まいのわ嵐   作:神原傘

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舞風を破壊するために、野分は相生洋一司令官に剣術の指南を依頼する。
ただのヒトである司令官に滅多打ちにされた野分に足りないもの。
それは「戦闘論理」。敵の意図を知り、先を取り、あるいは後を取る。

一方、舞風はただ一隻きりで正体不明の軍勢、
「透明な軍勢」を相手に奮戦する。

ガンスリンガー・コミュニケーション、第三話。




嵐の三「透明な軍勢」

 あたしは最初から野分が大嫌いで、最初から野分が大好きだった。

 だから本当の戦友になりたかった。

 あの弾幕を越えて。

 

 

 ■

 

 

 空にはどんよりと曇っていた。海には波ひとつない。月齢は十一。つまり若潮だ。

 こんな日の夕暮れには、防波堤の縁を練り歩いて釣りをする。目当てはチヌだ。昼のうちに餌となる蟹をトラップで捕まえておき、針にかけて落としこみで釣る。仕掛けは至って単純。ミチイト、ハリス、オモリだけでいいから手軽だ。

 別に釣りが趣味というわけではなく、晩飯のためにやっている。海軍にいた頃にもやっていた。

 まあ、浮いた飯代は煙草に化けるわけだが。

 竿とタイコリールは小学校の用務員室に置いてあった。かつての用務員が釣り好きだったんだろう。

 防波堤は、長らく整備がなされておらず、あちこち段差になっている。そういったところの継ぎ目が狙いだ。カメノテなんかを食いに来るチヌの目の前に蟹を落としこんでやる。

 しかし。

 

「……釣れねえな」

 

 条件は悪くないはずなんだが。

 小一時間ほど練り歩いたが、アタリはおろか餌取りさえいない。

 まさか一昨日、舞風と野分がドンパチしたときの音でここら一帯のチヌが逃げたんじゃなかろうか。チヌは音に敏感だ。いまもこうして足音を忍ばせているというのに。

 あの馬鹿ども、いよいよもって俺を殺すつもりか。

 

 ひと休み、ピースをふかす。あと三十分もすれば日が暮れる。釣れなければ、今日の晩飯も米と漬け物だけだ。一週間続けてこの食事はさすがにキツい。ここ最近、物流が滞っており食材がうちに届いていないのだ。そろそろ不知火と黒潮に狩りに出てもらい、由良に干し肉でも作ってもらうべきか。

 などと考えていたところ。ドルン、と機関の鳴る音がかすかに聞こえ、艦娘の主機が波を掻き分ける音が近づいてきた。

 

「だめだこりゃあ」

 

 俺は釣り具を片づけにかかった。

 近づいてきたのは、野分だった。防波堤に近づくと、ぐっとかがみ、五メートルの高さを軽々と跳躍して俺の隣に着地した。鉄底の靴ががりがりと耳障りな音を立てた。これで本当におしまいだ。チヌは騒音を嫌う。

 

「お疲れ様です、司令」

「てめえのせいで俺の飯が台無しだ」

「へっ……はあ、すみません」

 

 適当に謝っただけで、いまいち分かってないなこいつ。

 もはや怒りも湧かなかった。釣り具を担いで帰途につくと、野分が背後についてきた。コンクリートの上を鉄底の靴で歩くもんだから、ゴトゴトとうるさい。

 

「で?」

「はい?」

「用事があったから来たんだろ」

「あ、はい……そうなんです」

「どうでもいいが次からは無電にしろ。携帯はいつも持ってる。わざわざ探す手間もないだろ」

「そういえばそうでした」

 

 こいつの疑似脳は筋繊維でできているのか。

 野分はしばらく言いよどみ「ええと」だの「その」だのと呟いていた。

 

「司令。野分に、戦い方を教えていただけませんか」

「旗艦の指示に従え。以上」

 

 いまどきの提督や司令官は陣頭指揮を執らない。戦場にいない奴が指揮権を持ってろくなことがあったためしがない。提督は戦略を練り、秘書官は戦術を立案する。そして現場の指揮は旗艦が執る。艦娘運用の常識だ。

 

「そうではなくて! 舞風に、勝つための戦い方です」

 

 また舞風か。好きだなお前。

 

「あのな。艦隊戦は団体戦だ。一対一の戦いなんざ練習する必要はねえよ」

「川内さんはお得意でした」

 

 なんでだよ。ていうかまだ教導艦やってんのか。

 

「舞風ほどではありませんでしたが……勝てませんでした」

「じゃあ川内に教わればいいだろう」

「その川内さんから、司令は剣道の達者だとお聞きしました。川内さんも勝ったことがないと」

 

 あのスピーカーめ。余計なことを。

 

「……赤煉瓦の奴は誰でも剣道か柔道をやるもんだ。大した腕前じゃねえよ」

「そんなことはどうでもいいんです。川内さんよりお強いのなら、司令に教わった方がいいはずです」

 

 西日は俺の正面にある。

 それなのに、うなじがひりついた。野分の視線が痛かった。

 

