side材木座義輝
地域のつながりがなくなったとか、御近所関係が希薄になったとか、世の中そんな言説が飛び交うようになった。
我もそう思う。アーシスに入るまでは我とてご近所どころか学校ですら関係が希薄だったからだ。
昔、といっても日本の昔を知らない我ではあるが、日本での生活において地域を身近に感じたことはない。
かつては人のつながりが強かった日本も今では個が生き急ぐことに夢中で地域など二の次だからであろう。
それでも時折地域というものを感じ取れる時がある。
それが今日みたいな日だ。
日中からポンポンと何かが弾ける音が聞こえる。すると街は長い眠りから覚めたみたいにわずかな振動を返してくる。
戦場にいるときには敵襲かと大騒ぎになったものだが、今のご時世は平和なものよ。
家から出ると、夏の強い日差しに呼応したような、ざわつきとうわつきを肌で感じることができる。
駅までの道のりを歩いていると、我と同じ方向へ進む者が多い。なかでも女人の浴衣姿が良く目立つ。我も甚兵衛だがな。
ちょいと太めの甚平姿のメガネ男がぬぅっと立っておると不気味なのか、我の周りだけやたらと広いのは気のせいだろうか。
イヤな雰囲気の中で電車に揺られること数分。電車は数駅過ぎて、ようやく次の駅が目的地だ。
ドアから降りたのは我ただ一人。閉じたドアを見送ると、改札までえっちらおっちら歩く。
無駄な行程を踏んでいる気もせんではないが、これもあの娘と確実に会うための行程よ!
我は楽しみの種に水をやりつつ、人の流れに逆送するように改札を抜けた。
待ち合わせ時間からは一分だけ過ぎている。
むぅっ!軍人たるもの時間には正確を期すのが常識だというのに不覚!
潔く怒られよう……と、周囲を見渡してみるが、それらしい人影は見当たらぬ。むうっ!これは由比ヶ浜嬢を怒らせてしまったか!?
そんな焦燥に囚われる。コンコースの柱によりかかっていると、校内で見覚えのある連中が何人か通りかかった。無論、我は八幡と戸塚殿の奉仕部やアーシス以外は知り合いでは無いので声をかけることもかけられる事もない。
彼ら彼女らも浴衣やら甚平やらを着ておる。高校生達を目で追っておると、北口からからころと下駄を鳴らしながら歩いてくる女人を見つけた。
薄桃色の浴衣はところどころに小さく花が咲き、朱色の帯が鮮やかに映える。ピンクがかった茶髪はいつものお団子ではなく、くいっとアップに纏め上げられている。
下駄を履き慣れておらぬのか、その足取りはやけにあぶなかっかしく、心配になった我は駆け寄った。
結衣「あ、ヨッシー。ちょっと、バタバタしちゃって…、遅れてごめん!」
恥じらうような申し訳なさそうな、そんなはにかみ笑いを浮かべる。
材木座「あいや、それは構わぬゆえ!」
お互い向かい合ってはみたものの、なんとなく沈黙をしてしまう。由比ヶ浜嬢も下を向いて髪をくしくしといじる。ぬぅっ!凄く可愛らしいと思ってしもうた!
材木座「まぁ、その……その浴衣姿……よいな」
ストレート過ぎたかもそれん。由比ヶ浜嬢は顔を赤くし、視線を泳がせつつ答える。
結衣「あああ、ありがと」
そしてまた沈黙。どうして良いかわからず沈黙がおきるが、決してイヤな沈黙ではない。
照れ臭いような酸っぱいような……。
コレが青春と言うものの味なのやもしれぬ。
材木座「行くとするか」
結衣「うん!」
歩き出すと、我の後ろをかぽかぽと足音が追いかけてくる。
改札を通り、下り電車を待つ。その間も由比ヶ浜嬢は終始無言で顔を下に向けていた。
我は沈黙が気にならないタイプだ。
だが、由比ヶ浜嬢が静かなのは気になる。普段は底抜けに明るい女人であるので、我と一緒ではつまらぬのでは無いのかと不安になってしまう。取り敢えず、糸口を探るように適当なことを聞いた。
材木座「して、何で現地集合ではなく、こんな中途半端な場所に?」
結衣「うん、あそこ人の数すごいから待ち合わせ上手く出来ないし、ヨッシーと少しでも一緒にいたくて…」
材木座「ふぐぅ!」
上目使いでなんて健気な事を!
人生初のデートである我には威力がでかすぎるぞ!由比ヶ浜嬢!
