一から始めるカオスウォーズ 作:Salvo11y
覆いの無いコックピット。
だからといって、解放感が有るわけでもなく。
飛行機の狭いコックピット。
俺は今そこに座っている。
身を縮めて無理やり押し込めているから窮屈で。
だけども…眼前にどこまでも広がる青空は、視界に雄大さと自由を訴えかける。
ここが仮想空間だということなんて、忘れそうになるほど、広く、深く、蒼い。
俺は今、全感覚没入型コンバットシミュレーターRPG である「war all grounds」の世界に居る。
開発側が言っているこのゲームのジャンル。
詰め込みすぎて何が何やらな感はあるが、端的にこのゲームを説明すると、自身の五感をバーチャル空間に投影したうえで、第二次世界大戦期~冷戦期に活躍した、戦車やら軍艦やら航空機を操って戦争ごっこをするゲームだ。
ミリオタという人種は世界中に存在するようで、発売と同時に世界中で話題沸騰大ヒットとまではいかずとも、賞金付きの国際大会が開かれるほどには商業的に十分な成功をおさめている。
「調子はどう、蒼。」
ふと耳に響く女性の声。
俺をこのゲームに誘った張本人である俺の義理の姉。
三島楓その人だ。
彼女は、楓姉さんは所謂クールビューティである。
黒いロングヘアにすらりと長い手足。
女性らしく非常にメリハリのあるボディライン。
切れ長の目を戴くその顔は、万人に美人だと言う評価をつけさせる。尚、表情が余り変わらず冷たい印象を相手に与えてしまいがちな楓姉さんだが、万人にウケ訳るではない。
訳ではないが、俺と姉さんの高校に楓姉さんのファンクラブが存在する程度には美人である。
更には成績の優秀さと、運動神経を兼ね備え、挙げ句の果てには俺達の通う高校の生徒会長を務めるとかいう、フィクションの世界から飛び出してきた様なパーフェクトなパフォーマンスを誇る存在。
そんな
「え、うん。問題ないよ。飛んでる。」
我ながら間抜けな答えだと、自分に若干呆れを覚える。
「敵空母から迎撃機が上がってくるわね。高度3000からダイブで突っ込んで空中戦だそうよ。」
「え?そうなの?」
「さっき他のプレイヤーから聞いたわ。」
飛行機に備え付けの計機類とは別に、視界の左下に浮かび上がっている透過する黒の背景に少数の赤と沢山の青の光点が載った小さなウィンドウ。
楓姉さんの言葉を見計らったかのようなタイミングで、赤い光点が増えてゆく。
赤が敵、青が味方、そして中央に自分示すアイコンが表示されているようだ。
どうやら、敵の迎撃機が味方の視界に入ったらしい。
このウィンドウは、味方の視界に入った敵の位置を表示するもので、簡易のレーダーのような役割を果たしている。
そう、始める前に流し読みしたウィ○には書いてあった。
次々と増えてゆく赤い点を確認して、俺は操縦幹を握る手に力を込める。
この機体…CR.42ファルコは、俺の初期機体になる。
イタリアで産み出されたこの複葉機は、幾つか選べる初期機体の中でも1、2を争う高性能を誇る…と、攻略サイトめいたものには書いてあったし、実際に(仮想区間での話だけど)目にしてカッコいいデザインだと思って何となく選んだ。
スーパーカーとか、良いじゃん?イタリア製。
「敵のインターセプターはシーグラディエーターがメインね。」
俺の前を飛ぶ楓姉さんから、
その直後、視界に赤いマーカーと文字が浮かんできた。
《戦闘機:SeaGladiator》
《8.5km 》
よくよく見れば、その表示は黒い点のようなものにフォーカスされている。
味方の戦闘機が緩やかに降下しながら敵の群れへと一直線に向かってゆく。
この味方は全てがプレイヤーが操る機体。
その機体の国籍もそれぞれ違う。
俺の右隣には日の丸を着けた航空機、左側には水色の卍を着けた航空機…
そんな統一感の無い味方が滑るように一斉に高度を下げる。
十数機の戦闘機がほぼ同じタイミングで
慌てて操縦幹を押し込む。
機体が傾き、視界に味方機が映る。
フワリと体が落ちてゆくような錯覚。
ちらりと、速度計を見る。
時速400キロに届くかどうか。
高度がぐんぐん下がる。
いけない、角度が急すぎる。
そう感じて慌てて操縦幹を引き戻す。
すると、機体が急に上を向く。
一瞬味方機が視界に入りまた直ぐに視界から消えた。
焦って操縦幹を引き戻しすぎたらしい。
同じ事を繰り返さないように、今度は操縦幹を小刻みに倒す。
ガクガクと揺れながらではあるが、今度は降下する味方機を確りと視界に留める。
「蒼、ふらついてるけど大丈夫?」
「な、何とか。」
