国王『アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラ』との会談を終えた次の日、現地調査担当の端末『シズ・デルタ』は報告の為に天上世界『
国王との問答に際し、自分の行動の再検証の為――
しかし、それは杞憂に終わり罰則等は与えられなかった。
「……引き続き調査を続けよ、とのお言葉を伝える」
現地の学生程度の背丈しかない同型シズ・デルタ達数十人が口を揃えて言った。
至高の御方達は一部を除いて長期睡眠中だが命令は下されている。
「……先の計画で一部不手際があったが……、こちらの落ち度ゆえにお前に非は無い」
「……承知致しました」
淡々と告げられる言葉。そこに熱は無い。
あるのはただの報告のみ。
それを寂しいと思うシズが居るのであれば、それは全てのシズが思う共通認識だ。
その共通認識が寂しさを感じていないのであれば他も同様である。
しかし、例外もまた存在する。それがオリジナルのシズだ。だが、彼女は定期メンテナンスの為に
「……魔法文化があるのに、使用に際して『触媒結晶』が必要とは……」
「……機能拡張に余地ありか」
会議室は無味乾燥としているが他の部屋はまた違った様相になっている。
各種生物や植物の栽培。小動物の飼育など。
ただの宇宙船ではない有様は現地の人間が見れば阿鼻叫喚並みに驚くこと請け合いである。
この宇宙船に積まれているのはこの星の生物だけではない。
設定された大気の関係上、各ブロックごとに別けられているが、その規模は想像を絶する。
温度管理も徹底され、外部からの干渉が無い限り、中に住まう生物は安全に暮らせる。
★
報告を終えたシズが通路を歩いていると掃除担当の一般メイド達とすれ違う。それらメイド達はシズの姿を見かけるたびにお辞儀していく。
彼女達は見かけ上は人間だが種族としては『
「………」
現地は機械文明が発達している。しかし、それでもまだ高度とは言えない。
今の自分達と彼らはまだ対等の立場足りえない。だから、招くこともまた早計であると自分は判断せざるを得ない。
(今の調子では数百年はかかりそうですね)
だが、信頼を勝ち取る為には誰かしら招かなければならない。それは至高の御方も望んでいる事だ。
候補者は何人か居るのだが、時期がまだ未定であった。
無限の時が与えられている不死性クリーチャーは制限のある生物の気持ちが理解出来ない。
振りは出来る。ただそれだけだ。
老朽化の問題があるにもかかわらず、シズは悩んでいた。
(……余計な思考は計画の障害となる)
計画というのは現地の制圧ではない。――それらを決めるのは至高の御方ではあるけれど――
自分達が永住できる条件を満たすこと。
それらを成すにはまず現地を調査し尽くす。それから共に文明を発展させていく。
敵対ではなく協調。
だが、それには一つの障害がある。
シズ達には根源的に『人間蔑視』が植えつけられている。それを取り除く術が
では、それを取り除ければいいのか、というと簡単にはいかない事情というものがある。
人間は欲深い生き物だから。
シズ達が警戒し続ければ油断が生まれにくい。もちろん、逆に致命的なミスを犯しやすい状況に陥る可能性がある。
端末たちが警戒しつつ報告を届けてくれるからこそ
その平和を脅かされれば全てが水泡と化す、かもしれない。
(シズ・デルタ一族という仮の歴史を作り上げることには成功したといっていいのかもしれませんが……。何ともお粗末な結果に至高の御方に顔向けできませんね)
結果はどうであれ、現地の最高権力者が認知したので成功と判断する。
行動方針自体は今まで通りで良いとして次の手を考えなければならない。
自分の頭で。
★
シズが姿を消している間、地上世界では『エルネスティ・エチェバルリア』が
ライヒアラ騎操士学園には
多くの
念願だった
元に戻すだけでは面白くない。
折角国王陛下から
(自分用に改造するのは却下として……)
それ以前に本来の操縦者は『ディートリヒ・クーニッツ』だ。彼を無視する事は出来ない。
自分で操縦できないのは面白くないし、折角乗ってもいいと言われたのだから多少は動かしたい。
何も出来ずに終わってしまったのが悔やまれる。
(解析するくらいはいいですよね? 前回は集中力が持続できなかったので失敗しましたが……)
