オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#033 エレオノーラの憂鬱

 

 見たことも無い道具を使い、重機を操る作業員たち。半数以上は小柄な体格のドワーフ族。それらの内の何人かは見慣れない大型の鎧の様な物を着込んでかなり大きな資材を運んでいた。

 いくら力持ちのドワーフ族でも持てないような巨大なものを何の苦も無く――

 その様子にフレメヴィーラの技術者たちは相当凄いと感動してしまった。

 

「……リース兄(エムリス)でも持てなさそうなものを、あんなに軽々と……」

「あれは凄いのですよね?」

「もちろんよ。クシェペルカの技術者でも無理じゃないかしら」

 

 世俗に(うと)いエレオノーラ・ミランダ・クシェペルカは目の前に広がる光景をなんとか理解しようと勤めた。ここで何とか技術を覚え、少しでも祖国のために使えないかと。

 今回の外遊は外交が目的だ。単なる見物で終わらせるわけにはいかない。

 交渉役がマルティナである事はもちろん分かっている。それでも何かできないかとエレオノーラは必死に頭を働かせた。

 だが、さすがに一国の王女が鍛冶師達の役に立つ方策など浮かぶはずもない。

 

        

 

 何もできないまま幻晶騎士(シルエットナイト)外装(アウタースキン)が一枚ずつ丁寧に取り外されていく。

 欠片と言っても人間と比べればかなり大きい部品をドワーフ族は鎧――幻晶甲冑(シルエットギア)『モートリフト』――を着込んだ状態のまま軽々と運び出していく。

 小さな身体なのに物凄い力持ちだと驚いた。

 モートリフトには小型化した魔導演算機(マギウスエンジン)が搭載されている。魔力(マナ)を持たない者の代わりに上位魔法(ハイ・スペル)身体強化(フィジカルブースト)を上手く制御している。それを成したのが若き天才児であることはクシェペルカの者達には知る由も無かった。

 

「ど、どういう原理で……」

「すごい。フレメヴィーラってここまで進んだ技術を持っていたのね」

 

 見る者全てに驚愕させられる。

 軍備増強を疑っているマルティナが恐れるわけだ、と何となく納得してしまった。そのままでは何が起きても不思議ではない。もちろん、悪い方向に。

 

(お父様にお知らせするべき案件の様な……。ですが、アンブロシウス陛下にも何かお考えが……)

(落ち着いてエレオノーラ。ここは学生の工房よ。国家の秘事をこんな堂々と披露する筈ないじゃない。見てもいい技術のようだけど……。末恐ろしい事は確かね)

 

 もし、友好国でなければフレメヴィーラの印象はもっと最悪に向かっていた事だろう。それこそジャロウデクが軍備増強に入っても納得できるほどに。

 かの国はそれを踏まえているのか、はエレオノーラには窺い知れないが戦乱の予感がしたのは間違いない。

 他国の知らない事情程怖い物は無い。

 

 だが――

 

 高度な技術ではあるが学生に公開している。友好国にも見せている所はどういう意図があるのか。

 世俗に疎いからこそエレオノーラは思っていた以上に考えすぎていたのでは、とも捉えられる。

 

(……お父様。私に力をお貸しくださいませ)

 

 手に力を込めて見せられ数々の光景を脳裏に焼き付ける。専門用語はまだ理解できないけれど。

 クシェペルカの制式量産機『レスヴァント』を遥かにしのぐ幻晶騎士(シルエットナイト)をいくつか見せられ、戦争になったら負けますわね、と小さく呟きつつ愕然とする。

 動きがまるで違う。素人目でも分かるほど、というのが恐怖をあおる。

 

「この『カルダトア・アルマ』は一世代前の代物だが……、まだまだ充分に働ける。最新の方と性能的にも差は微々たるものだ」

 

 ドワーフ族によって説明を受ける。

 公開されている機能の範囲が想像以上に広くは無いかと改めて驚く。とにかく、驚かないでいられる自身は既に無い。

 これほどの国であったか、と。

 

「し、質問なのですけれど……」

「おう、なんだお嬢ちゃん」

 

 国元では『姫様』と呼ばれていたエレオノーラはぶっきらぼうな愛称には面を食らった。だが、フレメヴィーラでは身分を隠してのお忍び中だ。ここは聞き流すことにする。

 聞きたいことはたくさんあるのだが、それを言葉にするのに難儀した。

 まず最初に聞かなければならない事。

 口をモゴモゴさせて一分ほど経過。その間、ダーヴィド・ヘプケンはしっかりと待っていてくれた。さっさと喋れ、と怒鳴られるかと思っていたが――

 向けられる視線が鋭いまま。真剣さが伝わる。

 

「こ、これだけの技術を何に……、使うおつもりなのでしょう?」

「何に、か……。幻晶騎士(シルエットナイト)の役割は魔獣退治と治安維持が相場だ。……知らない奴からすれば過剰戦力に見えても仕方がねえ」

「……はい、そうです。従来機でも充分な性能だったのでは? それとも……」

 