楓姉さんから再度
それと同時に前を飛んでいた楓姉さんの機体が速度を落として滑らかに俺の機体の横に並んだ。
俺の機体の挙動と違い、一切の不安が感じられない。
おかしい、このゲームを始めたのは同じタイミングだったはずなのに。
「ね、姉さんは随分上手いね。」
「そうかしら?自分ではよくわからないけれど。」
…うん。楓姉さんは相変わらず楓姉さんみたいだ。
「蒼、始まるわよ。」
そう言われて、楓姉さんに向けていた視線を前へと向ける。
敵の先頭との距離はいつの間にか2km程まで縮んでいた。
「交戦開始」
不意に男の人の声が耳に届いた。静かで落ち着いた声だ。
それと合わせて、味方の最先頭を飛んでいた機体が発砲する。
その機体が、敵機とすれ違う。
少しおいて、敵機が火を吹いて高度を急速に下げる。
「撃墜1。」
それを皮切りに、周囲の味方が機関銃の発砲音と意味のある無し無秩序な言葉をチャットに響かせ始めた。
「よっし、こっちも一機!」
「あ、やべ。ミスった!」
「シャァコラ、シャィコラァ!」
「後ろに着かれた。ヘルプ!」
俺がその光景に目を白黒させていると。
「じゃあ蒼、お先に。」
いつも通りの涼やかな声と共に、楓姉さんがその混沌この中に機体を突っ込ませる。
「わわっ!」
一方の俺はというと、目まぐるしく変化する眼前の光景に着いていけないながらも、『何かしないと』という焦りから左手のスロットルを開いた。
加速する
眼前を敵味方が行き交う。
自分が何処に居るのかが解らないまま機体をがむしゃらに動かす。
不意に視界にフラフラと飛ぶ赤いマーカーの機体を捕らえた。その機体の周囲には敵も味方も飛んでいない。
煙を吐いているのを見るに、味方の誰かがダメージを与えていたみたいだ。
おまけに都合よく俺の目の前を飛んでいる。
え?これって撃墜して良いの?横取りだとか言われない?
「ヘイ、そこのファルコ!撃て撃て!」
「うわわっ!…あっ!」
突如耳に飛び込んできた聞き慣れない声に驚き、指をかけていた機銃のトリガーを引いてしまう。
バリバリという音と共に機銃弾が吐き出され、前方の敵機に吸い込まれてゆく。
敵は、何かの破片を撒き散らし、最後は翼が根本から折れて落ちてゆく。
「あっはっは、キレーに吹っ飛んだなぁ!ナイスショット!」
「え?あ、ありがとうございます?」
「おっと、お前さんルーキーかぁ。」
ふと横を見ると、赤い丸が描かれた複葉機が飛んでいた。
声の主はその戦闘機を操る人物のようだ。
敵に表示される赤いマーカー。
それと表示される情報はほぼ同じながらも、青いマーカーが彼の機体にフォーカスされている。
《Alii_251[samurai]:九五式艦上戦闘機》
《0.3km》
突然の事にビクビクしながらも彼に言葉を返す。
「え、はい。これが初めてです。」
「ははぁ、さては横取りになるかと躊躇っちまったな?俺も最初は同じことやったよっとぉ!」
全てを言い終わる直前に、彼が機体を横滑りさせる。
直後、彼の機体があった場所に光る小さな何かがいくつも降り注ぐ。
慌てて上を見れば、敵が発砲しながらこちらへと
「うわわ!」
慌てて操縦幹を押し込んで逃げようとする俺。
だが、相手を振りきれない。
バスバスと左から音がする。
反射的にそちらを向けば、自機の翼に小さな穴が空いているのが見えた。
「く、食らった!?」
若干パニックに陥っているのを自覚しつつ、それ以上撃たれないように機体をメチャクチャに振り回す。
視界がぐるぐると回る。
後方から光が自機を追い抜く。
被弾こそしなかったものの、それが自分の背後に敵がいることをこれでもかと俺に伝えてくる。
だが、その直後に小さな爆発音が後ろから聞こえた。
あわてて振り向くと、そこに居た筈の敵が居ない。
死角に入り込まれたかと、再度機体を振り回そうとした瞬間に声が聞こえた。
「わりぃわりぃ。まぁ、下に降りたら話そうぜ!」
俺の下からぬっと先程の戦闘機が右隣に現れる。
「あ、ありがとうございます!」
とっさに彼に声をかける。
「応よ!」
彼は一言俺に返すと、こちらから離れて翼を振り、敵目掛けて突っ込んでいった。
あれは、確かバンクとか言う味方へのサインだったろうか。
そうして彼を見送って、ふと自機のエンジン音しか聞こえないのに気付いた。
いつの間にか、敵とも味方とも離れた位置へと飛んできてしまったらしい。
先程の彼が飛んでいった先では、青いマーカーの航空機が縦横無尽に飛び回り、赤いマーカーの数を減らしてゆく。
…俺も、あんな風に飛べるようになるのだろうか?
