某所で行われた「正月企画三題噺」の作品です。
お題は「消耗品」「十八禁」「人工知能」。楽しんでいってください。
「インスタント・ソルジャーって知っているか?」
唐突な俺の問いかけに少女、メグは丸く大きな目をパチパチとさせ首を横に振る。
そんな子供らしい仕草に笑いながら俺は話を続けていく。
「その名の通り、インスタント・ソルジャーってのは戦場ですぐに作れる兵士のことだ。ドラ〇ンボールのサイバイマンをイメージしてもらうと分かりやすいかもな。人間の代わりに危険な戦場に投入されて戦う“人工知能”搭載の自立戦闘用ロボット……早い話がバトルアンドロイド。そいつが俺の正体だ」
へぇー、と俺の説明にメグは感心したように頷くが、何故俺がこんな話を始めたのかは分かっていないらしく頭の上に疑問符を浮かべている。その姿に悪いなと思いながら、重要な話のために疑問を一先ず置いておいて進めていく。
「アンドロイドつっても見た目は見ての通り人間だし、話すことも食事をとることだってできる。
「違う点?」
「どれだけ人間ぽくしても結局は、使い捨ての兵器……“消耗品”ってことだ」
「消耗品……」
小首を傾げるメグの頭を撫でながら小さく呟く。
俺達が消耗品である一番の理由は戦闘で使う強力過ぎる力に、自分達が耐えられないからだ。
そのため、軍は連続して使うのを諦め、使い捨ての兵器として使用することにしているのだ。
いわば、人間型核爆弾と言ったところだろうか。
「インスタント・ソルジャー……長いからISって呼ぶな。
ISには絶対に破れない2つのプログラムがされている。
1つは人間を傷つける行為を禁止すること。
そして2つ目が―――戦闘の終了と同時に死ぬことだ」
死ぬという言葉をメグは子どもなりに理解しているのか、いないのかジッと俺の目を見つめてくる。俺は何故だかその目を直視することが出来ずに目を逸らして話に補足を加える。
「つまり、一度戦闘モードに入ったら死ぬまで戦わなきゃ行けないし、仮に戦争が終わるまで生き延びても、終わったと同時に自滅プログラムで壊される。そのせいかこの体もご丁寧にAIチップ
そう言って無造作に手を振って冗談を飛ばしてみるが、メグは笑わない。
やはり子供には重い話だったかと少しばかり反省していると、ポツリとメグが口を開いた。
「そんなことより早くおままごとしよ」
「今の話を聞いての感想がそれか!? ちゃんと聞いてたのか?」
「聞いてたけどヒロがロボットってこと以外正直よくわかんなかった」
「いや、確かに子どもには難しかったかもしれないけどさ……」
「そもそもメグはおままごとしよって声かけただけ。ヒロが勝手に話し始めた」
「グゥッ!?」
子ども特有の容赦のない言葉に俺の心が抉られる。
アンドロイドって言ったって知識や感情はあるんだ。
傷つくものは傷つく。そもそも俺は特に心の弱いインスタント・ソルジャーなんだ。
「いやなぁ…俺って話した通り戦闘ロボットだからな。一緒に居ると危ないとか思わないのか? そもそも何で兵器がこんなとこに居るんだとかの疑問は持たないのかよ」
「思わない。ヒロはヒロ、メグの友達。それだけ」
「それだけってな……後、何度も言ってるが俺はヒロじゃなくて№
「イチロクだと呼びづらい。ヒロは
「やめてくれ、ヒーローなんて口が裂けても言えないよ、俺は。」
俺の疑問に対してもメグは我関せずといった風に答えるだけだ。その達観した様子に、将来大物になるだろうなと、場違いな感想を抱いてしまうのも無理もないことだろう。ついでに言うと、
「にしても、友達ってなぁ……もう少し友達は慎重に選んだ方が良いぞ。俺は死ぬのが怖くて戦わずに戦場から逃げ出した奴だし」
そう言った所で自分の過去の所業を思い出して溜息を吐いてしまう。
俺が戦場で死ぬことなく平和な世界で生きているのは、軍から逃げたからに他ならない。
元々ISのくせに死にたくなかった俺は、輸送中のヘリが襲撃された際にこれ幸いと混乱に乗じて逃げ出したのだ。
きっと軍の間では死亡扱いになっていることだろう。
そもそも俺達は“消耗品”なので、きちんと管理されていたかすら不明だが。
「毎日一緒におままごとしてるんだから友達」
「いや…その…そうだ! 俺は兵器。子どもは買えないし、所持もできない危ない物。
要するに“18禁”ってことだ! お子様はお断りなのさ!」
「18…禁…?」
