一から始めるカオスウォーズ 作:Salvo11y
チュートリアル開始のアナウンスが、上から降ってきた。
それと同時に、目の前に一機の飛行機が虚空からすぅっと現れる。
目立つ黄色の翼が上下二枚、胴体は水色だった。
かなり派手な色合いの、レトロな雰囲気の飛行機だ。
「本チュートリアルで使用する機体の、PT13です。機体各部の説明を行います。」
主翼、尾翼、垂直尾翼やコックピットなどの説明があり、その度に目の前の飛行機はそれに応じた場所を強調するように発光させる。
そして、一通り説明が終わるとチュートリアルは次の段階へ進む。
「では、早速搭乗してみましょう。あなたの体の移動は、左手を使って行います。左手を前に動かせば前に、後ろに動かせば後ろに移動します。先ずはマーカーの位置まで移動しましょう。」
……左手を動かすだけで移動する。
な、何だこれ、思ってたのより難しい気がする。
そうして、恐る恐る左手を前に伸ばす。
お?おぅ??
左手の挙動で視界が移って行く……
ちょっと待て!違う!そんなに早く動くつもりわなぁぁぁぉ!!あ、こけるこける!待ってバックバック!!ちよっ!まっ!下がりすぎ!!
慣れない動作で視界が動くことにあたふたする事少し。
何とか移動に関する動作をモノにする。
かなり狼狽えた自覚がある。誰かに見られてないよね?
「では、マーカーの位置まで移動してみましょう。」
そんな若干挙動不審になっている俺をスルーして、チュートリアルは機械的に進行する。
いや、機械のやってることなんだけど。
そうしてチュートリアルに従い、マーカーを目指し移動する。
行く先は目の前の飛行機のようで、コックピット前席付近に緑に光る円錐があった。
何とかそこまで移動すると、再びアナウンスが流れる。
「移動については問題ないようですね?それでは早速搭乗してみましょう。右手で機体に触れてください。オートで搭乗動作が進行します。」
そう言われて、恐る恐る右手を飛行機に伸ばす。
そうして自分の右手が機体に触れた瞬間驚かされた。
飛行機の感触が手に伝わったからだ。
驚く間もなく、視点が更に移動し二つあるコックピットのうち、全席へと入り込んだ。
ここで、俺は更に驚かされた。座席の感触が、背中や太股の裏まで伝わってくる。
ゲーム内のオブジェクトに連動して、椅子やグローブ型のマウスに抵抗が発生して物の感触を再現しているらしい。プレゼントされた一式は、人の動きを制限することでゲームへの没入感を与える、パワードスーツの一種である…と、後に楓姉さんに教えてもらった。
新たな刺激がほぼ全身に伝わってくることで、俺は再度挙動不審になる。
そこに、後ろから声がかけられた。
「訓練教官のウォールだ。宜しくな、ルーキー!」
突然の事に驚き、後ろを向くと後部コックピットには見知らぬ人が座っていた。
「よ、宜しくお願いします。」
「じゃぁ、早速始めるか!先ずは操縦幹を握ってくれ。太股の間から生えてる光ってるヤツだ。」
「あっ、はっはい。」
そう言われて、俺は指定されたものを両手で握った。
「まず、操縦は機体の姿勢を決めるもののひとつだ。こいつで、エルロンを操作する。これを引くと機体が上昇する。倒せば降下。左右でバンク角が決まる。試しに動かして見てくれ。」
そう言われて、俺は地上で操縦幹を操作する。
その動きと連動して、視界の端で主翼の一部が動いた。
「今動いたのがエルロンだ。今度は俺が動かすから、機体がどのように動くのかをしっかり確認してくれ。」
と、同時に手の中で操縦幹が勝手に動く。
目の前にウィンドウが新たに現れる。
どうやら後方からの俯瞰視点で機体を映しているらしい。
