オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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動乱の予兆編
#016 共振崩壊現象


 

 フレメヴィーラ王国の西側には魔獣から生活圏を勝ち取った人間の国が多くある。

 それらは俗に『西方諸国(オクシデンツ)』と呼ばれている。

 大国の『ジャロウデク王国』を筆頭に様々な国がある。元々は一つの国として存在していたがある時を境に分裂し、今の様相を呈している。

 元々の国の名は『世界の父(ファダーアバーデン)』といった。

 人間の国が無数にあれば個性も様々に存在するもの――

 国家が成熟し、大きくなれば必然的に起きるのは『大国主義』だ。そして、ジャロウデクは過去の栄光を手にする為に動く覇権国家でもある。戦乱は時間の問題と言える。

 多くの自動人形(オートマトン)達は各国にも降り立ち、それぞれの文化を調査している。もちろん国の趨勢には殆ど不干渉を決め込んでいる。しかし、ここ数年――雲行きが怪しくなり始めてきた事にそれぞれ不安を覚える報告が増えてきた。

 基本的に間者(スパイ)を疑われないように天上世界以外との情報のやり取りは禁止されていて、フレメヴィーラ王国のシズ・デルタは他の国の情報を僅かしか持っていない。

 必要な事は殆ど命令として受け取っているものばかりで、それ以外の事柄については把握していない事が多い。

 必要に駆られれば自ら取得に動く――事もあるという程度――

 世界に散らばる端末の総数は一〇〇に満たないが、それぞれ独自の判断で日々を過ごしていた。

 『シズ・デルタ一族』や家族構成の設定は後付けだが、それらは同時期に各端末も共有しており、話しに矛盾が生じない程度の修正を会議によって成されていく。

 幻晶騎士(シルエットナイト)は各国にも存在するが――シズが必ず関わっているわけではない。

 飲食店や教師と職種はさまざまだ。

 国の要職に就いている者も居ないわけではないが多くは一般人に近い立場だ。

 

        

 

 数多く存在するシズの中で特別物凄い存在と化している個体は居ない。

 地味な活動を旨とする所はほぼ共通で無愛想な女程度の認識が一般的だ。

 あくまでも目的は世界の文化を学ぶこと――

 世界を動かす存在()になる事ではない。

 あるシズはジャロウデク王国の幻晶騎士(シルエットナイト)の建造に携わり、あるシズはクシェペルカ王国の城務めのメイドとして働き、あるシズは平民に紛れて平和を謳歌している。

 何十年も昔から――

 地元民の一員として溶け込んでおり、彼女達を異物だと判断している者は――おそらく少ない。

 最近入ってきたよそ者ならばまだしも――

 長く潜伏し、地味な活動に務めた者を疑う事は難しい。

 

「いらっしゃいませ」

 

 ライヒアラ騎操士学園(がい)のとある酒場にシズは入った。

 毎日というほど通い詰めてはいないが数日置きに訪れている程度だ。既に店員とは顔なじみである。

 物静かなシズは賑やかな店を嫌っている印象を持たれているが人との交流を断っているわけではない。

 

「……強めのお酒を一杯」

「畏まりました」

 

 店員はいつものように対応する。歳若いシズが飲むには確かに強い酒だが店主はいつものような気楽さで棚から彼女の好みに合いそうなものを一本降ろす。

 最初は大丈夫かなと心配したものだ。だが、そんな心配をよそに『鉄仮面』の異名を持つ彼女が泥酔したところを見た事が無い。――少なくとも店員として働いてから一度も。

 普通に注文し普通に飲み干して普通に帰って行く。

 いつも同じ酒ばかり飲むわけではないが、少し強めの酒が好みなのは理解した。

 特別世間話をするでもなく、三杯ほど飲んだあとは黙って去っていく。もちろん勘定は払う。

 

(……本日の飲料の定期摂取はこれで終了。やはり、現地の飲み物は即席より味が良いですね)

 

 特別な任務以外での飲食は嗜好の範囲で摂取するシズ。

 自動人形(オートマトン)という種族だからといって飲食できないわけではない。だが、何でも食べられるわけでもない。

 それを可能としているのは義体の恩恵があるからだ。

 擬似的な満足感は得られるがステータス的には無意味なもの――

 ()()()身体でも多少の飲食は出来る。しかし、体内器官が人間とは異なっているので不測の事態を避ける上でも滅多に人前で飲食しない。だからこその義体だ。

 無趣味に思えるシズの楽しみは年々喉越しが良くなる強めの酒。

 飲む事はもちろんだが作ることにも興味があり、時間をかけて作る文化は長い時を歩む者にとっての癒しであった。

 

