大都市ヤントゥネンを防衛していた守護騎士団の団長機『ソルドウォート』を操る
未知の魔獣に対し、勝てるかどうかは問題ではなく、多くの被害を出さない事が最優先事項だ。その中には都市の防衛も含まれている。しかし、現行の武器が通じないのであれば気を逸らせるしか方法が今は思いつかない。
先ほどまで動かなかった理由は分からないが、一度活動したからには後戻りは出来ないと覚悟する。
(眠れる魔獣を起こしたツケか……。いや、遅かれ……あれは活動していただろう)
軽く息を吐いて気合を入れる。
壊れた
魔獣の気持ちなど考えたことはないが、よく見れば無闇に攻撃を仕掛ける仕草は確認出来ない。
知性が高いとしても得体の知れない姿が恐れを抱かせる。
(……逃げる人間を襲わなかったのは……。いや、余計な事は考えるべきではないか……)
ゆっくりと回り込むように移動し、魔獣の進行方向を学生から砦へと変えようと試みる。だが、黒くて丸い魔獣の目がどこにあるのか分からないので自分の誘導が果たして有効なのか疑問である。
それに――見ている限りにおいての感想を述べるならば――
★
離れた位置で待機していた『エドガー・C・ブランシュ』と『ディートリヒ・クーニッツ』、『ヘルヴィ・オーバーリ』も下がりつつ団長機の安否を気遣う。
本来ならば背後から援護したいところだが、魔法が通用しない。武器による攻撃も通じなかった。その上で更に攻勢をかけることは無駄――または無謀とも言えた。
「ディートリヒ。お前の手ごたえから、あれはどの程度だった?」
「相当だったね。軟らかそうな触手すら鋼鉄にぶち当てたような手ごたえだったさ。……なのに動いている姿を見ると柔軟そうで信じられない」
「……どこを向いているのか分からない姿なのに器用に動いているところも不気味ね」
単なる球形ではない。それなのにあの魔獣は何を頼りに相手の位置が分かるのか。
触手だとしても最初の攻撃を防げた筈だ。
――攻撃されるまで寝ていた、というのは些か考えられない。
「穴でも掘って落としてみるか?」
ディートリヒは冗談のつもりで言った。
エドガーとヘルヴィはいい案だと思いはしたが、器用な触手の存在があるので成功率はそれほど高くはならないと感じた。それに触手の長さは魔獣の身長ほど。更に伸縮性に優れている場合も加味すれば、相当深く、また脆い地盤にでも落とさなければならない。
少なくともこの辺りの地盤は
それと
三人が相談している合間に移動を終えたソルドウォートが黒い魔獣に魔法をお見舞いする。
「こっちだ、化け物っ!」
触手で防ぐと思っていたが無防備に当たったのでフィリップは驚いた。
それと声をかけたにも関わらず、魔獣は現場から動かない。
目が何処にあるのか分からないので、振り返る事があるのか疑問に思った。――振り返られても正面とは限らないが――
★
魔獣の興味が何であれ崩壊した砦へと移動させておかないと安心できない。
かといって迂闊に近づいてもやられるだけ――
複数の
鉄壁の外皮に強烈な攻撃。遠距離攻撃してこないこと以外は師団級にも劣らない。
そんな魔獣をどう退治すればいいのか。
「……どう対処すればいい……」
フィリップは独り言を呟いた。
誰か助言でもしてくれないかと思った上で声に出した。
先ほど聞こえた話しでは穴を掘る、というものがあった。けれども、誘導できなかったので却下――
いや、と――すぐに思い直す。
出来ないならできるようにすればいい。
その為には一人では無理だ。
「……動かない? なら……」
天啓のようにアイデアが閃く。
魔獣はどの道動かない。近づいて攻撃もできないのであれば無理して突撃しなくてもいい。
また、動いてもいいように対処すればいい。
魔獣の周りを穴だらけにすればいい。
問題は作業している間に動くかどうか、だけ。
今のところ壊れた
本当は回収したいところだが、この際、壊れた
少しでも――討伐出来ない魔獣に対する対抗策が出来るまでの時間稼ぎが出来ればいい。それがどれくらいの猶予になるか分からないが、少なくとも都市への被害を食い止めるのが目下の目的としなければ。
★
フィリップはすぐに指示を飛ばした。
魔法で吹き飛ばすのは効率的とは言えない。