「……なあ、野分」

「はい、司令」

「どうして、うちの舞風にこだわる。うちの舞風も、どうしてお前にこだわる。世の中に舞風モデルはいくらでもいる。野分モデルもそれなりにいる。そんなに舞風を破壊したかったら舞風専門の海賊にでもなればいい。舞風もそうだ。野分モデルの艦娘に会いに行きたけりゃ、とっととうちを離れて、よその野分といちゃついてりゃいいんだ。止めやしねえよ」

「いいえ。あの舞風を、この野分が、この手で壊さないと、意味がないんです」

「だからなんでだよ」

「野分にとって、初めて会った舞風は、あの舞風だからです。舞風にとっても、たぶんそうなんです。だから、野分は舞風を破壊します」

 

 凄いな。言ってることの意味がカケラも分からんぞ。

 

「……梃子でも動かんか」

「動きません。教えていただけないのなら、司令の煙草とお酒を奪い取ってでも」

 

 そいつは困る。マジで困る。俺の数少ない慰みだ。

 

「……一回きりだぞ。お前と舞風でなにが違うのか、くらいなら俺にも分かる」

「ありがとうございます!」

 

 そういうことになった。

 

 

 ■

 

 

 日が暮れ、約束の刻限になった。

 野分はジャージを着て、先に体育館で待っていた。

 俺はというと、上下とも灰色のスウェットだ。

 

「おう。待たせたな」

「大丈夫です」

「ほれ。竹刀はこっちだ」

 

 体育館の倉庫には古びた竹刀が数十本、置いてある。

 授業で使ったのか、あるいはここを拠点とするスポーツ少年団でもあったのか。

 俺は高校生用の三尺八寸(さぶはち)を取った。大人は三尺九寸(さぶく)を使うもんだが、稽古をしていない身にはやや重すぎる。三尺八寸と三尺九寸は目方こそ三十グラムしか変わらないが、いざ振ってみると倍くらいに重さが違って感じられるのだ。

 

「好きなものを取れ」

 

 野分は幾つかを手にとって振り、検分した。やがて川内が普通の竹刀を切り詰めて作った小太刀を選んだ。それも二本。小太刀二刀流か。

 

「やっぱり艦娘はそれを取るんだな」

「え?」

「それ、川内が作った奴だ」

「魚雷に似ているからでしょうか……」

「あいつもそう言ってた」

 

 倉庫を出て、体育館の真ん中へ。

 そして俺は振り返った。

 傘をさすように竹刀を立て、そのまま剣先を下げて野分の喉元へ指向させた。

 中段の構え。感覚は悪くない。構えだけはいつになっても忘れないもんだ。

 野分は両手に小太刀を持って剣先を下げたまま、ぽかんとしていた。

 十数秒ほどそうしていて、ようやくもう稽古が始まっていることを悟った。

 

「あの……司令、防具は着けないのですか?」

「お前、川内に勝てなかったんだろ。なら要らねえよ」

 

 野分はムッと眉根を寄せた。

 

「骨を折っても知りませんよ」

「そん時は竹刀を添え木にしてくれ」

 

 野分はもはや言葉を発さなかった。

 小太刀を強く握りしめ、膝を軽く曲げて背を低くした。艦娘特有の戦闘態勢だ。

 剣道のスタイルではない。だが、竹刀の握り方だの、足運びだのを教えるつもりはない。剣道を教えるのが目的ではない。

 背を低くした野分に合わせて俺も剣先をやや下げた。

 俺からは一足一刀の間合い。定石であれば野分からはやや遠い間合いだが、艦娘の身体能力なら難なく跳びこんでこられる。

 じり、と野分が近づいた。無意識に海上にいると考えているのか、すり足だった。

 

「どうした。舞風だと思ってかかってこい」

 

 舞風の名前を出した途端、野分の目の色が変わった。

 全身が硬直し、右に握った小太刀の先が揺れた。跳躍の気配だ。

 隙を逃さず、俺は片手突きを放った。いわゆる先々の先だ。相手の動作が起こる前を捉える。

 竹刀がぐん、と伸び、野分の喉元の窪みに先革が吸いこまれた。

 

「げうっ!」

 

 俺の竹刀は半月めいて曲がり、物打ちのあたりでバキリと折れた。骨格がチタン合金でできている艦娘は重い。

 重いのだが、跳躍しようとして重心がすっかり崩れていた野分はのけぞり、背中から床に落ちた。

 野分が咳きこんでいる間に俺は別の竹刀を取ってきた。長年使っていない竹刀は乾燥して割れやすい。

 

「さ、次だ次」

 

 構える。野分は半身になり、右手の小太刀を顔の前にかかげ、左手の小太刀を腰元で溜めた。二天一流の中段の構えに似ている。形としては逆二刀だ。

 野分は警戒しているのか、やや間合いを広く取っていた。

 

「そんなに離れたら打てんだろうが」

 

 俺は無造作に足を送り、野分の右の竹刀を上から叩いた。反射的に右の竹刀が跳ね上がる。

 がら空きになった左胴へと竹刀を斜めに振り下ろす。

 

「――ッ!」

 

 野分は左腰に溜めていた竹刀を右腰へ突き出し、俺の胴打ちを防ごうとした。

 そうなることは知っていた(・・・・・)ので、俺は迷うことなく剣先を頭上でひるがえし、野分の右面をしたたかに打った。

 

「がっ……!」

 