 自分達の知らない巨大な魔獣でも現れたのか。もし、そうなら一大事だ。

 西方諸国(オクシデンツ)に魔獣番と揶揄されているフレメヴィーラの働きで魔物の被害は軽微で済んでいるのだから。その国ですら手に負えない相手では他の国でも対処が難しくなる。

 

「従来機は一〇〇年前の代物だ。もう骨董品だったんだよ。それをある挑戦的な若者が改革しちまった」

「……改革?」

「背中に腕を付けたり、今までに無い発想をもって従来機をどんどん進化させていきやがった。その結果が新型機ってわけだ。詳細は省くが……、これでも奴にとっては過程にすぎねえ」

 

 これほどの幻晶騎士(シルエットナイト)でもまだ途中という事か。それはいったいどういう事なのか、と更に驚く。

 心臓が破裂するのでは、とエレオノーラを心配する従姉妹(いとこ)のイサドラ。隣で見ているかぎり、顔から大量の汗が流れ落ちているのが分かった。しかも顔面は蒼白だ。

 聞けば聞く程心臓に悪い。イサドラとて内容を聞いて気が気ではいられなくなったのは同様だ。

 二人が驚いたのは発想元の人物はまだ中等部の学生であったこと。それから三年足らずで今に至るという。その短期間でフレメヴィーラ王国の技術革新は他国を遥かに凌駕してしまった。

 これをそのまま自国の王に告げれば今のエレオノーラの状態になるのは想像に(かた)くない。

 

        

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の改革を推進した人物はライヒアラ騎操士学園の高等部に居るという。

 特定の騎士団に所属しているわけでもないただの学生。それもまた驚く点ではあった。

 先ほど授業に参加していた限りでは天才の噂は入ってこなかった。偶々(たまたま)なのかもしれないけれど。

 

(私も幻晶騎士(シルエットナイト)の事は聞き齧った程度ですが……。高等部の学生が新型に関わっている、というのは彼らの様な技術者ではないのですか?)

 

 聞いた感じでは制作者の一人ではなく新型を発案した張本人、ということらしい。

 想像外の事にエレオノーラの頭の中は疑問符で満杯になってきた。

 その人物は真っ直ぐ家に帰る事が多く、週に一度くらいしか来なくなったという。

 

「その方はどのような経緯で新型を作られたのです? ……その前に学生が新型を作れるものなのですか?」

幻晶騎士(シルエットナイト)の頭脳と内部骨格をどうにかすりゃあ新型は作れる。それには既存の常識を打ち破る必要がある。それを成したのがその天才様よ。そうじゃなきゃ、俺達はいつまでも旧型の整備をさせられて一生を過ごしていただろうよ」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の頭脳と言えば魔導演算機(マギウスエンジン)だ。それを学生が改良したというのか。

 考えれば考えるほど訳が分からない。

 自分に情報を集める才能は無いのかも、と自信が無くなってきた。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)に詳しくない私がいくら考えても仕方がありません。……ですが、会ってみたいですね、その天才様に。さすがに国家の秘事を握る者であるならば口外秘匿は当たり前でしょうけれど)

 

 この日は無理に聞き出す事を諦めて引き返す。あまり進むと身動きが取れなくなってしまう。場合によれば拘束も――

 エレオノーラとイサドラは学内から情報を集める事にした。気分は間者(スパイ)である。

 次の日から同級生に様々な事を尋ねまわった。最近起きた事や外を歩き回る新型幻晶騎士(シルエットナイト)の事などを。

 分かっている範囲では答えてくれるが詳細まで説明できる生徒は居なかった。それと(くだん)の天才児の名前は早々に判明している。

 

 エルネスティ・エチェバルリア。

 

 彼は幻晶騎士(シルエットナイト)だけではなくライヒアラ騎操士学園全体での有名人だった。

 新入生を除けば知らない者は居ない程という。

 入学当初から上位魔法(ハイ・スペル)を披露し、自分の趣味の為に高等部の教室に突然やってくるなど。噂に枚挙の暇がない。

 聞いているだけだと奇人ではないかと思えてくる。しかし、エレオノーラはそうではない事を知っている。

 

(……私達の同級生が正に噂の元とは……。この小柄な方が……)

 

 女性にも負けない見目麗しい容貌を持つ銀髪の少年こそがエルネスティ。

 授業の風景からも特に問題行動は見られないし、幻晶騎士(シルエットナイト)についての突飛な行動も見られない。これはどういうことなのか。

 

「あいつ、色々やらかして国王陛下から謹慎を食らったり健康的な暮らしをするように言いつけられたりしたから大人しくしているんだ」

「……国王陛下……御自ら?」

 

 一学生に国王陛下が命令を下すとは穏やかではない。

 傍目には大人しくて可愛らしい男子なのだが――

 今は高等部に在籍しているが実は既に学業は修了している。今は骨休め期間のようなものとか。

 

(高等部が休暇の期間に使われている!? 何なのですか、エチェバルリアという方は……)

 