「学生の諸君も手伝ってくれるか?」
「もちろんです」
「その前に補給を受けられる体制にしてもらった方が……」
と、様々な意見が飛び交う。
本当ならば一刻も早い作業が必要だが現場に足りないものが多すぎた。
フィリップは実現可能であれば何でも許可した。
その間、エドガー達学生には一旦下がってもらい、応援要請を依頼しておく。――いくら手が足りないからといって学生を危険に晒したままでは騎士団としてもばつが悪い。
白と赤と他のサロドレア達が居なくなった後、手持ちの装備でどれくらいの事が出来るか部下に命令する。
運がいい事に魔獣はほぼ現場から移動しない。遠距離攻撃に関しても意に介していない。それはそれで好都合と判断した。
優先的に都市部への道を塞ぐように掘り進め、余裕があれば丸く囲みたい。
――問題は目の前の黒い魔獣がどの程度の動きを見せるか、だ。
触手を利用して飛ぶなんて事は想像したくないが、気に留めておくことにする。
★
撤退しているエドガー達も自分達で手伝える事が無かったかと反省の意味を込めて議論を交わしていた。
それぞれの伝令管から諦めやアイデアが飛び交う。
「集中放火するだけの
「有効な手だけど……。動いた今は近づくことも出来ない。あの触手が厄介だよな」
「ここは無難に応援を呼ぶことね。悔しいけど、今の私達にはどうすることもできないわ」
道具も十全に揃っていない。
そもそも大量の魔獣に対処する予定に無かった。更に師団級の存在は学生たちにとって寝耳に水であった。
「クロケの森が想定以上の危険な場所だと誰も予想できなかった。あと、我々は無事だ。無謀に突っ込んでやられては避難している学生たちにより不安を与えてしまう」
「……クソっ!」
剣を当てただけで逃げ帰る事になったディートリヒは操作盤に拳を叩きつける。
相手の頑丈さを考慮しても自分に出来る事がないと知った上で悔しいと思った。
手持ちの武器も魔法も通じない。誘導も無駄。逃げ帰るしか出来ないのはとても歯がゆい問題だった。――だが、確かに無謀に戦って鉄くずに変えられては騎士の名折れ。
ここは敵の情報を持ち帰れるだけマシだと思わなければならない。
(だいたい攻城兵器にもビクともしない魔獣だって誰が想像できる?)
(流石のディートリヒも彼我の戦力……。いや、実力差を思い知ったか……。だが、我々の被害は殆ど無い。それくらいは幸運と思わなければ)
一体だけで多くの
本当に一体だけか、とエドガーは疑問を覚える。
目撃例がたまたま一体だけで他にも居る可能性がある。その場合はどう対処すればいいのか。
剣も魔法も通じない魔獣――
エドガーは何度も呟きつつ対処方法を思案する。
★
それから数刻が過ぎ、エドガー達は避難を始めていた学生たちの下にまで無事に帰る事が出来た。しかし、
小型の魔獣から決闘級までの脅威は排除できた、という報告で少し表情が軟らかくなったが事態が好転したのはここだけだ。
「謎の魔獣……ですか?」
エドガー達は現場に待機していた教職員に説明を始める。
多くの魔獣を追い払ったとはいえ、このまま野外合宿を続けるのか、それとも念のために中止するのか、その判断に迫られていた。
「決闘級規模なのに太刀打ちできなかった。早く応援を呼びたいところなのですが……」
学生たちに出来る事は避難以外何も無い。
戦力として参加する事はもちろん許可できるわけがない。――あくまで自衛の範囲内だ。
「学生達は避難した方がいいと思います。……このまま都市部に侵攻されては困りますが……」
「
彼らが相談しているところに銀髪の少年『エルネスティ・エチェバルリア』達が駆けつける。
避難誘導を終えた報告にやって来た。
「軽傷者が多数出た程度です」
「分かった」
彼らの後からゆっくりとした足取りで能面のような冷たさを感じさせる『シズ・デルタ』がやってきた。――彼女を苦手とする者達は知らず知らずの内に一歩後ずさる。
特段、彼女は激高したり、怒鳴り散らしたり、チクチクと小言を言ったりはしないのだが、そう感じさせるオーラのようなものを発散させているようで、エドガー達のような
先ほどまで得体の知れない魔獣と戦ってきたエドガーから見ればシズを恐れる者達の気持ちが理解出来ない。