 野分が首を曲げた。竹刀は頭の形に沿って曲がった。

 既に見えている隙、虚の隙はいくら打っても無駄だ。次に生まれる隙、つまり実の隙を打たなければいけない。逆に言えば、実の隙を作ってはいけない。

 

「おい。打たんと倒せんぞ」

「分かっています……!」

 

 野分は頭を振り、猛然と打ちかかってきた。

 左の小太刀で俺の剣先を押さえつつ、魚雷を相手にぶち当てるかのように、右の小太刀を俺の喉へと突き出してきた。

 押さえられた剣先に反発せず、俺は肩口で竹刀をくるりと回した。同時に左足を送り、側面に回りこんで面を打った。勢い余った野分は床に突っ伏した。

 

「うぐ……」

 

 うめいたが、すぐに跳ね起きて構えた。目が据わっている。集中するあまり、視野が狭くなっているのだ。

 

「おい。少し気を抜け。剣を見るな。俺の目を見て、それから遠くを見ろ」

「遠く、ですか」

遠山(えんざん)目付(めつけ)って言ってな。格闘技ってのは末端より体幹が先に動くんだよ。予備動作ってやつだ。それを捉えるための、ものの見方だ」

 

「はあ……」

 

 野分は言われたとおりにした。剣先をちらつかせても動じない。やれやれ、嫌になるな。いちど言われてできるようなものでもないんだが。

 まあ、遠山の目付ができたからといって、実力差がひっくり返るわけでもないが。

 俺はわざと右の脇腹に隙を作った。野分が鋭く反応した。右の小太刀で俺の剣先を絡めて跳ね上げ、左の小太刀を脇腹へと振った。

 俺は左足の爪先で体育館の床を噛み、ひと息で野分へ肉薄した。

 

「は――ッ!?」

 

 体を下げ、薄い胸の中心に体当たりを食わせる。いくら重いとはいえ、体勢を崩していれば突きとばすのはたやすい。よろめきつつも俺の追撃を防ごうとした野分の小手を打ってガードを下げさせ、反動で跳ね返った竹刀をそのまま振って野分の面を打つ。

 

「あぐっ!」

 

 野分は小太刀を取り落とし、膝をついた。

 すぐに小太刀を取り、再び猛然と打ちかかってきた。轟音が耳や髪をかすめる。当たったらと考えると背筋が寒くなる。だが、当たらなければどうということはない。

 

「な、なんで……私の方が速いのに……!」

 

 たしかに野分の身体能力は俺より遙かに上だし、振りの速度も踏みこみの速さも倍ほども違う。だが、そんな単時点的なものの見方をしているから、俺みたいな煙草で肺を痛めているヒトごときに一方的に打たれるのだ。

 野分は流れを見ていない。反射神経と身体能力でしか戦っていない。

 ひとしきり野分の攻撃をさばき、返し技を見舞った。

 無茶な突っこみには体当たりで返し、引けば追って喉を突いた。

 野分がなにも手出しができなくなって足が止まると、これ幸いとばかりにフェイントで崩し、面や胴を打った。あまりにボコボコと打ち込むものだから、竹刀が何本かオシャカになった。

 一時間ほどひたすら野分を叩きのめし、ついに野分が大の字になって倒れた。

 野分はぜえぜえと息をついていたが、俺はほとんど動いていないので、多少汗をかいたくらいだ。

 

「司令は……改造でも受けてるんですか?」

「生身だ馬鹿。お前がなにもできねえのは、お前の動きに無駄が多いのと、なによりお前に戦闘論理がないからだ」

「戦闘論理、ですか」

 

 俺は物打ちがひび割れた竹刀を右肩に担ぎ、左手を腰に当てた。

 

「お前と舞風は基本的に反航戦で戦うだろ。当てる前に当てられたら意味がないからな」

「まあ、そうです」

「当たらないなら近づいて撃つ。簡単な理屈だ。そうなると、まあ剣道と同じだ。至近距離で殺すわけだからな。目で追える程度の速さと、いなせる程度の力なら、お前には負けん」

 

 どんなに速かろうと、当たらなければ意味がない。

 

「それは、野分に戦闘論理が無いから、ですか」

「そうだ。自分がこう動けば相手はああ動く。相手がこう動けば自分はああ動き、そして相手はそれを見て次にこう動く。その繰り返しだ。流れだ。流れを読まんことには、どんな戦いだろうと勝てん」

 

 舞風は、分かっている。俺よりも分かっている。

 一昨日の動きを見てそれが分かった。

 

「戦闘論理ってのはつまるところ、相手に致命傷を与えるための段取りだ。先手を取るにせよ、後手に回るにせよ、相手がなにを考えているのか考えろ。相手と会話をしろ。でなけりゃ、独り相撲だ」

 

 あれ、なんか川内みたいなこと言ってるな、俺。

 野分は身を起こした。いつもは綺麗に整えている髪がぐしゃぐしゃにほつれて、汗に濡れて、頬や額に貼りついていた。

 

「独り相撲……ですか」

 

 野分はうつむいた。

 竹刀を強く握りしめ、やがて柄がぐしゃりと潰れた。

 