        

 

 義体の種族は人間種なので酒を必要量飲めば酩酊してくる。過度の摂取を避けてはいるが多少の酔いは人間社会にとって必要であると認識している。

 本来の身体ではない、というところが勿体なさを感じさせる。

 そんな日常を何十年も過ごした王国において未だに現地に愛着は持てないが、いずれは降り立った星で朽ちるまで過ごす事になるのか、と空を見つつ思う。

 一〇〇年周期で入れ替わる自動人形(オートマトン)の端末たちの行く末は幸せばかりではない。――そう判断しているのは端末自身だが。

 一つの目的の為に多くの端末は自己進化を繰り返し、不具合があれば廃棄していく。その繰り返しで今まで過ごしてきた。

 

(……私以外の端末達はどうしているだろうか。任意での連絡は許されているとはいえ……)

 

 柔軟な発想が不安を呼び込む。

 だからこそ――

 自らの死を考えなければならない。

 

(……人間に危害を加えてはいけない。それを逆手に取られた状況の場合、私は黙って殺されねばならなくなる。……だが、それがシズ様が望む冒険とは到底思えない)

 

 暴漢に襲われるのは一度や二度ではない。その時々で対処は変わるが、安易に撃退できないのは難儀する事だった。

 その仮定で命を落とす場合はどうすればいいのか。

 義体は死ぬ。その場合は意識が元の身体に戻るだけだが――死体を回収するのも手間である。ちなみに憑衣魔法の場合は迂闊に死ねない場合がある。

 

(他の端末達は……無事に過ごしているだろうか)

 

 任務に支障が生じる事に当事者ではない端末でも心配になる事がある。

 それぞれに対抗意識は無いが仲間意識が強い。そういう風に教育されたからだ。時には敵対も想定されてはいるけれど――

 不測の事態に対して端末としても色々と悩むところだ。

 それが実に人間らしい――生物的に。

 

        

 

 酒場から少し離れたところで唐突に囲まれるシズ。

 索敵したにもかかわらず相手が無言――または無反応――だった。能力的に察知されていれば雰囲気も幾分か違ってくる。仮に仲間であれば何らかの合図があるはずだ。だが、それは無かった。

 物取りか、何らかの情報を求めた他国からの刺客――あるいは怨恨。

 後者には身に覚えは無く、王国に今のところ迷惑をかけている自覚も無い。

 他国の人間であれば色々と不味い状況が想定される。

 

(他国に居る端末が人質に取られていれば私に出来る事は無視するか……、迎撃だ。このような場合はどういった解決策が望ましいでしょうか)

 

 無視すればやられるだけ。迎撃に転ずれば事態は悪化する一方――

 単なる物取りであれば困ることは無いけれど、国が絡むと対処の仕方によっては行動に制限が掛かってしまう。

 

 対応次第では目立ってしまうので。

 

 だが、黙ってやられるのは面白くないし、迂闊に死んだりすれば大騒ぎ。派手に立ち回れば色々と噂の尾ひれが付いて不味い事この上ない。――そう思案している間にも相手方はシズの様子を窺っている。

 人違いで済む選択は無いようだ。

 

(……ここしばらく平静だった時代の流れに変化が起きはじめた……と見て間違い無さそうですね。……どの道、()()()()想定をしてこなかったわけではありませんが……)

 

 呆れに似た溜息をつくシズ。その行動により、謎の襲撃者たちの動きに変化が生まれる。

 一触即発の状況を作り出しているので、シズが何らかの行動を起こせば相手側も反応せざるを得ない。

 全身を覆う黒い外套で正体を隠している所から暗殺者(アサシン)盗賊(シーフ)――

 前者においては恨まれる行動を取っていないので身に覚えは無い。――無いが他国のシズと間違われている可能性がゼロではないので否定しきれない。

 フレメヴィーラ国内において『藍鷹(あいおう)騎士団』以外の追跡者には心当たりが無い。とすれば国外からの刺客――

 予想されるとすれば幻晶騎士(シルエットナイト)関連だが――何処かの国のシズが関係していることを知る者達――

 力ずくによる情報収集は端末のシズにとっては初めての経験に近いほど。

 今までそのような遭遇戦を経験していない。けれども情報としては知っている。

 