 他の者に聞いても同じ答えが返ってきそうな予感がした。

 それはこっちが知りたい、と。

 

「……イサドラ。私、何だか寒気がいたしますわ」

「……分かる。分かるわ、エレオノーラ。問題児に付きまとう功罪って奴ね、きっと」

 

 寒気を感じている暇はなく、彼に色々と聞かなければならない。

 クシェペルカの未来の為に。いや、事は既に世界規模に渡っているかもしれない。

 

        

 

 急遽ディスクゴード公爵に手紙を送り、内密にエルネスティと対話できるよう手配を申し入れた。

 学生なのだから教室ですればいい、というわけにはいかない。かといって工房では騒音が酷い。

 王家の娘であるエレオノーラは庶民の事情が分からないし、イサドラも同様だ。

 もやもやしつつ学業に意識を向け、返答を待った。早馬を使って二日後に返信が来た。この時ほど心待ちにしたことは無い、というくらい焦っていた事を自覚し、何度も深呼吸を繰り返す。

 

「火急の件ということで急かしてしまい申し訳ありません、とお伝えくださいませ」

 

 手紙を持ってきた使いの者にそう言い、自室にて手紙の中身を改める。

 エルネスティが何者かをここで(つまび)らかにするには手紙では足りない、と添えられており、簡潔に対話の機会について了承が記された。場所は指定された時間に学園の学園長室にて(おこな)われる。

 部屋の周りを従者で固めるので機密性は保証する、とあった。

 

「……公爵様、厚く御礼申し上げますわ」

 

 日取りは早い方がいい、ということで二日後。即日ではないのは手紙の配達の都合だ。

 まずエレオノーラは質問するにあたって何を相手から聞かなければならないかを書類の形に記していく。

 時間も限られているし、自分が理解できないのであれば意味がない。

 書記をイサドラに託す。あまり大勢では仰々しいし、質問が増えてしまうので。

 自身が思いつく用意を整えて約束の日を迎えた。この日は一日いっぱい授業を休む。相手側であるエルネスティも休暇気分のようだから問題は無い筈。仮に問題があっても一日分の埋め合わせくらい出来るとエレオノーラは考えていた。

 服装は学生服のまま。王族の礼装のままでは学生達が困惑するし、形式的にはお忍びで来ている事になっている。

 早速、学園長室に向かい、先に入室を果たしておく。どれくらいの時間がかかるか分からないので飲み物類も控えておいた。

 対話に当たって今回はクヌート公爵の同席も願っていた。一度、エルネスティという若者について見ておきたいと快く引き受けてもらった。

 

「かの者の破天荒ぶりは目に余るものがありましたゆえな。陛下も一緒になって騒ぐ始末……。エレオノーラ姫のように危機意識を持つのが我々の共通認識で安心しましたぞ」

「同じ危機意識かは分かりませんが……。一学生が国家の秘事を扱ったりするのは私から見ても異常だと思いました。この件につきまして見過ごすことは後の世界情勢にも何らかの影響があるものと……」

 

 と、クヌート公爵とエレオノーラは硬く握手を交わし合い、共通する危惧を確認し合った。

 エレオノーラは幻晶騎士(シルエットナイト)について詳しいわけではない。けれども、今のままでは何かまずい気がする、というのは体感的に感じていた。

 クヌートは日ごろの不満が溜まっていたのでこの際、発散するのもやむなしと考えていた。

 問題の人物が来る前に軽くお互いの認識のすり合わせを(おこな)う。すると思った以上に意気投合してしまった。

 

「そういえば、今回は公爵様の身内という事になりましたが……。おじさまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「私で良ければ……。隣りの国とはいえ移動は長い道のりでしたでしょう?」

「はい。……途中に現れるのが魔獣ではなく賊が多かったのも気掛かりです。国は平和だと思っているのは私だけなのかしら、と」

 

 そんな事を話している内に来客を知らせる合図が鳴った。

 エレオノーラ達は自然と緊張を高めて客を入れるように側仕えに指示した。

 

        

 

 学園長室に(くだん)の人物エルネスティが入ってきた。

 話し合いの席は極秘という事で少人数で臨むことになっている。護衛を含めれば数人程度。

 代表してクヌートがそれぞれ席に着くように言った。挨拶や握手は省かれた。

 

「急なお呼び出しをして申し訳ありません」

「いいえ」

 

 エレオノーラが一礼するものの顔は非礼のお詫びではなく、敵を前にした厳しいまなざしだった。それだけ彼女は真剣に向き合っているのが分かるというもの。

 対する銀髪の少年エルネスティは説教かな、と内心で脂汗を流していた。

 ここしばらくは新開発をやめ、学業に専念していたので怒られる理由が浮かばない。他に心当たりがあるとすれば――と考えている時に気が付いた。

 存在感が薄くて気づくのが遅れたがエレオノーラの背後に控える赤金(ストロベリーブロンド)の髪のメイドに。

 

(シズさん!? しかもメイド服を着ている。技術屋をやめたんでしょうか? ……いや、そんな筈は……)

 