本当に壊しても直すけれど、と思いつつエルネスティは外した操縦桿の穴に手を入れて
本来であれば
問題はその後の運用が難しい事だ。
(でもまあ……、こうして念願の
色々と余計な雑念が入り、目的の作業が思うように
それでも今まで積み上げた知識と妄想によって練習してきた実績により、少しずつ
★
現行機である『サロドレア』が造られてから三百年――
何度も補修と改修を繰り返し、今に至る歴史の厚みは尋常ではない。
基本構造こそ大幅な変化は無いが、それぞれに個性が滲み出ている。
(グゥエールもアールカンバーもトランドオーケスも同じようでいて微妙に違いますよね)
それぞれの
(全体解析……。長年の運用であちこちガタが来ていますね。これではまるで老人のようです)
部品自体は運用の度に取り替えられているとはいえ、基本構造が同じなので結局は何も変わっていないのと一緒。
柔軟性に乏しく、力は強いけれど動きが鈍い。かといって動き易さに重点を置けば力が分散されてしまう。
蓄積されている
(この基本スペックを今まで維持しつつ運用してきたのですか……。それは実に……、勿体ないですね)
エルネスティが唸りつつ解析している合間、
外に居た
大きな動きでも見せない限り。
★
解析を終えて必要事項をメモし終わった後は修理作業に入るわけだが、結構強引にあちこち壊したのは流石に申し訳ない気持ちになった。
道具を使わない破壊行為は必要以上の作業を要求する。だが、それを苦痛だなどと思わない。むしろ、興味深く作業できる事に喜びを感じていた。
それも一から全てを自作して――
設計案を色々と練っているが、あくまでそれらは知識のみ。
実際に手で触れて、感じてこそより詳細な形へと昇華する。
だからこそ、今が一番至福の時であった。
(折角
他人の
ここまで熱中させる理由は何なのか、それを一番に知りたいと思うのはエルネスティの友人達だった。
齢十二の少年が
(焦る心を静めなければ……。現在の作業もまた野望への一歩だと思えば……)
生まれた時から
様々な
否、エルネスティの根幹はそれだけに留まらない。
例えるならば『前世で叶わなかった自身の趣味』をここで――
だからこそ幼いながら尋常ではない様々な知識を有している、というのであれば納得出来るというもの。しかし、それらは周りの者には窺い知れない超常の概念。
(自分の趣味を存分に発揮できる
あれは周りを空気で包んだ
シズが犯人だとしてもそれを責める事は出来ない。むしろ感謝しなければならない立場だ。
(僕が全てを解決すれば目立ちます。物凄く悪目立ちする。時にはそれが悪手となる場合も考えられますよね。……十二歳の子供ですし。……もし、僕にもっと様々な魔法を開発する機会があれば……。シズさんを見返す事もできた筈だ)
それが出来なかったのは能力開発を怠った自分の責任――
もし、シズが居なければ――彼女を犯人だと仮定して、ですが――確実に全滅していた。
全滅どころではない。
(……とはいえ、新しい魔法を開発するのは容易ではありません。既存の
手持ちのいくつかは自作出来た。だからこそ理論的には不可能ではない。
問題は開発にどれだけかかるのか分からない事だ。
大規模なものほど時間と手間がかかる。それと一人よりは複数人で取り掛かるのがベスト。
大きな仕事を成すには一人では限界がある。エルネスティはその事を
(この
やろうと思えば
(おっと、僕とした事が。目の前の作業も残っているというのに)
長考によって作業の手が止まった事に気付いたエルネスティは急いで再開する。
無駄な思考は家路についてから、と決めて。
★
グゥエールの修理は三日ほどで終了した。――その内の一日は解析に潰したので実質二日だ。
ただ直すのは面白くないと思ったエルネスティは乗り手であるディートリヒに改造案を提示してみた。
日がな一日を
「今より能力を拡張させてみませんか? もちろん、いきなり実機で試すより潰しの利く機体から、ということで」
ニコニコと微笑みつつ複数枚の資料を提示する。
その資料に目を落としたディートリヒは驚いた。
十二歳の子供が書いたとは思えない細かな文字と数字、図形の羅列に――
長く
「おいおい、
ドワーフ族の『ダーヴィド・ヘプケン』が提示案の一枚を読んで尋ねた。
自身も設計図を描く事はあるけれど、ここまで専門知識に造詣が深いとは思っていなかった。
