそれなりに重く、エルネスティでも簡単に操作は出来ない。

 機体を操作するのに肉体的な負荷がそれなりにかかるものなので。だからこそ、騎操士(ナイトランナー)を目指す者達は身体も鍛える。

 エルネスティも騎操士(ナイトランナー)を目指すと決めた日から鍛錬を欠かした事は無い。――背丈の伸びは悪かったけれど。

 

「もちろんコアの部分……。魔力転換炉(エーテルリアクタ)魔導演算機(マギウスエンジン)の改造は出来ません。今あるもので最大限の効果を発揮するしかありません。幸いにも幻晶騎士(シルエットナイト)を解析したところ、まだまだ可能性を秘めている事が分かりました。だから、これらは決して無駄にはならないと思いますよ」

 

 にこやかに説明するエルネスティはいつも以上に輝いて見えた。

 こと幻晶騎士(シルエットナイト)に関して彼は常人を凌駕する。いや、生き甲斐にしているといっても過言ではない。

 一度(ひとたび)走った彼を止める事は長い付き合いのあるオルター弟妹でも自信が無いと言わしめるほど――

 

        

 

 いきなり新たな腕を装着するのは手間がかかるので簡易的な操作を騎操士(ナイトランナー)が出来る仕組みをまず作る。

 それからディートリヒが実際の操縦桿の感覚で動かしてみる。

 

「動かすといってもボタン一つだからな。あまり自分で動かしている感じがしない」

 

 いや、と――

 追加武装まで自分の腕の感覚に依存する必要は無いと気付く。

 要はかゆいところに手が届けばいい。

 用が済めばボタン一つで収納される。そう考えれば使いこなせば新たな戦術の幅が出来るかもしれない。

 

「段々とコツがつかめてきた気がする。無理に腕の感覚に引っ張られすぎていたんだな」

「ディートリヒ先輩。早くも利便性に気が付かれましたか? この追加武装の売りは操作性です。単純攻撃に対して複雑な動きを騎操士(ナイトランナー)側に要求しない。且つ邪魔にならない範囲でなくてはならない」

「ならば魔法に特化しておけば……通常の倍……、またはそれ以上の攻撃が出来るかもしれないな」

 

 二本の腕から四本になっただけでも威力の向上は目に見えて明らか。

 後は実際に魔法を放つだけだ。

 

「それに関しては出来るだけ簡素な造りを目的としていますので、武装も一種類に限定します。まだ序盤ですので……」

 

 ボタン操作で動く新たな追加武装。しかし造られたばかりなので改良はこれからだという。それでもディートリヒは満足していた。

 たかが細身の腕を動かした程度でどうしてそんなに嬉しいのか、オルター弟妹にはまだ実感が伴なわなかった。それはひとえに自分達が騎操士(ナイトランナー)ではないことと幻晶騎士(シルエットナイト)に乗って戦った経験が無い事が原因だ。

 

「折角造った追加武装に名前をつけなければなりませんね。……それは実際に付ける場所が決まってからにしましょう。暫定的に『選択装備(オプションワークス)』と呼称しておきます」

 

 そうして一つの形が出来上がった事を契機にエルネスティは新たなアイデアを模索する。

 叱られない範囲で幻晶騎士(シルエットナイト)の改造に携わる。それはそれでとても魅力的な時間であった。

 その彼の幸せそうな顔をアデルトルートは羨望の眼差しで、アーキッドは苦笑気味に眺めた。

 

        

 

 天上の世界から戻ったシズは当たり前のようにライヒアラ騎操士学園の工房に顔を出し、現場が活気付いている事に小首を傾げた。

 いつもと雰囲気が違う、と。

 その原因は見慣れない物体に取り掛かる騎操鍛冶師(ナイトスミス)の精悍な顔――

 いつもは疲労と苦痛と親方の怒声に嫌気が差したような暗い雰囲気だったが、今は希望に満ち溢れていた。

 ほんの数日留守にした間に何が起きたのか――

 悩む間もなく見慣れない物体が原因なのは明らかなのだが、あえて避けた。

 腕だけを動かして歓喜する騎操鍛冶師(ナイトスミス)達。

 