「……状況は?」
静かな物腰で尋ねるシズに他の教職員は言葉を詰まらせる。
その様子を見て少し呆れたエドガーが説明を代弁する。
「得体の知れない魔獣……ですか?」
疑問を口にしたのはエルネスティだった。
伝え聞いていた魔獣のどれとも特徴が合わず、直接見てみないことには判断出来そうにない形状というのが興味を引いた。
――ただ『毛の生えた黒い玉』という表現が何とも嫌な予感を感じさせる。
一緒に来ていた『アーキッド・オルター』と『アデルトルート・オルター』と生徒会長『ステファニア・セラーティ』の三人がそれぞれ連呼していく。
何やら魔獣とは
「……形はどうあれ、
「攻城兵器では吹き飛ばせたんだろう?」
「ああ。だが、二度目は許さなかったようで、あっさりと
大きさは決闘級。外皮や触手、足も強固。
その上でエルネスティは思案してみたが、結局のところは実際に戦わないことには判断が付きそうになかった。
敵の動きを観察して攻略方法を練るのも戦略の一つ。
★
エルネスティにとって今の状況は波瀾に満ちた血脇肉躍る
戦闘に参加は出来なくともどうにかして現場を観察したかった。――だが、自分は中等部一年。魔獣と戦いに来たのではなく野外活動の単なる実習だ。
テントの張り方や仲間内で相談しながら料理を作ったり――、早い話しが遠足に近い。
この『クロケの森』は小型の魔獣が発生するだけで、実際には『魔獣が存在している』という緊張感を持って行動するのが主な目的だ。
「僕達に現場を見せて、と言ったら駄目ですよね?」
「多少の安全性はあるかもしれないが……、学生のお前たちを興味だけで向かわせるのは得策ではない」
「私も……。本来ならば君達に見せるくらいわけない、とか言いそうだが……。あれはなんか……、言葉では言い表せない恐ろしさがあった」
腕を組んだディートリヒが言った。
普段であれば血気盛んな若者らしく、興味本位の方が気持ちでは勝るところだ。それが今回に限っては身の安全を優先している。
それだけ危険を感じている証しでもある。
「ディーにしては珍しいわね」
「実際に目の前で見た印象としてもあれは……、得体が知れない」
剣で突撃した時、魔獣が活動的であれば自分はあっさりと倒されていた。
たった一振りの攻撃で
見逃されたのか、それとも攻撃を攻撃とも思っていなかった――
どの道、現行のままではなすすべが無いのは理解した。
「まずは非戦闘員に速やかに退避を命令してください」
冷静なシズの言葉に怯えていた教師達が頷いて行動を開始した。
逃げるにしても多くの生徒を残したままでは
「シズ先生。遠くからなら観察できると思いますが……。貴女の意見を聞きたい」
そうエドガーからの言葉に最初に驚いたのは側に居たエルネスティ達だった。
僕達も混ざりたいです、という無言の圧力がエドガーに向かったが彼は
知りたい気持ちは理解出来る。しかし、遊びではない。
普通に考えれば中等部一年を危険な魔獣の群れに向かわせる事はエドガーには出来ない。それに自分達は彼ら学生の護衛任務についている身でもある。
シズが許されるのは
「……分かりました。……しかし、相対した貴方達が恐れるほどなのですね」
「どういう怖さかと聞かれると……、返答に困りますが……。普通じゃない事は分かりました」
そうですか、と消え入りそうな声でシズは呟いた。
現地の人間の反応にシズは正直に言えば反応に困った。
嬉しいのか、恐ろしいのか。
遠くに脅威があるならば人間として恐れるのは順当な反応と言える。しかし、そうだとしても――
想定内の
相対的な問題なのかはシズにも分からないが、現地の人間にはもう少し頑張ってもらいたいと思った。
――いや、これ以上は彼らにとって酷となるのであれば致し方ない、のかもしれない。
初手に最強格を投入したのは
★
シズは周りに居る人間達の顔を丁寧に見定める。
自分の興味を沸き立たせてくれる人材の有無――
単独任務としては苦手の部類に当たるが、これもまた大事な任務だと思えば自ら判断して進まなければならない。
至高の御方が望むのは端末に過ぎないシズ達の自主性――
(各々が勝手に行動をとるのは得策ではない筈だが……。御方が望むのであれば致し方ない)