「夜なべして。アイデアはすぐに書き留めないと忘れてしまいますからね」
「それはいいんだがよ……。お前さん、丸々一機分一から組み上げる勢いじゃねぇか」
「……それはまあ……。趣味と言いますか、勢いで……」
彼の言葉に苦笑を覚えつつディートリヒは真面目に提示案を読み込んだ。
子供の考えた荒唐無稽な説明書だとばかり思い込んでいたが、そうではない。
専門用語が飛び交っているが
残念ながら操作の知識はあるディートリヒには理解するのに相当な時間が必要である事しか分からなかった。
「これを分かり易く説明してもらえるかな。私にはどうにも専門用語が理解出来なくてね」
「はい。では、説明を始めさせていただきます」
と、言いつつ事前に用意した移動式黒板を持ってくるエルネスティ。
それは会議などで使う一般的なもので
そこに白いチョークで器用に文字と絵柄を書き加えていく。その作業が実に手馴れたもので、誰もが静かに見守っていた程だ。
「既存のサロドレアは長く運用されてきた為にあちこちがガタついています。しかも、長年それを許容した造りになっているので動きが限定的になっています」
「限定的?」
「はい。関節部分に至っては人間で言えばお年寄りと然程変わらないかもしれません」
元々
使い続ければあちこちガタが来るのもおかしなことではない。けれども、部品交換を続けているので全てが三百年前のものとは限らない。
実際に部品交換をしていない状態であれば経年劣化によって駆動自体が不可能となる。
「骨格を司る
「各部品の説明から聞かなければならないのかい?」
「基本は大事ですよ、ディートリヒ先輩」
呆れ顔のディートリヒに対して、にこやかに微笑みつつ教師然として言うエルネスティ。
説明の仕方が実に場慣れしている。本当に十二歳の子供か、と疑いそうになった。
いや、その前に下級生から教えを請う自分もどうかしている、と。
「ご存知のように
「うん」
ディートリヒの返事のような言葉に対し、エルネスティは細い棒を持ち出して黒板をピシィと叩く。
遠くに居る者にも見えるように説明する為に。
「人体は整ってはいますが、それ単体では欠陥が多い。つまり、
「俺達はその欠陥だらけの代物をずっと整備してるんだがよ。それじゃあ駄目なのか?」
「良くはありません。改良とは操縦者に気持ちよく操作してもらう為にこそ、ですから。欠陥だと分かっているのであれば改善するのは当たり前です」
その当たり前が出来ないのは欠陥だと思っていないからだ。
与えられた仕様書の通りに
親方と呼ばれるダーヴィドもすぐさま反論したいところだが、ここはあえて彼の意見を聞く。
彼自身もすぐ壊れる機体を整備し続けるのには異論があった。ただ、大幅な改良案が今まで出せなかったので仕方なく、という側面がある。
「そもそも二足歩行する生き物はそれ自体が欠陥持ちです。安定性は望めません。ですが、それでも
エルネスティは人型を否定しているわけではない。
操縦性を追及しつつ出来るだけ人型を保ち、兵器としての存在感を維持する。
更に動き易く、様々な状況に耐えうる機体を望んでいる。
「まず問題なのは筋肉です。何度も張替えが必要になるほど意外と脆い構造に僕は着目しました」
基本的に材質を変えたり、張り方を変えるのが精々。
設計思想の一つに『人体の模倣』があり、それを逸脱するような構造は今まで想定されて来なかった。
「設計思想を素直に守り続けるのは頭が硬いというか、思考の硬直です。それでは発展も遅々として進みません」
「具体的にどうするんだ? 国家事業を単なる思い付きで変更するのは並大抵の事じゃねぇぞ」
国家事業という名目があるからこそ誰もが気をてらうことに否定的になり、わずかな改良だけで満足してしまう。――否、そうする事が美徳だと自分達に言い聞かせて新機軸への参入を自ら閉ざしてしまう。
そして、いつしか大幅な改良に恐れを抱くようになる。
それぞれの部品を製造する者達の既得権益が脅かされる、とかなんとか理由をつけて。
「逆を言えば国家事業であるからこそ国王陛下の鶴の一声さえあれば出来ない事は無い、とも言えますよね。……僕も大量破壊兵器を作ろうだなどと言うつもりはありませんが……。せめて今以上に、より良い機体を作りたいと思っています」
「……不穏な単語が聞こえたが……。とにかく、
