国からの払い下げである
何ごとも一気には事を進められないものだ。
何度目かの試験の後に高評価を経た
「最初は新しい腕を付けるだけじゃなかった?」
疑問を呈するのは『アデルトルート・オルター』だった。
話しとしては間違っていない。
単なる部品付け程度だと思っていた者も多く居る。その原因は新しい発想を
「その腕を動かすには充分な筋力が必要なんですよ、アディ。単なる付属品では
「つまりだな、
と、ドワーフ族の親方『ダーヴィド・ヘプケン』が補足する。
む~、と唸りつつ口を尖らせるアデルトルートをエルネスティが宥めつつ分かり易く
★
学生達が盛り上がっている横では大人しく作業していた『シズ・デルタ』が台座に腰掛けて一休みしていた。
作業工房の一角は既にシズ専用と化していて、よく分からない残骸が転がっていた。それらもいずれは廃棄されるか、再利用の為に持ち去られる。――もちろん、シズが許可を出したものに限る。
他の者達と違い、
では何をしているのか、と言えば他人には窺い知れない、という事だけしか分からない。
(……実際、
金属加工のデータも先日提出し終わり、次の行動について模索する。だが、命令以外の行動が中々浮かばない。
職務についていない自分が悪いのだが、新たに就くべき役職が未だに決まらない。かといって
(私の冒険としてはここに残るほうが得策のようですが……。どうしたらいいものか……)
未知のものに対して
更には抵抗感ともいうべきものも含まれる。
かといって拠点に引きこもっては至高のシズ・デルタにお叱りを受けてしまう。
(……自ら指針を見つけなければいけないのですが……。その指針がどのようなものか私にはまだ判断がつきません)
だからこそ命令がとても欲しくなる。
もとより端末のシズ・デルタはそういうものとして創造された存在だ。
急な仕様変更には対応していない。
★
休息を終えたシズは――誰かに決められたものではなく――学生たちの下に向かった。
常に無表情の彼女が近付くだけで周りの者達は何事かと訝しむ。
いちいち
実際に彼女が逐一行動に注文を出す事は無く、大きな規則の違反でも見られない限りにおいて静かに過ごす事が多い。
その辺りに慣れた親方のダーヴィドは平然と彼女に付き合っている。
「改良は順調ですか?」
と、声をかけただけでビクつく
作業は順調だが結果が芳しいのが実情だ。
「エル君。鉄仮面が敵情視察に来たわよ」
「僕らと張り合っているわけではありませんし……。あまり敵視するのもどうかと思いますよ」
と、言いつつも紫がかった銀髪の少年エルネスティは近くまで来たシズを出迎える。
ここ数日は互いに離れた位置で作業をしていたので、アデルトルート程ではないが警戒はしていた。
また規則などを持ち出してくるのではないかと思っていたのは事実だ。
上着を腰に巻いた大人の女性シズ・デルタの姿を頭から足元まで見据えた。
教師風の姿も似合うけれど、汚い現場である工房の中でも違和感無く過ごしている彼女は確かに神秘的で不思議な雰囲気を感じる。ただ、それが好意か敵意かは判断できなかった。
そもそもシズについてはあまり知らないエルネスティは周りの噂でしか彼女の様子を知りえない。
本当はどういう人間なのか、知っておいた方が今後の活動に役立つのではないかと思った。
「国王陛下より許可を頂いておりますが……。何か問題でもありますか? ……僕としては何か意見でも頂けるとありがたいですが……」
「……いえ。君たちの作業について、許可が出た時点で私が口出しする権利はありません。ただ……、君の噂を耳にした分で言えば……、学生の領分を越えすぎな面があるようですね」
「それは耳に痛いですね」
シズの言う事は尤もだ。だから、反論は出来ない。
ここまで来るのにエルネスティは
全ては
★
シズは張り替えられていく
目の前にあるのは
全身の骨格調整を後回しにして上半身のみの試験運用の為の素組みを
「本当は全身の張替えをしたいところですが……。そうなると部品を丸ごと新調しなければならなくなります。まずは上半身のデータを取って下半身を仕上げる計画です」
「君たちが考えて造るものなのだから私の意見は邪魔なのでは?」
「そんな事はありませんよ」
と言いつつエルネスティはシズの言葉に驚いていた。
控えめな意見を言うとは思っていなかったので。
冷静な判断の出来る大人の女性というイメージがあり、細かな駄目出しをされるものだと覚悟していた。