そんな風に考えながら、俺もまた自機を空の鉄火場へと向かわせた。
そうして、撃ったり、撃たれたり。
ぐるぐる回って、誰かに助けられたりしてしばらく。
周りの銃声も疎らになった辺りで、ファンファーレが聞こえる。
若干傾いていた自機が、強制的に水平に保たれた。
眼前に浮かぶ、金色の『congratulation』という文字と紙吹雪のエフェクト。
「え?あ、お、終わり?」
戸惑う俺をよそに、目の前でカシャカシャという機械的な音と共に数字と文字が次々に現れる。
『ユーザー:blue_isl_3』
『ランキング:18/20位』
『キルスコア:共同2』
『獲得賞金:5620』
『獲得経験値150/100』
『獲得称号:ルーキー、プライマリファイター、Regia Aeronautica入門』
『レベルアップ!おめでとう!基地訓練所でスキルを決定してください。』
「お、おお?」
ざっと目を通した後に、再度視界が切り替わる。
地面が近い!
「うおぉ!?」
ウィィィィン
背中の方からは何かの駆動音が聞こえてくる。
ばかでかい道路のようなものが目の前にあり、その両脇にはかまぼこ型の建物。
空港にある管制塔みたいなタワー、そこかしこに置かれた銃身が複数ある大砲。
自機はさっきまでと比べると明らかに遅いスピードでゆるゆると飛んでいる。高度計は既に、ほぼ0の位置を示している。
ガタンという振動と共に視界が傾き、流れていた景色はやがて制止する。
…ち、着陸のシーンまであるのか、このゲーム。
え?あっちょっと!誰ですかあなた!え?降りろ?あ、はい。向こうの建物へ行けと。
そうして、帽子を目深にかぶった繋ぎの男の人たちから
少し離れたところに軍事基地とは場違いな立派な洋館があった。
戸惑いながら注視していると、その建物を指し示すアイコンと共に『士官向けサロン(待機交流ロビー)』という文字が浮かび上がる。
戸惑いながら建物へと歩き続ける。
三階建ての、その石造りの洋館からは何やら陽気な音楽が聴こえてくる。
建物も、立派ならその門構えもまたそれ相応に立派なもので、日本に住んでいればそうそう御目にかかれないような
重厚な鉄製のゲート。
しかも、その両脇にはヘルメットを被ってライフルを持った男の人が立っている。
い、威圧感が半端無い。
恐る恐る彼らに、この建物について訊ねようと近づいた瞬間、彼らが休めの気を付けへと、きびきびと姿勢を変えた。
「うわっ!わわっ!!」
更には、重そうなゲートが俺を迎え入れるように独りでに開く。
に、二重にビビって間抜けな声が出る。
建物からの音楽に混じる女の人の笑い声。
賑やかしのBGMであろう、人為的な意思が混じらないその音に、何やら嗤われているような気恥ずかしさを覚えて。
俺は慌ててゲートをくぐる。
ゲートのさきには、石畳のロータリーがあり、周囲は立派な庭園になっている。
カーブを描いた石の階段を上った先には、俺の身長の倍はあろうかという扉がある。
「お、お邪魔しまぁす。」
雰囲気に気圧された情けない挨拶と共に扉を開けると、視界には人、人、人。
服装、性別、髪の色、肌の色、目の色。
千差万別な人の波が、俺の視界に襲い掛かってくる。
っていうか、明らかにさっきの建物の中の広さじゃない。
いきなりの情報量に、ポカンと突っ立っていると不意に声が掛けられる。
「随分遅かったのね、蒼。で、どう?面白い?このゲーム。」
「あ、楓姉さ…ん…?」
声の方へと目を向けると、そこにはフルフェイスのヘルメットと与圧服の楓姉さん(推定)が居た。