「……わかりません。野分には、舞風が考えていることなんて、分かりっこありません」

「まあ、どうするかは好きにしろ。俺は帰って寝る。体育館の電気、消しておけよ」

「……はい。野分はここで、少し考えています」

「勝手にしろ」

 

 俺は倉庫に竹刀を置き、体育館を後にした。

 グラウンドに出ると、細い三日月が肝属山地に隠れようとしていた。

 一階の駆逐寮はうるさい。二階の軽巡寮は静かだ。

 それにしても。

 竹刀の柄を握りつぶすって、艦娘はどんな握力してるんだ。いくらあのクソ重い装備を振り回して、砲撃の反動に耐えているとはいえ、だ。

 川内は俺が死なない力加減を分かっているからいいが、野分(あいつ)はだめだ。加減ができないタイプだ。

 次から野分と手合わせするのはやめよう、と強く決心した。

 

 

 ■

 

 

 翌日。

 要請があったことに加え、資源および食材の備蓄が芳しくなかったので、艦娘たちを遠征に出すことにした。

 三日月に部隊を編成させたところ、次の通りになった。

 

 

 第一水雷戦隊。五十鈴。由良。時雨。夕立。響。雪風。

「じゃあ司令。行ってくるわね」

 こいつらは佐多岬から長崎鼻にかけて、つまり錦江湾の入り口近辺の対潜哨戒に当たらせた。潜水艦は探知が難しい。近海にヒョッコリ顔を現すことも珍しくない。

 対潜哨戒は水雷戦隊の派遣業者が持ち回りで行っているのだが、担当だった分所の司令官が急死したとかで三日ほどシフトに空きが出てしまったため、急遽俺たちに声がかかったという運びだ。

 帰るついでに指宿か根占に立ち寄って食材を調達するように命じた。

 

 

 続いて第二水雷戦隊。川内。雷。電。野分。黒潮。不知火。

「絶対夜戦しないからね。約束よ」

 こいつらは南方へ遠洋漁業に出す。黒潮(自然現象の方)に乗って流れ着く艦娘や深海棲艦から、弾薬や鋼材を取りだしたり高速修復材を作ったりする。そういうわけで、人手が多い方がいい。赤煉瓦には内緒でやっている、違法操業だが。

 実入りはその時々だ。特別作戦が展開されている時には大漁が約束されるが、平時はなかなか沈む艦がいないので鉄くずひとつ拾えないこともある。

 

 

 そして舞風は、遠征への参加を拒否した。

 用務員室で三日月から報告を受け、俺は頭を掻いた。

「遠洋漁業に出てもらおうと思ったんですが、やることがあるから、と言って……」

 三日月が申し訳なさそうに言った。

 

「アホかお前は。野分と舞風は別隊にしろ。いいか絶対だぞ」

「はっ、はい……すみません」

 

 しょげかえってしまった。

 三日月は極度の臆病さゆえに、他所の鎮守府を追われ、ここに流れ着いた艦娘だ。睦月タイプということもあり、素直で従順な「良い子」だ。事務仕事は半分以上こいつに任せている。

 

「……いい。舞風はあてにするな。放っておけ。言って聞く奴じゃない」

「そうですね……」

「すまんが書類やら手続きやらがアホほど溜まっててな。済ませてくれ。いつもどおり、俺の決済印は勝手に使え。俺は釣りにでも行ってくる」

「はい、了解しました」

 

 艦娘への命令は電信ひとつで済むというのに、ヒトへの命令やら手続きやらは未だに紙媒体を経由する。馬鹿馬鹿しい。

 三日月に決済印を預けるのもいつものことだ。クソ真面目なのでミスは無いし、私腹を肥やそうともしない。適度に仕事があると落ち着くようで、逆に仕事を与えないと情緒不安定になる。

 艦娘ってのは、面倒くさい兵器だ。

 兵器に自律意思を持たせて良いことなどなにひとつない。生身の兵士ですら調練が面倒だってのに、さらに調練の手間を増やすようなものだ。

 

 だが、毒には毒を。

 化け物には化け物を。

 

 結局のところ、そういう理屈で艦娘を運用せざるを得ないわけだが、しかし面倒だ。

 竿を担ぎ、クーラーボックスを提げ、国道沿いの防波堤を歩くことにした。チヌがだめでもアラカブ(カサゴ)がいる。骨が多いのが困りものだが、白身で、丸ごと唐揚げにするとうまい。餌には昨日のチヌ釣りで使いそこねた蟹を使う。

 アラカブ釣りは簡単だ。防波堤の直下に組まれているテトラポットに下りて、なるべく深い穴に釣り糸を垂らす。そうするとだいたい釣れる。外道のベラも釣れたりするが。

 テトラを飛び歩いて穴釣りに熱中していたら、防波堤の果て、小さな岬の突端まで来てしまった。

 クーラーボックスには五尾のアラカブが入っている。どれも小ぶりだが、今日の晩と明日の昼に食べる分には足りるだろう。

 

「しかし、まいった」

 