表情を窺う限り、興味深く観察しているのかは――無表情に近いので――判断できなかったけれど。
「……エル君の紫銀の髪と鉄仮面の淡い赤色っぽい髪の毛はなんだか……。対極っぽく見えるわね」
「この辺じゃあ珍しい色だけど……。別にエルに対抗したわけじゃないだろ」
それと背丈は明らかにシズが高く、見下ろす形で喋る彼女には言い知れない威圧感がある。もちろん、本人に威圧の意思は無いと思われるが――
近くで見るシズという女性は不思議と近寄りがたい雰囲気があった。
「
この質問に対して『鋭い』と思いつつ目を輝かさせるエルネスティ。
太さは先の計画にあるだけで予定には組み込まれていた。
「その辺りはまだ研究中です。今張っているのはデータ的に高い数値が出たものを採用しています。それと太い
太ければ伸縮率は低くなり、動きが狭まる。ただし、耐久力は上がり、
欠点としては破断しやすい。
「人間の十倍近い大きさを持つ
「では、
「そうですね。現状、この工房内で使える材料だけで開発する計画です。これ以上は流石に
学生達に出来る事は限られている。その中で一番の問題はコアの部分である『
この部品の改良、または改造は厳禁とされている。
解析も本当はしたいのだが――とエルネスティは小さく呟く。
そうなると本当に新しい
「上半身だけとなると攻撃面の強化……。では下半身はどういう計画なのですか?」
「単に上半身を支える程度です。全体のバランス調整を後回しにして、攻撃力がどれだけ上がるのか確認してから決めていきたいと思っています」
攻撃型のグゥエールに相応しい姿を想像しているけれど、実際にどうなるかはエルネスティでも分からない。
とんでもない失敗をすれば全てが台無し。そして、振出からまた図面の引き直しだ。
全体的な自壊だけはしないで、という願いを込めて作業を見守る。
★
数時間の作業の後でグゥエールの
自分の
まず最初に抱いた印象は上半身がなにやら太い。腕もそうだが、と呟いていた。
「剣で戦う筈が素手で殴り合う仕様になってはいないかい?」
「新型
見た目には確かに太い腕で殴るタイプの戦闘が出来そうだが、そこまで強固な
それと暫定的に背中に取り付けた新しい腕――『
「つい筋肉に意識が向いてしまって……。ですが、ちゃんと作ってありますよ」
本来の腕に比べればとても貧相な
しかし、機能面では手を抜いていない事をエルネスティは伝えた。
「
「……それは本末転倒という事じゃないか」
設計や施工に
要するに目の前のグゥエールは上半身が太くなっただけで何も変わっていない、ということになる。
変わったものと言えば攻撃力の増加。
筋肉増量によって敏捷性が犠牲になった。
「私としては速度の向上も期待したいところだ」
「それはもう考えてありますよ。ただ、今回は新型の
今のままでは動きの遅い魔獣を相手にするので精一杯になる。それと
文句ばかりが出るが機能の改善に時間が掛かる事も理解している。
「速度を上げるには軽くするしかない。そのあたりの兼ね合いも今後の課題です」
「新生グゥエールがどうなるのか、楽しみでもあり、怖くもある。背面の武装は……付いているようだが……。機能としてはどうなんだい?」
「調整は済んでいます。
将来的には切り替えも視野に入れている。
形としてはまだまだ不細工だが、新しい装備が使える事にディートリヒは楽しみになってきた。
★
仮止めの
上半身が筋肉質でいかにも強そうに見える外観に
早速、ディートリヒは愛機に乗り込み、エルネスティの講義を受ける。
「中は以前と一緒です。操縦桿にいくつかのボタンを付けました。
「おいおいエルネスティ。前より操縦桿が重くなっていないか?」
「それはまあ……。筋肉増量に伴なった圧といいましょうか……。申し訳ありません。
「つまり、
「その自信はあります。
聞けばすぐに答えが返ってくる辺り、エルネスティという少年は侮れない、と思わせる。
自分よりも年下の人間が見たことも聞いた事も無い発明を発表するのだから驚きだ。
口だけではなく実証までするのだから少し尊敬してしまう。
「……ところで。その手に持っているのは……
「はい。動作確認の為に……」
既に起動している
まだ中等部一年生であるエルネスティがどうやって
――それはそれとして。
「……気のせいかな。一歩動いただけで
「……あはは」