手元の操縦幹の動きに合わせて、ウィンドウの中のエルロンも動く。
「次は、スロットルについてだ。このスロットルでエンジン出力の調整を行う。」
スロットルは、コックピットの左側についていた。
「この、スロットルは車で言うところのアクセルに相当する。前に倒せばエンジン出力が上がり速度も上がる。手前に引けばエンジン出力が下がり、速度も落ちる。操縦するときは、右手で操縦幹を握り、左手でこのスロットルを操作する。では、スロットルを動かしてみてくれ。」
そう言われて、スロットルを操作する。
スロットルを前に倒す。
スロットルのレバーは根本を中心として、弧を描くように動く。
「さて、では早速こいつを飛ばそうか。エンジンを始動する。今回は自動で始動させるが、手動で始動させたい場合は、設定からエンジン始動を手動に変更してくれ。エンジンが動き出したら、出力を上げ機体を前進させよう。」
後ろに座ったウォールさんの声で、エンジンが動きプロペラの回転が始まる。
座席や操縦幹から、エンジンの細かい振動が伝わってきた。
俺はゆっくりと慎重にスロットルを前へと押した。
機体がそろそろと動き出す。
五メートルほど進んだところで、後ろのウォールさんから再度レクチャーが飛んでくる。
「地上での方向転換はラダーを使って行う。右奥にマーカーが見えるだろう?フットペダルを操作してあそこまで機体を動かしてくれ。」
そう言われて前を見れば、右の方にマーカーが見える。
さっきコックピットに乗るときに表示されていたものより大きなマーカーだった。
右のフットペダルを少し踏む。
機体が少しだけ右を向く。
踏み込みが足りない気がする。
思いきってペダルを踏み込む。
今度はやり過ぎたようだ。
機体の軌道を修正するため、左のペダルを踏む。
機体が左に流れる。
あ、駄目だ。右右、もっと右。
ペダルペダル。
違う、左に左に!
左右のフットペダルを忙しく踏んだり離したり。
かなりふらついたが、どうにか目的の位置へと機体を動かした。
「移動は完了だな。なぁに、はじめてにしちゃぁ上出来だ。ここからは離陸について教えるぞ。今から、この機体のエンジン出力を60%にあげる。スロットルに添えた手のところに、エンジン出力が表示される。計器類から出力を読み取ることもできるが、さしあたりスロットル付近に数値で表示する。最初はこちらで操作するから、君はスロットルに手を添えてくれ。じゃぁ、いくぞ?」
説明の途中でスロットルの上の虚空に数字が表示される。
クリアーグリーンの数字と%の記号。
ウォールさんの台詞が終わると、手の中のスロットルレバーがゆっくりと前に動く。
それに合わせて20…30…と数字が進み、60で止まった。
機体も、エンジンの出力に合わせて加速してゆく。
「離陸はエンジン出力を最大まで上げ、速度を時速150キロまで加速させる。その上で操縦幹を手前にゆっくりと引くことで行う。速度の表示は速度計か、視界の左側に表示された数字で確認してくれ。」
そして、例のごとく強調されて光出す数字と速度計らしきメーター…や、やーどぽんど。
まぁ、ARの如く表示されている速度の方は慣れ親しんだメートル法の時速の様だから問題なさそうだ。
「さぁ、では行くぞ!スロットルを全開にしてくれ!」
スロットルを一番前まで押す。
それまでとは明らかに違う力強さで機体が前へと進む。
80…90…100…
そうして、速度が140キロに達したあたりで視界が一段高くなった。
「よし、ゆっくりと操縦幹を手前に引くんだ。一気に引くと墜落するぞ。」
墜落の言葉に怯えながら、操縦幹をゆっくりと引いた。
…と、飛んだ!