 遠くまで来てしまった。分所までは二キロほどだろうか。悪いことに、車を運転できる不知火は遠征に出してしまっている。

 ひと休みしてから素直に徒歩で帰ることにした。

 竿とクーラーボックスをテトラポットに置き、餌やらアラカブの体液やらで生臭く汚れていた手を海水で洗った。

 テトラポットに戻り、海の方を向いてピースに火を点けた。

 煙を吐き出し、その煙が消えたとき。

 舞風を見つけた。

 沖合百メートルほどの場所にいた。金髪が日差しを浴びて、輝いていた。背部の機関が見える。周囲にはなにやら木箱を浮かべていた。

 携帯端末をポケットから取り、舞風の通信チャンネルを叩いた。

 ほどなく応答があった。

 

『なに?』

「なにやってんだ、お前」

 

 舞風がこちらを振り向いた。

 

『あんたこそ、なにやってるの』

「俺は釣りだ」

『気楽ね。あたしはこれから戦うの。邪魔しないで』

「邪魔はしねえが。なにと戦うんだ、お前」

『透明な軍勢』

 

 透明な軍勢。聞き覚えがあった。何日か前、川内が言っていた。

 

「なんなん――」

『来たわ』

 

 舞風が水平線に向き直った。

 水平線には、なにかが立ちのぼっていた。

 はじめ、俺はそれを蜃気楼だと思った。だが、蜃気楼は近づいてきたりはしない。

 いつも腰に吊るしている双眼鏡を取り、見た。

 果たして、蜃気楼ではなかった。

 目測で数百メートル先にまで迫ったそれは、数千もの艦娘や深海棲艦だった。蜃気楼と勘違いしたのは、奴らの姿がまるで、ピントがずれた写真のように茫漠としていたからだった。

 

「なんだ、ありゃあ……」

 

 ぞろりと並んだ数千の軍勢が、一斉に砲煙を上げた。

 ひと呼吸の間に、黒い線が、舞風を中心として幾重にも巡らされた。空間に鉛筆で殴り書きがなされたようだった。

 直感する。あれは、死線だ。

 あるものは舞風へ直截に。あるものは舞風の逃げ道を塞ぐように。またあるものは舞風の直上からの降下爆撃を狙うかのように。

 舞風は、砲煙があがる前に(・・・・・・・・)跳躍していた。身を捻り、しなやかに手足を伸ばして、わずかな隙間をくぐり抜けた。

 俺にも砲弾が一瞬だけ見えた。水柱が高々と上がった。

 舞風が着水もしないうちに、また斉射。

 舞風は右足の爪先で着水。

 雲耀の時間すらも動きを止めることなく流れるように身を伏せ、右の砲塔を突き出した。

 わずかに右に流しつつ連装砲の引き金を一秒だけ引いた。

 数秒後、遠くに水柱。軍勢がゆらめき、幾つかの影が消えた。

 

「おい舞風。なんだ、あれは」

『沈没艦よ』

 

 舞風は踊りながら答えた。

 

『沈むはずだった艦娘を』

 

 舞風は八・六水害の時のように降り注ぐ砲弾の豪雨をことごとく避け、かすらせもしなかった。

 

『本当に沈めにきたの』

 

 改めて双眼鏡を覗く。駆逐から戦艦まで、あらゆる艦種が勢揃いしていた。

 それぞれの挙動に一切の乱れはなく、おそろしく練度が高い連中だとすぐに知れた。

 そんな軍勢が放つ死線をすべてかわし、殺し、髪の毛ひとつ散らすことなく舞風は淡々と、鉄屑を鉄屑に戻していった。

 12.7mm連装砲の発射速度は毎秒十発。

 舞風は撃ち続けた。砲弾は正確に、茫漠とした艦娘たちの急所へ届いた。軍勢が、溶けるように次々と消えていった。

 数百隻程度にまで減らしただろうかというその時。

 水平線にひときわ大きく、入道雲のように立ちあがったものがあった。

 南方棲戦鬼。かつて特別作戦海域にて多くの艦娘を屠り、いまもなお各地で抵抗を続ける乙指定種。

 そんな巨大な相手に、舞風は弧を描いて接近した。

 一切の無駄なく二丁の12.7mm連装砲を滑らせて砲弾を撃ちこみ、機関部に取りつけた四連装魚雷発射管から61mm酸素魚雷を落とした。

 きっかり百秒。

 千発の弾丸は寸分の狂いもなく南方棲戦鬼の急所へ打ちこまれ、その巨体が水面へ倒れ伏した。

 しかしその間に透明な軍勢は迫り、舞風は沖合二百メートル先で、取り囲まれた。

 そして、また新たな影が生まれた。

 水面から立ちあがったその姿は、長身痩躯の水鬼。深海に棲む白き怨霊。

 

 空母水鬼。

 

 舞風が、一切の装備を捨てた。

 徒手となった舞風は水面を蹴った。わずか三歩で一杯へ。猛烈な煙が仰角十度で吹き上がった。三分もしないうちに機関部が焼けつく勢いだ。

 空母水鬼の足下までをひと呼吸で駆け抜けた舞風は跳躍し、鬼の顔面に取り付いた。

 舞風が右腕を弓矢のように引き絞った。抜き手が、ひと抱えもある大きな鬼の眼球を貫いた。

 苦悶の絶叫と共に水鬼は頭を振り回したが、舞風は視神経でも掴んでいるのか、決して離さなかった。

 

『……せ。……を……えせ!』

 

 携帯端末から、かすかに声が漏れていた。耳に当てた。

 