だが――それでもやはり気になってしまう。
複数の命令系統がバラバラに散るような手段に陥る事はとても危険である、と。
それとも至高の御方なりの考えがあって許しを与えているのか。
どちらにせよ、端末如きには窺い知れない世界があるのかもしれない。
(いいえ。おそらく……これこそが重要な任務……。だからこそ我々は至高の御方達の糧となるべく働くのだ、と……)
現場の仕事が重要なのではない。
シズ・デルタの冒険する姿こそが最も重要である。――という仮説を設定する。
事前に与えられた命令と矛盾する事は
であればいつなのだ、と疑問を投げかける。
数分経っても応答は無い。つまりは
思索は数秒に過ぎないがシズの体感時間では一時間。
彼女の頭脳はいくつかの仮想的時間の流れが存在し、それぞれ平行して進んでいる。
現地の時間と思索の時間はイコールではない。それと天上の世界とも違っている。
「何にしても私一人の判断よりは……、好奇心旺盛な学生の意見を織り交ぜることも時には得策かと愚考いたします」
「……つまり彼らも連れて行けと?」
「
「い、いえ。監視が主です。……しかし、連れて行けるのは……シズ先生のほかには二人くらいが望ましいかと」
現場が逼迫している為か、エルネスティは先ほどから気になっていた事があった。
シズ先生という呼称を彼女はどうして修正させないのか、と。
細かいところが気になってしまったが、
冷徹だとの噂があるシズに対して考えをこの時は改めようかとエルネスティは思った。
★
エルネスティの他に連れて行くと仮定した場合、ステファニアは好奇心旺盛ではない。アーキッドとアデルトルートはエルネスティが行くなら自分達も一緒、という考えを持っている。
エドガー達の
「私とエチェバルリア君……」
「エル君は私と一緒がいいと思います! 小さいから」
シズの発言を遮って手を挙げて元気よく発言したのはアデルトルートだった。
その剣幕にエドガー達は一歩引いた。――シズは涼しい顔で受け流していた。
「いえ、ここはシズ先生と……シズさんと僕が一緒の方がいいと思います。……というよりアディがうるさいので勘弁してほしいです」
「エル君、ひど~い」
「……私は……どちらでも構いませんが……。アデルトルート君は随分と気持ちに余裕があるのですね」
シズの冷徹な顔がアデルトルートを捉える。その様子を見ていたエルネスティは表情が乏しいだけで別段、怖い顔ではないように思えた。
噂に尾ひれが付いているだけ――
しかしながら、近くで見るシズは随分と整った顔をしている。それは見惚れるほど美形だから、というわけではなく――むしろ――
(……いえ、これ以上の詮索は流石に失礼でしょう。……しかし、表情筋とやらは動いているようですが……、言葉を発しない時は
エルネスティにとって好ましいのかどうかは判断できないが、謎の多
(そういえばオルター君ではないのですね。……二人も居ますから区別するためなのでしょうが……)
教師や大人からは基本的に苗字に当たる家名――君付けで呼ばれる事が多い。
エルネスティも普段から『エル』と愛称で呼ばれる事が多いので新鮮な気分にさせられる。
(君付けだと違和感を覚えてしまいますが……。大人の世界では気にならないものなのでしょうね。は~、僕ももっと背が高ければ……)
小柄な体型のせいで
★
操縦は出来ないが内部に入ることを許されたエルネスティはとても喜んだ。
「教本でしか知りませんでしたが……。やはり足は届きそうにありませんね」
「補助装置を追加すればお前でも操れるさ」
と、会話しつつ必要な物資を整えていく。
シズはディートリヒの機体に乗せてもらうことになり、
「なんで私はエル君と一緒じゃ駄目なんですか~!」
「うるさいからだ。それにお前は調査を真面目にする気が無いように見える」
というよりもエルネスティと一緒にしては浮かれて調査どころではなくなりそうだと判断した為だ。
このエドガーの判断にアーキッドとエルネスティ本人も納得した。
赤いサロドレア『グゥエール』に乗り込んだシズとディートリヒ。
彼は物静かな女性を乗せるのが今回が初めての事なので少し緊張していた。
「シズ先生。俺の操縦は荒いですからしっかり掴まってて下さいよ」