 メイドのシズはエレオノーラやイサドラ付きのメイドであり、今回の会談に何の関係もない。けれども国王やマルティナの態度から一人残すのは不安だったので同席を願った。

 それぞれ対面に座り一息つく。

 シズはメイドの仕事としてそれぞれの前にソーサー()を置き、一つずつ紅茶を注いだティーカップを置いていく。

 淡々と――厳かに。

 エレオノーラからすればいつもの光景だがエルネスティから見ると普段とは違う雰囲気を感じた。

 紅茶の他に砂糖とミルク、小さなスプーンの用意も整えていく。

 エレオノーラとイサドラは指にはめた指輪をカップに近づけて何かを確認してから口に着けていく。

 クヌートは彼女達の行動に違和感を覚えたので尋ねた。

 

「ああ、こうしゃ……おじさまはご存知ありませんでしたね。これは毒を検知する指輪なのです。こうして近づけて毒が入っていれば宝石が変色する仕組みなのですよ」

 

 同じポットから注がれているので毒が入っていれば全て危険だ。だが、カップに毒が塗られていれば個人のみを(しい)する事が出来る。

 エレオノーラはクヌートのカップに指輪を近づけて変色するかどうかの様子を見せた。

 

「実際に実験して確認しておりますので、変色するのは確かです。イサドラも知っております」

「はい。何色になるかは内緒です」

 

 可愛らしい笑顔で唇に人差し指を当ててイサドラは言った。

 取り残されたエルネスティにも指輪の変色具合を見せておく。

 身内だけとはいえ間者(スパイ)や暗殺者が紛れ込んでいる可能性がある。決して信用しないのも王家の務めである。

 

        

 

 安全確認を終えたエレオノーラ達は一口紅茶を含んでから敵性体エルネスティに厳しいまなざしを向ける。

 一見すると害の無さそうな純朴な少年にしか見えない。容貌から少女と見られてもおかしくないのは分かったが――

 実に可愛らしい。だが、それで手を抜くことは出来ない。

 

「この度、お招きいたしましたのは貴方が幻晶騎士(シルエットナイト)の開発に関わっていると聞いたからです。……その、学生身分である貴方が……、新型の設計に携わったとは……、俄かには信じがたいのですが……」

「はい。新型に関する設計思想の殆どに関わらせていただきました」

 

 にこやかにエルネスティは言い切った。この言葉が真実かクヌートに顔を向けると彼は重々しく頷いた。

 同年代の少年が新型に関わる。それは一体どういうことなのか。

 機械に詳しくないのがもどかしい。

 

「製造に関しては多くの騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が関わっているので僕一人で全てを作り上げたわけではありませんよ」

「……そ、そうでしょうね」

 

 驚いているエレオノーラにクヌートは一つ咳払いをする。

 王族の姫に事前の教育を施すのを忘れていた為だ。彼は慌てて従者に死霊の取り寄せを命令する。

 外野が慌ただしくなるものの始められた会談を中止するわけにはいかない。

 

「国の秘事であることは重々承知しております。なので勝手に作った訳ではないことをお伝えしておきます」

「はい。……いえ、そうではなく……。新型の製造にどうして貴方が関わったのですか? 差し迫った事情でもあったのでしょうか」

「元々幻晶騎士(シルエットナイト)に興味がありまして。もっとカッコいい機体を造りたいと思っておりました。この学園に入ったのも幻晶騎士(シルエットナイト)をより知る為であり、いずれ自分の機体を造りたいと思ったからです」

 

 淀みなく答える銀髪の少年。

 騎士に与えられる幻晶騎士(シルエットナイト)を知るのは悪い事ではない。しかし、自分で造りたいと言う人間にエレオノーラとイサドラには覚えが無かった。

 多くの騎操士(ナイトランナー)は基本的に国から支給された幻晶騎士(シルエットナイト)の機能向上にそれほど口出ししないからである。

 クシェペルカの騎士達の中に新型を自分で作る、などという者は見たことも聞いたことも無い。

 ――だからこそエレオノーラは驚愕する。

 単なる学生が国より貸与される機体にケチをつける事が。

 

(……もっとかっこいい? 何を言っているのですか、この少年は……)

 

 エルネスティからすれば自分の発言に何の違和感も持っていない。多少、認識の乖離は認めるところだがエレオノーラの顔色が青くなる様子に驚いて慌てて自分の発言内容に不安を覚える。

 国王は特に言及してこないが貴族諸侯は幻晶騎士(シルエットナイト)の新しい発案に対し、総じて不安を滲ませる。この事はつい先日に気づいて認識を改めようかと思っていたところだ。

 

「もしかして学生である僕が関わる事が問題だと認識されていますか?」

「当たり前です!」

 

 普段は大人しいエレオノーラが声を張り上げたことにイサドラはもちろんクヌートも驚いた。

 前々から突飛な発想をすると報告を受けていたクヌートは改めて彼女の激高に理解を示した。これこそが当たり前の反応である、と。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)は多くの技術者が研鑽を積んで製造するものと聞き及んでおります。それを単なる学生の発案で新型が出来るものですか」