「――悪い。頼むから今の言葉は忘れてくれ。子どもに言っていい言葉じゃなかった」
“18禁”の意味が分からずに首を傾げるメグに凄まじい罪悪感を抱く。
俺は幼女相手に何言っていたのだろうか。普通に事案として通報されても文句は言えない。
「帰ったら18禁って何かママに聞いてみる」
「分かった! おままごとをしてやる! だから誰にもこのことは言わないでくれ!」
「…? よく分かんないけど分かった」
何とか納得してくれたメグの姿に、冷や汗を拭いながら自分の迂闊さを呪う。
何故18禁などという言葉を使ってしまったのだろうか俺は。
普通に大人しか近づいたらダメだと言えばよかっただろうに。
いや、大人でも兵器に無防備に近づくのはお勧めしないんだが。
「じゃあメグがお母さん役ね。ヒロは飼い犬役」
「おい、せめて子供役にしてくれ」
「はい、ヒロお手」
「本当にお前は……ワン」
幼女にお手をするという、軽く事案のような光景を生み出しながらも俺はメグに付き合う。
メグは本当に不思議な子だ。戦うこともせずに軍から逃げてきたせいで、働くことも出来ずに、リストラされたお父さんのように真昼間からブランコをこいでいた俺に堂々と話しかけてきただけでも驚きだったが、あろうことか1週間近くも俺を遊び仲間としている。
今日も遠回しに俺から離れた方が良いと言ったというのにこれだ。
将来大物になる予感しかしない。
「あ、そうだ。明日は一緒に遊んであげられないよ」
「俺が遊んであげられていたのか……まあいい、何か用事でもあるのか?」
「うん。明日はママとパパと一緒にお祭りに行くの」
「そうか。楽しんで来いよ」
「ありがとう、ポチ」
「まだ、飼い犬設定のままだったのか……」
何はともあれ、なんだかんだで大切な友人だ。
この小さな友人に胸を張れるように、明日は俺も街に出て行くとしよう。
……身分を隠したままでも出来る仕事を探すために。
「はぁ…やっぱ身分証明書が無いとまともな仕事は見つからんな」
ライブの賑やかな音楽が流れる広場とは反対に、俺は重い溜息を吐いてベンチに座っていた。
今日はデカい祭りが開かれているだけあって、緊急の日雇いバイトなどの求人は多かった。
だが、まともな職や長期バイトとなると、どこも身分証明書が必要で俺がやれるものはない。
「……履歴書でも偽装すっかな」
アンドロイドなので食わなくても大丈夫とは言え、いつまでも無職は辛い。
なので、そろそろ本格的に偽装を行うかと考え始めている自分がいる。
出自が出自なので、目立たない様にそういうことは避けていたが背に腹は代えられない。
ねぐら(橋の下)に帰って偽の履歴書でも書くかと思い立った瞬間。
日常を壊す様に銃声が広場に響き渡った。
「なんだ、一体!?」
反射的に地面に伏せながら銃声の聞こえてきた方角を窺う。
「おいおい、こんな時にテロかよ…ッ」
俺の目に飛び込んできたのは地獄絵図だった。
ライブで人が密集しているところにマシンガンを撃ち込んでいる男達。
突然の凶行と上がる血しぶきにパニックに陥って我先にと逃げ出す観客。
複数人での犯行と人の目を引き付けるような行いから考えて、テロで間違いがないだろう。
何の罪もない人々を傷つける極悪人共の仕業だ。
「戦う……わけにはいかないな」
俺の作られた心に義憤が沸き起こる。だが、その心のままにテロリスト共に戦いを挑むことはしない。何か策があるからというわけじゃない。純粋に戦うことが、死ぬのが怖いのだ。
腐っても兵器なのでただのテロリスト如きに後れを取ることはない。
しかし、インスタント・ソルジャーにとって戦闘に入るということは死を意味する。
勝ち負けは関係なく戦えば俺は死ぬのだ。
「……悪いな」
だから俺は逃げようとした。死の恐怖から、兵器としての定めから。
だが、耳に飛び込んできた覚えのある声がそれを押し留めた。
「ママぁ! パパぁッ! どこにいるの!?」
「メグ…!?」
メグの泣き声だ。
ハッとして探すと、混乱のせいで両親とはぐれてしまったらしいメグが道端に倒れていた。
距離としては大体300mぐらい先。すぐにではないが助けに行ける距離。
「…ッ。なんとかメグをここから逃がさないと」
何故だかメグには死んで欲しくない。
そんな想いのままに俺はメグを連れて逃げるために足を向ける。
だが、しかし。現実は非情だった。
新たにあがる悲鳴と巨大なおどろおどろしいエンジン音が響き渡る。