(現フレメヴィーラ王国は他国と戦争状態に入っていない。尚且つ領土紛争も存在しない。それなのに襲撃される理由が思い浮かびません。……とすれば……、何処かから幻晶騎士(シルエットナイト)関連の情報が漏れ、魅力を感じた者が差し向けた刺客と見るのが一般的でしょうか。……はた迷惑な事です)

 

 襲われる立場のシズにとっては――

 考えれば考えるほど面倒臭い、というよりは面倒ごとしか無い。

 無視する事も相手をするにも目立つ結果が待ち構えている。そうすると至高のシズの命令を(たが)えてしまうおそれがある。だが、強引な手は取れない。

 

        

 

 現在の義体のステータスは一般人より少し強い程度。あまり異常な強さを持つと目立つ――特に勘の良いエルネスティ辺りには。適度にステータスを変更し、様子を窺っている。

 そういう予感めいたこともシズは感じ取れる。これは長年蓄積してきたデータのお陰である。

 かといって黙ってやられると冒険の中止に追い込まれる。死んだシズが実は生きていた、というだけでも大騒ぎ間違いなしだ。その辺りを調整するのは難しい。

 

(気絶……。しかし、どのような場合を想定すれば気絶と見做されるのでしょうか。……天上の方々にここはお任せするしかありませんね)

 

 与えられた仕事を一人で成し遂げる事こそ部下としての価値がある。つまり、これから発生する事態というか問題を解決できないとなると今後の行動に大きな支障を生む。

 もちろん、これはシズ自身が思っている事で至高の存在達が判断したものではない。

 

「……困りました」

 

 本当に、と。

 無言のまま襲い来る相手をいなし、どう倒そうか悩みつつ。

 物取りであれば口汚いセリフが出てくるのだが、今回の相手はそういう手合いではないらしい。

 それはそれで行動しにくいが、何人か捕らえる事にする。可能であれば――

 武器はナイフ。刀身に毒が塗られている。何の毒かは分からないが致死性か神経毒。

 対するシズは無手だ。魔法による迎撃は()()()()()と判断した。

 

「相手は一人だけだ。まだ倒せないのかい?」

 

 苛立つ襲撃者の一人が呆れたように言った。声の質と体格から女性。

 見た目の様子からも見知らぬ相手。

 知り合いでなかったのは気持ち的にも楽である。しかし、数が多くて対処が難しい。何より今は身体の動きが鈍い――相手よりも。

 逃げ切れる可能性は低い。それはそれで別にシズとしては問題ない。

 こういう状況は何度もシミュレーション済みであり、至高の御方からも色々とアドバイスは聞いている。

 だが、それでも倒れるわけにはいかない。

 

 最低限、死んではいけない。

 

 目標は決まっているが実現性は低い。それと小ぶりの雨が降ってきた。

 義体は耐水性について気にしなくていいが視界不良はどうしようもない。早めに決着を付けたいと思っても、それは相手も同じことだ。

 複数人からの一斉攻撃に対し、避けられる程度は限られてくる。

 それと正当防衛の為にいくらか反撃も試みているが決定打には至っていない。

 

「意外としぶといね。……これは予想外だよ」

「………」

 

 無言を貫くシズに対し、相手は喋るようになってきた。しかし、だからといって有利になったわけではない。

 激しい動きによって呼吸が苦しくなってきた。主に義体側の問題で。

 いくらか攻撃を受けたことにより意識の混濁が始まる。

 それらを俯瞰して分析するのはシズなのだが――

 

(回復手段が取れない戦いというのはこんなにも身体が重くなるものですか。脆弱な人間の身体は……本当に難儀しますね)

 

 心臓めがけて飛んできた攻撃を右腕で受け止めて身体をひねる。それだけで相手を巻き込むように引き倒す。

 無手なので腕に受けた武器が景気よく貫通する。だが、敵はまだ居る。

 ある程度の格闘技が使えるとしても鈍い身体では限度がある。そして、限界も近い。

 目標が定まらない。それでもあと一人は倒したい。

 左目にナイフが深く刺さった。しかし、既に手遅れなので無視する。

 

「なんて奴だい。ここまでの手練とは聞いてないよ」

「……はぁ、はぁ……」

 