「何かいい事でもあったのですか?」

 

 手近なところに居た騎操鍛冶師(ナイトスミス)に尋ねた。

 忙しくてシズの問いに答える暇が無い、という様子で去ろうとしていたが懸命に踏みとどまり、説明を始める。

 幻晶騎士(シルエットナイト)に追加する予定の武装の動作確認をしている最中だという。

 

「新機軸の装備なんで、どうなるか今から皆楽しみにしているんだよ」

 

 外装を剥がされ、新装備の為に骨格から調整し直されている幻晶騎士(シルエットナイト)を指差す。それは現行機サロドレア――

 背中と腰に仮止めで新たな腕が付けられている最中でもあった。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)の歴史に無い新しい概念を取り入れるのですか。しかし……、それを決断するのは容易ではなかった筈……)

 

 長い歴史を持つものほど変化を嫌う。その上で新しい風を招き入れるのは()()()()()()が関わっていなければならない。

 急な発展には必ず原因が付き物だ。

 腕を組んで新たに生み出される予定の幻晶騎士(シルエットナイト)を見上げる自動人形(オートマトン)のシズ・デルタ。

 巨大兵器は自分達の世界には動像(ゴーレム)くらいしか無い。それと上の世界で兵器類の使用は厳禁とされている。――もちろん、条件次第で許可される事はあるけれど。

 この地に住まう人間達にとって必需品であるならば否定する言葉は無粋――

 

(……性急な脅威論は至高の御方の思想に反する。ここは報告のみに限定すべきですね)

 

 シズとて新しい発展を否定しようとは思っていない。ただ、少し――ほんの僅かだが脅威度が増した。

 それは針の一指しほどの小さなものかもしれないけれど。

 数百年後には取り返しが付かなくなる可能性もある。

 

(至高の御方は……その程度の脅威は気にされないかもしれない。けれども、我々は守るべき世界の為に働いている都合上、これを見過ごす事はできない)

 

 そうだとしても排除命令は受けていない。

 

 現地の文化を尊重せよ。

 

 それがある限り、シズは大っぴらな活動を自粛されている。

 先の陸皇亀(ベヘモス)襲来のようなものは事前に報告のやり取りをしていたからこその行動だ。それが無ければエルネスティ達を見殺しにしていた可能性が高い。

 生徒達が()()()()()に巻き込まれてしまい、教師として悲しみを覚え、先輩として哀悼の意を表す。

 そして、また時代が流れていく。

 

(それが私の予定だった。しかし、至高の御方はそうは思っていなかった。だからこそ、彼らを試すような事を……)

 

 現地の幻晶騎士(シルエットナイト)と我々の最強格のモンスターが出会ったらどういう戦いになるのかな、というものだ。

 彼らの技術が自分達の想定以上ならば『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』は苦戦を強いられる。そうでなければ実力差は想定内となる。

 この地に降りてから想定されていた実力差についての議論だが、かのモンスターが太刀打ちできない場合は不干渉を決め込む予定だった。――百年も経てば人間達の様相と文化に変化が――嫌でも――生まれる。

 危惧が否定された今、現地制圧に乗り出すことも実は想定されているのだが、それは最終手段であって当初の案には盛り込まれていない。

 いかに至高の御方が人間の味方をしようとも――彼らが人間を敵だと断じた場合は容赦しない。

 自分達の住処である『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』の防衛は何よりも優先される。

 

(……何にしても与えられた命令は事前の排除ではない。更なる発展に貢献せよ、だ。それが至高の御方のご命令であるならば従うだけだが……。命令に矛盾を感じます)

 

 至高の御方だけではない。命令を下す他のシズ・デルタ達も疑問に思っていないものなのか。分かっていて放置を選ぶのは現地に自分(シズ)には理解出来ない。

 かといって休眠に入っている至高の御方を無理に目覚めさせるわけには行かないし――

 シズは小さく唸りつつ現場を眺める。

 自分の仕事は正しく機能しているのか、聞きたいところだった。

 

 


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