「……え、ええ。そうなんでしょうね」

 

 多くの大人達から怒られてきた経験の為か、エルネスティはあっさりと納得した。

 以前であれば反論する所だ。これもこの世界に住んで身に着けた経験かもしれない。

 子供の発案で幻晶騎士(シルエットナイト)の歴史が変わる。それは確かにとんでもないことだ。今だからこそ実感が湧く。

 もし、自分と同等か、それ以上の発想を持つ歳若い人間が現れたらエルネスティは歓迎できるのか。それとも――エレオノーラ達のように恐れるのか。

 個人的な気持ちでは新しい発想は何でも気になる。だから、歓迎を選択する。

 

(そうだ。僕は正式な技術者ではありません。……だから、たくさんの大人から怒られるんでした。多少の箔付けがなければどんな言い訳も無駄……。この世界の貴族社会はそういうものなんでした)

 

 貴族や王族は伝統を重んじる。それはエルネスティも認識している。その筈だったが――熱意が暴走するとついつい忘れてしまう。

 彼らが怒るのは伝統の破壊に繋がるからだ。それがいかに優秀な技術だろうと関係なく。

 国王からもらうべきは幻晶騎士(シルエットナイト)に関したものではなく、肩書である。それを今認識した。

 そうでなければ彼女のように怒りを表す人間に呼び出され続ける。

 

(勲章とか騎士団を希望しておくんでした。……部品ばかりに意識が向いてて、こういう事態を全く考慮できていませんでしたね)

 

 騎士団は無理でも功労賞などの勲章などは今からでも貰えないか検討しておく。

 今は怒れるエレオノーラをどう宥めるか、だ。

 

        

 

 高性能な新型を造れば喜ばれる。そう思っているのはエルネスティだけ。後は製造に携わる騎操鍛冶師(ナイトスミス)くらいだ。

 その彼ら(騎操鍛冶師)とて学生身分の技術者だ。本職からすればまだまだ未熟な存在である。

 

「詳しくは存じませんが……。学生の発想をそのまま受け取るのは大変危険だと認識しております。この国の未来を担う幻晶騎士(シルエットナイト)はいつから学生の玩具になったのでしょうか。私はそれがとても気掛かりでなりません」

「……おっしゃる通りです。しかし、言い訳をさせていただけませんか?」

「どうぞ」

「ありがとうございます。現行機は設計が骨董品となっております。内部を色々と交換しているとはいえ動きがぎこちない。毎回の整備費もばかになりません。であればもっと効率化を推し進める必要があるのではありませんか?」

「ええ、そうでしょうね」

 

 エルネスティの弁が熱くなってきたところで外に出した従者がたくさんの資料を抱えてやってきた。クヌートは更なる増員を決め、言伝を与えた。――急いでやってきた従者にはひとまず休憩を命じておく。

 持ってきた資料をエレオノーラとイサドラに渡し、小休止に入らせる。どの道、何の資料もない状態ではエルネスティの説明を理解するのは難しいと判断したからだ。

 

こやつ(エルネスティ)にも言い分はあるだろう。学生の単なる発想だけで許可を出したわけではない事をお伝えせねばなりません。こちらの資料をどうぞ」

「ありがとうございます」

「エルネスティは発想を基にこのような……、膨大な資料も書いてきます。それらを検討し、設計に当たるそうです。それでも失敗する場合がありますが……。試験はちゃんと(おこな)っていると報告もありますので」

 

 内容は難しいが絵入りで分かりやすくしようと努力している所は理解した。

 ただ、ライヒアラ騎操士学園に入ったばかりのエレオノーラにはさっぱり理解できない分野であった為、どの程度凄いのか、何をどう改善したのかが分からない。

 そもそも幻晶騎士(シルエットナイト)の仕様書自体読んだことが無かった。

 

「……えっと、待ってください。これは授業で習う事なのでしょうか?」

「基本設計は授業で習います。僕は早い段階から高等部で勉強したので他の人より先に進めたんですよ」

 

 高等部の授業はエレオノーラ達も知っている。その中でここまで詳細な説明は無かった筈だ。これは学生の領分を越えた専門書に匹敵する。

 なにより国の秘事をここまで分析できるものなのか。

 歴史や機能の大体のところは習うかもしれない。しかし、新発想の基になっているとは到底思えない。

 

「エルネスティ様の……家系なのですか?」

「これは完全に趣味の域です。学業の他に工房にある幻晶騎士(シルエットナイト)を実際に見学したり、部品を調査したりしましたから」

 

 見学についてはクヌートも首肯した。

 それでもここまでの資料が書けるとは信じがたい、とエレオノーラは驚いた。

 仮にそれらが真実であってもそう簡単に新型を作れるものなのか。

 

「学生の工房での様子は私達も拝見いたしました。……しかし、それでも学園の工房です。新型製造まで出来るとは……」

「機能を大幅に向上させるのに場所はあまり関係ありませんでした。筋肉たる結晶筋肉(クリスタルティシュー)の改良と魔導演算機(マギウスエンジン)の調整だけです」

「……は? そ、それだけで新型になるのですか?」

「新型というよりは新造ですね。後は全体的な調整ですから。工房でも出来ます」

 