 杖でも持って来ていれば牽制くらいは出来た。身軽な格好なのは完全に失策であったと反省するシズ。

 傍観に徹していた女襲撃者が短刀を持って襲い掛かってきた。一気に勝負を付ける気だと認定する。

 ぼやける視界の制限を今だけ解除する。しかし、それは即座には(おこな)われない。ほんの少しだけの時間を要する。

 それだけで勝負は変わってしまう。

 

        

 

 攻め手(女襲撃者)の攻撃をあえて受けつつ相手の腕を絡め取り、へし折る。骨折音を確認した途端に意識が一気に暗転していく。

 それでもまだ動けることは確認出来た。

 周りの音が一気に消失したが()()()()()()には問題ない。

 義体の損傷は痛手だが、守るべき情報さえ手元にあれば何も問題は無い。

 

「こぉのぅ~! 死にぞこないがぁぁ!」

 

 声を頼りに身体を反転。上から下へ叩きつけるような蹴りの一撃を女の肩に見舞う。

 今の攻撃の影響で空中でバランスを崩すシズ。そして、着地が無様になった。

 景気よく顔から落ち、起き上がるには(いささ)かの時間が必要だと判断する。いや、既に立ち上がれない状況だ。

 最後の一撃の時、女は腰に帯刀していた小刀を用いてシズの首を狙った。それを防ごうと腕を出したところで意識が完全に消えた。

 その後がどうなったのか分からない。意識を失う寸前で義体から意識を切り離したので。

 後始末についてはシモベに任せている。

 

「………」

 

 隠れ家で目を覚ます端末のシズ・デルタ。

 小柄な少女然とした姿の彼女はため息をつく。不自由な義体による遭遇戦は不慣れながらも()()()()()()、筈だ。

 あまり深入りし過ぎるとかえって怪しまれる。適度な痛み分けでなければならない。

 

(致命傷はなんとか避けた筈ですが……。首は大丈夫でしょうか? あの部位だけでも無事でなければ……)

 

 言い訳が難しくなる。

 たたでさえ無茶な設定で生活している。今以上だと他の端末たちにも悪い影響が向かってしまう。

 シズ・デルタは地味な一族でなければならない。

 人智を越えた存在であると見透かされてはいけない。

 

(……今回の襲撃の目的なんだったのでしょうか? 怨恨? それはとても面倒ですね)

 

 他の国からだとフレメヴィーラのシズにはどうにもできない。

 その仮説が正しいとなると世界に何かが起きたことを意味する。そうなればもう端末一機だけの問題ではなくなってしまう。

 平凡な日常が送れないのは実に勿体ない。

 

        

 

 少し後に回収した義体は酷い有様だった。

 ある程度は予想していたが――

 それから襲撃者は手痛い反撃を受けた為か、探索をせずに撤退したとシモベから報告を受ける。

 

(あちこち致死性の毒が……。これは早々に無毒化できるとしても……。顔と腕が酷いですね)

 

 左目に深々と刺さったナイフは証拠品として保管するとして、問題は右腕。

 最後の反撃によって首を守ろうとした為に見事に断たれていた。首が繋がっていたのは僥倖だ。それと幸いにして部位は全てそろっていた。それだけでも修復にも問題は無い。

 問題は無いが――無傷の復活は諦めざるを得ない。本体であるシズとてそう思うほどに。

 襲撃理由は分からない。捕虜も取れなかった。打倒した筈の賊は全て生き残っていて逃走済み。――ただし、それは()()()()()()()()()だ。

 

(ケガの事情を知る者が居るなら……。ケガだけはしばらく残さなければ怪しまれますね。……一族の秘術という言い訳が通じるとよいのですが……。無茶、ですよね)

 

 この面倒な事態についてシズは一人で思い悩む。

 有効な手立てが浮かばないのは明らか。であれば天上へ報告するしかない。

 本来なら失態を報告する事に抵抗がある。だが、今回は事情が複雑そうだと判断し、意を決することにした。

 それから数日後、義体への乗り換えを終えたシズはため息をつく。

 しばらく目立つ行動になるが、素直に諦めろ、との至高の御方(ガーネット)のお言葉に従う。――端末(シズ)は知る(よし)もなかったが逃亡したと思われていた襲撃者達は既に捕らえられており、調査が始まっていた。

 歴史の中で騒乱の発生は避けられぬイベントである。その発端が不可避であれば仕方がない。そう判断された。

 