「全面刷新は性急過ぎるので……。装備面や部品単位からの変更を試みたいです。その為には
物怖じしないエルネスティの言葉を黙って聞いていたディートリヒは自分が使いやすい機体であれば文句は無かったし、新装備などにも興味があった。
いつも何かしら不具合を起こす骨董品よりは制式量産機のようなもう少し動きに幅のある
★
グゥエールを改造するには乗り手の許可が必要だ。ディートリヒとしては断る理由はないし、どんなものになるのか話しだけでも興味があった。
エルネスティによる提案の一つは剣と魔法を両立させる方法。または同時使用だ。
魔法を扱うには触媒結晶と
「ディートリヒ先輩は剣での戦闘を得意としている、との事なので……。魔法に関しては如何いたしますか?」
「付けてくれるのであれば文句は無いよ」
「そうですか。では、その両方を活用するとして……。問題になるのは武器の交換です」
黒板に簡易的な
それから追加武装の案を提示する。
「剣と魔法を使う時に必要となる杖……『
けれども、と言いつつ黒板にチョークを走らせる。
実際に想定している部品として、本来あるべき腕の他に追加武装としての腕を描く。
「複数の腕か……」
「人体を模した
「二本の腕の他に追加の腕を操作するのか。……確かに。あの操縦席からでは想像できないな」
「新たな筋肉と骨格を与えて、それらを操作する
ダーヴィドとディートリヒは改めて用意された仕様書に目を落とす。
追加武装の草案は実に魅力的だが、実際に動かしてみない事には実感が湧かない。
操作性が良ければ採用してもいいと思うのだが――
全く異質な仕様には些か懐疑的にならざるを得ない。
「剣を操る時、邪魔になっては意味が無い。その辺りは……、実際に動かしつつ調整するしかないんだろうな」
「そうですね。僕は案は提出できますが……。それが本当に有意義なものかどうかは……」
「それで親方。これは実現度はどのくらいだ? 使いやすさではなく、造れるのかどうかの話しで」
「……う~ん。坊主の案を実現する事はそう難しくないと思うんだが……。全く異質な追加武装となると……。グゥエールにいきなり仕込むより他の機体で試してからでもいいなら、やってみてもいいと思う」
新しい事に挑戦したくないと思う
そして、
自分の設計が実際に形になる様を見る事が出来るのだから人一倍嬉しいに決まっている。
ただ、反面――失敗のおそれもある。
(成功ばかりが発明ではありません。失敗もまた次への布石です)
早速作業に入るかと言えば、そうではなく、図面の引き直しから必要な部品の調達。機体の用意に作業員の分担と多岐に渡る。
エルネスティは学業をサボる事が出来ないので基本的に
決められた時間の間だけグゥエールの修理を許されていた。そして、それが終わった今は学業に専念しなければならない。――これは両親と交わした約束でもある。
★
エルネスティが授業の為に施設を後にした後、早速試験の為の土台作りを命令するダーヴィド。
図面を引く手間さえ要らない程だった。
「まずはこの……追加武装についてだが……。簡単な命令で動く程度で良いらしい。まずは……骨格からだな。改修が終わったもんから手伝え」
「へ~い!」
手の空いている
「折り曲げ。伸ばし。その他諸々の命令にどれだけ対応できる?」
「重いものを持たせなければ動きだけは何とかって感じです」
「……それじゃあ意味ねぇだろ」
命令に対応だけ出来るように造ったのだから、更なる改良が必要だと判断し、次に移行する。
腕となる部分に必要量の
学園の為の施設とはいえ
予算オーバーになっては何も造れない。その辺りは学園長に逐一報告しなければならない事務的なものだ。
「坊主も予算の面をちゃんと考えている辺り、本気度が伝わるな。こりゃあ、
感心しつつ土台となる追加武装『腕』の試作品を並べてみる。
どれも貧相な形となってしまったが機能面を重視し、予算的にも見合う形にすると自ずと削られる部分が限られる。
「問題はこれを何処に付けるかだが……。頭、背中、腰、腕に脚と試していくか?」
「そうなると気持ち悪い姿になりそうですね」
「腹とか胸とかは勘弁してほしいです」
文句を言う
それと悪戯に付けられるほどの機能的余裕は現行の
今以上となると新たに新調する必要がある。
★
一先ず図面に簡単な人体を描き、それに更に追加部分を適当に書き加えてみる。