 聞いているだけだと簡単そうだ。しかし、それはおかしいと肉体的にも感覚的にも警告を受ける。

 エルネスティの言葉にはまだ自分の知らない事実があるのではないか、という恐れを感じた。

 単なる調整で新型になるわけがない。そうであればクシェペルカの幻晶騎士(シルエットナイト)も早い段階から新型を作れていなければならない事になる。

 

        

 

 聞けば聞くほど不安が増大する。それがどういうことなのかエレオノーラは感覚でしか分からない。出来れば理解しやすい言葉として知りたかった。

 戸惑う彼女は何度かクヌートに意見を求めた。その彼ですら説明に苦慮するほど。

 いくら無知に近いエレオノーラとて分かるとこがある。

 学生が新型に関わること自体が異常であることを。いや、関わる事ではなくほぼ開発を主導する事だ。

 

(天才の所業というものですか!? そんな馬鹿な)

 

 だが、資料の実在をクヌートは疑わない。これは確かに目の前に座る小柄な同級生が書いたものだと証明されている。

 王家で何も知らずに育ったせいか、それとも世界は思った以上に逼迫(ひっぱく)でもしているのか。

 言い知れない不安だけが時間とともに増えていく。

 

「……えと……、すみません。上手く言葉に表せなくて……」

「……頑張って」

 

 イサドラが額に手を当てるエレオノーラの背中をやさしくさする。

 難しい説明はイサドラも理解が追い付かない。何より緻密な説明文の洪水だ。短時間で読み解けるわけがない。

 これでも正式な仕様書としては正しいらしく、クヌートは半分ほどは理解できていた。残りはまだ精査が途中であるために発言を控えていた。

 この仕様書は『カルダトア・アルマ』のものだが半分以上、約七割近い分量はエルネスティが担当した。実際に彼が書いたわけではなく参考にした割合だ。それでも多すぎるのだが――

 どうしてこれだけの分量になってしまったかはクヌートにも説明できる。しかし、仕様書の解説は一筋縄ではいかない。

 こと魔法術式(スクリプト)に関してエルネスティは他に追随を許さないほど優秀である。おそらく国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に出向しているシズ・デルタを同席させなければならないほどだ。

 

(……お、そういえば)

 

 この場にはメイドのシズ・デルタが居る。クヌートはつい彼女の顔をうかがった。

 顔と名前がほぼ同じだからといって同一の存在ではない。つい尋ねたら答えてくれそう、と思ってしまったが頭を振りつつ雑念を振り払う。

 伝え聞いた範囲ではクシェペルカのシズは幻晶騎士(シルエットナイト)に携わっていないという。であれば聞くだけ無駄だと悟る。

 

「クヌートおじさま? シズがどうかしましたか?」

「いや、つい……。彼女であれば良い意見がもらえるかもと思ってしまってな。こちらにもシズ・デルタがおるので……」

「そう……でしたか。しかし、それは難しいかと存じます。メイドの仕事しかしてこなかったシズに機械の事は……」

 

 国王やクヌートの口ぶりではシズに尋ねたら解決しそうと思われているのは感じられた。だが、だからとってエレオノーラもそれに乗っかるわけにはいかない気がした。

 少なくともシズはマルティナに疑われている。

 

(尋ねたことを素直に答えただけであれば疑う必要はないのでは? それに……お父様が何もご存じないとは到底信じがたいことです)

 

 あるいは間者(スパイ)だと分かった上で徴用している。またはシズがその役目を国王(アウクスティ)から秘かに受けているからエレオノーラ達には知らせてこなかった、ということも。

 何にしても唐突に疑うのは良くないと判断した。

 

        

 

 とにかく、難しい文面については今理解することはできないと理解した。その上でいくつか尋ねる。エルネスティは幻晶騎士(シルエットナイト)についてほぼ淀みなく答えてくるのでとても賢い男子であることも分かった。

 単なる天才児ともてはやされる愚者ではない。しかしながら不安は一向に(ぬぐ)えない。

 相対するエルネスティも危惧されていることは理解した。こちらは誠心誠意対応する事しかできない。

 

(……一個人の突出が大事(おおごと)になっていますね。かといって嘘を並べるわけにもいかない。実は違いました、勘違いでした、なんて言えません)

 

 それでも駆け引きは大事だ。だが――今それをする必要は感じなかった。

 エレオノーラは繊細な女性だ。わずかな機微すらも敏感に反応するほどに。そんな相手に冗談を言うと余計に信用されなくなる気がした。

 商取引では相手が信用に足るかどうかは言葉の感じ方だけで分かる事がある。後は表情。

 西欧風の顔立ちの場合、元日本人では分かりにくいが彼女達はそうではない。

 彼女達は魑魅魍魎が跋扈する貴族社会の中で生きている。常に相手を疑っているのが()()()――

 