「……雨が上がり、歴史が始まる……」

 

 そんな言葉を呟く端末のシズ。しかし、今回はどうにも気が重い。身体も比例してか、重く感じた。

 ライヒアラ騎操士学園は通いなれた場所なのに今日は何故だが遠かった。

 教室に行く必要は無いので真っすぐに向かったのは工房である。しかし、右腕が使えないので結局、何しに来たのか分からない。

 それでも無事な姿を見せるべき、という命令に従って来ている。

 作りかけのオブジェを前にして何もできないシズ。ただ立ち尽くすだけ。

 周りはシズの変わり果てた姿に大騒ぎしていたが、それすら今の彼女にとっては聞くに値しない雑音だった。

 

        

 

 多くの作業員がやってくる中、本当に先行き不安の為に呆然としていたようで多くの視線を受けている事に気づいた時は周りの人数に驚いた。

 索敵機能を止めていたこともあるが、ここまで意識を手放したことは久方ぶりである。

 何もできない状態を想定したことが無いわけではない。大抵は長く眠る時と廃棄される時だ。

 

「えらく酷い姿になっちまったな」

 

 野太い声で近づくのは親方と言われるダーヴィド・ヘプケンだ。

 工場の一部を借りている手前、彼らの接近を拒絶することは出来ない。

 慣れない苦笑で挨拶する。

 

「……腕をやられちまったみてえだな」

「……一族の秘術でどうにかしますよ。……今は……毒抜き作業で……」

「毒かよ。それにしても……酷い姿だな。よくそれでここに来たもんだ」

 

 シズは頓着しなかったが、彼女の姿は誰が見ても酷いというくらい酷い有様だった。

 (あざ)と切り傷が多い。それと左目を覆う眼帯。

 今まで奇麗な人形じみた姿だったのか嘘のように変わり果てている。これで心配するな、という方が無理だ。

 

「来てもいいんだがよ。普通なら寝込んでてもおかしかねえぞ。大丈夫なのか、精神的なところとか」

「……なんとなく。ここに来た方がいいかなと思いまして。……他人の意見が欲しいんですよ、今は特に。……それとも寝込んでいた方が良かったですか?」

 

 感情のこもらない声なのでダーヴィドは余計に心配になってきた。

 今ほど彼女の口調が危険な気配を帯びているように聞こえたことは無かった。

 他の作業員を集めて意見を集めさせる。少しでも生きる気力を保ってもらう為に。彼とてシズに死なれは寝覚めが悪い。

 だが、これもまたシズの目論見――至高の御方(ガーネット)――である。

 本来ならばシズ自らが時代を動かしてはならない。特に率先して。

 しかし、絶対ではないので不意の襲撃の際は可能な限り周りを巻き込むように利用してみろ、と沙汰が下った。そして、今はそれを実践している。

 もし、彼女(シズ)を異物と判断していれば彼らは容赦なく排除にかかる。そうでない場合は――結果が目の前にある。

 

「皆さん、どうかしたんですか?」

 

 人ごみが発生している事に気づいた者が現れた。それは授業よりも早く幻晶騎士(シルエットナイト)をいじりに来たエルネスティ・エチェバルリア少年であった。

 今日も手入れの行き届いた薄紫がかった銀髪と笑顔を輝かせて――

 しかし、それもシズの姿を見て激変させる。

 

ど、どど、どうしたんですか、シズ先生っ! 利き腕がっ……」

 

 いつも右腕をメインに動かしているのでそう思った。しかし、それは間違いでシズは両利きである。人間的な偏りは()()()演出している。

 そもそも自動人形(オートマトン)であり、それが操る義体だとしても同じことだ。

 

「一族の秘宝とかで治すらしいんだが……。おい、坊主。これって治せるもんか?」

「……接合であれば治せなくはないと思いますが……、神経接続とか難しくて大変だと思いますよ。義手の方が楽なくらいに」

 

 と、普通に言ってのけた。それだけでも凄い事だが腕を無くした人間を見ても逃げ出さないところも驚きであった。知り合いであれば泣いても驚かないくらい取り乱す。

 とにかく、親方の話しよりもシズの容態が心配でたまらない。そんな状態で彼女の右腕に視線がくぎ付けとなっていた。

 完全に肘より先が断たれている。再生はしないとしても接合はすぐに始めなければ間に合わない。そんな記憶の中の知識を取り出す。

 場合によれば確かに義手にするしかないが最終判断はシズがする。エルネスティはただ心配しか出来ない。

 