そう。グゥエールを外に出そうと試みようとして今は停止中となっている。それが一番の問題だった。
おや~と言いながらディートリヒは計器類の故障かなとも――
「これはあれですね。筋力増加に伴なった弊害と言いますか……。想定以上に操作に
そう言いながらも原因究明に努めるエルネスティ。
基本的に
今回は全身に張り巡らせた
本来
「
「……見た目からそうじゃないかと思っていたさ」
自壊に関しては
それと
★
起動実験は結局のところ失敗という形となった。
とはいえ、それはそれで原因を究明し、改善すればいい。
仮に使おうとすればそれだけで何割も
「いつも以上に身体にズシリと感じたよ。ある意味、
「そうですね」
つまり複数の
剣術を嗜む
「ならば」
と、人差し指を掲げるエルネスティ。
現状で無理ならば申請書の作成だ、と言わんばかりに熱意を膨らませる。
早速、学園長の下に向かい
グゥエールの改造は国王陛下直々に許可が下りている。
「
事前に問題点を洗い出した書類を『ラウリ・エチェバルリア』に突きつける。
分厚い書類を読みつつ自分の孫は随分と賢いものだなと改めて驚く。
中等部で
「エルや。熱意は理解したが性急過ぎるぞ。……それともそこまでの代物をこさえてしまったのか?」
穏やかに孫を宥めるラウリ。
家では普通の子供のような振る舞いしか知らない孫が事
幼い頃に見た情景が原因だとは思うが――と三歳の頃の
「申し訳ありません、学園長」
「それに
そう言いながら孫に暖かい紅茶を差し出す。
それにしてもどうしてうちの孫は事を急ごうとするのか、と常々疑問に思っていた。
まだ中等部一年生であり、
ここ数年――初等部の頃から
(溢れるアイデアを早く形にしたいようじゃが……。付き合わされる周りの者達の姿を改めて見る事を勧めるしかないのう)
(……性急。確かそうです。アイデアは早い者勝ちなのですから。ですが……
ほんの数分間、沈黙が降りた。
それぞれ思うところがあるようだが急いでも良い事はないと自覚していく。
「何でもかんでも国王陛下にお伺いを立てるわけにはいかんのだ。いくら国秘の事業とてな。これは
「その
一つ頷きつつ質問に対して質問を返した事に少なからず申し訳なさを感じた。
学園長ではあるけれど自分の祖父だ。つい気が緩んでしまうのはいけないと――
「うむ。多くの
通常は複数人に分かれて作業する。
そもそもで言えば
(確かに
中等部一年生である小さな子供がのこのこ行ったところで門前払いされるのがオチだ。
実績が
(とはいえ普通に考えても無理な話し……。まずは中等部を卒業しなくては……)
それに学生のまま
自分の――自分だけの
ここに年齢は関係なく、生きている内に達成できればいい。それともちろん研究も続けたい。
完成して終わりではない。
自分の『趣味』である分野にいつまでも携われるのは幸せな事だ。
★
それぞれが新しい道に進んでいる頃、シズもまた独自に歩み始めていた。
現在馬車にて移動している目的地は王都から南方に位置する。距離としては馬車を急がせても早くて一日というところ――
森に覆われた城塞都市『デュフォール』に
多くの制式量産機――
学生たちが
二日ほどかけて到着したシズは事務的に許可証を詰め所の人間に渡し、中に案内されていく。
実際のところここに来るのは初めてではない。
十年に一度という頻度だが、
「所長はおりませんが工房長が詰めております」
「承知しました。……何か新しい技術でも開発できたのでしょうか?」
多少の世間話しを振ってみる。
全くの無言では相手に要らぬ緊張感を与える。――とは思っても無表情のシズの態度が威圧的に感じてしまう
確かに人間に対して敵意や敵視する事はあるけれど、任務の為ならば気さくな問答も吝かではない。
あまりに凝り固まってしまうと逆に任務に支障が生じ易くなる。
「……いえ。現行機は十年経っても進捗が芳しくありません。作りなれた機体になっている、という以外には何とも……」
苦笑を浮かべる案内役と多少の会話をしながら奥へと進む。
制式量産機である多くの『カルダトア』が並ぶ光景はすぐにやってきた。その中に一つだけ変わった機体が――あったりはしなかった。
(変わったのは担当者くらいでしょうか。……それが当たり前の光景なんでしょうね、本来は……)
学生たちは人と共に新たな発展を遂げた。それがここではまだ適応されていない。