候補は背中と腰である。それ以外にも無難そうなところが無いかダーヴィドが確かめてみるのだが、初めての試みはどれを選んでも気持ち悪いか、納得できそうにないものばかり。
やはり順当に人型のまま方が安定しているように見えてしまう。
「武装の両立の面から考えりゃあ、追加武装は必須……。さて、どうしたものか」
悩んだ時はアイデアを出した当人にやらせるべきだという答えが出る。
そればかりだと自分達の発想力の貧相さが目立ってしまう。
いや、実際貧相な発想しか出来ない事は認めざるを得ない。
今まで追加武装の案など考えた事が無い。
ただひたすらに補修と整備ばかりやってきたのだから。
昼ごろに顔を見せに来たディートリヒに意見を聞く。
「もう形になっているのか。さすがは親方だ」
「ありがとうよ。それでだ。これらをどう装着させるか、だが。お前さんならどうする?」
ディートリヒは床に並べられた腕達を見比べていく。
実際に装着してみない事には何も想像出来ないが、自分だったら何処に付けるのか、で結構悩む事だけは理解出来た。
細身の腕では防御面に難あり、と。
「全身に付けまくるとどうなる?」
「……それはそれは気持ち悪い姿になるだろうね。それらに
一撃が限界。そう判断する。
剣を持たせた場合は二刀流は想像出来るが、それ以上は動きに自分が耐えられそうにない予感がした。
対人戦闘に役立つかと言われると疑問が残る。
それと武器の量と重さで運用が難しくなる。
「最初から大量につけるのは良くない気がする。駆動させる手間が増えると動かしにくい」
「……それと重心の問題もあるか。あと、追加による骨格調整が微妙に狂うな」
「そうだねぇ。親方、頑張ってくれよ」
「おおよ」
と、返事をしたものの思いのほか問題点が浮き彫りになってしまったので頭を痛める。
それでもいきなり装備させて大破させるよりはましだと思って改めて仕様書と図面を見比べる。
追加する部分によっては前面刷新を要求される。
重心の変動もまた難題であった。
★
中等部の授業が終わり、エルネスティとオルター
彼は街の鍛冶家の息子で現在
出来上がった追加武装に取り付く銀髪の少年とそれを見て苦笑する
「動作確認を見せてもらえますか?」
「おう。……しかし、単調な動きしかできねぇぜ」
「それでいいのですよ。複雑な動きでは操作する
一声かけるだけでスラスラと言葉が出る辺り、只者ではない感がにじみ出る。
考えた当人ではあるけれど負けたくない、という気持ちが
他の
基本はボタンで動く程度の代物。
より多くの動きは今は考えない事にしていた。
「曲げと伸ばしは問題ないようですね」
「魔法という事で
「基本は死角です。人体を模している以上、余裕があるのはその部分ですよ。さすがに視覚の問題は僕でもすぐにアイデアは出ませんが……」
背中が無難である、という一先ずの決着に納得する。しかし、それには
背面の骨格を弄れば強度的にも不安が残る。
「エル君。
腕だけ並べられたものを見ながら、『アデルトルート・オルター』が尋ねてきた。
単品だけだとなんか気持ち悪い、という感想を口にしつつ。
「
「だけど、エル。
仕様書を読んでいない『アーキッド・オルター』が胡散臭そうな顔で尋ねてきた。
彼らは未知のものに対しての知識を持っていない。だからこそ素直な感想を口にする。それ自体は悪い事ではないし、その事で
出された疑問に対し、エルネスティは丁寧に説明していく。
「操作は操縦桿を改造します。出来るだけ簡素に。簡単に扱えるように。ご存知のように
いくらかは
腕を操作する操縦桿と歩行に必要な
機体を操作するのに肉体的な負荷がそれなりにかかるものなので。だからこそ、
エルネスティも
「もちろんコアの部分……。
にこやかに説明するエルネスティはいつも以上に輝いて見えた。
こと
★
いきなり新たな腕を装着するのは手間がかかるので簡易的な操作を
それからディートリヒが実際の操縦桿の感覚で動かしてみる。
「動かすといってもボタン一つだからな。あまり自分で動かしている感じがしない」
いや、と――
追加武装まで自分の腕の感覚に依存する必要は無いと気付く。
要はかゆいところに手が届けばいい。
用が済めばボタン一つで収納される。そう考えれば使いこなせば新たな戦術の幅が出来るかもしれない。