「はい。……ところで、先生はよして下さい。どうも皆さんは私を先生と呼びたがるのですね」
「雰囲気が教師の……、先代と言いましたか……。あの人と似ているんで……」
ライヒアラ騎操士学園に通いたての頃、今で言う老齢のシズの教えを受けた経験がエドガー達にはあるようで、その経験から今のシズにも先生と付けてしまうらしい。
その話しを聞かされたシズは『なるほど』と小さく呟いた。
「……君達にとって彼女は良き教師でしたか?」
「堅物のクソババァだと最初は思いましたけどね。……すみません。娘さんの前で……」
「……いえ」
「でも、あの人は生徒全員の顔を見て話す人でした。それと優秀な生徒ばかりを優遇する教師達の中で、落ちこぼれにも差別無く接する姿は尊敬に値します」
そんな事を言っている自分は人に誉められた人間には育ちませんでしたけどね、と苦笑交じりに続けた。
シズの記憶にあるディートリヒという生徒は興味を示すほどの逸材ではなかった。
ただ――、教師としての役職で彼らに授業を教えていただけだ。たったそれだけのことを成長した生徒は自分を――老齢のシズを敬っているという。
成長する生き物の考えは基本的に――それほど理解することは出来ない。――それは彼らが
ディートリヒの後頭部を眺めながらシズは成長する生き物の神秘性を脳内に留めてみる。それにもし価値があるのならば自分の仕事は――きっと有意義なものだったと言える。
だが、基本的に彼らは無価値だ。
至高の御方は人間の価値を見出そうとしているようだが、未だにそれはまだ理解出来ない。
理解したいのか、と自問してもいずれ死ぬと分かっている生物だ。答えは明白な筈――
「
「どうなんでしょうか。親が子に似るとも限りませんし。他人の目から見た印象はきっと違うように見えたりするものです」
「……シズ・デルタはきっと……」
誉められるのが好きな筈ですよ、と彼には聞こえないほどの声量でつぶやいた。――あと、クソババァとはどういうことなのでしょうか。それについて個人的に聞くべきなのか迷うところ――
自分は端末に過ぎない。けれどもオリジナルから分裂を繰り返し、高性能化を成し遂げた一体だ。しかしながら大本の部分はオリジナルと同一で、曖昧な気持ちの部分ではきっと今の言葉を肯定する筈だ。
多くのシズ・デルタ達は等しくオリジナルを敬い、また大元である存在のコピーである事を誇りに思っている。それらを手繰れば彼らの誉め言葉はそのままオリジナルまでのシズ・デルタ達にとって嬉しい事の筈だ。――問題があるとすれば誉める存在が敵である人間という一点のみ。
オリジナルから引き継いだ設定に書かれている『敵』は覆せない。だからこそ彼らに心を完全に許す事はありえない。そのありえない事態が起きた時、自分はきっとこの星に捨てられてしまうか早々に廃棄処分だ。
その時になるか、そういう状況がありえた場合、彼らと共に歩んでも構わない、という命令は受けている。
(それまではお互いが敵同士なんですよ、クーニッツ君……)
背中を向ける相手を間違えたら命はあっという間に消えてしまうものなのです、と続けた。
敵と言ってもすぐに殺しに発展するようなものではなく、派遣されているシズ・デルタに許されているのは現地調査だ。率先した敵性の排除は
★
ほんの数分の出来事から思索を現実に戻し、改めてディートリヒの背中を眺めるシズ・デルタ。
小さい肉体が時を経て大きくなる過程は観察できないけれど、これが時の経過だとすれば自分の仕事は有意義だったのか、と自問してみた。いや、これは直接尋ねた方がもっと効率的かもしれない。だが、それは今の自分ではなく過去の自分の役目である事に気付き、仕事に思考を切り替える。
「改めて任務の確認をしましょう」
「了解です」
「第一は魔獣の確認。……正確には視認です。次は周りの確認」
「はい」
「戦闘行為は今回の合宿には含まれていません。小型の魔獣は殆ど追い払いました。ここまで、いいですね?」
一つ一つの言葉に元気の良い返事をするディートリヒ。
後ろから声をかけられているけれど無駄な事をシズは言わないので煩わしさを感じない。自然と身体が反応するようで不思議だった。