「よし、操縦幹をそのままにしてくれ。高度を600メートルまで上げるぞ。こちらで高度を表示する。高度計か、速度数値の上に表示される物を見て確認してくれ。」
気づけば、表示される情報が一つ増えていて、今この瞬間もその数字が上がってゆく。
やがて、数字が600に達する。
「よし、離陸は成功だ…周りを見てみろ。」
そう言われて、今まで下ばかりを見ていたことに気付く。
顔を上げて周囲を見回せば………
「うわ………」
それは、絶景だった。
思わず、ゲームだと言うことを忘れてしまうほどの。
突き抜ける空の青。遠く微かに流れる雲の白。眼下に広がるミニチュアの様な景色。木々の緑に、地面の黄色。
全ての色は一定でなく、それぞれが僅かに異なっている。
地上に居ては絶対にお目にかかれないその光景に、しばらく心を奪われる。
これは…凄い。
飛行機に乗って初めて見るこの世界は凄い。
流れる雲にさえ、操縦幹を操れば手が届く自由。
これは…凄い。
そして、ずるい。
これまで、この景色を、この開放感を自分達だけの物にしていたパイロットという人種をずるいと思ってしまう。
この光景を知っていたことを、心の底から羨ましいと思ってしまう。
あぁ…きっと
その後、人生初の空中散歩の興奮に包まれたまま、俺は飛行機の操作に関するチュートリアルを終えた。
ロール、ヨー、ピッチについての操作。
そして、着陸。
こんなにも、地面に降り立つことを勿体ないと思ったのは、生まれて初めてだった。
「どうだ、初めてのフライトは?空の世界は凄ぇだろう?」
「はいっ!」
「はっはぁ、威勢の良いこった。チュートリアルは、何度でも受けられる。この感触を体に馴染ませたかったら、メニューから、チュートリアルの初等教育を選択してくれ。この空中散歩が気にいったなら画面中央に表示されるモード選択からフリーフライトモードを選んでくれ。」
………俺は迷わずフリーフライトモードを選んでいた。
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一時間後。
「ふぅ。」
初めて経験した、仮想の空を堪能した俺は一度VRヘルメットを脱ぐことにした。
お、おぉ、何か地面が揺れる。
未知の刺激だらけだったし少し疲れた。
少し喉も乾く。
下で何か飲もうかな。
すると、タイミングよくドアがノックされた。
「蒼、入るわよ。」
返事をするまもなくドアが開けられ、楓姉さんが現れる。
部屋に入ってくるなり、楓姉さんは視線を俺の爪先から頭の天辺まで巡らせる。
「………大丈夫?気分が悪くなったりしてない??」
「い、いや。大丈夫だけど。」
「なら、良いのだけれど。…で、どうだった?今年のプレゼント。」
その姉さんの問いかけに対して、未だ空中での体験が忘れられない俺は興奮ぎみにお礼を言う。
「ありがとう楓姉さん!これ、凄いね!!」
「………そう、なら良かったわ。とにかく、誕生日おめでとう。」
そういって、楓姉さんは後ろ手に俺の部屋のドアを開けて、出ていってしまう。
暫くして、楓姉さんの部屋からドタバタと音がしてやがて静かになった。
楓姉さんの弟を長くやっているが、未だに姉さんには謎が多い………何をしに来たんだろう?
一緒にゲームをするって言われてたから、てっきりそれについて話すのかと思っていたのだが………
まぁ、良いや。
何か冷たいものでも飲んでこよう。
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三島楓は、三島蒼の部屋を後にしてそっと自分の部屋に戻った。
そして、静かに自分の部屋の鍵をかけ、指紋認証式の鍵を更にかけ、部屋の防音装置の起動ワードを口にする。
「私の義弟は、世界の宝。」
防音装置が、起動ワードを検知してその数百万円分の性能を遺憾なく発揮する。
起動時にドタバタと壁の中から音がするが、そこは態とそういう仕様で作らせた。
自分の部屋からの音を義弟に聞かせ
それを以て自分の興奮を高める為であった。
彼女は徐に胸ポケットから、ハイレゾレコーダーを取り出す。
普通の女子高生なら絶対に持とうとは思わないであろう、一台三桁万円に届こうかと言うハイエンドの一品だ。
その高級な玩具の再生ボタンを徐に押す。
「ありがとう楓姉さん!これ、凄いね!!」
「ありがとう楓姉さん!これ、凄いね!!」
「ありがとう楓姉さん!これ、凄いね!!」
たった今録音された義弟のお礼の言葉が再生される。
…怒濤のループ再生であった。
「ふふ、今日は良い日だったわ。」
彼女が義弟と一緒にゲームをやるという目的を思い出したのは、隣の部屋の『三島 蒼』がすっかり眠りについてしまった後の事だった。