『野分を返せ。野分を返せ。野分を返せ――』

 

 左の抜き手が敵の右眼に突きこまれた。敵ながら美しい金色(こんじき)の瞳は失われ、どろりとした水晶体の涙が流れた。

 

『野分を、返せ!』

 

 舞風は水鬼の顔の皮膚に手をかけ、メリメリと剥がし始めた。

 野分を返せ、だと。

 野分はいる。今日は南へ遠洋漁業に行かせている。

 あいつは、舞風はなにを言っている。

 舞風は空母水鬼を素手で解体し尽くした。

 粗挽きミンチみたいになった残骸が海面を広く漂い、舞風はその中心に立って叫び声を上げていた。

 

 

 野分。野分。野分。野分。野分。野分。

 

 

 そんなに野分が好きなら、なぜお前は野分を撃つ。

 残された数百の死者が、砲口を舞風に照準した。

 舞風は海面に浮かべておいた木箱を蹴り砕き、現れた予備の12.7mm連装砲を取った。

 そして、透明な軍勢を殲滅し尽くした。

 俺は携帯端末に呼びかけた。

 

「終わったか」

 

 ぜえ、ぜえ、と荒い息が答えた。

 終わったらしい。さしもの舞風も、数千もの軍勢、および南方棲戦鬼、空母棲鬼を殺戮して、疲労困憊のようだった。

 膝に手をついて、かろうじて倒れないようにしていた。

 

「お前は、あれが来るのを知ってたのか」

『……もちろん』

「あいつらの目的はなんだ」

『野分に、決まってるじゃない。野分は、本当は、沈むはずだった。でも沈まなかった。だから、沈めにきた。それだけ』

 

 息も絶え絶えに、舞風はそのように言った。

 

「お前はひとりきりで、あんなものを相手にしたのか」

『ひとりじゃない』

 

 舞風はきっぱりと言った。

 

『戦いを忘れなければ、いつでもひとりじゃない。だから、いまも、ひとりじゃない』

 

 舞風の言っていることは、さっぱり意味が分からなかった。

 まるで野分と同じだった。

 艦娘を運用するようになってから十五年が経ったいまでも、ヒトモドキの理屈は、俺の理解の埒外にあった。

 

 

 ■

 

 

 あの秋の夜は、赤く、黒かった。

 渾作戦における最終決戦。

 舞風は、かの深海棲艦の親玉、空母水鬼をあと一歩というところまで追い詰めた。

 空母水鬼は大破していた。だが、抵抗していた。一歩も引かず、ただその巨躯をもって壁をなし、舞風の進撃を阻んでいた。

 

「そこを、どけえええぇ!」

 

 舞風もまた満身創痍になりながらも、砲弾を放ち、魚雷を走らせた。

 舞風は砲弾を素手で持ち、空母水鬼に叩きつけ、足で信管を蹴りつけて爆発させた。魚雷をねじこみ、己の腕が吹きとぶこともいとわずに爆発させた。

 弾薬が尽きたら、素手で空母水鬼の装甲を引きはがした。

 抜き手で片眼を潰した。だが振り払われ、舞風は背から水面へと落ちた。数々の深海棲艦と艦娘の残骸が浮く水面へ。重油にまみれ、炎上している水面へ。

 

「まだ……!」

 

 機関がいちどきり、呼吸した。だが、それまでだった。

 帰りの燃料が足りないと、センサが警告していた。

 舞風は逡巡した。

 

 

 空母水鬼は沈まなかった。

 

 

 ■

 

 

 川内は遠洋漁業を終え、帰途についていた。

 電が満面の笑みでぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ドラム缶を曳航していた。

 

「大漁なのです!」

 

 平時だというのに珍しく、今日は艦娘や深海棲艦の残骸を多く拾うことができたのだ。

 雷も上機嫌だった。

 

「これで高速修復材がいっぱい作れるわ! 雷印の高速修復材、見せてあげるんだから!」

 

 黒潮は雷の言に応えてケラケラと笑った。

 

「うちが高う売りさばいたるさかい、あんじょう頼むで、雷姉さん」

 

 そんな黒潮に不知火が釘を刺した。

 

「あまり目立たないように、黒潮。不知火たちは、大松一家とはもう縁を切ったのですから。目を付けられると面倒ですよ。無難に艤装をスクラップにして換金する方が賢明です」

「なんや、不知火。つれないなあ」

 

 賑やかな雰囲気の中、野分はムスッとした顔のまま、最後尾をついてきていた。

 川内は野分の表情を目の端で捉え、くすりと笑った。今日、野分は遠洋漁業に出ると聞いて難渋を示したのだ。舞風と再戦したい、と言って。

 だが、下された命令は絶対だ。

 いかに相生司令官がイソメ以上フナムシ以下の存在価値しか持たないとしても、命令が下された以上、艦娘は従わなければならない。

 川内は舞風のことを考えた。舞風が遠洋漁業への参加を拒否した理由を、川内は知っていた。透明な軍勢と戦っているのだ。

 

(さて、舞風ちゃんはちゃんと勝ったかな。ま、勝っただろうけど)

 