        

 

 普段は敵だと言ったり思ったりした彼女の事を今日ばかりは放っておけなくなった。それは何故か――

 エルネスティも事故か何かで腕を失うような事が起きないとも限らないと思ったからだ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の制作は子供の玩具作りと訳が違う。少しの失敗で死人が出るほどの大事故につながる。その為にたくさん予防策を整える。

 

「ぼ、僕に手伝えることはありますか? 着替えとかはアディにやってもらうとして……」

 

 そう言うと他の作業員たちも手伝うと言い出した。

 これが自分で歴史を回す事か、と呆れつつ指示された感情『照れ』を表現する。

 過度に視線が集まると行動が束縛傾向にある。それを目の当たりにした彼女は至高のシズの言葉が正しかった事に感動した。

 

「……日常生活は娘にやってもらいますので大丈夫ですよ。……ここでの作業を手伝ってもらうかもしれません」

 

 彼女の言葉に目の前に鎮座する謎の鉄くずにエルネスティは顔を向けた。

 いつもシズが取り掛かっているものだが、作業員の殆どはこの鉄くずが何なのか分からなかった。

 不格好な鉄板に適当に穴をあけ、大きなネジを差し込む。特別な装置を組み込むわけでもない謎の物体。

 

「……前々から聞きたかったんですけど、これ……。何なんですか?」

「もしかして、破断実験のオブジェですか?」

 

 作業員の疑問の横でエルネスティも疑問を口にした。

 『はだん』と言葉で言われて首を傾げるのが半数。残りは事情を理解して納得した。

 エルネスティは改めて鉄のオブジェに顔を向けた。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の廃材を用いた細かな実験であることは予想がついていた。その使い道までは考えが及ばなかったが、何らかの研究として取り組んでいたのだな、と。

 これはこれで大事な実験だ。特にシズが作り上げたものは理解不能の形をしているものの見事に原形を保っている。それが凄いとエルネスティは感じていた。

 

「ここまで不揃いに穴をあけてネジを締め込んだものは力の加減で壊れやすくなります。いわば強度実験の一種です」

 

 と、シズの代わりに説明を始める。それに対して彼女は黙って未来の若者に任せた。

 一つ頷いてオブジェの説明を始めると作業員たちは自然と椅子を持ち寄り、聞き耳を立てる。

 

「鉄板は材質にもよりますが、人工的に穴を開けると脆くなりやすい。特に何度もネジを取り換えて行けば摩耗するものです。細かな傷が溜まればいずれは裂けて壊れます。それが『破断』です。しかもこれは『金属疲労による破断』といい、無理な力が多方面から加わるとどう壊れるか、の試験体となっています」

「それで……それが何の役に立つんだ?」

「それはもちろん、どの程度の力が加われば壊れるか知る為です。無意味に穴をあけていいわけがありません。強度を維持するために必要な分野ですよ」

 

 エルネスティが見る限り、シズの造り上げた金属塊は無茶な形を成しているものの相当量のネジで固定されている。しかも、穴周りの破損が見当たらない。

 ここまでたくさんのネジを使用して壊れないものを丈夫とは言わない。何らかのきっかけがあれば瓦解する危うさがある。

 壊れない金属は現場には無い。いくらシズの手をもってして作られようとも。

 

「……彼の言う通り……。これは既に限界が近い。……このまま放置すれば錆によって自然破断いたします」

「はい」

 

 僕もそう思っていました、とばかりに笑顔になる銀髪の少年。

 特に、と続けて左手で指定した場所を見るように命令するシズ。

 

「……多角的な力のかかりが不安定なのですが、ある瞬間には安定を見せる時があります。金属特有の振る舞いによる安定。……または共振の現象が起きているのでは、と予想しています」

「共振現象ですか? 魔法の影響ではなく?」

「……これは自然法則以外の影響を受けておりません。……ですが、ラボではこの論文を取りあってくれませんでした。ここからどう改良しようか、ここ数日考えていたのですが……」

「シズさんの研究を無視するとは酷いですね」

「君に言われると……心強いですよ。しかし、共振とて振動です。……別角度には弱くなる。そこに新たな締めを追加してみたのですが、最終的に何にも利用できない物体となりそうで……」