ここにはパラダイム・シフトを起こしうる人材が居ない、という意味に取れる。
この時までは――
シズが到着する少し前に持ち込まれた『ある書類』が秘密裏に解析されようとしていた。
これはシズが持ち込んだものではなく、使者を通じて
――ただ、執筆者が中等部一年生ということもあり、半信半疑が会議室内を満たしていた。
★
ここでの目的は知識の幅を広げる以上の意味は無く、エルネスティのアイデアを自分のものとして吹聴するわけでもない。
日頃の研究に対する意見聴衆が主なものと言える。
「………」
普段なら大勢の
非番の人間が多く出ただけかもしれない。――普通の人間であればそういう判断を下す。しかし、シズは索敵能力に優れている。
この都市で活動する人間の足音などを――意図的に――収集する事は造作もない。――だが、特段の理由も無く能力を――人間に使う事は憚られる。
面会予定時間を数十分ほど遅れて目的の人物『ガイスカ・ヨーハンソン』が現われた。
地面に付くほどの長い髪と髭を持ち、ドワーフ特有の低身長である彼は随分と老いた姿をしていた。
「おお、シズ・デルタ殿か? 急に若返って見違えましたな」
野太い声と歯並びの悪い口から好々爺を酷く歪めたようなセリフが漏れ出る。
シズはいつもの涼しい顔で応対する。
「先代の娘です。
一礼して挨拶するとガイスカは酷く驚いたようだ。
声といい、姿形は先代と呼ばれるシズ・デルタそのもの。その娘というのは些か疑問を抱く程に――
とはいえ、目下の興味は齎されたアイデア集なので人間への興味はすぐに霧散する。
この切り替えの早さが歴戦の技術者である事を物語っている。
シズも無駄な世間話しをする為に来たわけではない。今までの研究成果をまとめた報告書と論文を提出する。
金属加工における劣化、破断の研究はそれほど特異なものではない。ただ、シズが書き上げたものは通常の何倍もの精緻なデータが詰まっている。それゆえに一概に無視できない。
事務的に受け取った後、ガイスカは興味なさそうな顔でパラパラと読みつつも心は未知のものへの興味に向いていた。
「学生の工房はここまで精緻な作業が出来るようになったのか?」
「いえ。個人的なものです」
ふん、と鼻を鳴らしつつ折角来てくれたシズに何とはなしに言葉をかけてみる事にする。
問題のアイデアを提供したのはシズではない、かもしれないが彼女が多少は関わっていても不思議ではない。
学生の――しかも中等部一年に過ぎない少年に新しい発想など出来るものか、と疑問を抱いた。優秀な教師が側で指導でもしたのだろうと――
自分の書類に対する意見より新機軸の質問が中心になり、シズは滅多に見せない苦笑を滲ませた。
元より自分が発案したわけではないので当人に説明を受けたらいいと進言しておいた。
少なくとも自分の手柄にする気は無く、いかにガイスカの要望でも勝手に話しを進めるわけにはいかない。それと秘匿事項をペラペラと喋るな気安さは持ち合わせていない。
これが金銭目的の
「では、その小僧から聞けと?」
「当人から聞くのが一番だと思います。私見ですが……、彼とて発想を現実にするのに苦労しているようでした」
今の説明は適切なのかは考えず、様々な妥協点を模索した結果だけを告げる。
決して嘘にならず、言い過ぎない文言ではこれが限度だと判断した。
――それよりも自分の仕事を優先してほしいとシズは願っていた。今日はその為に赴いたのだから、と。
持ち込まれた内容とタイミングが悪かったのか、殆ど取り合ってくれないのは面白くない。
いくら冷静な鉄面皮といえども内なる感情はオリジナルと大差が無く、そのオリジナルである彼女であれば不満を表すところだ。
★
結局、シズが用意した書類の殆どは上の空で扱われ、内容に対する意見などは後日とされてしまった。
今まで後回しにされた事が無かった分、不満を覚えるところ――ただ、その気持ちを溜め込む気は無く、
ガイスカは早々に立ち去り、残ったシズも彼への拘りを捨て、次に移行する。
大人として優先順位は理解している。それでも自分を無視させるのは些か面白くない。――それに――何日も前から予約を取っていたのはシズの方が先だ。――にも関わらず、だ。
(……学生であれば激昂しているところ……。……その学生なんですけれど……、ここは大人としての判断を優先すべきでしょうか。悪目立ちするよりは……)
口を尖らせつつ反復してみるも、やはり面白く無い事には変わらない。