「段々とコツがつかめてきた気がする。無理に腕の感覚に引っ張られすぎていたんだな」
「ディートリヒ先輩。早くも利便性に気が付かれましたか? この追加武装の売りは操作性です。単純攻撃に対して複雑な動きを
「ならば魔法に特化しておけば……通常の倍……、またはそれ以上の攻撃が出来るかもしれないな」
二本の腕から四本になっただけでも威力の向上は目に見えて明らか。
後は実際に魔法を放つだけだ。
「それに関しては出来るだけ簡素な造りを目的としていますので、武装も一種類に限定します。まだ序盤ですので……」
ボタン操作で動く新たな追加武装。しかし造られたばかりなので改良はこれからだという。それでもディートリヒは満足していた。
たかが細身の腕を動かした程度でどうしてそんなに嬉しいのか、オルター弟妹にはまだ実感が伴なわなかった。それはひとえに自分達が
「折角造った追加武装に名前をつけなければなりませんね。……それは実際に付ける場所が決まってからにしましょう。暫定的に『
そうして一つの形が出来上がった事を契機にエルネスティは新たなアイデアを模索する。
叱られない範囲で
その彼の幸せそうな顔をアデルトルートは羨望の眼差しで、アーキッドは苦笑気味に眺めた。
★
天上の世界から戻ったシズは当たり前のようにライヒアラ騎操士学園の工房に顔を出し、現場が活気付いている事に小首を傾げた。
いつもと雰囲気が違う、と。
その原因は見慣れない物体に取り掛かる
いつもは疲労と苦痛と親方の怒声に嫌気が差したような暗い雰囲気だったが、今は希望に満ち溢れていた。
ほんの数日留守にした間に何が起きたのか――
悩む間もなく見慣れない物体が原因なのは明らかなのだが、あえて避けた。
腕だけを動かして歓喜する
「何かいい事でもあったのですか?」
手近なところに居た
忙しくてシズの問いに答える暇が無い、という様子で去ろうとしていたが懸命に踏みとどまり、説明を始める。
「新機軸の装備なんで、どうなるか今から皆楽しみにしているんだよ」
外装を剥がされ、新装備の為に骨格から調整し直されている
背中と腰に仮止めで新たな腕が付けられている最中でもあった。
(
長い歴史を持つものほど変化を嫌う。その上で新しい風を招き入れるのは
急な発展には必ず原因が付き物だ。
腕を組んで新たに生み出される予定の
巨大兵器は自分達の世界には
この地に住まう人間達にとって必需品であるならば否定する言葉は無粋――
(……性急な脅威論は至高の御方の思想に反する。ここは報告のみに限定すべきですね)
シズとて新しい発展を否定しようとは思っていない。ただ、少し――ほんの僅かだが脅威度が増した。
それは針の一指しほどの小さなものかもしれないけれど。
数百年後には取り返しが付かなくなる可能性もある。
(至高の御方は……その程度の脅威は気にされないかもしれない。けれども、我々は守るべき世界の為に働いている都合上、これを見過ごす事はできない)
そうだとしても排除命令は受けていない。
現地の文化を尊重せよ。
それがある限り、シズは大っぴらな活動を自粛されている。
先の
生徒達が
そして、また時代が流れていく。
(それが私の予定だった。しかし、至高の御方はそうは思っていなかった。だからこそ、彼らを試すような事を……)
現地の
彼らの技術が自分達の想定以上ならば『
この地に降りてから想定されていた実力差についての議論だが、かのモンスターが太刀打ちできない場合は不干渉を決め込む予定だった。――百年も経てば人間達の様相と文化に変化が――嫌でも――生まれる。
危惧が否定された今、現地制圧に乗り出すことも実は想定されているのだが、それは最終手段であって当初の案には盛り込まれていない。
いかに至高の御方が人間の味方をしようとも――彼らが人間を敵だと断じた場合は容赦しない。
自分達の住処である『
(……何にしても与えられた命令は事前の排除ではない。更なる発展に貢献せよ、だ。それが至高の御方のご命令であるならば従うだけだが……。命令に矛盾を感じます)
至高の御方だけではない。命令を下す他のシズ・デルタ達も疑問に思っていないものなのか。分かっていて放置を選ぶのは現地に
かといって休眠に入っている至高の御方を無理に目覚めさせるわけには行かないし――
シズは小さく唸りつつ現場を眺める。
自分の仕事は正しく機能しているのか、聞きたいところだった。