(持ち前の二枚舌でやりこめる、なんてことは僕にはできませんし)

 

 仕様書に嘘を書くと製品の質はどん底まで下がる。

 趣味が高じて本物に携われる今、その幸せなひと時を自らが放棄する理由はない。だから、真実を心掛ける。それは当たり前のことではあるが――相手方には中々理解してもらえない難しさがあるのも知っている。

 

(……いや、学生だからこそ賊への対応が気になる。技術力が高ければそれだけ国は不安を抱えてしまう)

 

 エレオノーラが不安視するのは他国の反応だ。それを体感的に感じ取っている様子に見えてきた。

 こちらがどんな説明をしようとも、詳細が緻密であればあるほど不安は解消どころか一層濃くなってしまう。

 所謂(いよゆる)『負のスパイラル』だ。これを解決するのはエルネスティでも一筋縄ではいかない問題だ。

 

「既に作ってしまったものは覆せません。その上で僕の説明を理解してもらうにはどうすればよいとお考えでしょうか?」

「……そうですわね。私が国の(ちょう)であれば専門職の立ち合いを義務化致しますわ」

 

 エレオノーラの言葉にクヌートは頷いたがフレメヴィーラ王国の(国王)(むし)ろ猪突猛進なところがあるのでエルネスティの味方をする。

 ただ、一般論としては正しい判断だと思った。

 勝手に作らせるから問題が噴出する。であれば義務化は良い案だった。――しかし、それはそれで実は難しい問題でもあるが今は無視できる。

 

「ぎ、義務化……ですか……」

 

 エルネスティが戸惑いを見せた。やはり言われたくない単語だったとクヌートは感じた。

 自由奔放に幻晶騎士(シルエットナイト)に関わらせない事が彼にとっては痛い部分のようだ。

 謹慎処分よりも効果的ではないかとさえ。

 

「新型機の開発自体を学生に(おこな)わせるのは遺憾である、と言うのは暴論でしょう。ですが、過度な発展はこの国だけの問題であれば文句はありません。しかし、他国が見てしまうと話しが変わるのです」

「うむ」

「……高度な技術を開発すると狙われる危険性が高まるから? もしくは何らかの火種……でしょうか?」

「それが分かっているならば自粛をお勧めいたしますわ」

「……それはお受けできかねる問題です。僕は幻晶騎士(シルエットナイト)を作り、乗ったりするために今まで努力してきたのですから。そこは譲れません」

「そこは無理に止める気はありませんが……。であれば現行の進捗(しんちょく)で満足されれば良いでしょう? 聞けば複数の新型を製造したとか? というよりもこれだけの資料を短期間で作られる頭脳の高さにも驚きましたが……」

 

 上体を引き上げ、真っ向からエルネスティを見つめるエレオノーラが国元の名代のような雰囲気をまとわせているようにクヌート達には見えた。

 機械に関して無知にも等しいが国の平和を思う気持ちは人一倍のようだ。

 

「アイデアは早く形にしなければなりません。その結果が今に至るわけです。当時の僕はのんびりと学業に専念する気が無かったので。……今はゆっくりと専念する気でいますよ。作りたいものをとりあえず、ですが……作れましたので」

「今は? それでも随分と火急な進行のようですが……。そもそも学生である貴方を急がせるほどの理由が思い浮かびません」

 

 それに――とエレオノーラは目の前に座る銀髪の少年の顔を眺める。

 少女のような可愛らしい容貌の彼がどうして薄汚れた工房で働くに至ったのか。王族であるエレオノーラ達には全く理解できない。

 巨大な人型兵器たる幻晶騎士(シルエットナイト)にどんな魅力があるというのか。あれらは国と国が争う時に使われる。フレメヴィーラでは魔獣討伐用だとしても野蛮な攻撃兵器であることには変わらない。かといって国の守護に欠かせないことも理解している。

 

(彼は騒乱を望んでいるのでしょうか? 幻晶騎士(シルエットナイト)とは争いの道具以外に何の用途があるというのか)

(ど、どうしましょう。アイデアを急いで形にする理由を説明できません。そもそもこの世界にそんなシステム(特許など)が無い……。詳しく調べていないだけで発明品の権利自体はどこかにあるはずですが……)

 

 権利関係を除けばエレオノーラの言い分は理解できる。そもそも急ぐ理由は無い。それが世の中の常識だ。

 現行機のまま数百年も歴史を築き上げてきたのだから、急な発展を見せれば危惧されるのは当たり前だ。

 なにより彼女を不安視させているのが学生であるエルネスティが大急ぎで発展させてきたことだ。第三者視点で俯瞰すれば理解不能の数々が拝める。

 

(僕が幻晶騎士(シルエットナイト)を作る理由は単なる趣味……。この時点で相手に理解させることは無理ですよね。だから、どんな説明も意味をなさない。新型を作ったので褒めてください、というのは今から思えば子供の戯言です。……僕でもそう思うほどに)

 