そうなれば悪戯心が湧いて来る。特に――天上の世界に控えている多くのシズ達ならば次の嫌がらせ――もとい――会議の議題にし始めていてもおかしくない。
――さすがに大都市に無数の質量兵器は落とさないと思うけれど、ありえないとは言い切れない。
相手がこと人間であるならば容赦は基本的にしない。いや、そういう傾向にあるので現場で活動している自分や他のシズ達にも少なからず影響してしまうことだけは避けなければ――
至高の御方達に叱られてしまう事態になりかねない。
現地制圧を端末達が実行に移してよい、という命令は受けていない。それと現地の文化を尊重せよ、という命令を反故にする事になる。
そう思うと背筋に冷たいものが落ちる感覚に襲われる。
肉体的には現地の人間とほぼ同等――その感覚からの比喩ではあるけれど――
気分を切り替えて開発工房へと赴く。
★
学生たちで賑わっていたライヒアラ騎操士学園とは違い、ここはほぼ専門家しか居ない。
カルダトアと隊長機である『ウォート』シリーズの整備を横目に見ながら
命令としても受けていない事だが、いずれは自分も新型機の開発に携わるべきなのか、と――薄っすらと記憶にとどめておく事にする。
必要性にかられてなし崩し的に巻き込まれる可能性は日に日に高まっている。それでもまだ自分は人間観察に重きを置いておきたい。
国王陛下より様々な許可を頂いているとはいえ、だ。
「………」
物静かなシズの視線を気にする者はここには殆ど居ない。
学生達とは違い、ここで働く者達は真剣に自分の作業に集中している事が多いので、邪魔でもしない限りシズを気に止める事はほぼ無いと言っていい。
――例外があるとすれば新機軸の案を持ち込んだ当人が居れば、また違った反応が現われるかもしれない。
(魔獣に対抗する為に作られた
あるいは――と付け加えつつ拠点整備や改造する時などを思案する。
便利な魔法で今のところ事足りているけれど、全ての人材が習得しているわけではない。
必要な人材を用意できない場合も考慮しておく。
不測の事態はどんな場合にどんな症状で起きるか――全く未知である為だ。
今の段階でシズが作りたい
(どの道、
外壁に穴が開いては一大事。
だからこそ天上の世界は地上よりも静かであり、それは必要だからこその処置でもあった。
それと機密性の問題が残っている。
この世界は――国は
その辺りは今考える事ではないので、シズはただ周りに迷惑がかからない範囲で見学を続ける。
★
失敗から学ぶ事は多い、と思いつつも日が経つに連れて結果が伴なわなければ不安を呼び込んでしまう。
シズの姿が無い学園の工房内でエルネスティは開発に行き詰っていた。
専門分野ではない技術の流用なので仕方が無いところはある。
(いくつかの試作品を作ってみたものの……。見事に玉砕されると諦めざるを得ませんね)
短期的な数値の増加は確認出来た。けれども長期運用には適さない、という結果はなんとも残念な気持ちにさせるものだ、と深く溜息をつく。
新型
(
アイデアでは簡単に作れると思っていた。しかし、造るのは自分ではなく、多くの
他人の苦労を理解出来ない事による失態であれば改めなければならない。
(なら、その
その方法は既に考えてある。
肉体労働に特化したドワーフ族とはいえ人間と同じように疲労し、作業が遅くなる。問題は
今までの作業内容からしても随分と捗っている方だ。それを忘れてはいけない。
一旦、
(せめて形だけでも作っておかなければ……。しかし、何を造るにしても
手元にあるものでの開発に限界を感じたエルネスティ。
整備だけなら充分かもしれない工房とはいえ、新開発に特化しているわけではないし、予算的にも限界はある。
ここはお小言を貰う覚悟を持って要望書を提出し続けるのが近道だと判断する。
次の日に城塞都市から戻ったシズが工房に現われた途端に――待ち構えていたエルネスティが飛びついてきた。
身体に直に掴みかかった訳ではないが、その勢いは感じられた。それと周りに居た
「ど、どうしたのですか、エチェバルリア君」
足元に平伏するような格好で飛んできた銀髪の少年の態度に――さすがに――驚きを持って声をかける。
昨日まで静かな時を過ごしてきた彼女にとって急な変化は看過できない問題だ。その原因は究明しておかないと後々重大事件となるかもしれない。――そういう事を言われて育った経験がある。