「逃走経路の確認は済みましたか?」
「それはこれからです。エドガー達と撤退するので手一杯だったもので……」
「伝令管ですぐに摺り合わせをしなさい。移動しながら……」
少し厳しさのこもった声は老齢のシズと大差が無く、懐かしさを覚えた。だからこそ、彼女の指令にディートリヒは元気よく応え、
娘だからか、声質がほとんど一緒。そこが少し残念だな、と思ってしまった。
★
ディートリヒから指示が飛んできた後、エドガーとヘルヴィもそれぞれ移動を開始しながら確認作業に務めた。
急に元気な声を聞かせてくるディートリヒの事が少し気持ち悪いな、と思わないでもなかった。
「シズ先生を乗せているから張り切っているのか、あいつ」
「そうじゃない? 冷徹な女性が好きそうなタイプだもん。だから、無謀に粋がって突進しちゃう」
「……そこまで女性にいい所を見せるようなタイプじゃないだろう」
(だったらヘルヴィに対して何らかのアプローチがあったりするものだろうに……)
と、エドガーは苦笑する。
ここで後ろに乗せていたエルネスティから疑問を呈された。
「……どうしてシズ
「はい。シズさんはシズさんと呼ばれたいそうですよ。正式な教師じゃないからと……」
「雰囲気が似てるんだよ。……いや、あれはもはや同一人物と言ってもいいくらいだ。……だから、敬称をつけてしまうんだな。きっと、刷り込みだよ」
「そうね、刷り込みよね。あたしも呼びそうだわ」
と、伝令管からヘルヴィが言ってきた。
当然、これらの会話はグゥエールにも届いている。しかし、シズからは苦情は飛んでこない。
「おいおい、シズ先生は他の教師が嫌な顔をするから……。すみません、私もつい呼んでしまいます。えっとだな。たぶん、世間体だ。あまり連呼するとシズ……さんが困るぞ、きっと」
「なるほど。それも一理ありますね」
伝令管のやり取りをしつつも顔は前方を向いている。
気になる事は遠慮無しに伝えられるが、話題の殆どがシズの事ばかり。正確には老齢の方だ。
エドガー達には余程印象深い人物だったのだな、とエルネスティ達は思った。それに好印象を受けている様子なので鉄仮面と呼ぶと怒られそうな気配を感じた。
★
無駄話しを交えつつ魔獣の襲来が他にも無いか、周りへの警戒も怠らない。――特にディートリヒは背後にシズを乗せているので人一倍緊張していた。
道中は捜査関係で小言などは言われなかったが、会話が急に途絶えた時は気になって仕方がなかった。
簡易的な安全帯だけで身体を固定しているとはいえ、乱暴な運転になっていないか気にするのは自分らしくない気がした。
そうしてエドガー達が目的地に到着する頃、地面を掘っている
戦闘行為は今のところ起きていないようで安心した。それと黒い玉の魔獣を取り囲むような不思議な空間が出来上がっているのに驚く。
エルネスティ達は
(本当に黒い玉だ)
(……うわぁ、なんか気持ち悪い。上の方に生えている触手とか)
それぞれ定位置につき、持参した道具を騎士団に提供する。それと連れて来た仲間に穴掘りを手伝わせる。
今のところ謎の魔獣は壊れた
「よく来てくれた。我々の会話で動くことはないようだが……、危険を感じたらすぐに撤退できるようにしてくれ」
「了解しました」
★
シズを除けばほぼ全員が未知の化け物に対する知識を有していない。
エルネスティは形状から近い生物を探してみたが、海洋生物に近い事以外は出てこなかった。
「海の生物ならばそれらしいものが見当たるのですが……」
「それには俺も同意見だ。だが……、あれには棘が無い」
「球形で硬いのですよね?」
「ディートリヒの感触ではそうらしい。実際、魔法も通用しないようだった」
硬い球型というのは斬撃との相性が物凄く悪い。突きもおそらく通じないのでは、と予想するエルネスティ。
完全につるりとした外皮ではないとしても、
甲殻類なら関節を狙うところだが、見たところ継ぎ目は無く、触手を狙う以外に有効打を与えられそうな箇所が見当たらない。――その触手も外皮と同程度の硬度があるという話しだった。
(正に鉄壁。決闘級の大きさという事で多人数で攻められない優位性もあるようですね)
どんな生物にも弱点があるはずだ、と考えてみたものの攻略方法はすぐには出せない。