 かつて川内も舞風に救われた。

 あの透明な軍勢と戦えるのは舞風だけだ。

 そして舞風が戦いを忘れない限り、あの軍勢に負けることはない。

 だから、今回も負けることはないだろう、と川内は考えていた。

 

「さ、みんな。のんびりしてたら夜になっちゃうよ。早く帰ろ!」

 

 川内は背後に続く駆逐艦へ檄を飛ばし、内之浦を目指して速力を増した。

 

 

 ■

 

 

 夕刻より少し前に、遠洋漁業部隊が帰投した。

 雷電姉妹および黒潮、不知火の手により、グラウンドにドラム缶風呂のようなものが設置された。

 ドラム缶に張られているのは湯ではない。赤黒い、ドロドロした肉のペーストだ。

 ドラム缶の頭には横向きの煙突のようなものが被され、煙突の突端には一升瓶が置かれていた。つまりこれは蒸留装置だ。黒潮と不知火は役目を終えたようで、居室へ去った。

 

「じゃあ、高速修復材を作るわね! 今回は特別に、野分ちゃんにも作り方を教えてあげるわ!」

 

 言いつつ、割烹着姿の雷が薪に火を点けた。

 

「高速修復材の作り方は簡単! 煮詰めて蒸留!」

「でも、焦がさないようにする火加減と、攪拌の具合で質がぜんぜん違うのです」

 

 すかさず電が補足した。

 

「そこが腕の見せ所なのよ! 職人技なの!」

 

 グッと雷が力こぶを作る仕草をした。細っこい腕なので、こぶはできなかった。

 

「は、はあ……そうなんですか」

 

 野分は曖昧に返事をした。

 

「それじゃ、やっていくわね!」

 雷が蓋をわずかに開け、攪拌用の大しゃもじをドラム缶へ突きこんだ。

 腐らせきった魚のような猛烈な臭いがもわもわとグラウンド全域に漂い、野分は思わず鼻を手で覆ってしまった。

 そんなときだった。

 野分の通信チャンネルに、着信があったのは。

 ツーツーツー、トントントン、ツーツーツー、という野分にだけ聞こえる電子音。

 野分は鼻を片手で塞いだままもう片方の手を耳に当て、応答の意思を示した。

 回線が繋がった。

 

「……はい」

『君の戦いは本物かい?』

「……本物です」

『これは、弾幕の壁からの挑戦だよ、野分。君の戦いが本物なら、浜辺へ行くがいい。舞風が君を待っている』

 

 野分は艤装を装着するため、駆逐寮へと駆けた。

 突然のことに雷と電が驚いたふりをし、その背に声をかけた。

 

「あっ! ちょっと! どこに行くの!?」

「お仕事はまだ終わってないのです! 敵前逃亡は銃殺刑(じゅーさつけー)なのです!」

 

 野分は聞く耳を持たなかった。

 無線が野分の脳裏に直接声を届けてくる。

『その身を舞風に委ねれば、君の戦いは承認される』

 一階、三日月と相部屋の自室に駆けこんだ。手早く艤装を点検して弾薬を装填した。

 腰から伸びるマニピュレータには三三号水上電探。12.7mm連装砲は手に持ち、野分は窓から飛びだした。

 一秒でも早く舞風のもとへ。

 ミリ秒でも早く舞風のもとへ。

 

 

 野分は舞風を許さない。

 野分は舞風を、破壊する。

 

 

 興奮のあまり視野が狭窄していた野分は、グラウンドから雷と電が消えていることに気づかなかった。

 ただ走り、フェンスに設えられたドアを蹴破り、浜辺へ出た。

 舞風を探し、小さな砂丘を越えて滑り降りた。

 舞風が、波打ち際に立っていた。

 距離はわずかに二十。

 

「舞風ェ!」

 

 野分は砲を舞風の腹に照準した。艦娘の命である機関部を撃ち抜ける位置だ。

 

「ああ、野分……」

 

 舞風は緩慢に答えた。

 野分は舞風の反応を挑発と捉えた。

 ガチリ、と音がして、安全装置が外れた。

 

「ねえ、野分。褒めてよ、野分」

「誰が、あんたなんか……!」

 

 怒りのあまり、野分の視野が真っ赤になった。

 だから、舞風の顔が青ざめていることに気がつかなかった。

 

「いい……いいよ、野分……でも、そんな乾いた怒りじゃなくて、芯から熱くなるような怒りを思い出してよ。ねえ、もっと怒ってよ」

「なにを……」

「駄目だよ、野分。そんなので撃ってもだめ。あたしには当たらない」

 

 舞風が一歩、踏み出した。

 野分は震えた。舞風に恐怖していた。

 

「野分は、舞風を許さない! 野分は舞風を、破壊する!」

 

 怯懦(きょうだ)を打ち払うために、野分は叫んだ。

 叫んで、撃った。

 

「当たらない」

 

 撃った。

 

「当たらないわ」

 

 どういうわけか、野分の砲弾はいっこうに当たらなかった。

 狙いはこのうえなく正確だというのに。

 とうとう、野分が持つ砲塔の砲口が舞風の腹に当てられた。

 

「ねえ野分。忘れちゃったの? あたしたちの戦いを。ねえ、野分」

 