それが何かをすぐに察した俺は思わず叫んでしまう。
「こんな人混みにトラックを突っ込ませるとか正気かよ!?」
一切のブレーキをかけずに、人を轢き殺すためだけに突っ込んでくる大型トラック。
そして、それは運悪くもメグのいる方向に向かって進んでいた。
「この距離じゃ間に合わない…ッ」
普通の人間とトラック。どっちがメグの下にたどり着けるかなんて考えるまでもない。
ここままじゃ、メグがトラックに轢かれてしまう。
しかし、メグを救う方法が無いわけでもない
「戦闘モードになれば間に合う…だが…!」
戦闘モードになればリミッターは解除されて、俺は兵器としての力を得る。
そうすれば簡単に守ることができるはずだ。
俺が死ぬという事実を除きさえすれば。
「俺は……」
迷っている間にもメグへとトラックは近づいていく。
もう時間はない。どうする、どうすればいい。
そんな葛藤が脳裏をめぐる中、メグの口が弱々しく開かれる。
たすけて、と。
それを見た瞬間にメグの言葉が思い起こされる。
―――ヒロはヒロ、メグの友達。
『№16、
リミッター解除。
エネルギー出力最大。
武装使用許可承認。
生命維持装置―――破壊。
友を助ける。それ以外の全てがヒロから抜け落ちる。
『ブースター出力最大。目標到達点まで300m』
次の瞬間ヒロの姿が消える。
そして、瞬きをする時間よりも早くメグを庇うように彼女の前に立っていた。
『破壊対象を確認。直ちに除外します』
感情が消えた声でヒロは声を発し、襲い来るトラックに真正面から向かい合う。
『搭乗者を確認。人間のため保護を行います』
破壊と保護。矛盾した言葉を発するヒロだったが、ISは両方を可能とする。
自身とトラックが衝突する瞬間、ヒロはトラックを宙へと高々と投げ飛ばす。
その光景に誰もが呆気にとられる中、ヒロは何の感慨も抱いていない顔でトラックに飛び移り、呆然とする運転手をドアをはがしてから救出する。
『保護を完了。破壊対象の除外に移ります』
そして、間髪を入れることなく腕からレーザーを射出して、塵すら残さずにトラックを消し飛ばす。次元が違う。誰もがそう思う光景を生み出したヒロは、やはり表情を変えることもなく地上に降り立つ。
『保護対象の気絶を確認。バイタルデータに問題はなし』
運転していたテロリストは理解不能の出来事の連続に気絶してしまったが、大事はない。
そのため、ヒロは安全な場所にテロリストを寝かすとすぐに歩き出す。メグの下へ。
『最優先保護対象の確認。バイタルデータに若干の異常あり。強いストレスによる心臓への負担の可能性大。安全地帯で安静にすることを推奨します』
「ヒロ…? が…助けてくれたの…?」
『№16とお呼びください。私はこれより他の危険対象の排除に向かいます。あなたは安全地帯に避難を』
「ま、まって!」
『63.2秒後に戻って参りますので、しばしお待ちを』
目の前に居るのは、文句を言いながらも付き合ってくれていたヒロではないとメグは直感した。
自分の存在を見ているようで見ていない。変わり果てたヒロの姿にショックを受けるメグ。
そして、同時に理解する。ヒロが戦えば死ぬという言葉に隠されたもう一つの意味を。
インスタント・ソルジャーは戦闘モードに入ると同時に、単なる兵器と化し
『敵対対象確認。人間であるため排除は不可。よって武装解除を行います』
それからはまさにあっという間の出来事であった。
テロリスト達は武器を持っていたが皆、制圧されていった。
それも当然のことだろう。
たかだか武器を持った程度の人間が兵器に勝てるわけなどないのだから。
『制圧完了。直ちに最優先保護対象の下へ戻ります』
武器を奪い取り、傷つけないように捕縛したテロリストを放置し、ヒロは背を向けて飛び立つ。
変わり果てた友の姿に涙を流す少女の下へ。
『63.2秒ちょうどです。お待たせしました』
「ヒロ…変だよ。いつものヒロに戻ってよ…」
『私は№16です。最優先保護対象の安全を確認。目標達成。戦闘の終了を確認しました。
……
戦闘の終了に伴い、インスタント・ソルジャーの宿命である自滅プログラムが作動する。
後は感情もなくただ兵器として土に還る。それだけのはずだった。
「………メグ?」
「ヒロ…! 元に戻ったの!?」
「……ああ、そうみたいだな」
俺の目に正気が戻ったことでメグが歓喜の声を上げる。
自分でも予想していなかった奇跡に等しい事態だが、現実は優しいだけのものじゃない。