 もし、新型機ではなく結晶筋肉(クリスタルティシュー)綱型(ストランドタイプ)にしただけであればここまで騒動が大きくはならなかったのではないか。

 彼にしてみれば非常に物足りない結果ではあるけれど、将来を思えばそこで小休止するべきだった。

 一つの発明品が完成したら何年も試行錯誤し、緩やかな発展に臨むのがフレメヴィーラ王国での日常。それだけで充分な成果と言えた。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)は一国の中でならばどんな発展も許容できましょう。しかし、他国が存在する中で異質な発展は脅威なのです。それが急なものであればあるほど……」

「……はい。それは何となくですが……」

「私も何となく、ですが……。東方は魔獣相手に集中できるから分からないのかもしれませんが……。西方は違います。多くの大国が点在しておりますが仲は良くないのです。領土を巡る争いは日常茶判事です。そこに別方向から異常な……、高度に発展した幻晶騎士(シルエットナイト)の情報がもたらされればどうなると思われますか?」

 

 両手に力を込めてエレオノーラは言い放つ。

 彼女の故郷は切実な問題を抱えていた。王女という立場もあって詳細は(おおよ)その予想しかできないけれど、それでも分かることはある。

 国王である父親の顔色が年々悪くなっていることに。それは体調の問題もあるが主な原因は隣国の情勢に対する危惧だ。

 

「各国がこぞって情報収集に邁進(まいしん)する?」

「それも大勢で。……残念ながらフレメヴィーラ王国の情報は既に流出しております」

 

 国境警備に就かせているカルディバールが居ること自体、すでに手遅れである証拠だ。

 かの国には自分達の幻晶騎士(シルエットナイト)を凌駕する技術がすでにできている、と。そうなれば調査に派遣させる諜報員が膨大になってもおかしくない。

 エレオノーラも実質的にはその中(諜報員)の一人である。

 

        

 

 今はまだクシェペルカ王国が立ち塞がる形で警戒しているのでジャロウデク以外の国々については問題ないと考えられているし、クヌートも独自に調べさせている。

 しかし、それがいつまで続くかは未知数だ。

 

「私としては今以上の開発速度をどうにか止めるか緩めて頂きたい。フレメヴィーラの前にあるのはクシェペルカなのです。ジャロウデク一国でも苦戦するというのに……。他の諸国まで面倒を見ることは出来ないですよ」

 

 もし、かの国(ジャロウデク)が他の国と連合などを組もうものならひとたまりもない。今は覇権主義のお陰で規模の拡大は無いらしいが――

 それでも時間の問題だとエレオノーラは考えている。いや、彼女以上にマルティナが不安に思っている筈だ。だからこそアンブロシウス国王に怒鳴り散らしたのだから。

 

「エレオノーラの希望は難しいと存じます。国王陛下がいたく彼を気に入っておりますので」

「……そのようですね。私も驚いております。陛下が学生を個人的に優遇するなど……」

 

 全くです、と小さくクヌートは呟いた。

 ほぼ説教となってしまった事にエルネスティはひどく居心地が悪くなってしまった。さらに反論できない事も。

 西方については軽く勉強しているので、ある程度は知っている。ただ、自分の行動が想像以上に()()()雰囲気になっているのは想定外だった。

 隕石よりもある意味では性質(たち)が悪い。

 話しが一旦止まったのを見計らい、メイドのシズが御代わりとして温かい紅茶を()れなおす。もちろん、それにも毒がないか確認する。これは癖をつける為でも必要だと親から言われていた。

 例え信頼厚いメイドが淹れたものだとしても確認するように、と。

 

「開発速度に関して今の僕は学業に専念しておりますので……、それほど警戒されることは……」

「……確かに。一度進んでしまったものは止められません。しかし、今後も同程度……、またはそれ以上の速度を出されると困るのです」

 

 時間は巻き戻らない。しかしながらエルネスティは困ってしまう。

 目の前に機会(チャンス)があるのに釘を刺されてしまうことに。相手方の危惧も理解はできるが、だからといって意欲を無くすことは死に等しい。

 そもそもエレオノーラがどういう立場か分からないエルネスティにとっては暴論ばかりぶつけられている状況で面白くない。かといって反論もできないのが実情だ。

 

(歳が近い者の意見の方がエルネスティには堪えるか。しかし、ここまで攻めに転じられるとは思っておらなかった。……それほど母国の実情が危ういという事か)

(今更開発を止めさせても事態が急変するわけではありません。……少々、言い過ぎたところはあるかもしれませんが……。お父様であればどう処理するでしょうか。国力を上げる事に傾きそうですけれど)

 

 力関係は今はジャロウデクに傾いている。クシェペルカは今以上の発展が望めないのでいずれは攻め込まれてしまう。それを防ぐには毒を飲むしかない。

 その毒が目の前に居る銀髪の少年というのは実に心もとない。

 出来るだけ平和的な解決を望むエレオノーラに出来ることは何もない。ただエルネスティに当たり散らしただけだ。事態は変わらない。

 実に不毛な時間を過ごしてしまった。そう思わざるを得ない。

 

 


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