「そうですね。商品としての価値は……ありそうにないですが……。攻略の助けにはなるかもしれません。物は壊れます。不変なものは存在しません。それもまた美しい破壊の美……。または崩壊の美です」

 

 うっとりとした顔になるエルネスティを不気味だと思う者が引いていった。しかし、シズは不変ではない、というところに疑問を抱く。

 形は確かに壊れる物だ。それでも壊れないものがあるとすれば信仰心や心の絆とかいう観念的なものではないのか、と。

 それを言ってしまえば物質文明の否定のようになってしまうので飲み込んだ。

 彼はあくまで物質文明の使徒だ。その意見は確かに間違っていない。

 

        

 

 難しい話しばかり聞いても作業員には理解できそうになかったので一人二人と持ち場に戻っていく。その中でやはりエルネスティは機械工学に興味があるらしく最後まで残った。そんな彼も自分の作業があり、オルター弟妹達が現れれば引き下がらざるを得ない。

 シズは人ごみの流れの変化をただ見据えるのみ。

 自身のケガによって発生したイレギュラーもまた生活の糧となる。

 

「……この共振のおそろしいところは一見無事だと思ってもより強い力を加えると……」

 

 と、言いながらエルネスティに指定した部分を金槌で叩くように命令する。

 小さな子供の力とて衝撃の質は変わらない。

 ガッ、と鈍い音が響く。様々な金属に衝撃音が乱されている為だ。そして、変化はすぐに起きた。

 何処にもヒビが無かったはずの金属塊は急激に痛みを思い出したようにネジが収まっている穴から下方に向かって割れて行った。

 爆発するような事は無く、見た目には静かな崩壊だった。

 

「凄い。目の前で見ると不思議な光景ですね」

「そうですか? ちなみに、これの問題点が何か分かりますか?」

 

 ひび割れた金属塊は形を保っている。けれども崩壊した。

 その上で問題点があるとすればただ一点。

 

「もうこれに利用価値が無くなり廃棄するだけになった?」

「……それは確かに答えの一つですが……」

 

 そう言いながらシズは左手の人差し指で()()幻晶騎士(シルエットナイト)を指さす。

 それは現在進行形で整備を受けている『サロドレア』の一機だった。

 シズはエルネスティに指定した部分を見るように命令する。

 従順な生徒のように――半ば嬉々として――幻晶騎士(シルエットナイト)の下に向かった。

 学生たちが整備しているサロドレアは数百年も使い込まれた年期ものだ。シズが作っていた廃材もそれ相応の年代物であるが金属である限り、金属疲労から逃れられない。それの逃げ道として魔力(マナ)金属内格(インナースケルトン)に走らせて無理矢理に安定させている。

 だから、魔力(マナ)が枯渇すると自壊しやすくなる。

 

「……そんな騙し騙しにも限界があります」

 

 シズに指定された部分をエルネスティが金槌で――割と強く――叩く。それだけで即座に金属がひび割れて一気に崩れ去る。

 叩いた本人も驚いたが、これほどあっさりと大きな部分が壊れるとは想定していなかった。

 

「おいおいおい! なんてことしやがる!」

 

 まだ整備前の幻晶騎士(シルエットナイト)の肩が完全に壊れた。

 通常では壊れない部分を強く打ち付けただけ。彼がやったのは共振現象を利用した幻晶騎士(シルエットナイト)における『ここ弱点(ウイークポイント)』を突いた攻撃だ。

 つまり人の身でも破壊できることを意味する。

 

「すごいですね。僕も盲点でした。新規に建造する幻晶騎士(シルエットナイト)では見つけにくい弱点って事ですから……。これは新たな問題となりますね」

「そうです。それを事前に見つけなければ……、君が作ろうとしている幻晶騎士(シルエットナイト)も壊れてしまう。……もし、設計図に精通した破壊者が居ればだいたいの部分は分かってしまうかもしれませんよ」

「そ、そうですね。それは困りました。僕は製造は好きですが、騎操鍛冶師(ナイトスミス)の細かい技法は未収得なんですよね。……年齢の問題で……」

 

 念のためにもう一点叩いてみると同じように壊れた。

 エルネスティが壊した幻晶騎士(シルエットナイト)の弱点は二点。後は新たな部品を付ければまだ少し長持ちする。

 全身を崩壊させるほどの弱点は無いとシズが告げると声を聞いた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は安堵の表情を見せた。

 

 


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