自分の体のことは自分が一番分かっている。
「だが……死ぬことに変わりはないらしいな」
「え…?」
俺は自滅プログラムが完了するまで僅かな猶予に、元に戻ったに過ぎないのだ。
その言葉に悲しげな表情を浮かべるメグ。
しかし、俺はメグとは逆に穏やかな表情を浮かべて、彼女の頭を撫でる。
「そんな顔するなって……確かに俺は死ぬが…友達を守れたんだ。そんなに悪い気はしねえよ」
「なん…で? 死ぬのが怖かったんじゃないの…?」
「ああ、怖かった。でも、今なら分かる。俺は……誰にも知られずに死ぬのが怖かったんだ」
兵器だというのに俺は孤独に死ぬのが嫌だったらしい。全く、俺の“人工知能”を作った奴はとんでもなくダメな奴だ。ただの“消耗品”に恐怖を抱ける程に精度の高いAIを積み込むんだからな。感情なんて消してりゃ俺が脱走することも無かったのによ。だが、まあ……悪くないな。
「友達が……メグが見ててくれるんなら死ぬのも怖かねぇ」
兵器の身には有り余るほどの友達と出会えたんだからな。
「ホントに死ぬの…ヒロ?」
「死ぬな…後数十秒ってところだ」
「ウソ…だ。ヒロ…死んじゃいやだよ…ッ」
「なぁ…メグ。お前は……俺のことを覚えておいてくれるか?」
涙を流すメグには悪いが、もう頭を撫でる力も残っていない。
だから、慰めることはせずにお願いをする。
1人で死ぬのが怖くてしょうがない臆病な兵器が安心して逝けるように。
「当り前! 友達のことを忘れるわけない!!」
「そうかい…そいつは……よかった」
視界がかすむ。おかげで涙ながらに約束してくれるメグの姿がよく見えない。
頼むよ。もうちょっとだけ、命を懸けてでも守りたかった友人を見させてくれよ……。
「ヒロ…ヒロはロボットなんだよね?」
「ん…? ああ……今更だな」
「だったらメグが連れて帰ってなおしてあげる! メグがヒロを生き返らせてあげるから!!」
「ハハ……簡単に…言うんじゃねえよ…それに…」
何かとんでもないことを言ってのけるメグに思わず苦笑する。
確かに俺は機械だが、機械だって寿命がある。直すなんてことはまずあり得ない。
第一だ。
「言っただろうが……
危ねえから…子どもが…触れて良い…ものじゃ…ねえん…だ…ぞ……。
「はい。今日のお話はここまでだよ」
「「ええー!」」
1人の女性がパタリと本を閉じると、話を聞いていた子ども達が不満げな声を上げる。
その様子に女性はクスクスと笑いながら問いかける。
「何か不満があるの?」
「だって悲しい話だったんだもん」
「そうそう、こんなところで終わるなんて嫌だよ」
子供らしい言葉に女性は優しげな瞳をして子ども達の頭を撫でる。
そして、ゆっくりと宥めるように口を開く。
「お話は本を閉じてしまえばそこで終わり。でもね、物語は本を閉じた後も続いているのよ」
「どういうこと?」
「ハッピーエンドで終わった話も続きは悲しいものかもしれない。逆に悲しく終わった話の続きが幸せなものだってあるかもしれない。物語の続きは君達が自由に想像して良いんだよ」
「じゃあ、女の子がロボットをなおしたハッピーエンドを想像しても良いの?」
「もちろん。物語は読む人の数だけあるんだ」
最後にそう締めくくり女性は部屋から出て行く。
彼女は多忙な身であるために、子ども達ばかりに構っているわけにもいかないのだ。
そんな彼女の下に秘書らしき男性が近づいてくる。
「今からのスケジュールはどんな感じ?」
「まずは大学で講義。次に講演会に行ってその流れで会食。そこから意見交流会ってところだな」
「めんどくさい。本音を言うと研究だけしておきたい」
「まあ、恨むならロボット工学の世界権威まで昇りつめた自分を恨め」
「……それはしたくないから、頑張る」
男性は秘書とは思えない程フランクな口調で女性に接するが、女性の方は気にしない。
それどころか、女性の方も子どものような口調で話し始める。
2人の関係性は主従関係というには軽く、男女の関係では甘さが無く、兄弟というのも違う。
最もしっくりくる言葉があるとすれば。
「じゃあ、行こっか―――ヒロ」
友達というものだろうか。
「三題噺」って難しいですね。めっちゃ悩んで書きました。
ただ、ネタ切れした時にはありがたいですね。
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