普段はどんな事にも表情を変えない――または変えにくいシズも歳相応の変化を取り、それに気づいたものは人間的な表情がとても素敵だ、とか色々と心の内で感想を述べていった。
「僕に陛下へのお目通りが叶う機会を下さい。シズさんならば色々と根回しが出来るのでは?」
なりふり構わない姿勢のエルネスティの言葉にシズは――冷静に分析を始めていた。
普通の人間であればオルター弟妹のように驚いたり、取り乱すような態度に陥る。しかし、シズは違う。
演技としての振る舞い以外で基本的に慌てる事は無い。
もし、それが起きる時は至高の御方が居る場合だ。
(国王陛下に縋るほど追い詰められているという事ですか。……確かに学生身分では限界があるでしょう)
だからといって素直に彼の要望を聞き入れるわけにはいかない気もする。
上から睥睨するシズとしてこの時、どんな声をかければ良いのか――または適切なのかは中々浮かばなかった。――と言っても数秒ほどだが――
今まで充分に努力してきた彼の功績は疑いの無い事実。更にまだ努力を重ねるように言いつけるのが目上としての責務のように感じられる。しかし、今回は逆に甘いところを見せる事も吝かではない気がした。
進言程度ならば可能ではあるけれど――
★
色々と選択肢が並んでいたが――結局のところ――どれを選んでもメリット、デメリットが半々。これはこれで応えにくい事だと判明した。
他の女性ならばその可愛らしい童顔でおねだりされれば陥落する確率は九割を超える。アデルトルートであれば即効だ。
工房の床に膝を着いて手を組んで『どうにかお願いします』という無言のアピールまでしてくれば効果は増大する。更に今にも泣きそうな表情も――
――しかし、相手は冷血、冷徹なる鉄仮面。
この程度で動じる事は――まず無い。更にはエルネスティが
しかしながら『シズ・デルタ』には隠された特徴がある。もちろん、オリジナルから受け継いだ個性とも呼べるものだ。
可愛いものを前にすると暴走する。
これは種族問わずだ。
端末もこの特徴を受け継いでいる。それゆえに今のエルネスティは正に条件が一致する――またはしていると言っても過言ではない。
ほんのりと頬が紅潮するも表情にはまだ変化は起きない。
もし、ここにオリジナルのシズが居れば――おそらく彼の要望を叶えるように命令してくるはずだ。すぐさま端末として職権乱用を進言しなければならない所だが――至高の言葉は何よりも優先されるので強引に推し進められてしまう可能性が大きい。
(……彼とはここ最近同じ空間に居る事が多い……。それゆえか、私の感情が揺さぶられているような……。感情というか至高のシズ様の影響が……)
立場的に素直に頷くわけにもいかないのが大人のシズ――
また同じ困難に出くわした時、頼られてしまう。
何度も彼の無茶な要望を聞き入れては学園での活動に支障を来たす。だからこそ、ここは我慢しなければならないし、彼にも諦めてもらう事も考慮に入れる必要があった。
(……しかし、私に頼るという事は後々恩を返してもらう事になりますよ。それでもいいのですか?)
彼は少なくともシズを疑っている。その機微くらい分からないわけではない。
疑心暗鬼のレベルは比較的高い事は分かっている。それなのに頼ってくるという事は彼にとってシズよりも
「……内容にもよりますが……。見返りとして君の秘密を全て教えてもらう、というのは
「……はい? ぼ、僕の秘密、ですか!?」
上から見下ろすシズの表情がエルネスティの目には少し嫌らしい大人の顔に見えた。
正直に言えばドキリと心臓が高鳴るのを感じた。――悪い意味で。
この時、なりふり構わなかった自分は選択を間違えた、などと思う暇も無く――
冷静になって考えれば相手は強固な壁の権化たるシズだ。生半可な覚悟で突破できる相手ではない。――そういう存在だと分かっていたではないか、と自分を責め立てるエルネスティ。
(……ですが、ここは攻めさせていただきたい)
恥も外聞も無く。
全ては
目の前に可能性があるならば縋ってでも追いかける――時には悪い方向に行ってしまうけれど今は気にしていられない事態に直面している。
エルネスティにとって
しないで後悔するより何事にも挑戦してから――元より選択は一つだけ。
彼は選んだ――前に進む事を。
ただ、相対するシズは想像以上の強敵であった。――色んな権利を持つ大人として。