材木座「携帯など、こういうときは無粋だな」
結衣「そうだよね!通じづらいし!」
うむ、人が混雑しているところでは通じ辛くなるって聞いたことがある。そういうところで携帯を使うことがないゆえ、都市伝説かと思うておったわ。まぁ、人が少ないところでも我が話すのは八幡か露伴先生くらいのものであるがな。
結衣「それに現地集合なんて、味気ないし」
材木座「それには同意!せっかくの初、初、初デート……を味気ないものにしとうないしな」
結衣「そうだよね!ヒッキーだったら味気とかいらん!海苔じゃあ無いんだから、とか言って空気壊しそう!」
材木座「うむ!あやつなら確実に言うな!フハハハ!」
結衣「アハハハ!」
sideなし
来賓会場。
八幡「ぶえっくしょぉい!」
陽乃「キャッ!汚いなぁ、八幡君」
いろは「風邪ですか?ヒーリングします?」
八幡「このむずむずとくしゃみの感覚は……由比ヶ浜と材木座だ!」
小町「くしゃみ1つで個人まで特定出来るんだ……」
仗助「特技とかって言うレベルじゃあないな、それ」
side材木座義輝
材木座「花火大会は」
結衣「花火大会って」
言葉が出会い頭にぶつかった。
由比ヶ浜嬢はあわっと焦った感じでどうぞどうぞとてを差し出す。
材木座「花火大会は、良く行かれるのか?」
結衣「あ、うん。あたし、毎年友達と行ってるから」
材木座「ほほう」
答えたところで電車がきた。
乗っている人の多くが花火大会目当てなのか、浴衣姿はもちろんのこと、ビニールシートにパラソルまで担いでいる人がおった。
どうせ、一駅だ。我らは扉のそばに並んで立った。ガタガタと音を立てて扉が閉まると、電車は動き出す。
材木座「で、お主は先ほど何を言いかけておったのだ?」
結衣「うん。えっと、花火大会行ったことある?って聞こうとしたの」
同じこと考えてたね?と、凄く心臓がピョンピョンしそうな事を照れた顔で言われた。その照れた笑いがこっちにも伝染する。なんというパンデミックなのだ!
材木座「我は小学生の時、家族で行ったことがあるだけだな」
結衣「そうなんだ」
また会話が途切れる。
マグロかと言うくらいぶつ切りにされた会話を続けながら、電車は走り続ける。
遠目にポートタワーが見えてきた頃、減速のブレーキがかかった。
結衣「ひゃっ」
短い悲鳴と共にカツッと下駄がなり、ふわっと甘い香りが鼻をつく。肩にぎゅっと柔らかい重みを感じた。
履き慣れない下駄のせいもあるのであろう。バランスを崩した由比ヶ浜嬢は我の方へ倒れ混んできた。自然、それを我は受け止める。由比ヶ浜嬢に怪我があってはいかんからな。我がおらずともリバース・タウンが支えるであろうが、出て来ておらん以上は我に一任したのであろう。
結衣「/////」モジモジ
材木座「////」モジモジ
すごい近い距離にお互いの顔がある。由比ヶ浜嬢はかーっと頬を染めて急いで離れた。正直名残惜しい。
結衣「ご、ごめん……」
材木座「う、うむ…まぁ混んでおるしな。こんなことで良ければ何度でも////」
結衣「えっ?////」
しもうた。場の雰囲気に任せて我らしかぬ言葉を言ってしもうた。
外の風景を見るふりして顔を背ける。彼女から見えないようにふーっと長いため息を吐く。今更ながらどっと汗が出て来る。
緊張した。今のが並の男子だったらうっかり告白してしまうところよ。
勘違いや思い込みで偶然やただの現象に意味を見出だそうとするのはもてない男子の悪い癖よ。我とて例外ではない。
朝の挨拶をしてくるのは単に常識だからだ。ハンカチを目の前で落としたのはただのうっぺり。バイト先でメールアドレスを交換したのはシフトを代わってもらう為よ。
偶然や運命も宿命も、我にあるのはシュトロハイムとしての使命のみ。信じられるのは任務命令のみ。前世のナチスの癖がでておるな。
だが、我にとてもてない男子が体験してきたであろう一通りの事は体験してきた。
由比ヶ浜嬢が我に心を許しておるのは仲間であるからだ。それ以上の絆は求めてはならぬ。
降り立った駅前は人で溢れかえり、ざわざわとした喧騒に満ちておる。
そびえ立つ千葉ポートタワーはその鏡のような壁面で下界を照らし返し、数倍にも輝きを増した夕日が開幕を待ち望む人々の期待をさらに盛り上げていくようだ。
誰しもが笑いさざめき、きらきらとした歓びの視線を交わす。
道々には多くのたこ焼きやお好み焼きと言った定番を始めとした出店が立ち、近所のコンビニやら酒屋やらも軒先に商品を並べ、レストランは花火が見えると触れ込んでは盛んにお店を呼び込んでいる。
億泰「杜王名物の牛タンの味噌漬け、うめえぞぉ!おいそこのカップルの兄ちゃん、1つどうだ!あれ?おめえは……」
なにやってるんですか?虹村さん……的屋のバイトでも始めたんですか……。
我と由比ヶ浜嬢は虹村さんを見なかったことにして先を進んだ。
日本の夏だ。
遺伝子レベルで刻まれておるのか、いやおうにもワクワクしてくると言うものぞ!
千葉市民花火大会は今まさに開幕じゃあ!
←To be continued
今回はここまでです。
原作と違って八幡が由比ヶ浜と花火大会に出かける理由がないため、材木座がそのポジションにおさまりました。
原作との相違点
由比ヶ浜と花火大会に出掛けたのは八幡→材木座
地の文は材木座風に差し替え。
飛び入り参加の億泰
八幡との会話が途切れるのは気まずさから→気まずさ半分、甘酸っぱさ半分。もう付き合えよ、この二人。
材木座のキャラは原作八幡に差し替えても違和感ないですね。
それでは次回もよろしくお願いいたします。