 野分は、恐ろしくて仕方がなかった。

 舞風は、まるで亡霊のようだった。

 死。死。死。

 舞風への憎しみで塗り固めていた傷口が、開いてしまった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああぁ――!」

 

 野分は撃った。

 舞風のことなど考えずに。

 ただ、すぐそばにある死の恐怖を打ち払いたいがために。

 舞風は横っ腹を抉られた。

 

「……の……ごぼっ」

 

 舞風はオイルを大量に吐き、野分の肩に体を預けた。そのまま脱力した。

 舞風は、砂袋のように重かった。

 

「あ……」

 

 野分はなにか、取り返しのつかないことをしてしまった気がした。なにがどのように取り返しがつかなくなったのか説明できなかった。ただ、膨大な感情が喉の奥からせりあがってきた。

 喜、怒、哀、愛、憎、恥、怖、厭、昂、安、驚――

 あらゆる感情が、野分の喉をつかえさせ、胸を締めつけた。

 

「野分の、戦いは――」

 

 言いかけて、野分は溺れるように失神した。

 

 

 ■

 

 

 ダァン、とジャッジ・ガベルが打ち鳴らされた。

 

「かいてーい」

 

 けだるげな声と共に、世界が塗り替えられた。

 軍法会議所は、やはり半球の透明なドームに包まれていた。透明な壁の先、海の青色の中で、様々な魚が泳いでいた。ところどころに構造をなす黒い塊は、艦娘、あるいは深海棲艦だったもの。鉄の塊。

 鉄底海峡の底にある、水族館のような軍法会議所。

 裁判艦・響はジャッジ・ガベルを、二度、打ち鳴らした。

 

「それじゃ、軍法会議を始めよう」

 

 舞風が立ち、真っ先に口を開いた」

 

「響。いますぐ戦闘を承認して」

「うん?」

 

 響が首を捻った。

 

「あんなのでは駄目。いますぐ野分と再戦したい」

 

 電が反論した。

 

「野分さんと再戦? なにを言っているのです! 負け惜しみなのです! 撃つのなら撃たれる覚悟がなければならないのです!」

「あたしは野分を撃つ。野分もあたしを撃つ。でも、あんな形では駄目なの。野分に罪を着せたままじゃ終われない!」

 

 電はいぶかしげに眉をひそめた。

 

「罪? 野分さんが? 変な話なのです。罪があるのは舞風さん、あなただけなのです! 黙って見ていたらカッテホーダイ撃ちまくって!」

 

 雷が挙手した。

 

「異議ありよ! 艦娘が砲弾を撃つことは罪ではないわ!」

 

 雷の異議を受けて、電がバンバンとテーブルを叩いた。

 

「論点をずらさないでほしいのです! 撃ちすぎが問題なのです!」

「なら何発撃ったら撃ちすぎなの? 百発? 千発? 万発?」

「数は論点にならないのです! 舞風さんは命令無視の行動があまりに――」

 

 喧々諤々の論争を始めた雷と電をよそに、舞風は響へと呼びかけた。

 

「早く判決を。いますぐじゃないと駄目なの」

 

 響はやれやれと首を振り、嘆息した。

 

「なるほど。それが君の戦闘教義(ドクトリン)。ハラショー」

 

 響は心底めんどうくさそうに言った。

 

「じゃ、舞風。君は透明になるかい。それとも、野分を撃つかい?」

 

 前回、前々回の軍法会議と同じく、舞風はきっぱりと断言した。

 

「野分を、撃つわ」

「それでは判決を言い渡そう」

 

 響は大儀そうに大きな、響の顔ほどもある大きな判子を持った。

 そして手元の書類に叩きつけた。

 

「戦闘、承認」

 

 戦闘は承認された。

 だが、いつもの光の束は現れず、舞風には艤装が与えられなかった。

 

「どうして……」

「あー、君の機関部に砲弾の破片が食いこんでる。これは動けないね」

「そんな理由で……!」

 

 舞風は被告艦席の柵を両の拳で殴りつけた。

 舞風は、また罪を犯してしまった。

 野分に罪を犯させてしまった。

 いっときの劣情に身を任せて、野分がまだ理解できていないのに、思い出していないのに、運命の砲弾を欲しがった。

 これはその罰なのだ。

 

「私は判決を下した。あとは君の戦いだよ、舞風」

 

 響は徹頭徹尾、めんどうくさそうに言った。

 閉廷――。

 

 

 ■

 

 

 川内が浜辺に現れたのは、夕刻になってからだった。

 夕飯(ほきゅう)の時間になっても表れない舞風と野分を探しに来たのだった。

 波打ち際に二隻、駆逐艦が打ち上げられていた。

 舞風と野分だった。

 舞風は腹の半分を抉られ、左足を失っていた。

 野分は無傷で、ただ気絶しているだけのようだった。

 

「やれやれ」

 

 川内は嘆息した。

 舞風と野分を両脇に抱えた。

 

「ふたりの仲も、少しは進展したのかな?」

 

 川内には、二隻がお互いを撃つ理由が分かっていた。

 艦娘は戦う。そういう機械。

 それが理由だ。舞風は艦娘だから野分を撃つし、野分は艦娘だから舞風を撃つ。

 撃つことでしか証明できないのだ。

 

 




相生洋一(剣道五段)

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