「あんな魔獣……、見たことも聞いた事もないけど……。他にも居るのかな?」
「
その撃破された
そのカルダトアが撃破されたのだから学生用の機体でどうにかすることなど無理に等しい。
★
それぞれ困惑を滲ませる意見が飛び交うがシズは静かに聞き耳を立てるだけで口は挟まなかった。
彼らが畏怖すればするほどかの魔獣に対する評価が上がるのだから止める理由がない。
(立場の問題もありますが……。指示通り、彼らに対して
それはそれとして事態を収拾する方法までは与えられていない。ここから自分はどう対処すればいいのか、シズは懸命に思考する。
勇気ある若者が先陣を切るのか、それとも自分が行く事になるのか。
仮に自分が勇者ならば正しく悪目立ちは確定してしまう。それは今後の予定を考えれば悪手としか言いようがない。
(……だが、困っている生徒達を導くのは教師の務め。そして、今は彼ら学生と同じ立場に居る)
何が最適かはシズの中では決まっている。ただ、その優先順位に問題があった。
どれを選んでもメリットとデメリットが発生する。――それ自体は必然のようなものだ。しかし、問題は解決へと向かえば向かうほど自分の首を絞めてしまう。
早期撤退だけは避けなければならない。それ以外においては自己判断が許されているけれど、それでも単独先行になりがちな計画案の殆どは廃案にしなければ――至高のシズ・デルタはきっと不満を
(人間に合わせる事がとても難しい任務になるとは……)
人間と同じように溜息をつくシズ。
こういう状況を突破するのは果たして自分か、それ以外かを模索する。
★
黒い魔獣に与えられた命令は現場待機。近づく敵は
思いのほか
多少の破壊は許可されているとはいえ、初めての仕事はミスをし易いものだ。それを挽回してこそ至高の御方に顔向けできるというもの――
いつまでも黙っている魔獣というのは疑われやすいものでもある。
シズは
「……あるいは操縦でも代わってもらいたいですね」
「魔獣に近付く気ですか?」
「……そうすると周りが騒がしくなりますよね。あれ一体だけなら小さな標的はさすがに追わないでしょう」
というよりは多くの
ここに他の小型から決闘級の魔獣が現われたり、目の前の謎の魔獣が複数居ない事が前提となる。――その前提とて人間側の都合だが――
無理の無いお願いに対してディートリヒは判断に迷っていた。――それは
無謀な願望を提示することで無難な要求が通り易くなる。
ここから起死回生の一手でも打てば充分に目立つ。それ以外で彼らが目立つ方法は何があるのかと色々と思索する。
出来る手は少ないし、ディートリヒでは打倒まではいかない。
実際に戦闘経験を経た彼は今以上の働きは期待できない。それはもちろん本人も自覚している。
★
これがエルネスティ達ならば大人しく黙っていろ、と言いつけるところ――
分別のつく大人であるシズだからこそ丁寧な対応となるのだが、伝令管によって話しを聞いていたエルネスティは羨ましいと呟いていた。――それとその言葉が他の
――おそらく聞こえるように言ったと思われるが本人はとぼけてみせる。
(……ならば彼に任せてみるのも良いかもしれません。……ですが、警戒レベルが随分と上がったこの状況……、果たしてどのような決着を見せるのか……)
シズにとってどちらが敵か不明な状況――
どちらが勝利を収めても納得しない。というよりはより困難な事になるだけだが――それでも、興味がある。
人間の可能性が無限大である、という仮説の証明に――
至高の御方が常に気にかけるのは人類である。亜人でも異形でもない。
強い種族と弱い種族が居るのは仕方が無い事だが、それでも長い時を経た疑問のひとつは未解決だ。
(一つの文明を築き上げる人間という種の神秘性……。我々がその疑問点を解決する必要性が無いとはいえ……)
浮かんだ疑問に対して『解答』が無ければならない。そして、それを求めるのはシズでなくてもいい。
この自分の考えがもし性急であるのであれば
(泉に投げ込む小石と波紋の関係性……。ならば、ここは小石を選択する方がシズ・デルタらしいのでは?)
一つの結論を導き出し、ディートリヒの肩を軽く叩く。
エルネスティに意見を言わせる為に――